超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(20) 元良親王
わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ 元良親王
(後撰、恋五、961)(拾遺、恋二、766)(元良親王21244)(六帖2813、みをつくし)
〔釈義〕
どうにも辛い破目になってしまったので、今となっては、(ここで引き退っても、破れかぶれで押進んでも、)結局同じ憂き名がよ立つ以外にないのだから、難波江に孑然と立つ澪標、そうだ、澪標のように独りで、いっそ身を尽くし滅ぼしてでも構わぬ、積極的に出てあなたに逢おうとさ、結論として思うことよ!(あなたもどうかその積りでおいで下さい!)
〔義趣討究〕の要旨
① この歌は、諸註には二句切れの歌としているが、意味が完結しない。また、「難波なる」は「澪標」を導くために冠せられたものとされているが、違うのではないか。
② 古歌の「なにはのこと」という表現を見ると、これらは「難波」と「何事」をかけていることが明らかで、この歌の「難波なる」は「名にはなる」と掛詞であり、「今はた同じ名にはなる」は、退いて愛を諦めることと、進んで愛を貫いて逢うのとが、「憂き名になる」ことは同じだという意味である。
③ 「難波なる澪標」という表現は、単に余興的に添えられたに留まらず、海中に孤立した姿は独り我が道を行く悄然たる姿、或いは意気昂然たる姿と見られる。この歌でも、土地・景物のイメージが歌の興趣を深める役割を為している。
〔鑑賞〕の要旨
① 「わびぬれば」となだらかな言い出しからはじまって、「今、はた、同じ、名にはなる」と衝当り引懸かるような言い方を見せた後で、「みをつくしても逢はむとぞ思ふ」と一息に結論へ持ってきて言い納めた。歌全体の格調は流麗雄壮なものとなっている。
② 上の句がナ行音を多用し、下の句がマ行音を多用している。上下を通じてタ行音やハ音が配置されている。
〔蛇足〕
以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の元良親王の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、和歌の引用があったものを、今回もまた乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕では、諸註の二句切れとする説に対して、「同じ」が「名にはなる」を修飾するとする説を唱え、「難波なる」には「名にはなる」が掛詞になっているということを積極的に提案しています。実は、著者のこの考えは宗祇などの古註に見られたものですが、それを強く否定する注釈があったために、近代では「難波なる」は単に「澪標」を導くための枕詞的な表現として軽視されてきました。それを強く揺り戻した見解ということになるのでしょう。さらに、この著者は、序詞などに意味があるとして追及するのが基本的態度なので、「澪標」の存在感を吟味し、海中に孤立した澪標の姿を、作者が自分の象徴として詠み込んだと考えたようです。〔釈義〕に見える「孑然と」といいう表現は、「独りぼっちの様子」を意味する言葉で、読みは「けつぜんんと」となります。著者は、序詞や掛詞に対して、中古中世の歌に見られる言葉遊びの要素を認めずに、表現をすべて意味あるものとして解釈に意図的に繰り込もうとしています。それは、やや行き過ぎだとは思いますが、それでもその主張によって、従来無視されて来た歌枕などのイメージが膨らむのは否定できません。
〔蛇足の蛇足〕
元良親王はあの陽成院の第一皇子であります。陽成天皇が退位したのちの出生ということですから、皇位継承が制度上可能であったかどうかは不明ですが、皇位に就くことは状況から見てかなり難しかったはずです。この歌の送り先であった京極御息所は、実は宇多天皇の寵愛の后ですが、宇多天皇の父光孝天皇は陽成天皇の退位を受けて即位した天皇という因縁があります。その時点で宇多天皇は源氏に降下していた人物でありまして、たぶん皇位継承のためあわてて皇族に戻ったはずです。京極御息所は、藤原時平の娘の褒子ですが、宇多天皇が退位し法皇となった後に寵愛を受け、生まれた3人の男子は醍醐天皇の子供として公表されていたりします。ともかく、皇位継承をめぐって因縁のある宇多天皇と元良親王の両方と、京極御息所は関係があったということになるわけです。
天皇の后に対して、天皇になりそこねた皇族が不倫を仕掛けるというのは、源氏物語の筋に限りなく近いのであります。事が知れたら、重大なスキャンダルであることが、よく分かります。
ところで、この歌に関して、「澪標」と「身を尽くし」が掛詞になっている点については、例外なく注釈書は指摘するようですが、気になるのは、「難波なる」の部分に掛詞を指摘する注釈書が近年では皆無である点です。今回取り上げている桑田明氏は、そうした流れに対いて「難波なる」には、「名にはなる」すなわち「憂き名を受けることになる」という意味が掛かっているはずだと大胆に指摘したわけです。古注釈では、ここが掛詞になっていることを前提にしていた時期があるんですが、いつの間にか「難波なる」は意味のない枕詞のような扱いになっていたわけです。むしろ、著者の指摘通り、掛けていても構わないことでしょう。
噂になっただけでもスキャンダルでありまして、衆人環視の中、もう一度事を起こせば、スキャンダルでは済まないというのが、「名にはなる」ということであります。つまり、一度なら過ちですが、二度三度繰り返せば反社会的行為として糾弾されかねないということなんであります。
「難波なる」と「名にはなる」の掛詞を認めないと、何が「同じ」なのかと言うところで解釈が迷走するんですね。その場合、「身を尽くす」ことが同じだと解釈する向きが大半のようですが、中には北原白秋のように「わびぬる」ことが同じだとする意見もあるんです。「難波」に「名には」を掛ける歌は少なくないはずですから、この歌に関しては、「どうせ評判になることは同じだ」とか、「結局不倫だと非難されることは同じだ」というほうが、正しいかもしれないのであります。
ちなみに、「身を尽くすことは同じだから、身を尽くしても逢いたいと思う」とか、「つらくなって侘しく思うことは同じだから、身を尽くしても逢いたいと思う」という自己撞着の解釈のおかしさに比べたら、「愛を諦めても、愛を貫いても悪評が立つことは同じだから、身を尽くしても逢いたい」のほうが、世間を意識してそれでも愛を貫きたいということですから、かなりましな解釈のはずです。これが成立するなら、大手柄でございます。けれども、近代において今まで注釈を試みた人々は、この歌の内容を何だと思って解釈していたのでしょうか。不思議の極みです。北原白秋の評釈を紹介していた時までは、「名にはなる」という指摘をして自分の大手柄と思っていましたが、今回、桑田明氏がすでに指摘していたことに気付きました。また講談社学術文庫の『百人一首全注釈』の解説などを見るに及んで、実は古注釈は「名にはなる」を前提にしていると気付いた次第です。
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