超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(51) 藤原実方
かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを 藤原実方朝臣
(後拾遺、恋一、612)(実方集22744)
〔釈義〕
このように(あなたに恋をしています)とだけでさえも、(こんな場合だれだって)よう言いますものかいな、(それで、)その「いふ」につながる「伊吹のさしも草」(ちゅうものがありますが、それは物を言わず赤々と火を燃やします。ほんにそのさしも草)のさしも―外でもない、全く現実に、そんなに激しい状態であるとも―ご存じないことでしょうなあ、この(私の)燃えさかる(あなたへの)恋の思いを!
〔義趣討究〕の要旨
① この歌は、「伊吹」に懸詞があり、「伊吹のさしも草」が「さしも」の序詞となり、「かくとだにえやはいふ」が「それで」の意味で「さしも知らじな燃ゆる思ひを」に続いていく。
② 「えやは」の使われた表現では、「えやは」の下に用言相当語が伴うが、用言のみかそこに助動詞「ず」「る」を伴う場合、用言に「けり」の伴う場合、用言に「む」が伴う例がある。これらは、「よう~することかよ、そうではない」のような反語的ないし詰問的な言い方である。
③ 実方の歌の「えやはいふ」の意味は、「(こんな場合、だれだって)よう言ふ(ことをする)ものかよ、よう言ひはしないものなのだ」の意となり、「だから勿論私にそれが言える筈がない」という余情を生ずる。これは「言うことができようか」という通説的解釈に似ているが、それよりはずっと強い、断定的な言い方である。
④ 「さしも」は、「さ」が指示副詞、「し」が強意の間投助詞、「も」が係助詞であるが、「外でもないそんなにまあ」と訳す場合と、「外でもないそうも」と訳す場合がある。「さ」の指示する内容は文中にある場合もあれば、文中にはなくて心中に思っている状態をさし、読者に理解できる場合もある。実方の歌の「さしも」は、「外でもないそうも」と訳す場合に属し、指示内容は心中に思っている状態である。
〔鑑賞〕の要旨
① この歌は、後拾遺集の詞書には「女にはじめて遣はしける」とあって、片恋の思いを告げ知らせる求愛の歌である。この歌では、直接的な求愛をせず、「私の燃える恋情をあの方は御存じないことだろう。私は内気でその上口下手で、よう言わないのだから」と、独り言としたのはつつましやかな言い方である。
② この歌では、「伊吹のさしも草」という象徴によって自分の心情を愬えようとする。物言わず燃える伊吹のさしも草(艾)で懸命なわが心の姿勢を見せて、相手の推察に委ねている。
③ 実方集にはこの歌の五句が「燃ゆる物故」となっている。歌意に変わりは生じないが、「燃ゆる思ひを」のほうが、「思ひ」に「おも火」を含ませて、「伊吹」「さしも草」「燃ゆる」の縁語となるので適切である。
〔蛇足〕
以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の藤原実方の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、勅撰集などから同じ表現を持つ歌を挙げた部分、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。今回も〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、「えやはいふ」の意味を明らかにするために、「えやは」という表現を持つ類例を数多く取り上げて分類し、検討を加えております。ただ、著者の先行する著作で考察した独特の文法事項などが説明に頻出しましたので、今回の叙述だけでは十分に理解できない点が多々ありましたので、要旨としてまとめたものが、著者の意図を汲み取れているのかどうか、あまり自信がありません。また、これまでの序詞が使われた歌に関しては、序詞の内容がどのように歌の趣旨に関わるのかを〔義趣討究〕の欄で検討することが多かったのですが、今回は〔鑑賞〕の欄で触れるにとどめたようです。
なお、「かくとだにえやは言ふ」については、「むねにあまる思ひをいひやらねば」(応永抄)と解するのが一般的だったようですが、「詞は限りあるものにて、思ふ心は限りなければ、かくとだにえやはいふ、えいひやらぬなり」(契沖改観抄・真淵宇比真奈備)と解する方向もあったようです。著者の見解はこれらとはまた別で、世間一般では恋をしているとは言わないというような独特な解釈を施しています。「かくとだにえやは言ふ」というのは、「やは」の反語を打消しに変換すると、「かくとだにえ言はず」でありまして、自分の閉塞状況を告白しているだけのような気がいたします。それから、注釈書の類は誰も指摘しませんが、この「だに」は「だに~まして」という類推用法ですから、「まして」以下の補いが必要な気がいたします。下の句を「まして」で導かれるものと処理するものには、『文法詳解百人一首精釈』(加藤中道館)がありますが、「かくとだに我はえ言はず」を受けているのに、「まして」以下で主語が「汝」となって「燃ゆる思ひをさしも知らじな」というのは、ちょっとちぐはぐな感じがいたします。それから、余計なことを一つ言うと、「だに」の類推用法の裏には、「せめて~だけでも」という最小限の希望・願望の用法が隠れていますので、それも補うと意味が鮮明になるかもしれません。
(かく思ひを寄せたりとだに、我は汝に言はばやと思ひしかど)かくとだにえやは言ふ(=え言はず、まして逢ひに汝を訪ふこともせず、年頃経にけり。されば、伊吹のさしも草のごとく)燃ゆる(我が)思ひの火を、(汝は)さしも知らじな。(粗忽謹んで補う)
※このように心から慕っているとだけでも、せめて私はそなたに言いたいと思っていたが、「このようにお慕いしております」とさえ言うことが出来ましょうか、とても言えませんし、まして逢うためにそなたを訪ねることもしないで、何年にもなりました。ですから、伊吹のさしも草のように燃える私の恋の炎を、そなたはそうとうは御存じないことでしょうね。初めての告白をどうぞお許しください。(粗忽謹訳)
態度にも見せず、言葉にもしないで長年さりげなくやり過ごしてきた気持ちを、いよいよ隠し切れなくなって披露するというような歌ではないかと思います。「好きだったのよ、あなた、胸の奥でずっと」(松任谷由実作詞『まちぶせ』)というような歌謡曲の一節が浮かびまして、これというのは宮廷貴族が職務上顔見知りとなった女房や女官などに告白するという情況を想定しないと面白くないかもしれません。告白もしないし、ましてや夜中に相手の局に押しかけるなんてことをしなかったことを、暗示しているような気がするんですが、いかがでしょう。
〔蛇足の蛇足〕
著者は、「伊吹のさしも草」については考証しておりませんが、以前取り上げた北原白秋は「伊吹は伊吹山で下野にあつてさしも草のある所」と説明しておりまして、さらに「さしも草」に関して「蓬で作る艾草の事、灸に用ふ」と説明しています。「艾草」は、漢字音は「がいそう」ですが、「もぐさ」のことであります。こうした説明は、注釈書などでは一般的で、現代でもおおよそ継承されているものです。念のため、白秋が粉本とする佐佐木信綱『百人一首講義』を引用してみます。
いぶき山は、下野にある名所なり。さしもぐさは、艾草とて蓬にて製する今いふもぐさなり。
さらに、角川ソフィア文庫『新版百人一首』(島津忠夫訳注)の語句の説明を引用してみると、次のように説明があります。こちらは、伊吹山の所在地を下野と近江の二説を併記し、さしもぐさも艾草と蓬の二説を併記しているように見えます。
えやはいぶきの=「えやは言ふ」(いうことができようか、できない)に地名の息吹をかける。『袖中抄』巻二は下野国とするが、『八雲抄』『内裏名所歌合』は近江とする。
さしも草=艾草(もぐさ)。蓬の異称。「さしも」を同音のくり返しによって言い出す序。
近年では、定家の時代の理解を前提に、伊吹山は滋賀県と岐阜県の境の山とする注釈書が多くありまして、要するに近江国の伊吹山が優勢でありますが、それは何よりお灸に使うもぐさの産地だからなんだそうです。ただし、Wikipediaの「もぐさ」を見ればわかりますが、近江の米原辺りがもぐさの生産地になるのは江戸時代の話でありまして、百人一首ともぐさを関連付けるのは問題があると最初に指摘しておきたいと思います。
さてさて、実方の歌では「伊吹のさしも草」「燃ゆる」「火」というのが縁語でありまして、それぞれが掛詞にもなると言うような、なかなか修辞技巧の凝らされた歌なのであります。これらを除くと、歌の主題の部分は「かくとだにえやは言ふ、さしも知らじな燃ゆる思ひを」でありまして、よくよく考えると歌の主旨は告白できませんということなんですが、それでも女性に送ったわけですから、実は手練手管のくどき文句なんでありますね。問題点は何かというと、「さしも草」がお灸に使うモグサであるというところから、「燃ゆる」「火」を誰も疑わないんですが、そうだとすると初めての告白にしては随分過激な表現でありますね。というか、恋の相手にお灸を比喩にした歌を送り付けるものでしょうか。
もう一度確認すると、ここで言う「さしも草」というのは、実はヨモギの異称であります。この歌を、実はヨモギの歌なんですよ、草餅にするあの香り高い草ですよと言ったらどうなるのか。お灸にして背中に載せなさいと、モグサに添えて歌を送るのでないなら、これは伊吹山と呼ばれる山の萌え始めたヨモギの歌でもいいはずではないのかと思います。「もゆる」は草木が芽生えることを表す「萌ゆる」となることでしょう。そうすると、「思ひ」の「ひ」は、春の「日」ということになって、情景が一変いたします。試訳を提示すると、どうなるかというと、
伊吹山のヨモギは、萌え初めた日がいつとも、確かなことはこれこれとさえ言えません。だから知りませんよね。萌え初めた私の恋心を。(粗忽試訳)
ふーむ、これは、これは。瓢箪から駒でございますな。こっちが断然いいではありませんか。いったいどこの誰なのでしょうか、お灸に据えるモグサだって言い張った人は。驚天動地の新解釈が生まれてしまいましたが、こちらの方が初めて告白する時の恋の甘さが感じられることでしょう。またまた大手柄でありますね。5分で思い付いたのが嘘みたいですね。ヤッター。
しかしながら、忠告をいたします。この歌の「燃ゆる」を「萌ゆる」だと主張し、「思ひ」の「ひ」に「火」ではなくて「日」が掛かっているはずだ、などと主張しておりますと、たとえばお勉強のために検索した人が見てしまうと、百害あって一利なし、あらぬ誤解を植え付けてしまい、先生に叱られたり、どこかで恥をかいたりすることでしょう。真面目に調べているわけでもありませんから、奇をてらい、定説を裏から眺め、常識を揺さぶろうとしているだけなのであります。なんのためにそんな馬鹿なことをするのかと言えば、自分の楽しみでしていることですから、信用してはなりません。もう一度言いますが、「ここで書くものを引用したり、真に受けてはなりません」ので、転載厳禁、拡散不可、引用も駄目、盗用は訴えることにいたしましょう。何より、世間の辞書の類は、『百人一首』の俗説と齟齬のないように書いてあるわけで、国語辞書や古語辞典の記述を疑う習慣のない方は、このブログを読んではなりません。
このことは 誰にも教えちゃ 駄目ですよ すでにコロナは 明けにけるかも(粗忽2023年春謹製)
「さしも草」を小学館の『日本国語大辞典』(第二版)で引いてみると、『枕草子』の例が出てきますが、これは完全に草でありますから、それを「もぐさ」と結びつけていいのかどうか、あやしいのであります。『後拾遺和歌集新釈』(笠間注釈叢刊)で実方の歌を見ますと、『古今六帖』の歌が四首(3586~3589番)引用されているんであります。「伊吹のさしも草」というのは、「もゆるおもひ」と「「こがし」「こがるる」を導くのでありますが、そうなるとやはり「火」に関するものなのでありましょうか。だいたい、「燃ゆ」と「萌ゆ」が語源が同じなのかどうか、私にはにわかに判断が付きませんので、引用されている和歌の解釈などをじっくりと考えて判断することにいたしましょう。
実方は、清少納言のまったくの同時代人、もっと言うと知り合いでもあります。
驚いたのは、なんとなく実方の歌がきっかけで、「もぐさ」と「さしも草」が結びついている可能性があって、草としての「さしも草」が元来どういう植物か判然としないようなのであります。なあんだ、そんなことなのか。やはり、つきつめると、すべては藪の中であります。また、伊吹も、下野の国ではないかという異説が昔からあって、じゃあモグサの生産地の近江の伊吹山って、後付けの可能性もあるんじゃありませんか。織田信長が、西欧の薬草を伊吹山に導入させたという話すらございます。その後で、江戸時代に才覚のある近江商人などが、謳い文句として百人一首の実方の歌を使うことを思いつたとして、別に不思議なことではありません。
たとえば、若狭の国の小浜からアメリカ合衆国の大統領になった人がいるよ、なんてことが数千年後にはまことしやかに語られる可能性もありますね。
名著『枕草子解環』(同朋舎)というのは、萩谷朴さんの大著ですが、「草は」という一節に、「蓬」と「さしも草」が別別に出て参りまして、萩谷朴さんは同じものだよとあっさり説明されています。同じものを二度挙げたのは、清少納言が実方の歌が好きだったからだよなどと萩谷朴さんは書いています。ただし、解説の所に「さしも草」は『古今六帖』に見えないけれど云々とありまして、あれれ、どうなっているの? と謎が深まるのであります。もう一度「蓬」の解説を見て見たら、そこには蓬の歌が三首、さしも草の歌が四首あると紹介していますから、うっかりしただけのことのようです。
〔蛇足の蛇足の蛇足〕
かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを
(『百人一首』第51番・藤原実方)
この、「さしも草」というのは、確かに『古今六帖』にありました。今までも、何度か触れましたが、『古今和歌六帖』とも呼ぶんですけれども、平安時代初期に出来たと考えられている古い和歌集なんです。季節・気候・歳事、さらには草木・鳥獣などを始めとして、ものの名前ごとに和歌を編纂したものであります。『万葉集』『古今集』『後撰集』のあたりをカバーしているんですが、残念ながら編者が誰か、成立がいつか、そう言うことがさっぱり分からない謎の本であります。便利な参考資料だったはずなんですが、内容に見合った古い善本が出て来ないわけで、安心して使えないところがございます。
それの、第六帖の草の項目のなかに「さしも草」も入っているんですが、最初の目次には書いてないのですが、本文を見ると「ざふの草」の下位分類として本文には示してありました。四首あるんですが、そのうち二首が「いぶきのやまのさしも草」とあるんだけれども、一首は「しもつけやしめつのはらのさしもぐさ」とあるわけです。伊吹山は滋賀県が有名ですが、下野(栃木県)にもあるわけで、陸奥に旅した実方のことを考えると、下野も捨てがたいということなんですね。それから、「もぐさ」はお灸に使いますが、言葉の実例は鎌倉時代をさかのぼりません。「さしも草」は、どうみても草でありまして、製品化された「もぐさ」とは別物でありましょうし、『古今六帖』でも植物の範囲でありまして、だったら「もゆる」は、縁語としては「萌ゆる」でありまして、これを「燃ゆる」と掛けることはさしつかえないでありましょう。
3586 あぢきなや いぶきのやまの さしもぐさ おのがおもひに 身をこがしつつ
3587 ちぎりけん 心からこそ さしまぐさ おのがおもひに もえわたりけれ
3588 なほざりに いぶきの山の さしもぐさ さしも思はぬ ことにやはあらぬ
3589 しもつけや しめつのはらの さしもぐさ おのがおもひに 身をややくらん
『古今和歌六帖』の四首の歌というのは、見たところ同じ歌のバリエーションに過ぎないような気がいたします。何となく、異伝を全部収載したというような趣に感じられます。ただ、最初に考えた段階では、『古今和歌六帖』を持ってくると、「こがし」や「やく」のせいで「さしも草」がどうしてもお灸に据える「もぐさ」になってしまうので、何だかいやいや引用していたのでありますけれども、あれから随分時は経過しておりまして、少し悪知恵が働きそうであります。つまり、お灸のために製品化された「もぐさ」を『古今和歌六帖』が雑草の分類に入れるのはやはり乱暴でありまして、それが腑に落ちないのは今も同様であります。
もう一度「もぐさ」説の支持者に問いますが、お灸を歌に詠んでいたと本当にお考えですか?
ところで、野山の草でも、時によっては「燃える」「焼く」場合があるのではありませんか。つまり、冬季になって草は枯れまして、さて春を迎えるにあたって野焼きをする場合があります。それなら、野山に生えている草でも火を放って焼くわけで、盛んに燃えるのであります。日本の気候だと、夏の間に繁茂したまま枯れて行く草というのはたくさんありまして、そこに火を放って次の耕作に備えるのは、「焼き畑農法」というものであります。九州の阿蘇山周辺の「野焼き」という春の風物詩もまだございますね。その時に燃やさなければならない草のことを「さしも草」とは言わないのかどうか、気になる所です。蓬というのは雑草の代表みたいなものでありまして、芽ばえた時は食用にしますけれども、後は放置されて霜枯れしていることでしょう。ならば、火を放って枯れ草を処分いたしますが、元来蓬は非常に生命力の強い植物ですから、ちゃんと焼け跡から芽吹くものなのであります。
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