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超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(52) 藤原道信

明けぬれば暮るるものとは知りながら猶うらめしき朝ぼらけかな      藤原道信朝臣       (後拾遺、恋二、672) 〔釈義〕 夜が明けてしま(って別れねばならなくな)った後には、やがてまた日が暮れ(て夜が来て逢える時がやって来)るもの(、そして日が暮れて夜が来て逢った後には、やがてまた夜が明けて別れる時がやって来るもの)とは、よく承知していることなのに、それでもやっぱり恨めしうてならぬ今朝の(、空に降り乱れ、地に落ちては消えてゆく泡雪は、殊更に物を思う二人の心を象徴する、こうした折柄にどうでも別れてゆかなければならないものだった今朝の)ほのぼの明けですことよなあ! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、後拾遺集の詞書に「女の許より雪ふり侍りける日かへりて遣はしける」とあるが、物足りなさを感じる。この詞書の下に「帰るさの道やは変る変らねど解くるに惑ふ今朝の沫雪」とあるもう一首の歌には、雪の趣は勿論、後朝の趣もあらわされている。これに対して、この歌は後朝の趣のみで雪の趣を含めていない。 ② 詞書の意味を考えると、女の許を訪れた時にはまだ雪は降っていなかったのであろう。もう一つの歌の「解くるに惑う今朝の沫雪」は、北村季吟の八代集抄が言うように「雪の事に、おんなのうちとけしをそへて」とあるのが当たっていよう。 ③ 後撰集480「かつ消えて空に乱るる沫雪は物思ふ人の心なりけり」(藤原かげもと)の歌やその影響を受けた源氏物語・若菜上の二首の歌によって、「解くるに惑ふ今朝の沫雪」は、心打解けた女が別れを惜しんで、空に漂う沫雪のように物思いに消え入りそうな風情に心惑うことを意味する。 ④ 玉葉集1443「衣々に別れかねつるやすらひに明け過ぎぬべき帰るさの道」に見るように、「帰るさの道」は帰途の道中ないし過程を意味する。道信のもう一首の歌の上の句「帰るさの道やは変る変らねど」は、「今朝は泡雪が解けて道がぬかっているのに当惑した」という意味に重ねて、「今朝のあなたの物思いに消えそうな風情を見ると別れかねた」という意味を持たせている。 ⑤ 「明けぬれば」の歌は、一見明瞭な歌意であるが、降雪のことが入っていない。ここは、「朝ぼらけ」一般をうらめしきものと感ずるのではなく、今朝の朝ぼらけを嘆いている。どう恨めしいかは場面を共通する相手の推測に委ねる手法をとった。 ⑥ 上の句の「明けぬれば暮...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(51) 藤原実方

かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを     藤原実方朝臣       (後拾遺、恋一、612)(実方集22744) 〔釈義〕 このように(あなたに恋をしています)とだけでさえも、(こんな場合だれだって)よう言いますものかいな、(それで、)その「いふ」につながる「伊吹のさしも草」(ちゅうものがありますが、それは物を言わず赤々と火を燃やします。ほんにそのさしも草)のさしも―外でもない、全く現実に、そんなに激しい状態であるとも―ご存じないことでしょうなあ、この(私の)燃えさかる(あなたへの)恋の思いを! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、「伊吹」に懸詞があり、「伊吹のさしも草」が「さしも」の序詞となり、「かくとだにえやはいふ」が「それで」の意味で「さしも知らじな燃ゆる思ひを」に続いていく。 ② 「えやは」の使われた表現では、「えやは」の下に用言相当語が伴うが、用言のみかそこに助動詞「ず」「る」を伴う場合、用言に「けり」の伴う場合、用言に「む」が伴う例がある。これらは、「よう~することかよ、そうではない」のような反語的ないし詰問的な言い方である。 ③ 実方の歌の「えやはいふ」の意味は、「(こんな場合、だれだって)よう言ふ(ことをする)ものかよ、よう言ひはしないものなのだ」の意となり、「だから勿論私にそれが言える筈がない」という余情を生ずる。これは「言うことができようか」という通説的解釈に似ているが、それよりはずっと強い、断定的な言い方である。 ④ 「さしも」は、「さ」が指示副詞、「し」が強意の間投助詞、「も」が係助詞であるが、「外でもないそんなにまあ」と訳す場合と、「外でもないそうも」と訳す場合がある。「さ」の指示する内容は文中にある場合もあれば、文中にはなくて心中に思っている状態をさし、読者に理解できる場合もある。実方の歌の「さしも」は、「外でもないそうも」と訳す場合に属し、指示内容は心中に思っている状態である。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、後拾遺集の詞書には「女にはじめて遣はしける」とあって、片恋の思いを告げ知らせる求愛の歌である。この歌では、直接的な求愛をせず、「私の燃える恋情をあの方は御存じないことだろう。私は内気でその上口下手で、よう言わないのだから」と、独り言としたのはつつましやかな言い方である。 ② この歌では、「伊吹のさしも草」という...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(50) 藤原義孝

君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな     藤原義孝       (後拾遺、恋一、669)(義孝集24451) 〔釈義〕 (あなたのためなら喜んで献身しよう、それで死んでも構わないと思うあとから、いやそうではない、二人が結ばれてあなたを仕合せにしてあげるためには、この命を長く生きることも必要なのだと思い返し、こうして)あなたのために、一向惜しくもなかったこの命までも、どうぞ長生きでも出来たらなあと思い願ったことでしたなあ(、以前には。それがどうでしょう、今ではまるきりちがっているのです。契を交した後の今の気持は、あなたに離れていることがただもう辛くて、こんなことなら、あなたの為に長生きするどころか、いっそひと思いに早く死んでしまいたいくらいになっているのです。こんな私の気持、わかって下さるでしょうね)。 〔釈義〕の要旨 あなたのために、一向惜しくもなかったこの命までも、どうぞ長生きでも出来たらなあと(以前には)思い願ったことでしたなあ。(今では早く死んでしまいたい。) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、後拾遺集の詞書に「女の許よりかへりて遣はしける」とある。諸註多くは「君がため」は「惜しからざりし」に係るとし「あなたに逢うためなら惜しくもないと思っていたわが命までもいよいよ逢うことの出来た今では、いつまでも長くあってほしいと思っていることだ。」と解しているが、一部には「君がため」は「長くもがなと思ひける」に係るものとして「以前には惜しくもなかったわが命までも、あなたに逢った今ではあなたの為に命までも長くあってほしいと思っていることだ」と解する。 ② 「君がため」を「君に逢うために」と解することと、「思ひけるかな」を「今では思っていることだ」と解することには、疑問を感ずる。 ③ 勅撰集や源氏物語・栄花物語の例を見ると、若菜や菊・松などが詠み込まれ、「君がため」の意味は、「君に奉仕する目的で」の意ととってよく、人を祝う歌に使われている。これに対して、「君がため」が「君故に」「君の所為で」の意ととれる例もある。義孝の歌では、諸註が「あなたに逢うために」ととるが、「君に奉仕する目的で」の意ととるほかない。 ④ 勅撰集の「思ひけるかな」の例を見て見ると、「以前はそうだったが今はちがう」「とんでもない、それは間違っていた」「どうやらそれは浅慮だった」というよう...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(49) 大中臣能宣

御垣守衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ     大中臣能宣        (詞花、恋上、224)(六帖31658、火) 〔釈義〕 禁裏の御門を警衛する衛士たちの焚く篝火(が、闇の中に赤々と燃えている。ああ、この篝火)が、夜はこうして盛んに燃え、昼は消える、そのように私の胸の中の恋の情火も、夜は(わが慕う人にどうでも会いたいと)はげしく燃え盛り、昼は(もうだめだ、わが愛は受入れては貰えないのだと、)消え沈んで気が滅入ってしまうということを繰返して、全く物思いに苦しんでいることだ。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、詞花集で「題しらず」となっているが、衛士の焚く火に託して恋の情火の激しさと苦しさを述べた歌である。「燃ゆ」と「消ゆ」が「物を思ふ」とどうかかわり、どんな意味をあらわすのかを明らかにしたい。 ② 勅撰集や源氏物語の歌から例を探ると、「燃ゆる思ひ」は明らかに「思ひという火が燃ゆ」という情火であるが、これに対して「思ひ消ゆ」は、物思いがやんで心に安らぎが来るという例もあるが、中には「気が滅入る」「絶望して死んでしまう」という意味の歌がある。 ③ 問題の歌の「燃え」は「燃ゆる思ひをし」の比喩的言い方で熱烈な恋情の起ることを意味し、「消え」は「思ひ消え」の比喩的な言い方で、わが愛が受入れられる見込みはないと絶望の気持に沈み込むことを意味する。 ④ 古今六帖では、三句目・四句目が「昼は絶え夜は燃えつつ」となっているが、この「絶え」は「魂断え=断魂」又は「望み絶え」の比喩的な言い方である。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、衛士の焚く火が夜な夜な夜通し燃え続けて、暁には燃え尽きて燻り、昼は全く消えて灰ばかりになるのを、恋心の、恋情燃えさかり、燻り、やがて反動的に絶望し意気消沈して繰り返す比喩とした。 ② 夜は恋の情炎燃え上がり、昼は反対に鬱屈して沈みこむというのは、愛の成就のおぼつかない者にとって真実である。禁裏の御門というイメージは厳粛な感じを伴う場所柄だが、恋の真実の厳粛さを象徴する。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の大中臣能宣の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、勅撰集などから「思ひ燃ゆ...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(48) 源重之

風をいたみ岩打つ浪のおのれのみ砕けて物を思ふころかな     源重之       (詞花、恋上、210)(重之集20036) 〔評釈〕 風がひどいので(、それに煽られて沖から打寄せ磯の)岩を打つ浪が(、岩はしっかりと構えて動かぬので、)自分だけ砕け散るように、(恋の風に激しく煽られて、それで恋する人に衷情を頻りに愬えていったのだが、相手は冷淡に構えてちっとも動いてくれぬので、)自分だけがさまざまの物思いに心砕けて乱れる今日この頃だなあ。(ああ苦しい!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、詞花集の詞書によって百首中の恋の歌として作られたものである。動かぬ岩を冷淡な相手の女に、風に煽られ岩に打寄せて砕ける浪を自分に喩えたものである。「風をいたみ」について特に説明した注釈が見当たらない。 ② この歌において、動かぬ岩が冷淡な恋の相手の比喩、岩に打ち寄せて砕ける浪が悲恋に泣く自分の比喩なら、「風を痛み」にも恋に関係ある何らかの事態でなければならない。 ③ 「風を痛み」の用例は万葉集から勅撰集に見られるが、「周囲の反対が激しいので」「親の反対が激しいので」というように第三者の反対を比喩的に表す例がある一方で、この歌を含めて自滅行為と見られるような例があり、自分の思慕を妨げる他人の行動・態度が見当たらない。 ④ 恋の病も一種の風だと考えれば、「風を痛み」の比喩する内容を「厄介な恋の狂熱に激しく煽られて」のように解すると、問題の歌は歌意全体が極自然に通じる。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、片恋の心を具体化するに当り、烈風に煽られて岩打つ磯の砕け散るイメージを借りたことはすばらしい着想である。万葉集の「風を痛みいたぶる浪の間無く吾が念ふ君は相念ふらむか」や伊勢の「わが恋は有磯の海の風を痛み頻りに寄する浪の間もなし」(新古今)などが参考になっただろう。 ② 伊勢集には「風吹けば岩打つ波のおのれのみ砕けて物を思ふころかな」という歌があったらしく、この歌の創作としての価値は削減されるが、「風ふけば」を「風を痛み」に改めた点には創作的な価値は認められる。 ③ この歌は、「風」「岩」「浪」それぞれが比喩の意味をもつとともに、その活動のあり方が片恋のドラマの比喩として鮮明であり、当時において新鮮だっただろう。 ④ この歌は女の立場で詠んだ歌と見ることも可能だが、男の立場で詠んだ歌と取る方がまさ...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(47) 恵慶法師

八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり    恵慶法師     (拾遺集、秋、140)(拾遺抄、92) 〔釈義〕 (庭一面の)雑草の上に葎が幾重にも蔽いかかり(門にまでもまつわり着いて拡がり)繁っているこの住居の、荒涼としてさびしい有様の中に、(どこやら漂う秋の化粧のすがすがしさ、さわやかさ! まこと、)人こそは(こんなさびしい有様にかまけてか)誰も訪れる姿が見えないけれども、さすがに自然の秋は(この荒涼さにも拘らず、所の差別をせずに、ここにも)とうとうやって来たことだ。(ほんとうによくも尋ねて来てくれた、ここに大宇宙の心があるのだなあ、そう思うと、曽ての人間の栄華の跡の空しさに沈み込んでいた愁いも慰められるのである。) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、拾遺集の詞書に「河原院にて、荒れたる宿に秋来といふ心をよみ侍りけるに」とあり、源融ゆかりの河原院の廃墟で歌会が催された時の作である。 ② 八重葎は蔓茎に刺があり、他の雑草の上から這いかかる草である。源氏物語の蓬生によれば、庭の面が見えないほど繁り、軒を這い上り、門を閉じ込めているとある。 ③ 北村季吟の八代集抄には細川幽斎(玄旨)が伝える三条西実枝(三光院)の説として、有為転変の人の世の哀感、庭園の哀感、秋の寂寥感による三重の哀感のあるものとして見るべきだとあるが、下の句を見ると、寂しさが軽減される趣である。 ④ 古今集にある秋を迎える歌を検討すると、明るく知的な反応を示し「をかし」の趣を追究する歌があるが、その一方で、悲しい物思いに誘われ「あはれ」の情緒を生じた歌がある。拾遺集の秋を迎える歌は「をかし」の趣の歌であり、恵慶法師の歌はその中に見える。後拾遺集以降は、「をかし」の歌と「あはれ」の歌が混在するが、「をかし」を掘り下げて「あはれ」の趣に深まったものが見られる。 ⑤ 恵慶法師の歌は、八重葎の繁った廃居の寂しさが秋の訪れによってさびしい度合いを加えたものではなく、荒廃した住居に人々が寄り付かなくなるのと対照的に、忘れることなく訪れて来る自然の秋を「あはれ」といとしむ趣である。 ⑥ 「人こそ見えね」と「秋は来にけり」は、人と秋、人情と自然の対比である。また、「八重葎しげれる宿の」と「さびしき」を同格とする説は正しくなく、「八重葎しげれる宿」は実は河原院という対象を固有名詞的に表現したもので、主語と...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(46) 曾禰好忠

由良の門を渡る舟人楫緒絶え行方もしらぬ恋の道かな    曽祢好忠       (新古今、恋一、1071)(曽丹集22453) 〔釈義〕 (音高く流れる荒潮に激しく揺られながら、)由良の瀬戸を対岸へ渡ろうとして懸命に舟を漕いでいる船乗りが、楫を舟に取付けた綱が切れて楫のはたらきが止まるという事故のために、行方がどうなるかもわからぬ(ままに舟もろともに漂い続ける)―ああ、そのように、(世間の風当たりの辛さとか、自身に起る疑心暗鬼とかいった恋の苦しみに悩まされながら世を渡ってゆく私などには、望みをかけた僅かの手だても、かねて固めていた決心もはかなく断切れてしまい、)これからどうしてゆけばよいのか、どういう結末が来るものなのかもわからない(で、たださ迷うばかり!といった式の)、恋というものの常のあり方なのかなあ?! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、新古今集に「題しらず」として載り、上の句が有意の序、下の句が本題とされ、歌意は明らかである。 ② 「由良の門」は、紀淡海峡の由良の瀬戸か丹後の由良河口かの二説があるが、作者が丹後掾であったことによる丹後説よりも、歌のイメージを考えると紀淡海峡の由良の門をとるべきである。 ③ 三句目を「楫を絶え」とするか、「楫緒絶え」とするかという点については、「楫緒絶え」を採用する。「を」を格助詞と見る説については、「楫を絶えて」や「楫絶えて」という表現のないことから、否定できる。「楫緒」は楫を舟に取付けた緒であり、それが中断して楫が使えなくなることを「楫緒絶え」と表現している。 ④ この歌は、小野小町の「須磨の蜑の浦漕ぐ舟の楫を絶え寄辺なき身ぞ悲しかりける」(続古今集1649、題しらず)ならびにその異伝歌「須磨の浦の浦漕ぐ舟の楫よりも寄辺なき身ぞ悲しかりける」「海人の住む浦漕ぐ舟の楫を無み世をうみ渡る我ぞ悲しき」などから影響を受けていると考えてよい。 ⑤ 「須磨の蜑の」の歌や「海人の住む」の歌では、上の句が下の句の「寄辺なき」や「世をうみ渡る」の有意の序となるというよりも、上五七が「楫を絶え寄辺なき」「楫を無み世をうみ渡る」に掛かり、その全体が比喩的・象徴的意味を持って「身」「我」を修飾している。好忠の歌においても、「由良の門を渡る舟人」が「楫緒絶え行方も知らぬ」に掛かり、その全体が「恋の道」を修飾している。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌を、恋...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(45) 藤原伊尹

あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな       謙徳公        (拾遺、恋五、950)(拾遺抄350) 〔釈義〕 (あなたに見捨てられて、心の痛手に耐えかねて苦しむ私を、)せめてかわいそうだとでも言って下さってよさそうなお人(、外ならぬあなた)は、そう(言って下さるだろう)とも考えられないありさまで、そのため私の身がきっとだめになって死んでしまうにちがいないことでありますなあ!(なんとか、思い直して頂けないものでしょうか?!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌、拾遺の詞書には「物いひ侍りける女の、後につれなく侍りてさらに逢はず侍りければ」とある。 ② 初句の「あはれ」は自分の現在の状態に対していうものと見るのが自然で、「あはれともいふべき人は思ほえぬ」ことが、「身のいたづらになりぬべき」因由であり、上の句と下の句は因果関係をなす。 ③ 「あはれともいふべき人」の「人」は、北村季吟の八代集抄によれば、「人」は恋の相手を意味し、「思ほえで」の思う主体は「人」であるとするが、現代の諸註では、「人」は恋の相手ではなく一般世人であり、「思ほゆ」の思う主体は人ではなく自分であるとする。 ④ 万葉集や勅撰集の「思ほゆ」の例を検討すると、「思ほゆ」の主体は皆自分であり、「思ほゆ」の意味には、「感じる」「思い出される」「分別される」という例もあるが、この歌も含めて「思いやられる」「考えに及ぶ」「思い当たる」あるいは「想像される」「思い浮かぶ」に相当するものもある。よって、八代集抄の解は当たらず、現代の諸註の方が当を得ている。 ⑤ 「あはれとも言うべき」の「あはれ」は、例を和歌・散文の例から検討すると、愛情を抱く時の「かわいい」、愛情の「かわいい」と同情の「かわいそうだ」の融合したもの、同情の「かわいそうだ」の意であるものがあり、謙徳公の歌は詞書からしても失恋の痛手に対する「かわいそうだ」の意に属する。 ⑥ 現代の諸註のように、「あはれともいふべき人」の「人」が一般世人ならば、「人は」では落ち着かず、「人も」とすることで、誰からも同情されず全く孤独の状態で身の徒になる予感を嘆じている趣になる。「人は」とある限りでは、この「人」は恋の相手の事であり、八代集抄の解のほうが妥当である。 ⑦ 新拾遺集862「あはれともいふべき人は先立ちて残る我が身ぞありてかひなき」...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(44) 藤原朝忠

逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし      中納言朝忠       (拾遺、恋一、678)(拾遺抄、恋上、242)(朝忠集19424)(天徳四年内裏歌合35647) 〔釈義〕 (一度は情を見せて契りを交してくれたものを、あれ以来掌を反したように冷淡になって、一向に私を寄せつけぬ人。なぜあんなに冷淡になったのか、なぜ私は嫌われたのかと、薄情なあの人が恨めしく、嫌われるわが身が厭わしくて、身も世もあらず遣瀬ない。あの人を慕いながらまだ許されなかった頃には、嘆いてもこんな辛さはなかった。一度許された時から私はあの人なしには生きられない身に成り変ってしまったのだ。ああ、なまじ)世の中に、恋しい人と逢うことが絶対にないのだったら、却ってまあ、冷淡な人をも嫌われる不束なわが身をも、恨んで苦しむことがないであろうに! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、拾遺集の詞書に「天暦御時歌合に」とあり、天徳四年内裏歌合にも出ていて、題詠の歌である。 ② 北村季吟の八代集抄では、拾遺集では「未逢恋」だが、百人一首では「逢不会恋」とする古人の説を紹介している。さらに、季吟は東常縁の「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」とこの歌は同意であるとする説を指摘している。 ③ この歌は、古今集の「世の中に」の歌ととともに反実仮想の歌であるが、体験による心の染着ということが反実仮想の詠をなす因と言える。この歌も、逢うことの体験が既に存在して、人をも身をも恨む体験を現在なしていると考えられる。 ④ この歌は、「逢不会恋」の歌だとみるべきだが、問題は、わが恋における特殊性をさすのか、世間一般の恋をさすのかということであるが、中古中世の歌においては、特殊的事態と世間一般の観念的事態を重ね合わせていると見るべきだ。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、東常縁のいうように、業平の「世の中に」の歌の影響を受けていて、「逢不会恋」の歌で、一度契った人に顧みられなくなった恨みを主題とする。恋の苦悩を身にしみて知った事態である。 ② この歌のイメージは、曽て一度逢見たもののそれ以後訪問も音信も拒否ないし無視され、相手の面影のみちらつき、日夜夜ごとに輾転反側する片恋の人である。そうした人物は貴公子でも女房でもよいが、男子の方がふさわしい。 ③ この歌の上の句を「世の中に絶えて逢ふことのなかり...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(43) 藤原敦忠

逢ひ見ての後の心に較ぶれば昔は物を思はざりけり       権中納言敦忠       (拾遺、恋二、710)(拾遺抄、恋上、263)(六帖33444、あした) 〔釈義〕 (恋しさに堪えられなかったあなたに、とうとう逢って契りを交すことが出来、これで長い間の願いもかなってうれしやと思ったのも束の間、さてあなたに別れて帰って来る段になると、もうあなたから離れるのが辛くて遣瀬なくて、こんなに苦しい物思いをしようとは全く思いもかけぬことでした。この)はじめての逢瀬の後に来る心の辛さに較べると、(あなたに懸想してただの一度なりとも契りを交せたらと恋い焦れた長い間の物思いの苦しさも物の数ではなく、)逢う前のあの頃は(今から考えれば)物思いというほどのことはしていなかったのでした。(あなたに逢って心も体も固く結ばれてしまった今は、あなたに離れては苦しさにいても立ってもいられないのです。) 〔釈義〕の直訳に対応する部分 逢瀬の後にくる心の辛さに較べると、逢う前のあの頃は物思いはしていなかった。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌、拾遺には「題しらず」だが、拾遺抄の詞書は「はじめて女のもとにまかりて又のあしたにつかはしける」と後朝の歌で、歌意も後朝の歌である。 ② 万葉集や拾遺集の類似の発想の歌をみると、長い間の恋の苦しみから解放されるため一度の逢瀬を願っていたが、成就してみると離れる辛さに耐えかねる。後朝の辛さに較べれば逢見るまでの物思いは物の数でもないのである。恋する心の真実がある。 〔鑑賞〕の要旨 ① 万葉集の類歌では、逢瀬を交してからは恋心がまさると表現し、拾遺集の類歌でも表現の工夫はあるものの、逢瀬の後の恋心と逢瀬以前の恋心を等質のものとして扱っている。しかるに敦忠の歌では、逢瀬の前後の心情を程度の差ではなく、思う心の質の違いを述べている。 ② この歌では、後朝の様、帰り着いてからも泣く姿、恋に悶える過去の姿、逢瀬の様などがイメージされる。 ③ 上二句は今の心情と有様を、下三句は昔の心情と有様を表して対立するが、言葉は重複を避けながら対句的な意味を構成している。内容は単純だが深い情趣を生んでいる。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の藤原敦忠の歌に対する注釈を、勝手にまとめた...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(42) 清原元輔

契りきなかたみに袖を絞りつつ末の松山波越さじとは     清原元輔      (後拾遺、恋四、770)(元輔集19335) 〔釈義〕 (あの頃は)固く将来を約束しましたなあ。互いに涙に濡れた袖を絞りながら、(もしも外の人に愛情を移すようなことがあったら、きっと末の松山を波が越えもするだろうといった古人の歌を引合いに出して、その)末の松山を波が越すなどといったことのないようにしましょうと、おおほんとに!(それが、まあ、こんなことになろうとは!なんということでしょうか?!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、後拾遺集の詞書によれば代作であり、古今集1093「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」の歌を踏まえて、愛情の不変を誓い合ったが、愛の破綻を嘆き相手の心変わりを難じた歌意である。 ② 本歌では「波も越えなむ」と「越ゆ」が用いられているが、この歌では「波越さじとは」と「越す」が用いられている。この本歌から派生した歌を見ると、「越ゆ」「越す」がともに用いられている。「越ゆ」は、何かの上に出るまたはその向こう側に出ることであり、「越す」は障壁・限界となるものによって抑止されることなく通過して出ることを意味する。 ③ 元輔の歌において、「波越さじとは」を「波が越さないだろうとは」と訳したり、諸家の註のように「波が越さないつもりだとは」と訳したりすると、「契りきな」に続かない。 ④ 「む」や「じ」の用例の中に、「~するようにしよう」「~しないようにしよう」のように訳す必要のある例がある。よって、「じ」には一種の否定意志として、他の行為や現象の防止という意味があると考える。「波越さじとは」には、「波が越さないようにしようとは」の意味であり、これだと「契りきな」に掛かって意味が通じる。 ⑤ この歌の「越す」は、松山の障壁をも突破して波が外に出るように、誓い合った枠から押し出て他の人に愛情を移すことを意味すると見られる。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、心変わりした女に対して、男の恨みの気持を述べた歌であるが、変わらぬ愛の誓いである本歌を持ち出して、それと対蹠的な脆い愛の破綻を示している。さらに袖を絞って契ったイメージを加えて、現在の索漠たる状態を印象付けている。 ② 上の句に誓いの場面を描写し、本歌の引用を末二句にとどめ、全体を回想の記述にしながら、趣旨はそこから逆転...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(41) 壬生忠見

恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか     壬生忠見       (拾遺、恋一、621)(天徳四年内裏歌合35649) 〔釈義〕 (あの方に)恋しているという私の評判は、早くも立ってしまったことだ。深く思い染めてはいたが、それは誰にも知らせず、あの方にさえも知られないように、私の心の秘密としてこそそうしていたのだ、だのに。(ああ、どうしよう。全く途方にくれる。私は一体どうしたらよいのか?!) 〔義趣討究〕の要旨 ① 「思ひそむ」の意味を普通「思ひ初む」ととるが、思慕をはじめる情況は問題ではなく、肝心なのは思慕し続けることが人知れずであるべきで、「思ひ染む」がよく、これは「深く思いこむ」意である。 ② 源氏物語や万葉集の例を見ると、「思ひ始む(初む)」の用例もあるが、「思ひ染む」と解すべき例も多い。古今集以降の歌の例を見ると、「そむ」「思ひそむ」は、「染む」「思ひ染む」であり、これは「見そむ」「知らせそむ」と同じである。「染む」は、染色するように、新しい事態のはじまりが以前の状態に対して質的変化を来し、それが持続することを意味する。 ③ 「人知れず」は「人に知らせず」であり、「誰にも知られないように」の意であるが、これらは恋の相手に贈った歌に使われていて、この「人」とは直接には片恋の相手を意味している。 ④ この歌は、上の句の内容と下の句の内容が著しい対照をなしていて、下の句は片恋であることを示し、上の句の評判が立ったという「恋す」は、片恋の相手その人に恋すと解するべきだ。 ⑤ 下の句「人知れずこそ思ひ染めしか」は、「人知れず思ひ染めしかど」とは同じ意味ではない。ここには、「人知れず思ひ染めし」ことに執拗に拘り、どうしてこんなに憂名が立ったのかといつまでもくよくよする情思がある。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌の上の句は、現実に世間にあらわれ出た結果であり、下の句は、実際に自分のなした行動であるが、両者が完全に対蹠的であり、この行動とこの結果は矛盾する。当の恋の相手にも知らせない片思いで、名が立ったことは相手にも迷惑であり、困惑するばかりである。 ② 同じ恋の顕われた歌でも、40の兼盛の歌は、積極的に進もうとする爽快さと、油断して色に出てしまったというユーモアがあるが、この忠見の歌は深刻な悩みがあるだけで重苦しい。 ③ 「まだき」という語に着目すると...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(40) 平兼盛

しのぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで      平兼盛        (拾遺、恋一、622)(天徳四年内裏歌合35650)(兼盛集17107) 〔釈義〕 じっと抑え隠していたけれど、(とうとう)顔色や表情にあらわれ出てしまったことだ、私の(或人への)恋心は。物思いをしているのかと、外の人が私に尋ねるまでに。(ああ困った、恐れていた事態がとうとうやって来た。今更どうしようもないから、いっそ積極的に出ようかしら?!)(というわけで、この歌を詠んであなたに差し上げたのです。) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌の上の句を万葉集や古今集の歌で確認してみると、「色に出づ」とは恋情が顔色や表情にあらわれることをさし、「忍ぶ」とはそのように恋情の色に出ることを耐え忍び隠すことである。 ② 「忍ぶ」は、この歌も含めて本来上二段活用の語であるが、平安時代以降には四段活用のものも使われていた。この歌は、恋情を忍び隠す努力をしたにも拘らず、不可抗力的に恋情が顔色や表情に出てしまったという意である。 ③ 「忍ぶるを」「忍ぶるものを」という表現は、「忍び隠しているのに」という訳語となり、忍び隠している事態を強く意識し、次の事態が当然予想される情況において、さらに「それで」という順接、「しかも」という逆接に分かれる。予期しない結果に諦めきれないで、忍び隠した事態の拘りに恋々としている趣になる。 ④ 「忍ぶれど」という表現は、「忍び隠しているけれど」という訳語になるが、元来「忍ぶることの結果として」の意で、忍び隠した事態への拘りを見せずに淡々とその結果に言及する趣であり、事実を事実として素直に受留める諦念がある。 ⑤ この歌の初・二句は、努力して忍び隠したにも拘らず、遂に恋情が顔色や表情にあらわれてしまったことを、宿命的なものとしてあまりくよくよせずに受入れる趣である。 ⑥ この歌の三句目以下は、初・二句の追補として、忍び隠したことは敗れたことを物語り、諦めて「これから積極的に出ようか」と姿勢転換の気構えを示すものである。 ⑦ この歌の「忍ぶ」は、一般世人に対して忍び隠すにとどまらず、恋の相手に対しても忍び隠す意にとった方が興趣が深く、片恋が世人に知られて逡巡することをやめ、恋の相手に積極的に働きかけようとする転機を示している。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、41の「恋すてふ」の歌...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(39) 源等

浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき     参議等      (後撰、恋一、578) 〔釈義〕 浅茅の生い茂るところという小野、その小野に篠の茂り連なった原っぱ。その篠原に音通の「しのぶれど」―篠の茂みに身をしのび隠すように、私はじっと思いを抑え隠しているけれど、思いは抑えきれずに余って、(ただもう或お人が恋しくて恋しくて―。)どうしてそのお人、外ならぬあなたが、こんなに恋しいのでしょうか。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌の、「浅茅生の」は「小野」の枕詞のように使われ、「浅茅生の小野の篠原」は「しの」ないし「しのぶれ」の序詞であるが、単に枕詞や序詞として使われているだけではなく、内容的に情景的背景となっている。 ② 「小野の篠原」を詠んだ歌を見ると、露・風・霧・雁などが付随し、さらに蟋蟀・霜枯れ・真葛・時鳥などが情緒を醸し出す。この歌には、そうした付随するものがないが、類歌も忍ぶ恋の歌であるから、「小野の篠原」は篠が連なり生えていて、その陰に身を潜めて姿を隠したり、篠原の中の寓居に世間の目を逃れて住むというイメージが浮かんでくる。 ③ 身を潜める、世間の目を逃れる行為は、本意でもやむを得ざる事情でもわびしく苦しいものであり、「小野の篠原」という序は、恋を忍ぶ行為と、人を偲ぶ行為の二重の意味を持っていると考えられる。 ④ この歌の本歌とみなされるのは、「浅茅生の小野の篠原しのぶとも人知るらめや言ふ人なしに」(古今505)であるが、これは「忍ぶ」「偲ぶ」を懸けているものの、単純素朴に恋情と諦めを述べている。参議等の歌は、本歌に幾倍する執念の深さが感じられ、後撰の詞書に「人につかはしける」とあるように、恋の相手への贈歌であり、深みのある歌である。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、本歌の忍ぶる恋の相手に通じない苦しさを踏まえた上で、進んで当の相手に思いの程を愬えかける行動に出た趣があるが、自分の心を見つめる趣になっていて深みがある。 ② 忍ぶる恋は世人に知られないように隠すものであるが、当の相手に知ってもらうことを期待するものと、当の相手に知らせてはならないものの二通りがある。この歌は、後者の方であったのを前者に切り替えようとする形を取る。顕著に目立つのは「あまりて」の詞で、表現として見事に成功している。 〔蛇足〕 以上は、昭和54年(1979)に風間書房か...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(38) 右近

忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな       右近       (拾遺、恋四、870)(六帖、33813、ちかふ)(大和物語84) 〔釈義〕 あなたに忘れられている私の身は、(生きていてもつまらないから、捨てられた激しい悲しみで失せても)惜しいとも思いません。それとは反対に、(私にとって懸替えのない、)私に曽て愛を誓って下さった人の命が、(誓いに背いたことへの神仏の咎めを受けて失われることになるのではないかと思うと、それが)ただもう惜しくもありますことよなあ!(あなたのお命がなくなったのでは、私に唯一つの頼みの綱―あなたの愛がいつか元に戻ることのはかない望み―が切れてしまう、それが何よりも私につらくこたえるのです!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、「ず」を終止形として二句切れの歌と見るのが普通で、「誓ひてし」は「人」の行為であり、誓ひに背いたから人の命の失われることが惜しいという意味である。安東次男氏などは、「ず」を連用形として三句切れの歌と見るが、三句目「誓ひてし」の連体形止めは普通使わないものであり、命の失われる「人」の行為の記述がなくなってしまう。 ② この歌を二句切れの歌だとした場合、自分を捨てた男への皮肉や恨み言ととるか、恋の純情ないし未練ととるか分かれ、判断は時代の心に即したほうが妥当である。 ③ この歌は、古今六帖では「ちかふ」という題に所属する。「誓ふ」は、「神仏の人を救う請願」と「人の何かについての誓約」に分けられ、後者の場合例外なく愛情に関する誓いであり、愛を誓う場合と反対に「恋せじ」「逢はじ」という場合に大別できる。 ④ この歌に似た歌を検討すると、誓いに違背する者は神仏の罰を受けて命を召し上げられることを承認するという内容である。薄情な人を拒絶したり、薄情な相手の翻意を求めるもの、警告を発するものがあり、これに対して相手の誤解を解こうとするもの、軽くいなすものがある。 ⑤ この歌と近い歌意を持つものを見ると、断ちきれぬ恋情の告白や、誓いを破ってつれなくする愛人への未練を愬え翻意を促しており、皮肉や風刺ではない。 ⑥ この歌の二句目の「思はず」を、「辛くも思わない」と解すると皮肉な当てつけの歌になってしまうが、忘れられてショックを受けているわが身を「惜しく思わない」の意とし、誓いをした男がまた自分を愛してくれることを期待...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(37) 文屋朝康

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白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける    文屋朝康       (後撰、秋中、308)(寛平御時后宮歌合35426) 〔釈義〕 (さまざまの秋草の花が咲乱れ、それらの花にも葉にもしっとりと)白露がおいて、そこへ頻りに(朝の)風が吹寄せて来る秋の野は、(何というおもしろい眺めであろうか。薄や女郎花のような花は葉も自身で、またささがにの蜘蛛は自分が花や葉に引懸けた糸筋によって、まるで白玉を緒で貫くように白露を貫ぬいて懸けているのだが、折角露の玉を)貫ぬいていてもそれをしっかり結び留めてない(ために、秋風に吹かれてしきりにその)露の玉がさ散ってゆくことだ。(草や蜘蛛にとって気の毒でもあり滑稽でもあることだが、すばらしくおもしろく美しい眺めだ。) 〔義趣討究〕の要旨 ① 露を玉と見立て、玉を貫ぬくという見立てについて考察すると、露は白露であり、玉は真珠を意味する。露を玉に貫ぬくとは、真珠のように白露を連ねることである。 ② 白露を貫ぬくものは、柳であったり秋の野の草であったり、蜘蛛の糸であったりする。これに対して、貫ぬきとめぬというのは、涙が散ったり、朝露がぽとぽと落ちることである。朝康の歌は、白露を野草や蜘蛛の糸で真珠のように貫ぬいていながら、それが風に吹かれて散失せてゆくということになる。 ③ 白玉や玉の緒に対して古代人の生活に結び付いた意識を調べてみると、真珠を緒に貫いた用例が多数あり、性別不明の例もあるが、女性・男性が使用している装身具である。それらは花とともに頭に使用する物や、手や足に巻く物、そして首に使用するものである。 ④ しかるに、装身具ではなく、玉襷・玉鉾などは祭儀用のものであり、玉箒は養蚕に使用されるものであり、玉琴・玉簾などは調度や室内装飾に玉を使用したものであろう。 ⑤ 万葉集には装身具としての真珠の使用をうかがわせる記事があるが、古今集以後になると見当たらず比喩の用法ばかりである。それでも、玉簾・玉箒・玉襷などの例が歌に出て来るが、実際の使用はなくても意識では温存されていた。 ⑥ 露を玉に貫ぬくという場合、これは装身具として何かを装うのではなく、自然を装飾する玉の緒であり、自然に調和する装いということが古今集以後の美意識として考えられたのである。 ⑦ 朝康の歌のイメージは、真珠の首飾りや水晶の数珠が緒が切れて散乱するというものでは...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(36) 清原深養父

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ     清原深養父      (古今、夏、166)(六帖31167、夏の月) 〔釈義〕 夏の夜はなあ、(なかなか更けないくせにあっけなく明けてしまうよ。よい月の出る夜更けはとても遅く、じれったく思いながらやっと待ちつけて、やれやれよい月が見られると思ったのも束の間、すぐに夜明けだ。これでは全く)まだ月待つ宵の口のままで明けてしまうといったものがだ、(余りあっけなく明けてしまうので、影が薄れて空に取残された月は戸惑い顔に見える。月は夜空を渡って昼は山や雲に宿るものだが、こう急に明けられては西の山にも行き着けず、さあ一体、夏の夜が明けると)雲のどのあたりに月は宿をとるのだろうか。(どうもそれが気にかかる。ともあれ、夜更けの空を行くすばらしい月の影をどれほども見られないとは、誠に残念だ。) 〔釈義〕の要旨 夏の夜は、まだ宵の口のままで明けてしまうが、雲のどのあたりに月は宿をとるのだろうか。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、上の句が夏の短夜を誇張したのは明らかだが、下の句の「月宿るらむ」に問題がある。第一の解は、夏の夜明けに月は西の山に行き着けないので、雲のどこに月は今宿っているのだろうか、とするものである。第二の解は、今中空にいる月は雲のどのあたりに宿ろうとするのだろうか、とするものである。 ② この歌の古今の詞書に「月のおもしろかりける夜、あかつきがたによめる」とあり、この月は有明月であることに変わりはないが、第二の解が自然である。 ③ 第一の解が生じるのは、「らむ」の語義の解し方による。「らむ」は現在推量の助動詞といわれ、「今頃は、……ているだろう」という口訳があてられ、その解があてはまる例が多いが、そこから生じた誤解が第一の解を固着させたのであろう。 ④ 「らむ」は、眼前になり事態や理法・習慣等を推測する際の信憑性を示す。「らむ」を「ているだろう」と訳して当たる場合は、実は「ている」は「らむ」のつく前の部分の用言相当語終止形が担う意味である。用言相当語終止形は、「ている」に限らず、「た」「である」「ものだ」など多岐に亘るのである。深養父の歌の「月やどるらむ」は、「宿ることにするだろう」「宿るだろう」の意味と見ることができ、第二の解が可能である。 ⑤ 上の句の意味は、夏の夜更けに出る月を賞美しようとして、長い宵を...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(35) 紀貫之

人はいさ心もしらず故里は花ぞ昔の香に匂ひける       紀貫之       (古今、春上、42)(貫之集18005) 〔釈義〕 (こう確かに私の宿はあるとあなたはおっしゃいますが、やはりそうだと私も思います。なぜといえば―今のお詞の調子では、そこにおられる)本人は(果たして私を歓迎して下さるのかどうか)、さあどうも、そのお気持の程もわかりません。(でも)私の馴染みのこの里は、花が全く昔通りの香で咲匂うて(、私を温かく迎えてくれて)いるのでした。(それで、ここにおられる人のお気持が不安になりながらも、私はお詞のようにやっぱり私のための宿は用意されているのだと判断して、慰められるのです。何といっても、ここは私にとっての馴染みの故里なのですから、自然足がここへ向くのです。私のいとしい人であるあなたもどうぞ、花と一緒に、私を温かく迎えて下さいね。) 〔義趣討究〕の要旨 ① 古今集の詞書の「あるじ」を、多くに人は作者の旧知の人と解するが、貫之集の詞書を参照したり、貫之集に返歌があることから見て、作者の愛人の一人と見た方がふさわしい。「かくさだかになむ宿りはある」は、見捨てられた女の怨み言である。 ② この歌は、あるじの皮肉に対してより痛烈な皮肉を持って逆襲したとか、このような応酬で親近感をましたとかいった普通の見解は、修正を要する。 ③ 人と花とを対置させた意識では、人は薄情のようだが、花は情が厚いという意味になり、二句切れとして人と故里を対置させた意識では、人は冷たい感じがするが故里はやはりなつかしいという意味になろう。 ④ この歌を詞書から切り離すと、住む人の心には不安を感じるが、故郷の梅花は昔ながらの香に咲匂うて自分を温かく迎えてくれるので、やはり故里はなつかしいといった、述懐の歌になる。劉廷芝『代悲白頭翁』の「年々歳々花相似 歳々年々人不同」が連想されるが、自然に対比して人生の無常を嘆じる詩句を、貫之の歌は心の世界に転じ、故郷の自然の変わらぬ愛を感じている趣である。 ⑤ 詞書によって、この歌は「かくさだかになむ宿りはある」という女主人の詞に対する応答の意味が加わり、女の詞の意味を巧みにすり替えて、女の心変わりを疑う形を取りながら、ここは我が故里だと愛情に変わりのないことを明かしている。 ⑥ 女の返した「花だにも」の歌では、男への愛を告げている。すぐれた歌は「男女の仲...