超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(40) 平兼盛

しのぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで      平兼盛

       (拾遺、恋一、622)(天徳四年内裏歌合35650)(兼盛集17107)


〔釈義〕

じっと抑え隠していたけれど、(とうとう)顔色や表情にあらわれ出てしまったことだ、私の(或人への)恋心は。物思いをしているのかと、外の人が私に尋ねるまでに。(ああ困った、恐れていた事態がとうとうやって来た。今更どうしようもないから、いっそ積極的に出ようかしら?!)(というわけで、この歌を詠んであなたに差し上げたのです。)


〔義趣討究〕の要旨

① この歌の上の句を万葉集や古今集の歌で確認してみると、「色に出づ」とは恋情が顔色や表情にあらわれることをさし、「忍ぶ」とはそのように恋情の色に出ることを耐え忍び隠すことである。

② 「忍ぶ」は、この歌も含めて本来上二段活用の語であるが、平安時代以降には四段活用のものも使われていた。この歌は、恋情を忍び隠す努力をしたにも拘らず、不可抗力的に恋情が顔色や表情に出てしまったという意である。

③ 「忍ぶるを」「忍ぶるものを」という表現は、「忍び隠しているのに」という訳語となり、忍び隠している事態を強く意識し、次の事態が当然予想される情況において、さらに「それで」という順接、「しかも」という逆接に分かれる。予期しない結果に諦めきれないで、忍び隠した事態の拘りに恋々としている趣になる。

④ 「忍ぶれど」という表現は、「忍び隠しているけれど」という訳語になるが、元来「忍ぶることの結果として」の意で、忍び隠した事態への拘りを見せずに淡々とその結果に言及する趣であり、事実を事実として素直に受留める諦念がある。

⑤ この歌の初・二句は、努力して忍び隠したにも拘らず、遂に恋情が顔色や表情にあらわれてしまったことを、宿命的なものとしてあまりくよくよせずに受入れる趣である。

⑥ この歌の三句目以下は、初・二句の追補として、忍び隠したことは敗れたことを物語り、諦めて「これから積極的に出ようか」と姿勢転換の気構えを示すものである。

⑦ この歌の「忍ぶ」は、一般世人に対して忍び隠すにとどまらず、恋の相手に対しても忍び隠す意にとった方が興趣が深く、片恋が世人に知られて逡巡することをやめ、恋の相手に積極的に働きかけようとする転機を示している。


〔鑑賞〕の要旨

① この歌は、41の「恋すてふ」の歌とともに、拾遺集の詞書に「天暦の御時の歌合」とあるが、天徳四年内裏歌合の歌である。沙石集では「初恋」の歌であるが、「顕恋」の歌と見るべきだ。

② 初・二句では、忍ぶる恋の逢着した宿命的事態を総叙した上で、一転して第三者が登場し対話が示され、ドラマが展開するおもしろさがある。

③ この歌は、「思ふには忍ぶることぞ敗けにける色には出でじと思ひしものを」(古今503)の影響が考えられ、『奥義抄』には「恋しきをさらぬ顔にて忍ぶれば物や思ふと見る人ぞ問ふ」(集・作者ともに不明)という類歌がひかれている。それらを参考にしたとすれば、創作としての価値は割引される。けれども、ドラマ的構成や倒置の手法は絶妙であり、ユーモアも感じられる。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の平兼盛の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、引用されている和歌の例、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、初句・二句の表現を類似の表現を持つ歌から分析し、恋心を忍び隠したもののそれが顔色や表情にあらわれたことを事実として受け止め、一転して積極的に相手に働きかけようとした転機を詠んだものとして評価しています。また、先行する歌の影響下で詠まれていることを指摘しつつ、それでもこの歌の価値を認めようとしております。特に、この歌の「忍ぶれど」という逆接表現に対して、類似の表現である「忍ぶるを」「忍ぶるものを」という逆接表現を例にとりまして、接続助詞「ど」による逆接表現が事態を客観的に叙述し、その結果について諦念して受容するとし、一方接続助詞「を」「ものを」による逆接表現が忍び隠すことに拘り執着しているという分析は、文法から内容読解に一歩踏み込んでおりまして、非常に有益なものだと思われました。


著者は、五句目の「人の問ふまで」の「人」を「外の人」として第三者としているんですが、日本語における「人」というのは、一人称から三人称まで様々な意味を表しますけれども、和歌においては、特に贈答歌などの特定の相手とのやり取りの場合は、「人」は二人称がいいように思います。今回の兼盛の歌は歌合に提出した題詠ですが、それでも特定の相手を前提とした二人称として解するのがいいと思います。

あなたへの恋心は、こらえにこらえて来たけれど、もはやそれは表情に顕われてしまったことですねえ。「何か人知れずお悩みですか」とあなたがお尋ねになるまでに。


場面としては、兼盛のような貴公子が帝などの命を受けて詩歌管弦の催しに呼ばれまして、帝の御前などに参上することを想定するといいのだと思います。簾を挟んで、女官などが応対するわけですけれども、かねて意中の女官などが簾越しに対座しまして、声や気配で彼女だと貴公子は気が付くわけであります。さりげない挨拶も済みまして、互いの近況などをひそひそと語っているわけですが、簾の向こう、室内の女官の様子は暗くて見えないのですが、貴公子の挙動は簾の外なので女官からは丸見えでありまして、もじもじしたり、少々赤面したり、何か言いかけようとしてためらったりする貴公子の様子を見て、ひょっとして私の事を気にしていらっしゃるのかしらなどと察知するわけです。「物や思ふ」と誘い水を掛けますと、今の今まで忍びに忍んでいた気持ちが溢れまして、「さやう、そなたのことを昨日も一昨日も」などと口走りまして、周囲に聞かれないようにそっと簾の下から、かねて和歌をしたためていた扇を滑り込ませます。お香の滲みた貴公子の扇を女官が開いてみると、そこには次の歌が墨色鮮やかながら小さく散らし書きされております。

   しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで



〔蛇足の蛇足〕

この兼盛の歌は、説話『沙石集』などに出て来る有名なものでありまして、次の第41番の壬生忠見の歌とセットになるわけであります。ところが、『百人一首』での歌番号をご覧いただきますと、この二首は隣り合っているものの、40番と41番ではペアにならないものなのであります。四首一組でも別のグループになりますから、『百人一首』という物が、本当に完成型なのかどうか、怪しいことこの上ないのであります。これを、『百人秀歌』でみると、平兼盛が第41番、壬生忠見が第42番でありまして、奇数と偶数の組み合わせなので何の問題もなくペアなのであります。この順番に関してはすでにご指摘の注釈もあるのかも知れませんが、準備万端に諸説を網羅して書いているブログではありませんから、自分の手柄のように吹聴することをご容赦下さい。


平兼盛さんという人は、陸奥に国守として赴任したこともある人ですから、エピソードも幾つかありまして、有名な歌ももっとあるのであります。安達ヶ原の鬼婆伝説にも少し絡むわけですけれども、その人となりを充分伝える説話が乏しいような気がいたします。


この歌に関して気になることは、二句切れなのか、三句切れなのかと言うことなんであります。どちらが正しいかとか、そう言う意味ではなくて、どういう節回しで読むのか、どういうふうに味わうのかと言うことでありますね。折口信夫さんの『言語情調論』(中公文庫)というのは、大学の卒論らしいのですが、心余りて詞足らずな論文ですから半分も分からないんですが、ちょっとしたことで歌になっていたりなっていなかったりするということを鋭く突いているわけです。この兼盛の歌というのは、どこで切るかによって、センスが問われるところがあるような歌でありまして、二句目の終わりで切っては駄目で、三句目の終わりで切るんでありましょう。ともかく、平易な日本語なんですが、ちゃんと歌の調べになっているという点で、歌合わせの際に話題をさらったのは当然なんです。


『万葉集』は、「五七。五七。七」ですが、『古今集』以降は、「五七五。七七」というのが一般的。


昔、『万葉集』か何かの授業に出て、「五七五。七七」のリズムで読んだら、授業の後で、万葉ファンにすごく違和感があったと言われてびっくりしたことがあるんであります。向こうもびっくりしたが、こっちもびっくりしたんですね。それから、注釈書を読んでいますと、母音がどうの、特定の子音が繰り返される、と言うような指摘がたくさん出てきまして、著者の桑田明氏もそういう分析を書き付けています。そう言えば中学校などで国語の授業を受けた時は、短歌についてまことしやかに音韻面の特徴について分析を聞かされる時がありました。独りよがりな感じと言いますか、何か的がずれているような気がするんですけれども、たとえば前回紹介した昭和40年(1965)11月15日に刊行された久保田正文さんの『百人一首の世界』(文藝春秋社)なども、そのあたりを得意そうに指摘なさるんですね。ローマ字書きすれば、誰でも言えることなんですが、近代短歌の批評スタイルとしては確立していたようです。でも、どこに由来するのでしょう? あいうえお、という母音にすごくこだわるのが妙なんですが、もしかして外国の詩の批評スタイルなのかもしれませんね。調べてみたいと思います。


それから、この歌は非常に評価が高い歌だと思うのですが、本歌を指摘してその価値を下げようとする注釈書が従来からあったようです。

  恋しきを さらぬ顔して 忍ぶれば 物や思ふと 見る人ぞ問ふ(『奥義抄』所引)

  安必意毛波受  安流良牟伎美乎  安夜思苦毛  奈気伎和多流香  比登能等布麻泥(万葉集4075)

     あひおもはず   あるらむきみを   あやしくも   なげきわたるか  ひとのとふまで


『奥儀抄』は、兼盛の歌は万葉集の歌の盗作だとまで言うんですが、賀茂真淵は改作はよくあることでではないかと許容して兼盛の歌を悪く言っていないようです。しかしながら、香川景樹はこの兼盛の歌に関しては改作を咎めてやまないようです。なお、『奥義抄』の歌は、出典が不明ですから、兼盛の歌との前後関係も定まりませんので、その歌を元にして兼盛が歌合に提出する歌を詠んだかどうかは定かではないようです。

コメント

このブログの人気の投稿

岩波文庫『百人一首』を読む(81) 藤原実定

岩波文庫『百人一首』を読む(99) 後鳥羽院

足利将軍撰『新百人一首』を読む(6) 藤原菅根