超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(24) 菅原道真

このたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに    菅家

      (古今、羇旅、420)(六帖33249、たむけ)


〔釈義〕

この度の旅は、(手向山の紅葉のあまりな美しさにすっかり気がひけて、)用意した幣も取ってお供えしかねますので、大慌てで(予定を変更して、改めて)手向けまする手向山(でございます)!(どうか、この山の)紅葉の錦を神様のお気に召すままに(ご自由にお享け下さいませ)!(神様、私の機転、なかなかすばらしゅうございましょう!)


〔義趣討究〕の要旨

① この歌は普通に二句切れの歌と解されているが、それでは「手向ける」という意味の詞が字面になく舌足らずである。これは、三句切れの歌とみなすべきで、「手向山を手向ける」という意味である。

② 「とりあへず」の意味は、目的語を持った「〇〇をとりあへず」は「〇〇を完全に取りおおせない」の意であり、「取りあへず××する」は「取るものも完全に取りおおせない状態で慌ただしく××する」の意である。この歌は両者を兼ねており、「幣も完全に取りおおせないで、慌ただしく手向けするその手向山」の意味である。

③ 「たび」は、「度」と「旅」の懸詞である。

④ 「幣もとりあへず」は、御幸供奉の際であるとか多忙の故にととる解があるが、これでは紅葉は幣の代用品であり、「神のまにまに」と矛盾する。

⑤ 「幣もとりあへず」は、幣が美しい手向山の紅葉に見劣りするので、予定を変更し手向山を全山の紅葉ごと手向けると解するのがよい。これによって、この歌は全山紅葉の美景を鑑賞した、耽美的な詩情の歌となる。


〔鑑賞〕の要旨

① この歌は、「度」と「旅」、「幣も取りあへず」と「取りあへず手向けする」、「手向けする」と「手向山」といった、三か所の懸けたところが上の句にあり、これに対して下の句は堅苦しい言い方の後に「享けさせたまへ」が省略されていて、上の句と下の句が均衡がとれている。

② 手向山を手向けるという言い方は、作者の所領でもないので問題があるが、これは道祖神に対して精一杯ふざけることで敬意を表した俳諧歌と考えられる。同時に紅葉の美景を鑑賞する歌でもある。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の菅原道真の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の引用があったものを、今回もまた乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕では、普通に唱えられている二句切れ説に対して、三句切れ説を提唱し、「とりあへず手向ける手向山」という解釈を採用しています。さらに、「とりあへず」の分析から、「〇〇を取りおおせない」という解と、「慌ただしく××する」という解釈を導いています。また、紅葉が幣の代用品という解釈を否定し、幣より美しい紅葉を奉納する歌であると指摘して、歌の詩情が紅葉の美景にあることを明らかにしています。〔鑑賞〕においては、上の句の複雑な構造を説明したうえで、下の句の後に省略されている「享けさせたまへ」を指摘して、上の句と下の句のバランスが取れているという考えを示しています。さらに、自分の所領ではない手向山を奉納するという俳諧歌でありつつ、紅葉を賞美する叙景歌である点も指摘しています。いつもならが、音調面の分析が付いていましたが、今回は割愛しました。


気になる点を指摘すると、「手向山」が「手向け」と掛詞になるという指摘は良いと思いますが、著者は「手向山を手向け」というふうに、掛詞が「目的格+動詞」として機能すると考えておりまして、この結果、「幣もとりあへず」と「とりあへず手向ける手向山」というふうに上の句を分解しております。しかしながら、二句目から三句目は、「幣もとりあへず手向ける」と解するべきで、「手向ける」の目的格は「幣」でありましょう。この幣は、一般には御幸のためか多忙のために忘れて来た幣とされますけれども、著者は美しい紅葉に対して見劣りする手持ちの幣と考えたようです。おそらくこれは「手向山の紅葉の錦」を、歌の中で先行して「幣」と表現したと解すべきではないかと思います。よって、「とりあへず」は、「幣をとりあへず」と区切るのではなく、「この度はとりあへず、幣を手向ける」と語順を変えれば分かる通り、著者の言う「慌ただしく」という解釈に落ち着くのではないでしょうか。著者の解釈の問題点は、他の注釈者と同じく、この歌を倒置法と見抜けないところから発しておりまして、三句目を掛詞と解し、次のように倒置を正すのがよいと思います。


   手向山(の)紅葉の錦(を)神のまにまに、この度は幣(として)とりあへず手向ける(ことぞかし)


〔蛇足の蛇足〕

著者は下の句の後に「享けさせたまへ」が省略されているとしておりまして、現代の注釈書でもこの補いは「お受け取り下さい」でだいたい統一されております。尾崎雅嘉『百人一首一夕話』や佐佐木信綱『百人一首講義』などは、「幣としてご覧ください」と補っていたんですが、どこかで風向きが変化したようですが、そうなったきっかけはにわかに分かりません。古今集の歌ですから、そちらで強い主張があったのかもしれません。ともかく、近代の注釈は、この菅原道真の歌を二句切れとみております。その結果、なぜ「幣を用意できなかったのか」という点に、異様にこだわっております。道真が、うっかり幣を忘れちゃったと考えるんですから、笑えます。さらに、「神のまにまに」のあとには、「ご覧ください」や「お受けください」を補うとするのが一般的となっています。みんながみんなそう理解しているわけです。しかしながら、それながら、果たしてそうなのでしょうか。そんな補いが、妥当なんでしょうか。かなり疑問だと思います。


不思議に思うのは、「手向山」に「手向け」という動詞が掛けてあるという、最も基本的なことが近代の注釈書では抜け落ちております。今回取り上げている桑田明氏が珍しく指摘しておりまして、古注釈はこの著者と同じように掛詞として処理してあるように見受けられます。ですから、どうやらこの歌は三句切れと見るほうが自然で、「幣もとりあえず手向け」と理解するほうが分かりやすいのではないかと思います。〔蛇足〕で主張した通り、この歌は倒置法の歌でありまして、解釈するなら三句目を二度使うことにするのがいいでしょう。三句目から四句目五句目が、通常の文の先行する部分であるはずで、その後に初句・二句が連なりまして、文末は「手向山」ではなくて、そこに掛けられている動詞の「手向け」ということです。念のため訳してみますが、倒置しているところをひっくり返して訳しますので、驚かないでいただきたいと思います。


手向山のこの美しい紅葉の錦を、神の御意志に従って、今回は幣として何はさておき(=慌ただしく)手向ける(=奉納する)ことです。(粗忽謹訳)


となりまして、別に余計な補いなど必要のない歌となりました。こうなると、「たび」の掛詞も、もう不要でありましょう。二句目の「とりあへず」は動詞としての用法ではなく、「手向け」に掛かる副詞句に収まりますが、それでよろしいと思います。ともかく、簡単に言ってしまえば、「手向山」の「紅葉の錦」を「幣」として「この度は」「とりあへず」「手向け」るという歌ではないかと思うのですが、そういう解釈は従来皆無に近いのであります。唯一見付けたのは、応永十三年(1406)に藤原満基が書写したとされる宮内庁書陵部蔵『百人一首抄』でありまして、これを見ると、


されば山の紅葉をそのまゝに神にまかせて手向る心也


とありますから、こういう理解でいいんじゃないのと思う次第です。この古注釈は宗祇も伝えた内容なんですが、どうももっと古いもので、二条為世の説を頓阿が書き留めたといわれているんですが、大昔は何の問題もなく「神にまかせて手向ける」だと理解していた節があります。


さてさて、菅家、すなわち菅原道真の歌に対する諸注釈の混迷ぶりがすごいのでありますけれども、どうやらこの歌が詠まれた時の朱雀院の御幸のルートを江戸時代の国学者が考証した結果、この「手向山」は固有名詞ではなく普通名詞であるというような説が強固に主張されたようです。『古今集』の詞書に明記されているのに、それを無視するという暴挙は、江戸時代の鼻息の荒い国学者ゆえの勇み足でございましょね。百歩譲ると、三句目を掛詞にする歌ができちゃったので、「手向山」という山名をルートから外れたところから道真が借りたっていいわけです。


ともかく、これまでの注釈書では二句切れは絶対で、その結果幣を持ってこなかったとするのであります。さらにさらに、「神のまにまに」を受ける動詞がありませんので、「お受けください」というような(ある意味でたらめな、恣意的な、神をも恐れぬ)補いをするんでありますが、これはおかしいと思います。「まにまに」は、「他者の意志に従って」こちらが何かするという使い方をするわけで、要するにでたらめな解釈が横行していたようなのであります。当たり前ですが、神意に従って「こちらが何かする」という表現を補う必要があるわけで、神様に「お受けください」というお願いが来るはずがないのであります。だったら、「とりあへず」の「ず」を連用形とみなし、下の句を倒置法とみなして「まにまに」を受ける言葉として掛詞の「手向け」を補えば、万事解決であります。「ここ手向山では、紅葉の錦を幣に見立てて、神のまにまにこの度は取りあへず、幣も手向けたるぞ」というのが、私の解釈であります。念のため、「まにまと」「まにまに」の例を適当に挙げて見ます。


万葉集1785 人となる ことは難きを わくらばに 成れる我が身は 死にも生きも 君がまにまと 思ひつつ ……

万葉集1912 たまきはる我が山の上に立つ霞 立つとも座(う)とも君がまにまに

古今集 391 君が行く越の白山知らねども ゆきのまにまに跡はたづねむ

古今集 393 別れをば山の桜にまかせてむ 止めむ止めじは花のまにまに


どれもこれも、相手の意向のままに、こちら側が何かするという歌でございます。だいたい、「神の意に従って(神は)ご覧ください」とか「神の意に従って(神は)お受けください」って言うのは、非常に傲慢な言い方でありまして、そんな言い方が神様に出来るものなのでしょうか。「神様よ、あなたの好きなようにしなさい」とか「好き勝手に見ろよ」「好き勝手に受けろよ」とか、それって放任する言い方であります。敬意が欠けます。つまり、幣を奉納するというのは、山の神に敬意を表するためで、神様の御意向に従って恭しく幣をお捧げいたします、という姿勢でなければ、いけないことでしょう。もう少し詳しく言うなら、私共の持参した幣に代えて、この山の美麗な幣を奉納申し上げ奉る、どうか安全無事にお通し下されという恭順の姿勢だったと思います。


きっと、この私は何かとんでもない誤解をして、その結果、この歌が倒置法に見えちゃったんであります。念のため言っておきますが、若い児童・生徒・学生さんなどが学校の宿題とかレポートにこれを引き写すと、たぶん大幅減点、もしくは0点でありますから、コピペするのは止めた方がいいと思います。理研にいて「何とか細胞がある!」と叫んだ割烹着のあの人みたいに、思いっきり叱られますよ。例えが古くてごめんなさい。


菅原道真が「手向け」と掛詞にしたくて「手向山」を選んだんだから、「手向山」は知る人ぞ知る固有名詞のはずです。『枕草子』第十三段の「山は」で始まる段にちゃんと出て来るんですが、江戸時代の人はこのあたりの検討はどうしたんでしょうか、平安時代に清少納言が固有名詞として紹介していることを見落とすなんて恥ずかしいんですが、さぞやうっかりしたんでしょう。 


ちなみに、著者は手向山を全山奉納したと考えてしまったようで、他人の所領を奉納することについて、一つの洒落として「剽げる(=ふざける・戯れる)」行為だとして考察しています。そうではなくて、「手向山の紅葉の錦」を「幣」として手向けると考えれば、ちょっとふざけ過ぎという心配事は解消することでしょう。

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