超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(23) 大江千里

月見ればちぢに物こそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど     大江千里

     (古今、秋上、193)(六帖31179、秋の月)


〔釈義〕

月を見ると、さまざまに物が、それこそよ悲しいこと!(といって)わが身一つの(ためにある悲しい)秋ではないのだが(、わが身一つのためにある秋であるかのように)!


〔義趣討究〕の要旨

① この歌は、22の歌同様歌合の歌であり題詠であるが、「秋」に「飽き」が掛けてあるのか検討してみると、この歌の影響を受けて詠まれた歌では「飽き」をかけている例はないので、この歌においても「飽き」は掛かっていない。

② 古今集の配列を見ると、この歌の前後の歌は皆「悲しき秋」「心尽くしの秋」を主題とする歌であり、その悲秋のもとは月影・虫の音・紅葉の移ろい・鹿の声などである。この歌は、「月見る時ぞ秋は悲しき」という意味の歌だと解するのが妥当である。

③ 万葉の歌は、秋そのものに対する悲愁感はなく、即物的であった。月が悲愁を感じさせるというのは、漢詩の影響であり、特に李白の「静夜思」「子夜呉歌」などが影響を与えた。

④ 中古文学に最大の影響を与えた白氏文集から、月と非秋を結び付けたものを示すと、「秋懐」「秋月」「秋夕」「独眠吟」「感月悲逝者」「八月十五夜禁中独直対月憶元九」「贈内」「燕子楼」「中秋月」などがあり、これらに触発されたのが千里の歌である。

⑤ この歌は、契沖以来「燕子楼」の詩の翻案であるとされるが、「燕子楼」は恋の詩であるから典拠にはふさわしくなく、むしろ「中秋月」の「照他幾許人断腸」を踏まえている。


〔鑑賞〕の要旨

① この歌は、秋の悲哀感・寂寥感を表現しているとか、中世的暗さがないとか、漢詩風の構成であると指摘されるが、心惹かれるのには何か他の要素がある。

② 和歌においては、詠み込まれた地名や季節の現象が深い興趣を持っていて、それによって共感を誘い優れたものと意識される。

③ この歌では、秋の月の悲しい感触と、わが身の孤独の悲愁が分かちがたく結びつき、美しいと感動する。

④ 音調面では、各行音が交錯しているが、末尾の句が字余りで文節の頭でア音を繰り返す点が詠嘆の趣がある。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の大江千里の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の引用があったものを、今回もまた乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕では、千里の歌の影響を受けた歌を示して、そこに恋の要素がないことから、「秋」に「飽き」は掛かっていないと主張しています。この事は、従来この歌の本説とされている白楽天の「燕子楼」を否定することの根拠となったようです。「燕子楼」を本説とする考えは、契沖以前の古註にもあったことが分かっておりますが、著者同様にそれを否定する見解も古来あったようです。〔鑑賞〕において著者は、従来の分析に飽き足りないものを感じて、詠まれている秋の月や、わが身の孤独という要素そのものがこの歌の魅力であるとして、考察に紙面を割いています。こうしたことが、この著作が膨大になった理由ですが、単に従来の注釈書をまとめるという行き方ではなく、歌の魅力について徹底的に掘り下げようとする努力は、非常に価値のあるものと感じられます。


〔蛇足の蛇足〕

白楽天の『白氏文集』巻15「燕子楼三首并序・其一」を丸ごと掲示してみます。


満窓明月満簾霜  窓に満ちる明月 簾(すだれ)に満ちる霜

被冷燈残払臥床  被(ふとん)は冷たく 燈(ともしび)残して臥床を払う

燕子楼中霜月夜  燕子楼中 霜月の夜

秋来只為一人長  秋来たりて 只だ一人の為に長し


大江千里は、白楽天の『白氏文集』のこの漢詩をもとに、秋の夜長の孤独を和歌にしたと考えられます。こうした、和歌の元になった漢詩を「本説」と呼びます。この漢詩の詠作主体は眄眄(めんめん・べんべん)という、妖艶で美しい愛人らしく、そして、彼女を心から愛した旦那はすでに故人となっていたらしいのです。千里の歌は歌合に提出した歌ですから、別に大江千里の生活体験を提出する必要があるわけではなく、当時世間で大評判だった『白氏文集』の中の詩を本説として、和歌に移し替えたのであります。千里の工夫した「千」と「一」の対照が「わが身ひとつの」という一節を巧みに強調しまして、本説になかった味わいを添えていると考えるのがいいでしょう。


ただ、一般には「千々に」を「さまざまに」などと解することが多いんですが、これはそうではなくて、現代語の「千々に心乱れる」という用法から見ても、「限りなく・際限なく」というような言葉のはずで、この点従来の説は上滑りしている可能性が高いような気がします。わざわざ、そんなところで異を立てなくてもいいはずですから、諸注釈は全部同じ解釈なんですが、「さまざまに」だと千通りってことになりはしませんか。しかし、心が乱れるとか悲しいとか感じる精神状態の時には、一つの事を思い詰めるはずで、あれやこれや気が散るわけではありませんよね。古語辞書は、『百人一首』のこの歌と齟齬をきたさないように、忖度して解説しているだけでしょう。北原白秋は、「ちぢ」を「数多い事」と説明しておりまして、千や万は数えきれない例えに使うものでありますから、これを拡大すれば「限りなく・際限なく」という解釈が妥当性を帯びることでしょう。


千里の趣向の眼目は、おそらく月が男との幸福だった時代の象徴であることでありまして、秋の煌々と照る満月を見て男を失った傷心を深め、孤独にさいなまされる様子を表現しているのでしょう。そして、下の句は理性では万人に訪れる秋に過ぎないと分かっていながら、秋の夜長の孤独を自分一人が背負って痛切に感じてしまう気持ちを述べています。ベストパートナーを失った自らの不運を、切りも限りもなく嘆いていることを本説取りしたんでありましょう。桑田明氏は、千里の歌に影響を受けた歌を示して、それらに恋の要素がなく、「秋」に「飽き」を掛けたと見られないとして、「燕子楼」を本説ではないと主張しました。しかしながら、「燕子楼」の主題は、大切な人を失った後の孤独を主題にした人生の悲哀ですから、恋の要素が千里の歌にないことは、むしろ本説として採用することに障害にはならないと思います。


ちなみに、燕子楼というのは、中華人民共和国江蘇省の徐州市にある名勝です。徐州は北京と上海のほぼ中間に位置し、揚子江よりも北にあるんですが、漢の高祖劉邦の出身地でもあります。徐州市は人口が市街地で170万人、全体で900万人を超える大都市なんだそうです。漢詩の主人公は眄眄さんですが、徐州燕子楼で暮らしていた女性で、張尚書という方の愛妓だそうです。「眄」は「右顧左眄」(うこさべん)という熟語に使われていることから漢字音が推定できますが、漢音では「べん」で、呉音では「めん」。


調べて見ると、白楽天の燕子楼に関する漢詩と言うのは、実は友人が作って来た漢詩に対するお返しでありまして、白楽天が自然に作ったというようなものではないのであります。問題なのは、白楽天の三首の漢詩が、眄眄さんに伝わりまして、その結果彼女は自殺してしまったという逸話があるのです。どうも白楽天の漢詩が、彼女を皮肉るような内容だったのではないか、という説があるわけです。これに対して、白楽天の漢詩はそんなものじゃない、彼女の貞節に敬意を表するものであるという反論がありまして、結局白楽天という詩人をどう評価するかと言うところに行き着くみたいなのであります。


『長恨歌』という長編の詩を見たら、白楽天の感性と言うのは桁外れに感受性が強くて、人を愛する純粋な気持ちというものに対して、共感性が高いのは間違いなさそうでありますから、一途な女性を傷つけるものであったはずはないのであります。本説取りした大江千里の歌を見ても、少しもふざけたところがないわけです。唐の時代に遣唐使を派遣して異文化を受け止めたことが和歌の活性化につながったのでしょうけれども、ちゃんと人間的な摂取をして和歌を詠んだことがわかります。そう考えると、大江千里の歌はうまいなあと思います。


明治時代の正岡子規はこの歌を貶したそうですが、それでいいのかどうか。浅い理解で下らないと叫ぶだけだった、若気の至りかもしれません。  

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