岩波文庫『百人一首』を読む(81) 藤原実定

81 ほととぎす鳴つる方をながむれば ただ有明の月ぞのこれる  後徳大寺左大臣


【訳】ほととぎすが鳴いて飛び過ぎた空のかなたをじっと見つめると、ただ有明の月が西の空に沈みもやらで残っているよ。ほととぎすの姿は見えないで……。

【出典】千載集・巻三・夏・161

   暁聞郭公といへる心をよみ侍ける 右大臣


【解釈の要点】

①この歌を収めている歌書は、藤原実定の家集『林下集』と、『歌仙落書』『治承三十六人歌合』ぐらいしか知られていない。家集では「郭公歌とて」という詞書でまとめられた四首の歌群の最後の作、他の二書では共に「暁郭公」を詞書とする。千載集で「暁聞郭公」という結題は、撰者の俊成が歌の内容に即して考えたか。

②下河辺長流の『三奥抄』の頭書に、藤原頼通の後拾遺集・夏192「有明の月だにあれやほととぎすただ一声のゆく方も見ん」と、藤原孝善の金葉集・夏112「ほととぎす飽かで過ぎぬる声によりあとなき空をながめつるかな」を引き、契沖『改観抄』でも二首を挙げて、「今の歌は此二首をおもひたまひけるにや」という。両書は孝善を藤原顕輔と誤るので、この『三奥抄』の頭書は、契沖の所為か。

③賀茂真淵の『宇比麻奈備』は、千載集の詞書に続いて一首の大意を述べた後、この歌に影響された『玉葉集』夏330「時鳥過つる方の雲間より猶ながめよと出づる月影」(宜秋門院丹後)を、出典も作者名も記さず引き、「……など、其外ひとびとよみたれどみなおとりたり」とある。同書の母胎である真淵の『百人一首古説』を見ると、丹後の歌を引いた後、「……などいふも、後には出来るにや、似たる物にもあらぬなり」と記した後に、『改観抄』を踏襲して頼通や孝善の歌を引き、「これらの歌の心いたくかはらねど、歌はただつづけがらいひなしにざりけり、此公のは殊の外にすぐれて聞ゆ」と、実定の歌を賞している。『宇比麻奈備』は、『改観抄』の影響部分を捨ててしまった。香川景樹の『百首異見』は、真淵の大意をそのまま引いた後、丹後の歌に言及することなく、「実にけしきみえて郭公にとりては当時最第一の御歌といふべし」と、実定の詠を絶賛して、「改観に宵より待明して明方に一声聞つるにおどろきてといへるは過たり」と、『改観抄』の注解を批判する。

④ほととぎすは万葉集の昔から人気随一の名鳥である。万葉集に登場する鳥は計38種、このうち首位を占めるものがほととぎすで、156件を数えるという。

⑤ほととぎすと月を取り合わせた歌は、既に万葉集に見出される。巻十1943「月夜良み鳴く霍公鳥見まく欲り我草取れり見む人もがも」(作者未詳)、巻十1953「五月山卯の花月夜霍公鳥聞けども飽かずまた鳴かぬかも」(作者未詳)、巻十九4166「……木の晩の 四月し立てば 夜隠りに 鳴く霍公鳥(中略) 茜さす 昼はしめらに あしひきの 八つ峰飛び越え ぬばたまの 夜はよすがらに 暁の 月に向かひて 行き帰り 鳴きとよむれど なにか飽き足らむ」(大伴家持)、巻十九4181「さ夜ふけて暁月に影見えて鳴く霍公鳥聞けばなつかし」(大伴家持)。しかし、多くの場合はほととぎすの姿を昼の光の中で捉えた上で、その声を賞美している。

⑥王朝和歌では主に夜鳴く鳥として、ほととぎすを考える。枕草子の「鳥は」にも、ほととぎすについて、「五月雨のみじかき夜に寝覚めをして、いかで人より先に聞かんと待たれて、夜深くうちいでたる声の、らうらうじう愛敬づきたる、いみじう心あくがれ、せんかたなし」という。姿を見るよりは、その声を聞く賞し方が一般的だ。聞きたいのに聞けないという嘆きの歌も、万葉集の時代より多いか。夜に対する意識の変化や、見ることから聞くことへの重心の置き方の変化が認められる。この歌は、ほととぎすという対象へ向かう王朝的な美的感情の典型として存在する。


【補足】

309ページの4行目に、「藤原孝善の金葉集・夏112「ほととぎす飽かで過ぎぬる声によりあとなき空をながめつるかな」を「藤原顕輔朝臣」と誤って引き」とありまして、『三奥抄』の頭書と『改観抄』の作者名の誤りを指摘していますが、伝本によっては歌の位置が入れ替わっていますので、契沖の過失かどうか微妙です。なお、顕輔と孝善の歌の前後の問題は、北村季吟の『八代集抄』の頭書で早くから指摘されています。


【蛇足】

さて、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにして行きたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。

今回は訳に変更がありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に変更の必要がなかったということです。その特徴を見ると、二句目の「鳴つる方を」について「鳴いて飛び過ぎた空のかなたを」と言葉を補って訳しています。「ながむれば」は「じっと見つめると」とありますが、『岩波古語辞典』などはこの歌を「見渡す」という訳語の例にしています。下の句については「西の空に沈みもやらで」「ほととぎすの姿は見えないで」と補っておりまして、有明の月の状態を具体化したり、月を見たが本当はほととぎすを見たかったというような趣旨を補ったりしています。

次に、解釈と称する解説の部分では、詞書にある「暁聞郭公」という結題を手掛かりに俊成の撰歌の在り方を考証する①、引用する歌の作者の誤りから『三奥抄』の頭書は契沖によるものであると考証する②、賀茂真淵や香川景樹が先行する注釈書を利用しながら、引用する歌を捨てる状況を考証する③、これらは今回の書下ろしです。それに対して、万葉集でほととぎすが人気であったことを指摘する④、万葉集に月とほととぎすの取り合わせがあるものの多くは昼のほととぎすが詠まれていることを指摘する⑤、実定の歌が王朝和歌の典型であることを指摘する⑥、これら後半は『必携』から受け継がれたものです。


この歌には、助動詞が二か所使われておりますが、その「つる」と「る」について、考えてみたいと思います。完了の助動詞の「ぬ」というのは、ナ変動詞「いぬ」(往ぬ・去ぬ)から出来た助動詞だとする考えがありまして、元来自然現象が完了した結果、消滅する状態を意味すると耳にしたことがあります。ですから、「雪解けぬ」「人帰りぬ」などと使うようです。これに対して、「つ」は下二段動詞「うつ」(棄つ・捨つ)から出来たとする考えがありまして、一回性の出来事に使われますが、こちらは意志的な行為の完了に使うようで、「文書きつ」「歌詠みつ」などと使うのが本来ではないかと聞いたことがあります。よって、「鳴きつる」は、時鳥を擬人化し、その時鳥が一回だけ意図して鳴いたことを表現していると考えると、ここは解釈可能です。ちなみに、完了の助動詞「たり」「り」は、それぞれ「てあり」「あり」から生じたという考えがありまして、こちらは結果が存在する場合の完了を意味するのが本来の用法だったという説があります。「雪降りたり」「歌を詠めり」というのは、この考えで解釈可能で、雪は積って眼前に有り、歌は出来上がって存在するということです。実定の歌の末尾「残れる」の「る」は、完了の助動詞の「り」の連体形で、有明の月が郭公の鳴いた空に「残っている・残った」ということを意味しているわけです。何が言いたいかというと、「つる」によって時鳥が鳴いていなくなったことは感知され、「る」によって月が沈まないでそこにあることが感知されるということです。


以前取り上げた北原白秋の評釈を見ると、「瞬間の実感をそのまま歌つたもの」という表現が目につきます。白秋が引用している『千載集』の詞書には、「暁聞郭公と云へる心を詠み侍りけるに」とありますから、歌合や百首歌の催しに提出するために詠んだ題詠の形式ですから、はたして実感を詠んだ歌と断定してよいのか、やや疑問が浮かびます。もちろん、実生活で体験したある瞬間の面白い体験を、実感を持って歌にしていても不思議はないわけですが、ひょっとすると、「暁聞郭公」という題をもらった時は夏でなく、歌を構想した時間も夜明けでなかったということもあり得るわけです。「暁」から「有明の月」を想起し、そこにホトトギスの声を組み合わせて、実感とは関係なく面白い歌ができてしまう可能性も、ある程度考えておかないといけないのではないでしょうか。


  一首詠む 宮廷歌人を ながむれば ただ紙と筆 机上の空言(粗忽)


作者は、藤原実定でありますが、平安時代後半の摂関家の人物は、ものすごい勉強家でありまして、この人も歌にも優れているのです。というよりか、下手な歌人をしのいでいるところがあって、実は天才に近いものがあったのでしょう。いろんな逸話があるわけです。実定の活躍した時代というのは、平家が次第に勢力をまして、全盛期へと権力を駈け上ってゆく時期でありまして、そのあおりを受けて官位が滞った時期が実定にはあったそうです。そういう時期に、和歌などの諸芸に熱中したらしく、停滞が済んだら、実定はあまり和歌を詠むこともなくなったそうです。ひょっとすると、大臣などにならなければ、定家や家隆をしのぐような歌人として歌壇に君臨していたのかもしれないのであります。それくらい歌が上手くて、白秋も引用しておりますが、「郭公」の歌としてこの『百人一首』に採られた歌は史上最高の評価を受けていたわけです。考えて見ると、長い和歌の歴史の中で、ある歌題で随一の評判を取る事はなかなか難しいことだと思います。


『千載集』巻第三・夏 161番

    暁聞郭公といへる心を詠み侍りける  後徳大寺左大臣

ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる


上の句は音声を主体としているのであります。そこから視覚に重点が映りまして、「ほととぎす」の姿が確認できない代わりに、有明の月が見えるということなのであります。夏になりまして、特に梅雨時の頃になると、ほととぎすの初声を聞くというのが貴族の間で流行しまして、そのために寝ずに一晩中起きていたりするのであります。気になるのは、旧暦下旬に空に掛かる有明の月でありまして、これは月の出から月の入りまで、空に掛かる時間の幅がありますから、実際の時刻がどの辺なのか、空は暗いのか、それとも白みかけているのか、歌だけではちょっと判然としないのであります。歌題を見ると「暁」ですからまだほの暗い頃だと思います。当時の人なら、すっきりとした場面が浮かぶのかも知れませんが、なかなか難しい。それと、「有明の月」という言葉が、四句目と五句目にまたがっておりまして、独特のリズムがあるようです。「ただ残りたる 有明の月」だったら平凡なんですが、うまいのであります。


ホトトギスで思い出しますのは、託卵と言うことですね。ただし、本で読んで知っていると言うだけのことです。ウグイスの巣に、このホトトギスが忍び寄りまして、ウグイスの卵を蹴落とすそうなのです。そこにちゃっかり自分の卵を産み付けまして、ウグイスに育てさせるのだそうです。ホトトギスは、ウグイスよりも一回り体格がいいために、ウグイスの両親は、なんだか妙に育ちすぎの我が子を、せっせと飢えさせないように餌を運ぶそうです。実は、実の子ではなくて、ホトトギスの子供なんでありますが、そうとはなかなか気付かないらしいのです。私は、ホトトギスを実見したことがありませんし、その声を聞いたことも実際にはないのであります。野鳥のカセットテープで聞いてはいましたが、さっぱり実感が持てません。育ったところが寒冷地で、大学に行くまでゴキブリを見たことがなかったのです。それと同じで、ホトトギスも知りません。


夏の夜の風景ではありますが、我々がこの歌を評価できるポイントがあるでしょうか?


『千載集』の巻三・夏の歌、161番に入っておりまして、詞書を見ると、題詠なのであります。どんな題かとながめてみますと、「暁聞郭公」とありますから訓読すると「あかつきにホトトギスを聞く」となりまして、待ちに待ったホトトギスの声を、ようやく明け方になって耳にした場面を歌に詠めというお題なのであります。ともかく、そういうタイトルですから、それで仕掛けは分かりました。徹夜してようやく一声耳に出来たよ、やれやれ、という気分を詠むのであります。最初の所で、この歌については聴覚から視覚に転じたうまさを指摘しましたが、お題では聴覚しか求められていない感じなのであります。まあ、そういうことは注釈をした皆さん当然の如くご指摘でありまして、指摘するまでもないことだったようです。

なお、久保田淳氏はこの四字の歌題が諸書に見えないので、俊成が『千載集』の撰進にあたって歌から発想したと表明していますが、さすがにそれは穿ち過ぎで、題が先で歌が後の可能性のほうが高いと思います。

ともかく、夏の短夜にホトトギスの声を聞こうと頑張ったら、夜が明けそうな時刻になってしまって、白みかけようとする空に沈む前の有明の月を見付けちゃったわけです。これだけなら、風景を詠み込んだ叙景歌に過ぎないとも言えるんですが、曲者は題の中の「暁」であります。「待つ宵」「別れの暁」が、当時の結婚形態を考えると、非常にドラマチックな場面を演出することは、前にも何度か述べました。そうすると、これはやはり恋の情趣を含む歌でありまして、「お声を一声お聞きしたい」と口説いてみたものの、相手は何か言うか言わぬかで簾の向こう、奥の間にとうに消え去りまして、もう帰る時刻が来ちゃったというようなことなんですね。小説の一場面を第三者的に描写したような、そんなところでしょうか。つまり、『源氏物語』をはじめとする王朝物語の場面を、和歌で創作したものであります。月は男の比喩になりますので、だとするとホトトギスは人気の女性でありますね。もはや、単純な叙景歌はありえない時代の歌であります。当たり前のように、この歌が恋の情趣をまとった歌だと指摘しましたが、注釈書にはそんなことは微塵も出て来ないので、ご注意ください。


ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる

    (『百人一首』第81番・後徳大寺左大臣)


もう少し、題詠ということを考えてみます。実定は、「暁に郭公を聞く」という出題に対して、上三句で「郭公を聞く」を表現し、下二句で「暁」を表現しようと試みました。「暁」は夜明け前のほの暗い時間ですから、西の空に有明月が見えているという光景です。ホトトギスが一声鳴いて姿を消し、二度と鳴かない静寂の中で、その声のした西方を遠くまで目をやると、今の今まで鑑賞の対象ではなかった有明の月が視野に入って、ようやく認識されたという場面です。「ただ」という副詞は、「ただ~のみ」という呼応をすることがあるので、ここは「ただ有明の月ぞ残れるのみ」と考えると、ホトトギスの不在がはっきりいたします。夏の夜に意中のホトトギスの声を耳にしたものの、後は声を耳に出来ないという空虚感を出して、夏の夜のイベントであった「聞郭公」ということの面白さを表現していると言えましょう。ちょっと蛇足の説明を付けてみた次第です。


事に及ぼうとしたのに、見事に相手に肩透かしを食わされた、というような心理を巧みに込めまして、技あり一本なのであります。『堤中納言物語』というのは短編小説集ですが、その中には、女を訪問したのに期待外れに終わるというような、苦い恋の失敗談があったような気がいたします。そんなことを連想させますので、この実定の歌は三十一文字によるショートショート、すなわち掌小説ならぬ掌韻文でありまして、星新一や阿刀田高、あるいは川端康成なんかの短い小説と同じような味わいです。


『古今集』巻第十一・恋一 469番

    題知らず      詠み人知らず

ほととぎす 鳴くや五月の あやめぐさ 菖蒲も知らぬ 恋もするかな


詠み人知らずのこの歌のような心情を背景に置くと、実定の歌は非常に分かりやすいのではないかと思ったりいたします。芽ばえた恋心をどうしたらいいのかと、恋に落ちた男は呆然とするというような恋情を踏まえた上での暁の空に浮かぶ月という光景です。


ほととぎす 鳴くや卯月の ありあけに 月すら知らぬ 恋もするかな(粗忽謹製)


※ 有明月で郭公の初鳴きを聞くなら、四月卯月の下旬ということになるでしょう。気の早い殿方だと考えましょう。「月すら知らぬ」は、「月さえ知らない」という擬人法ではなく、「月をも気に掛けない」と詠作主体が月には関心がないことを言っていると理解していただけますでしょうか。実定の歌の場面が実は卯月下旬だという指摘は、もし当たっているなら大手柄なのであります。えへん。

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