投稿

8月, 2024の投稿を表示しています

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(34) 藤原興風

誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに    藤原興風      (古今、雑上、909)(興風集16726)(六帖34954、松)(和漢朗詠集下、交友) 〔釈義〕 (年老いたこの身、僅かに心の支えにしていた知友にも先立たれてしまった。今となっては、)一体だれをまあ、私を知ってくれる人として頼ったらいいのか?(老人の友には老人がふさわしく、孤独の人の友には孤独の人がふさわしいといわれる。今私にふさわしい孤独の老友としては、そうだ、あの高砂の尾上の松が考えられる。彼をわが知友として頼ろうか?しかし、考えてみると、)高砂の松も、ずっと昔からのわが馴染みの友ではない(、従って心おきなく互いに往時を語りあい、哀歓を共にするなどといったことは出来る筈がない)といった情況において! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、古今集に「題しらず」として収められているが、「高砂の松」という対象が問題であり、その用例を検討してみると、霊力ある長寿のものとして憧れの対象から、無為無聊、憂愁孤独のものとして連想される対象に変って来た。 ② 興風の歌では、高砂の松は霊力ある憧れの対象ではなく、憂愁孤独のものとして連想される対象であり、孤独老残の境涯にある詠作主体が同類の友として想到したものである。 ③ しかし、高砂の松は故旧の友ではなく、互いに相手の過去幾十年をしらず話し相手になれるはずがない。一体だれを知友に探し求めたらよいかと深く落胆している趣である。 ④ 「ならなくに」は、普通「ではないのに」の意の逆接と解されているが、ここは「でない情況において」の意である。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、上の句で知友を求め得ない絶望的な嘆きを打ち出し、その後で嘆きの発生する基盤を述べる。高砂の松を同類とみなしながら、わが知友となし得ぬとしたところに、新しい捉え方がある。 ② 「かも」「ならなくに」のような古めかしい語句を使ったことや、二句切れにしたことは効果的である。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の藤原興風の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の引用があったり、音調面の分析があったりしたものを、今回もまた乱暴にそぎ落としてお...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(33) 紀友則

久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ     紀友則      (古今、春下、84)(友則集19502)(六帖34876、花、35039、さくら) 〔釈義〕 大空から照らす光もうらうらとのどかな春の日射しを浴びながら、大空を行く日脚の遅々として過ぎやらぬ春の日ながというのに、見ている人の心も落ち着かせないで辛気にさせながら、自身も落着かないで、(風もないのに)せかせかと桜の花の散ってゆくこと、これは一体どうしたことなのだろう?!(おかしなこと、そして惜しくもまた哀しい花のさがよ!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌、古今の詞書には「さくらの花のちるをよめる」とあり、歌意は明瞭だが、詳細に見ると新たな発見がある。 ② 枕詞として使われる「久方の」は、(1)「久方」自体で「月」や「日」を意味するが、(2)「久方の光」は「大空より照し来る光」といった意味で、(3)「久方の」が単に「ひ」の音節に係る枕詞の例もある。よって、友則の歌の「久方の光」は、(1)なら「太陽の光」、(2)なら「大空より来る光」、(3)なら「光」と解することになる。 ③ この歌の下の句の「静心なく(せかせかと)花の散る」とあるのが、上の句と対立する意味だとすると、「光のどけき」では物足りない。よって、「のどけき」は、「久方の光のどけき」と「のどけき春の日」と二つの意味を掛けているなら、下の句と辻褄が合う。 ④ 通説では「静心なく」を花自身の状態とするが、これを見る人の状態と取ってもよい。これは「花を惜しむ人にとっては気が気でなく」の意で、上の句が「穏やかな春の日射しを浴びながら」、下の句で「何で落花という辛い事態が起こって来るのか」となって自然である。 ⑤ 花自身が「静心なく」の場合でも、上の句は「光陰矢の如し」と対比される「春日遅々」を意味するのであり、「光陰の経過ものどかな春の日中に」と意味が表されている。よって、この歌は二通りの意味を重ね合わせたものであり、「久方の」は(2)「大空より照し来る光」の意味である。 ⑥ この歌の上の句「〇〇に」は補語であるが、その情況で「静心なく花の散る」事態が生起するのは矛盾の感があるため、訳語は「○○であるのに」のような形を取る。また、この歌の「らむ」は原因・理由だが、私見ではこれは「……のはどうしてそうなのだろう?」といった意味である。 〔鑑賞〕の要旨 ①...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(32) 春道列樹

山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり     春道列樹      (古今、秋下、303)(六帖32439、しがらみ) 〔釈義〕 (川に人のかけた柵はよく見掛けるが、)山川に風のかけた柵というものは(あるのか?あるとも。あるとすればそれはどんなもの?それは、風の仕業で瀬の中の石などに吹寄せられ)、山川を流れおおせることも出来ない(で引懸り溜った)紅葉であったことだ。(この紅葉の柵は、山川の流れをいったん堰き、そして流れ来る他の紅葉を堰止めて停滞させる。これは全く風のせいで、風は紅葉を吹散らかしながら、しかもその紅葉を愛惜して山川に紅葉の柵をかけ、紅葉を流れ去らせまいとするのだ。何というおかしな、そして憐れなことか!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、山川に散り溜った紅葉を「風のかけたる柵」と見立てた点が斬新である。普通には、「紅葉は柵なりけり」という認識を逆にして、「柵は?」と問い「紅葉なりけり」と答える謎解きの奇抜さに価値があると評されるが、それだけではない。また、紅葉の情景に感動した作者の詩情を感じるという鑑賞もあるが、それは知的な把握と結びつかない。 ② 謎解き形式をとる歌を考えてみると、教説のことばや世間の理法・常識などを踏まえつつ、それとは対立する特殊性を持ったものを問い、続いて解答を示す。この歌では、「川に人のかけたる普通の柵」を踏まえて、風が意図的に流れて行こうとする紅葉を抑留したということになる。 ③ 風が紅葉を抑留するのは、紅葉を愛惜するからで、風は紅葉を吹き散らしながら、同時に紅葉の柵を掛け紅葉を抑留するのであり、この風の行動の矛盾をつくところにこの歌の俳諧味がある。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、秋風が紅葉を愛惜するという意外性があるが、紅葉にはおのれと散り川水に乗って旅をする自由さを希う一面があり、秋風がこれを拘束するとい奇抜な着想である。また、水に流れる紅葉が却って水を堰き止めるはたらきをするという面白さもある。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の春道列樹の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の引用があったり、音調面の分析があったりしたものを、今回もまた...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(31)  坂上是則

朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪      坂上是則      (古今、冬、332)(是則集16751)(六帖31608、雪) 〔釈義〕 (どうやら)夜も朧ろに明けそめた頃合(だと思って起きてみると、意外に地上一面に明るい有様、ははあ、有明の月が照しているのだなとすぐに判断したが、空を見てもどこにも月は見当らぬ、変だと思ってよくよく見ると、何とそれは、地上一面の雪明りだった。でもまあ)、有明の月が照しているのだと見るほどまでにも、(一夜のうちにきれいに降っている真白な薄雪よ、さすが古昔より由緒の深い、花と雪でも名高い、吉野山を頂く、)吉野の里に降った白雪よ! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、「”朝ぼらけだ、有明の月だ”と見るまでに」と解して、夜明けになっていないのに雪明りで夜明けと間違ったものと取る説がある。しかし勅撰集の歌を見ると、「朝ぼらけ」を初句に置いた例は副詞的に使ったものである。 ② 三句目の「見るまでに」は万葉集の例によって、「……見る、それほどまでにも」の意味である。また、李白「静夜思」の「牀前看月光 疑是地上霜  挙頭望山月  低頭思故郷」の「月光を地上の霜と見誤る」趣を逆にした「地上の雪を月光と見誤る」趣である。 ③ 「静夜思」に「牀前」とあるがこれは就寝前ではなく旅愁によってよく眠れないので起きて窓を開き、外は霜かと疑われたが月の光だったと解するのがよい。是則の歌も旅愁で眠れぬ夜を過して寝起きた朝ぼらけという意味である。 ④ 曙の興趣について、万葉集や枕草子、勅撰集などを例に考えると、地方に泊まる旅愁とともに、その名所の曙の情趣を味わおうとする期待があって、暁早くから待ち受けている。古今集の詞書には「大和の国にまかれりける時に」とあるので、花や雪の名所である歌枕として憧憬を持ち、一夜を眠れないで起き出して詠んだのである。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は吉野への郷愁を具象化しているが、眠れずに曙を待つ旅愁もあり、漢詩の興趣を取り入れたところもある。ただ、「吉野の里」を末句に置かなかったので、「朝ぼらけ」「有明月」「降れる白雪」と意識され、雪が主題の歌となっている。 ② 吉野の里はこの歌では脇役であるが、そのことがかえって豊かな興趣を歌全体にもたらしている。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(30) 壬生忠岑

有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし    壬生忠岑      (古今、恋三、625)(六帖31240、有明、33880、来れど逢はず) 〔釈義〕 ① 古今集の排列・古今六帖の題による「逢不逢恋」の釈義 有明の月が白々とそっけなく見えてきた時、夜通しあなたがその月のように冷淡であり通した姿が、(はっきり私の目に)見えた、あの(有明月の下の、すべてがよそよそしかった、後朝とはいえない)別れをしてからというもの、(私には)暁方ほどつらくいやなものはありません。(あの暁方の、すべてが私をつき離したような場面を思うと恐ろしくて、それ以来、恋しさはまさうます募るあなたを夜訪れることもようせず、そして暁方になると全くたまらなく遣瀬ないのです。この気持、少しは哀れと思って下さい。) ② 顕昭・定家の説による「逢而別恋」の釈義  (あの時、もう夜明けだとばかり、)有明の月が冷淡に見える姿でせきたてたので(、断ち難い愛着を断ち切って私たちは)別れた(のでしたが、)あの時以来、(私には)暁方ほどつらく厭なものはありません。(積る思いを語り尽くしたいのに、あの冷淡な有明月にまた追い立てられやしないかと気が気でなく、有明の頃でなくても、夜明け近くになるとやっぱり脅かされるのです。こんな気持、わかって頂けるでしょうね。) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌の「有明」が有明の月を意味することは顕昭の注によって知られるが、後世の歌の例によっても考えられる。 ② 「つれなく見えし」の主体を女とする場合には、「有明の」を枕詞と捉えるが、主体を月と女の両方とする考えもある。これらは「逢不逢恋」の歌として見るが、古今集の排列や古今六帖の「来れど逢はず」という題を根拠にしている。 ③ この歌の「つれなく見えし」の主体を有明の月と見るのは、古くは顕昭の説にあり、藤原定家もそれを支持している。これは「逢而別恋」の歌と見るもので、女のもとから帰る時に在明の月がつれなく見えたと解している。 ④ 後世の影響を受けた歌は、「逢不逢恋」を前提とする場合もあり、「逢而別恋」を前提とする場合もある。忠岑は古今集の撰者であるから「逢不逢恋」という理解を是認していたとみられるが、顕昭・定家の「逢而別恋」という理解に従うほうがすぐれた歌趣を生むこともありうる。 ⑤ 「逢不逢恋」の歌として月と女がつれなく見えたと見る場合...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(29) 凡河内躬恒

心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花     凡河内躬恒       (古今、秋下、277)(六帖34588)(和漢朗詠集上、菊) 〔釈義〕 あて推量によ、今折らずにすまされないものなら、折るとしようか。(そういった気持ちを起させる白菊の花―)初霜が(その美を惜しんで人に折取らせまいとして、何もかもに一面に)おいて、(白菊の花とほかの草との区別に戸惑いさせ、そして白菊の花を選んで折取ろうとする行動を)戸惑いさせている、その白菊の花よ!(何という清楚にして気品の高い美しさなのだろう!) 〔義趣討究〕の要旨 ① 上の句を「あて推量に折るなら折取ることが出来ようか(、多分できるだろう)。」と解するのは全体の歌意にふさわしくない。そこで、語順を改め「もし折るとするなら、あて推量に折ろうか」と解するのがよいが、語順を変更する根拠を考察してみたい。 ② 「今日こそ桜折らば折りてめ」(古64)は「折らば今日こそ折りてめ」、「今日は待ち見てちらばちらなむ」(古78)は「散らば今日は待ち見て散らなむ」、「此の夕暮をとはばとへかし」(新古1329)は「とはば此の夕暮をとへかし」のように、語順を変更してもぴったりする。 ③ 以上の例に準じて凡河内躬恒の歌も語順を変更できると思うが、問題の歌は疑問文となっているので、「心あてにや折らば折らむ」とあるべきではないか。源氏物語・夕顔の「心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花」では、「それかと心あてにぞ見る」の意味で言っているので、問題の歌は「折らば心あてにや折らむ」として解することができる。 ④ この歌で、単に「霜」ではなくて「初霜」なのは、降霜によって菊は色移ろうが、初霜なら菊はまだ移ろわず純白だからである。また、「おきまどはせる」は、普通初霜と白菊の花の区別を惑わす意に解しているが、これは一様に初霜が置いて白菊と他の草の識別を混乱させるという意味である。 ⑤ この歌を全体が倒置の構造になっているという見方もあるがそれでは白菊の処置に主題があることになる。多くの注釈者は、白菊の花に対する詠嘆があるとし、さらに白の美の強調に主題があるとする。「白菊の花をよめる」という古今の詞書を考えると、初霜と紛う白菊の清楚な美しさを主題として詠嘆している。 ⑥ 源氏物語・夕顔の「心あてに」の歌の興趣は、白露の光にも紛う夕顔の花の美しさと...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(28) 源宗于

山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば     源宗于朝臣       (古今、冬、315)(六帖34416、冬の草)(和漢朗詠集下、山家) 〔釈義〕 山里(の侘び住まい)は、(いつとなく年中淋しいものではあるが、)冬がだ、特にさびしさのまさるものであったことだ。(秋は、いわゆる、人の心にも秋が来て訪ねて来ることも遠のいてゆくし、同時に草木も枯れて来るといって悲しまれてもいるが、秋の草木には黄葉の美しさもあり、そのせいで訪ねて来る人もまだある。ところが冬になると、美しかった草木も見る影もなく枯れてしまい、従って秋草の美に惹かれてここを訪れていた人ももう姿を見せなくなってしまうというわけで、)人の見えることも遠のき草も枯れて(、もう我が心を慰めてくれるものは何一つなくなって)しまうのだと、じっと思い入ってみるとなあ。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、古今集の詞書に「冬の歌とてよめる」とあるが、主題は何か、歌趣はどこにあるか、容易に分からない。 ② 似たような意味構造の歌や文を検討すると、所は「山里」「故里」「山」、季節は「秋」「冬」「春」、刻限は「夜」「曙」「夕暮」を題にとって述べているが、それらは題に対する結論「わびし」「悲し」「寒し」「なかれぬる」と、その結論に至る理由説明の部分からなっている。これらは、自然や生活環境の観照であり、体験を通して把握したものである。 ③ 興風の「秋くれば虫とともにぞなかれぬる人目も草もかれぬと思へば」(仁和寺御時二宮歌合)の歌は、下の句が共通で、秋と冬の対比ができるので、源宗于の歌と密接な関係がある。 ④ 「秋くれば」のうたでは恋する女の気持を詠んでいるが、「山里は」の歌では女と限らず、失意不遇あるいは無常を感じて山里に住む境涯の人を想定している。 ⑤ 末尾の「と思へば」は単に語調を整える軽いものではなく、思念の結論である。「人目も草もかれぬ」は、「秋くれば」の歌では運命の予測であるが、「山里は」の歌では現実の奥にある理法の体感である。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、実生活から出た実感ではなく、思惟の世界での興趣である。山里の冬の興趣を人の姿を見せることが遠のくことと、草が枯れるということを同類と見る想念の世界であり、それによってじめじめした暗さを持たない。 ② 西行の「さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵並べむ冬の...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(27) 藤原兼輔

みかの原わきて流るるいづみ川いつ見きとてか恋しかるらむ    中納言兼輔      (新古、恋一、996)(六帖32432、川) 〔釈義〕 みかの原に湧出ては流れ出す泉の川、そしてそれが集まって、みかの原を二つに分けて流れてゆく泉川。その「泉川」という詞にあるように、いつ(あなたを)見たというわけで、こんなに(あなたが)恋しいのでしょうか。(あなたを実際に見た覚えもないのに、いつとはなしに噂に聞くあなたのことが心に深く残って、ちょうどみかの原に絶えず湧き出る泉が川になって流れ出すように、あなたへの恋心が絶えず湧起っては外に溢れて人目にも見えるようになり、その半面では、みかの原を泉川が二つに分けて流れて向う岸は遠く隔たっているように、あなたとの間は隔てられていて近づくことも出来ないのです。) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は新古今集の詞書には「題しらず」とある。 ② みかの原は山城国相楽郡の地名で、恭仁京の址のある所で、木津川(古名泉川)が貫流している。甕(みか)を埋めたところから水が湧いた言い伝えに由来して泉川とも言う。 ③ 上三句は「いつみ」の序であり、普通は「わきて」を「分きて」と「湧きて」の懸詞とし、「湧き」は「泉」の縁語であるが、安東次男氏は「分きて」は無駄であるとして懸詞を否定している。 ④ 万葉集の泉川の歌を見ると、恭仁京の時代には打橋や浮橋も渡してあったが、平時は徒歩や騎馬で渡る川であり、みかの原は泉川によって二分され、両岸は交通が阻害されていたことが分かる。これは、相手の女性との間は隔てられていると暗示している。 ⑤ みかの原に泉が湧いて泉川となるという古歌は管見に入らないので、この歌は「湧きて流るる泉」と「みかの原分きて流るる泉川」の二つが重ねられている構造ということになる。 〔鑑賞〕の要旨 ① みかの原には古都の奥ゆかしさが感じられ、泉の湧出して流れるイメージが浮かぶ。さらに、一途な恋に悩む男子の姿と、相手の女性が泉川の対岸の隔てられた世界にいるという情況が浮かんでくる。 ② 序に二通りの意味が含まれ、そのまま下の句につながってゆく点は、序のあり方としては充実している。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の藤原兼輔の歌に対する注釈を、勝手にまと...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(26) 藤原忠平

 小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ     貞信公      (拾遺、雑秋、1128)(大和物語九十九) 〔釈義〕 (今日の御幸に供奉して、お蔭で私も観ることの出来た小倉山の紅葉の、何という見事さか!上皇も叡感のあまり、今日の御幸だけでは惜しい、折角の美景ゆえ、帝も行幸あって叡覧あるがお宜しかろうと仰せられるのだ、)小倉山よ、峯の紅葉よ、もし(お前に)心があるなら、(散ったり移ろうたりするのをしばらく止めて、)もうひとつのたびのみゆき(、すなわち上皇の御幸とは別であるところの、帝の行幸)をお待ちしてほしいのだ!(そうしてまた帝の叡感に預かることは、お前にとっても本望だろうじゃないか?!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌の作歌事情は、拾遺集の詞書、大鏡昔物語、大和物語九十九段などに見えるが、拾遺集や大鏡では亭子院が帝の行幸を発議したことになるが、大和物語では貞信公が申し出たことになっている。 ② この歌では、亭子院を聴者とする場面で、紅葉という意識される対象をあたかも聴者のように扱って物を言いかけたり要求したりしており、よくある興趣表現である。 ③ この歌の初・二句を普通「小倉山の峰の紅葉よ」と口訳するが、そうではなくて「小倉山よ、その峯の美しい紅葉よ」の意であり、意識の対象は小倉山であり、またその紅葉である。 ④ 「今ひとたびの」は「もう一度の」という意味ではあるが、この「たび」は、現象が順次に生起する場合の単位であるが、その生起内容が同趣であることを意識する場合もあるが、ここは生起内容が異趣である。 ⑤ 院の御幸に供奉した人々の詠進した詩歌の一つと考えると、言外の意味が汲み取れる。京の紅葉の美景を嘆賞する心、供奉したことを感謝し、上皇の庇護下での帝の聖代を寿ぐ祝意が託されている。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌を実感表現の歌と誤ると、平淡で優れた点もないと評することになるが、野外において命を受けて制作に応じた歌であり、美景への嘆賞と皇室賛美、聖代慶祝の意をこめた当意即妙の歌である。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の貞信公藤原忠平の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(25) 藤原定方

名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな    三条右大臣      (後撰、恋三、701)(六帖34732、さねかづら) 〔釈義〕 その名に相当する効があるなら、逢坂山のさねかづらを(手繰り寄せたい、但し人に知られては具合が悪いから)、人に知られずに手繰り寄せる方法でもあったらなあ、(そうすればその効によって、「逢う」て「さ寝」る、すなわちそなたに逢って一緒に寝ることも出来ように。ということは、つまり)そなたに逢って一緒に寝るために、人に知られずにやって来る方法でもあればなあ(ということだよ)。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、「逢坂山のさね葛」に「逢ふ」と「さ寝」の掛詞があり、「くる」が「繰る」と「来る」の掛詞であることは明らかだが、文脈と文意は明らかではない。 ② 八代集抄(北村季吟)は、「我思人も世にしられずしてくるよしもがなといへる也」と女の立場で解しているが、後撰集の詞書には「女のもとにつかはしける」とあるので否定できる。 「人に知られでくる」を「人に知られないで逢いに来る」という解は「繰る」を生かしていない。また、「愛する女が自分の意に靡いて」という解は、「繰る」と「寄る」を混同したものだ。「名にし負はば」は「逢坂山のさね葛」について言っているので、その対象は「逢ふ」と「さ寝」なので、これを「人に知られでくる」に関係づけるのは無理がある。この歌を、「さね葛」に呼びかけたとする解には納得できない。 ③ 「名に負ふ」と同じような「名に聞く」「名に立つ」「名に流る」「名に旧る」の「名」は評判の意であるが、これらは中古以後のものである。「名に懸く」は「名に負ふ」とともに万葉から例があり、「名に懸く」は「名に懸かる」の意だが、「名に負ふ」は「名から負う」「名から義務を負う」の意である。よって、逢坂山のさね葛が名に相当する価値を持つなら、「逢ふ」「さ寝」を実現する呪力を持つので、「人に知られで繰る」は「秘密の内にそれを手に入れたい」の意である。 ④ この歌では、逢坂山のさね葛を秘密の内に獲得する方法でもあればよいという比喩の意味と、そなたに逢うて寝るためにこっそり来る手段でもあればよいという現実の意味が、表裏一体をなしている。 ⑤ 「来る」を後撰集の詞書に照らすと、女が男の許へ来ることになるが、習慣上不自然なので「行く」意味であろうという説が多い...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(24) 菅原道真

このたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに    菅家       (古今、羇旅、420)(六帖33249、たむけ) 〔釈義〕 この度の旅は、(手向山の紅葉のあまりな美しさにすっかり気がひけて、)用意した幣も取ってお供えしかねますので、大慌てで(予定を変更して、改めて)手向けまする手向山(でございます)!(どうか、この山の)紅葉の錦を神様のお気に召すままに(ご自由にお享け下さいませ)!(神様、私の機転、なかなかすばらしゅうございましょう!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は普通に二句切れの歌と解されているが、それでは「手向ける」という意味の詞が字面になく舌足らずである。これは、三句切れの歌とみなすべきで、「手向山を手向ける」という意味である。 ② 「とりあへず」の意味は、目的語を持った「〇〇をとりあへず」は「〇〇を完全に取りおおせない」の意であり、「取りあへず××する」は「取るものも完全に取りおおせない状態で慌ただしく××する」の意である。この歌は両者を兼ねており、「幣も完全に取りおおせないで、慌ただしく手向けするその手向山」の意味である。 ③ 「たび」は、「度」と「旅」の懸詞である。 ④ 「幣もとりあへず」は、御幸供奉の際であるとか多忙の故にととる解があるが、これでは紅葉は幣の代用品であり、「神のまにまに」と矛盾する。 ⑤ 「幣もとりあへず」は、幣が美しい手向山の紅葉に見劣りするので、予定を変更し手向山を全山の紅葉ごと手向けると解するのがよい。これによって、この歌は全山紅葉の美景を鑑賞した、耽美的な詩情の歌となる。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、「度」と「旅」、「幣も取りあへず」と「取りあへず手向けする」、「手向けする」と「手向山」といった、三か所の懸けたところが上の句にあり、これに対して下の句は堅苦しい言い方の後に「享けさせたまへ」が省略されていて、上の句と下の句が均衡がとれている。 ② 手向山を手向けるという言い方は、作者の所領でもないので問題があるが、これは道祖神に対して精一杯ふざけることで敬意を表した俳諧歌と考えられる。同時に紅葉の美景を鑑賞する歌でもある。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の菅原道真の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものであり...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(23) 大江千里

月見ればちぢに物こそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど     大江千里      (古今、秋上、193)(六帖31179、秋の月) 〔釈義〕 月を見ると、さまざまに物が、それこそよ悲しいこと!(といって)わが身一つの(ためにある悲しい)秋ではないのだが(、わが身一つのためにある秋であるかのように)! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、22の歌同様歌合の歌であり題詠であるが、「秋」に「飽き」が掛けてあるのか検討してみると、この歌の影響を受けて詠まれた歌では「飽き」をかけている例はないので、この歌においても「飽き」は掛かっていない。 ② 古今集の配列を見ると、この歌の前後の歌は皆「悲しき秋」「心尽くしの秋」を主題とする歌であり、その悲秋のもとは月影・虫の音・紅葉の移ろい・鹿の声などである。この歌は、「月見る時ぞ秋は悲しき」という意味の歌だと解するのが妥当である。 ③ 万葉の歌は、秋そのものに対する悲愁感はなく、即物的であった。月が悲愁を感じさせるというのは、漢詩の影響であり、特に李白の「静夜思」「子夜呉歌」などが影響を与えた。 ④ 中古文学に最大の影響を与えた白氏文集から、月と非秋を結び付けたものを示すと、「秋懐」「秋月」「秋夕」「独眠吟」「感月悲逝者」「八月十五夜禁中独直対月憶元九」「贈内」「燕子楼」「中秋月」などがあり、これらに触発されたのが千里の歌である。 ⑤ この歌は、契沖以来「燕子楼」の詩の翻案であるとされるが、「燕子楼」は恋の詩であるから典拠にはふさわしくなく、むしろ「中秋月」の「照他幾許人断腸」を踏まえている。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、秋の悲哀感・寂寥感を表現しているとか、中世的暗さがないとか、漢詩風の構成であると指摘されるが、心惹かれるのには何か他の要素がある。 ② 和歌においては、詠み込まれた地名や季節の現象が深い興趣を持っていて、それによって共感を誘い優れたものと意識される。 ③ この歌では、秋の月の悲しい感触と、わが身の孤独の悲愁が分かちがたく結びつき、美しいと感動する。 ④ 音調面では、各行音が交錯しているが、末尾の句が字余りで文節の頭でア音を繰り返す点が詠嘆の趣がある。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の大江千里の歌に対する注釈を、...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(22) 文屋康秀

吹くからに秋の草木のしほるればむべ山風をあらしといふらむ     文屋康秀      (古今、秋下、249)(六帖31309、嵐) 〔釈義〕 (山風が)吹くことにより、そのせいで、秋の草木が(ひとたまりもなく)いたんでぐったりするので、なるほど、それで山風を(そこらじゅう荒らしまくるという意味を持った、おまけに「山」「風」に二字を結びつけた嵐の字を当ててまで書く)あらしというのであろう。(山風くんよ、そんな名がつけられても、仕方がないねえ。名にしろ君の意志ではなくても、君の行くところ忽ち沢山の被害者が出るのだから!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、「あらし=荒風」に嵐字をあてて書く習慣を利用して、嵐字を山風の二字に分解し、それと「あらし」とをうまく因縁づけて説明した知巧的な歌である。古今集には、梅字を木と毎とに分解して、「うめ」と因縁づけた歌もある。 ② これらは、六朝頃の離合詩の流れを汲む字訓詩を和歌に応用したもので、本朝文粋にも二首の字訓詩が収載されている。 ③ 字訓詩であってもその知巧面をのみ着目するのではなく、意味内容も趣致内容もそこに盛られた豊富な内容を汲み取るべきだが、藤原公任の和歌九品ではあまり評価されていない。しかし、詠歌大概の秀歌之体大略にこの歌を採用したからには藤原定家の評価が高いので、言語遊戯の作品以上かもしれない。 ④ この歌に影響を受けた派生歌が勅撰集にも何首かあるが、それらは叙情の歌としても、叙景の歌としても深い詩情を持っている。 ⑤ この歌は「……ばむべ……らむ」という形をとっているが、これを「AにおいてBなり。さればむべCはDなり。」と一般化することができる。「山風が吹くからに秋の草木のしほるれば」の部分は、山風が草木をいじめる残酷物語であり、草木にとって悲劇である。しかし、「それで山風はあらしといわれる」となると、滑稽感を帯びるのであり、そこに文字遊戯が加わって諧謔感が増す。 ⑥ この歌は、秋から冬に向って自然の激変ぶりによって生じる悲しみを根底においているが、悲愁の感を克服しおかしみに転じて行く俳諧歌である。そのことから、派生した歌に深い詩情が含まれている。 ⑦ この歌の「秋の草木の」は、古今六帖では「なべて草木の」とあるが、山風は冬は勿論春にも吹くので、「秋の」という詞は必要である。 〔鑑賞〕の要旨 ① 山風の二字で嵐字にな...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(21)  素性法師

今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな    素性法師      (古今、恋四、691)(素性集15715)(六帖33673・人をまつ)(和漢朗詠集下、恋) 〔釈義〕 (あなたが)もうじき(九月に入る頃にでもなれば)来ようと言われたばっかりに、(私はそれをあてにして、)長い月日の間ただこの九月を待ち続けて、とうとう秋の夜長も終りに近く、(有明の月の出るのを見届けるという結果をもたらしたことです。私の待っていたのはあなた以外のだれでもないのに、あなたはあれからこっちの長い月日を、とうとう今まで姿を見せられないで、姿をみせたのはなんと、九月も末近い有明の月でした。何のことはない、私が努力して毎夜寝ないで待った甲斐あって、ついに)出の遅い九月の有明の月を引っ張り出して来たといった、(ばかばかしい)始末ですよなあ!(私をこんな目にあわせるあなたは、ほんとに薄情なお方!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、相手を待つのは一夜のこととして相手は来ないのに月が出たと解する人が多い。古今集の配列を見ても、撰者たちも「待恋」の歌として理解していた。しかし、定家の顕註蜜勘には、相手を数か月待つ「久待恋」の歌として解している。 ② この歌の「今来む」という表現について、枕草子の「いま秋風吹かむをりぞ来んとする」、伊勢物語の「大和人来むいへり」、古今集「まつとし聞かば今帰り来む」を例にして考えると、数か月、半日ないし数日、数年と幅がある。 ③ この歌の「長月の」という表現に着目すると、一夜の「待恋」の歌ならば「長き夜の」とあればいいので、「長月の」には、長い月日の経過した意味も加わっている。 ④ 以上から、「長月の」は相手が来ようと約束した期限を意味し、九月以前から待ち受け、九月も下旬になってしまったため、夜明け近くまで待つようになったのである。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、男の一時の気まぐれから出た言動と、女の長期間にわたる深刻になって行く心情行為が対照されている。 ② 古今集には、「題知らず」として出ているが、内容から見て題詠の歌である。「長月の」には二重三重の意味があり、「待ち出でつる」には恋人と月とのすり替えの面白さが見られる。 ③ 初・二句の句頭音がイ音で続き、後半は「つき」「つき」「つる」とツ音が続き、各句にカ行音が配置されている。 〔蛇足〕 以上は、昭和54...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(20) 元良親王

わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ     元良親王      (後撰、恋五、961)(拾遺、恋二、766)(元良親王21244)(六帖2813、みをつくし) 〔釈義〕 どうにも辛い破目になってしまったので、今となっては、(ここで引き退っても、破れかぶれで押進んでも、)結局同じ憂き名がよ立つ以外にないのだから、難波江に孑然と立つ澪標、そうだ、澪標のように独りで、いっそ身を尽くし滅ぼしてでも構わぬ、積極的に出てあなたに逢おうとさ、結論として思うことよ!(あなたもどうかその積りでおいで下さい!)  〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、諸註には二句切れの歌としているが、意味が完結しない。また、「難波なる」は「澪標」を導くために冠せられたものとされているが、違うのではないか。 ② 古歌の「なにはのこと」という表現を見ると、これらは「難波」と「何事」をかけていることが明らかで、この歌の「難波なる」は「名にはなる」と掛詞であり、「今はた同じ名にはなる」は、退いて愛を諦めることと、進んで愛を貫いて逢うのとが、「憂き名になる」ことは同じだという意味である。 ③ 「難波なる澪標」という表現は、単に余興的に添えられたに留まらず、海中に孤立した姿は独り我が道を行く悄然たる姿、或いは意気昂然たる姿と見られる。この歌でも、土地・景物のイメージが歌の興趣を深める役割を為している。 〔鑑賞〕の要旨 ① 「わびぬれば」となだらかな言い出しからはじまって、「今、はた、同じ、名にはなる」と衝当り引懸かるような言い方を見せた後で、「みをつくしても逢はむとぞ思ふ」と一息に結論へ持ってきて言い納めた。歌全体の格調は流麗雄壮なものとなっている。 ② 上の句がナ行音を多用し、下の句がマ行音を多用している。上下を通じてタ行音やハ音が配置されている。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の元良親王の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の引用があったものを、今回もまた乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕では、諸註の二句切れとする説に対して、「同じ」が「名にはな...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(19) 伊勢

難波潟みじかき蘆のふしの間も逢はでこの世を過ぐしてよとや       伊勢     (新古今、恋一、1049)(伊勢集18261・18577) 〔釈義〕 (京人にとって、近いところにある親しい憧れの海辺)難波潟!そこに生えているまだうら若く丈も短い蘆!(春もようやく酣わの懐かしくなまめかしい情景でありますが、この情景の懐かしくやさしい雰囲気とはうらはらに、)短い蘆の短い節の間といった極短時間でさえも、二人は(もう)逢わないでこの世を過すことにせよと(あなたは)言われるのですか?!(何てひどいことを) 〔義趣討究〕の要旨 ① 「ふしのま」の意味は「節と節との間」の意味とされているが、用例を見ると至極短い時間を意味する。 ② 「難波潟」を初句に置いた歌を検討したが、特に掛詞には見えない。これらの歌には、蘆のほかに潮満汐干・鶴・鴦・千鳥・玉藻が詠まれ、京人には親しい懐かしい海辺の風趣として憧れられたのに加え、難波が古都であったため、深い興趣が湧く歌枕である。 ③ 「みじかき」は「ふしの間」を修飾すると諸註は説くが、これは「蘆」を修飾すると考えるべきで、「みじかき蘆」は若葉が伸びつつある草丈のまだ短い頃の蘆を表現したもので、春もようやく酣わのころである。この歌の前半は明るく楽しい雰囲気の世界であり、後半の暗い悲愁の世界とが対比される。 ④ この歌は伊勢集に「秋の頃うたて人の物言ひけるに」という詞書を持つ四首の中の一首であり、「うたて人」とは心変わりする不実な男を意味し、求愛に応じて以来男の不実に悩み続けた経過を示したものである。 〔鑑賞〕の要旨 ① 八代集抄の「詞づかひ優なる歌なり。……又此五文字難波潟とは大やうにいひ出したり」という評語通りの歌である。 ② 心変わりした男の不実に憤激しながらも、男を諦めることが出来ず、どこまでも縋り付いてゆこうとする女心のあわれさが感じられる。 ③ 音調面では、サ行音のなかでもシ音が多く配置されているほか、句ごとに主調音が変化していて、リズム感が生じている。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の伊勢の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の引用があったものを、今回もまた乱...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(18) 藤原敏行

住の江の岸による波夜さへや夢の通ひ路人目よくらむ    藤原敏行朝臣      (古今、恋二、559)(六帖32885、片恋)(寛平御時后宮歌合35522、恋) 〔釈義〕 (男が女の許に来て棲むという名につながる)住の江の岸に(しきりに)寄って行く波―(繁々と愛人の許に通い寄ってゆく男の姿を思わせて)―その寄ることまでも、(「寄る」につながる)夜までも、―(波は住の江の岸にあんなに寄るのに、あの方ときたら、―愛人のところに寄るのはお嫌いではない筈なのに、また昼間なら人目につくのがお困りなのはもっともだけれど夜ならその気遣いもないものを、さらにうつつに寄って下さらないのはさまざま事情がおありで仕方がないとしても、夢の中でなら私の側に寄って下さるぐらいわけもない筈なのに、寄ることまでも、夜までも)夢の中の通い路において(までも、不必要に)人目を避けようとなさる(ので、それで結局、あの方は私の夢の中にも寄って来て下さらない)のだろうか?!(でもまあもどかしい!) 〔釈義〕の要旨 住の江の岸に寄って行く波―その寄ることまでも、夜までも―夢の中の通い路において人目を避けようとなさるのだろうか?! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、古今集の詞書によって題詠であり、初・二句は「寄る・夜」の序詞になっているが、枕詞や序詞は現代人には意味がないと放置しがちだが、音調以上にイメージ上大きな機能が持たせてあるから、この序詞は愛人の許に通う男の姿を彷彿とさせる。 ② 序詞の初・二句に対して、後の五七七は対比関係にあり、寄る事と他の事、夜の行動と昼の行動、さらに夢の通い路が現実の通い路と対比されている。 ③ 「―や……らむ」という推量の用法に従うと、これは「―……のだろうか、恐らくそうだろう」と訳すことになるが、これを男の述懐とすることはできず、待つ恋を悶える女の気持で詠んだ歌である。もし男の述懐ならこの「や」を除くべきである。 〔鑑賞〕の要旨 ① 「住の江」という地名が愛の巣を連想させ、「岸による波」も愛人の許に通う人の動きの二重写しであり、「よるなみよるさへや」は波が打ち寄せる感じがあり、その後で激情が出て恨み言を述べる。 ② 音調上次第に大きくなるリズム感があり、感情が揺れる趣がある。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(17) 在原業平

ちはやぶる神代も聞かず竜田川唐紅に水くくるとは     在原業平朝臣      (古今、秋下、294)(伊勢物語百六段)(業平集16139) 〔釈義〕 ちはやぶる神々の御代にも(どこかでこんな事があったとはまだ)聞いたことがない。(だのに、)竜田川では、(現に、その前代未聞の事として、華かな)唐紅の色に、(流れる)水を括り染めにしているとはまあ(、何と奇異な事があるものでしょうか)?!(それは竜田姫が二条のお后様をお慕いしていて、山で錦の紅葉を織成すばかりか、川でも紅葉型の括り染をして、お后様の台覧に供しようと願っているのでしょうか?! お后様、その竜田川の水を括り染にした唐紅の色とは、実はお后様を今なおお慕いする私の心の色でもあるのです!憐れとお思い下さいましょうか?!) 〔義趣討究〕の要旨 ① 倒置の表現には、強調したい結びを先に述べる場合と、後に述べる部分を強調する場合とがあるが、この歌はそのどちらにも当てはまらず、二つの句が連接しているもので、倒置ではない。神代に聞かなかった対象は、「唐紅に水くくる」現象を指している。 ② 上二句は神代にあったことを伝え聞くという神話伝説を背景においているが、河の水を赤く染めた点では簸の河の大蛇伝説とも、あるいは物が皆霊力を持って活躍したとされる神代に思いを馳せたとも見える。 ③ この歌は、屏風絵にある、紅葉が川水に散って浮かんでいるのと、白く光る水が交錯した場面を、「唐紅に水括る」と譬えた奇抜さと、そこに浮かび出るイメージの華麗さを手柄とする歌だが、それだけではない。 ④ 業平の歌は「心余りて詞足らず」と言われることを考えると、屏風絵の歌として、屏風の持ち主に対して慶賀祝福、親愛尊敬の念を表するものであり、古今集の詞書にある二条の后は業平とロマンスのあった人であるから、この歌には特別な感情が込められている。 ⑤ 竜田川の唐紅に括り染された水の色は、業平自身の二条の后への気持の深さを表現したものであり、それを二条の后に愬(うった)えたものである。 ⑥ この歌を本歌取りした藤原定家の歌が知られているが、一節には「くくる」を「潜る」と解している可能性が指摘されているが、私見では「括る」と解する。よって、この歌の「くくる」も「括る」である。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は伊勢物語に詞書があり、それに沿って解釈すると、親王たちが逍遥し...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(16) 在原行平

立ち別れいなばの山の峯に生ふるまつとし聞かば今帰り来む   中納言行平      (古今、離別、365)(六帖32135、国) 〔釈義〕 (今)出立し別れて、(私は)もう往ってしまおうとしている因幡の国!その因幡の国の山々の峯に生え(茂っ)ている(のが想像に浮かんで来る)松!「まつ」といえば、(そうだ、)あなたが私を待って恋い焦れていらっしゃるという、外ならぬその消息を、風の便りにも聞くでしょう。そう聞いたなら、(私はあなたが恋しく望郷の念に堪えられなくなって、)今早々に(京に)帰って来るでしょうよ!(どうか、しばらくのことです、辛抱して待っていて下さい。) 〔義趣討究〕の要旨 ① 「往なば」を逆接仮定条件と解するのは無理で、「往なば」「聞かば」と順接仮定条件が二度繰り返されている。これは、「往なば」「聞かむ。聞かば」「帰り来む」という構造と解してよいのではないか。 ② この歌は、「因幡に赴任するために京都を出発する際の歌」とも「因幡で任期満了して京都に向かって帰途につく際の歌」ともとれ、「妻または愛人に贈った歌」とも「見送りの人々に対する挨拶の歌」とも取れ、決め手がない。 ③ 「往ぬ」ということばは、「ここから去ってどこかへ行く」という意味ではあるが、「ここから」という補語は明示されず、「どこかへ」という補語はよく明示される。この歌の「いなば」を「往なむ」と「因幡」を懸けたものと考えると、「往なむ因幡」となり「往なむ往先である因幡」の意となって、京都で因幡赴任の際に詠んだものとなる。 ④ この歌について、古来風体抄には「この歌あまりにぞくさりゆきたれど、姿をかしきなり」とあって、懸詞を次々に次ぎ合わせた歌として「鎖る」とある。「往なば(往なむ)」と「因幡」の懸詞や「松」と「待つ」の懸詞のほかに、「峯」に「見ね(ば)」も懸けてあるのではないか。 ⑤ 和漢朗詠集下、餞別に見える江相公の漢詩文は、送る側の詠であるが、この歌と構造が似ているので参照すると、この歌は「立ち別れ往なむ因幡」「その因幡の山の峯に生ふる松」「君が待つとし聞かむ」「そう聞かば今帰り来む」の四つの句から成る。それを懸詞で連鎖した点を俊成は指摘したのである。 ⑥ 四つの句は起承転結の構成を取っていて、綿々たる情をこめた重量感のある歌であり、妻または愛人に対する切々たる離別の情を綴った歌である。 〔鑑賞〕...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(15) 光孝天皇

君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ    光孝天皇      (古今、春上、21)(六帖30923、若菜) 〔釈義〕 あなたにさし上げようとして、春の野に出て若菜を摘んでいる、その私の(しきりに振り払う)衣の袖に、おお、(後から後から)雪が降り降りして(、ずいぶん難儀なことでしたよ)!(どうぞ私の心の籠ったこの若菜を召し上がってお健やかでいらして下さいね。) 〔義趣討究〕の要旨 ① 古今集の詞書に「人に若菜給ひける御歌」とあって、「奉り給ひける」ではないから、「人」は臣下である。光孝天皇から「君」と呼ばれる人はいかなる身分の人か。 ② この歌と類似の若菜の歌は、万葉集巻十1839や大和物語73段に見えるが、ともに愛する男に贈った女の詠であり、作者と詞書を除いて読むと、光孝天皇の歌も女の詠である。 ③ 若菜を詠んだ歌を検討すると、「君」は必ずしも女が男を呼ぶ尊称とは限定できず、また若菜を摘む行為は男女を問わない。 ④ 若菜と関係しない歌で「君」の用法を見ると、男同士の対等の第三者を指すことがあるが男が敬愛する女性貴人や愛人を指すこともある。和泉式部日記でも帥宮が和泉式部を「君」と呼んでいる。よって、この歌は光孝天皇が女性に贈ったと見てよい。 ⑤ 万葉集巻八1460の歌なども参照すると、何かを献じたこの歌の類は、勿体をつけた言い方でわが行為と苦労を知らせて相手の好意ある反応を期待するものである。愛人に済まないという気持ちを起させ、同情と歓心を買うものだ。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌を万葉的だと評することもあるが、万葉集の歌が実感の表現であるが、この歌や大和物語の歌では、実感表現ではなく虚構の世界を表現した歌で、若菜を贈るとともに詩を贈ることによってわが好意をしらせ、贈られた人は贈り主の願望に感動する。 ② 万葉集巻十の歌をもとにして、大和物語の歌が詠まれ、さらに大和物語の歌をもとに、この歌が詠まれたと考えると、万葉集の歌の実感は気分が重たいが、それに対して大和物語の歌では具体性が乏しいが空想の物語にふさわしい。 ③ 大和物語では、雨上がりに女性が若菜を摘むが、この歌では男性が雪を払いながら若菜を摘んでいることによって、愛の力強さの籠った若菜に対して女性は謝意を以て賞美する。 ④ 大和物語の歌に比べて、この歌では各句が単位を為して強さが出ている。上句が「...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(14) 源融

みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに    河原左大臣     (古今、恋四、724)(勢語一段)(六帖34158、すり衣) 〔釈義〕 みちのくのしのぶもぢずり、(乱れ模様に染めるとか。私の心もそのように、忍ぶ恋にすっかり思い乱れて、)乱れ模様に染めてしまった。だれのせいでそんなに乱れこんでしまった私なのか?あなた以外のだれのせいで乱れこんでしまった私でもないのに!(みんなあなたのせいでそうなった私なのに!その私にどうしてあなたは冷淡でいらっしゃるの?どうぞ私の気持を汲んで、人知れず私の思いを遂げさせてね!) 〔義趣討究〕の要旨 ① 「乱れそめにし」の「そめ」を、信夫捩摺の縁語「染め」と「初め」の掛詞と普通は解するが、それは妥当ではなく忍ぶ恋の意味からも「染め」である。つまり、「布を乱れ模様に染め」と「心を乱れ模様に染め」という意味である。 ② 「誰故に乱れそめにし」で句切れになると見る場合、「誰」という疑問詞に対して、連体形で結ぶと見るが、疑問詞のみに対する結びは終止形で結ぶものである。 ③ 「われならなくに」を「わが故ならなくに」と解するのは無理であり、「……くに」の形は、順接「……ので」の意味にも、逆接「……のに」の意味にもなる。 ④ 「誰」という疑問詞は、疑問の用法では不明の対象「誰」の場合、自分の事を記憶が薄れて「誰」とする場合、「自分以外の誰」、「あなた以外の誰」の場合などがある。これに対して、不定の用法があり、「誰も」が「みんな」を意味する場合、限られた範囲で任意の人を指す場合、「あなた」と「私」を指して「双方ともに」の場合、特定の人を指す「だれそれ」の場合、「あなた以外の特定の人」の場合、「その人以外の特定の人」の場合などがある。 ⑤ この歌では、「あなた以外の誰のせいで乱れ染めにし私なのか、そんな私でもないのに(ないのだから)」の意となり、「どうしてあなたは冷淡なのか」「どうぞ私の気持を汲んでね」と解される。 ⑥ 古今集では四句目が「乱れむと思ふ」となるが、これだと「もう乱れそうな」の意となり、「乱れ染めにし」とは事態の重さ深刻さが違ってしまい、表現は到底及ばない。 〔鑑賞〕の要旨 ① 序詞の表すイメージが非常に効果的であり、理性が乱れ崩壊寸前にある人の姿と重ね合わされる。詠作主体は女性と見る方が適切である。 ② 序詞はゆったり...