超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(46) 曾禰好忠

由良の門を渡る舟人楫緒絶え行方もしらぬ恋の道かな    曽祢好忠

      (新古今、恋一、1071)(曽丹集22453)


〔釈義〕

(音高く流れる荒潮に激しく揺られながら、)由良の瀬戸を対岸へ渡ろうとして懸命に舟を漕いでいる船乗りが、楫を舟に取付けた綱が切れて楫のはたらきが止まるという事故のために、行方がどうなるかもわからぬ(ままに舟もろともに漂い続ける)―ああ、そのように、(世間の風当たりの辛さとか、自身に起る疑心暗鬼とかいった恋の苦しみに悩まされながら世を渡ってゆく私などには、望みをかけた僅かの手だても、かねて固めていた決心もはかなく断切れてしまい、)これからどうしてゆけばよいのか、どういう結末が来るものなのかもわからない(で、たださ迷うばかり!といった式の)、恋というものの常のあり方なのかなあ?!


〔義趣討究〕の要旨

① この歌は、新古今集に「題しらず」として載り、上の句が有意の序、下の句が本題とされ、歌意は明らかである。

② 「由良の門」は、紀淡海峡の由良の瀬戸か丹後の由良河口かの二説があるが、作者が丹後掾であったことによる丹後説よりも、歌のイメージを考えると紀淡海峡の由良の門をとるべきである。

③ 三句目を「楫を絶え」とするか、「楫緒絶え」とするかという点については、「楫緒絶え」を採用する。「を」を格助詞と見る説については、「楫を絶えて」や「楫絶えて」という表現のないことから、否定できる。「楫緒」は楫を舟に取付けた緒であり、それが中断して楫が使えなくなることを「楫緒絶え」と表現している。

④ この歌は、小野小町の「須磨の蜑の浦漕ぐ舟の楫を絶え寄辺なき身ぞ悲しかりける」(続古今集1649、題しらず)ならびにその異伝歌「須磨の浦の浦漕ぐ舟の楫よりも寄辺なき身ぞ悲しかりける」「海人の住む浦漕ぐ舟の楫を無み世をうみ渡る我ぞ悲しき」などから影響を受けていると考えてよい。

⑤ 「須磨の蜑の」の歌や「海人の住む」の歌では、上の句が下の句の「寄辺なき」や「世をうみ渡る」の有意の序となるというよりも、上五七が「楫を絶え寄辺なき」「楫を無み世をうみ渡る」に掛かり、その全体が比喩的・象徴的意味を持って「身」「我」を修飾している。好忠の歌においても、「由良の門を渡る舟人」が「楫緒絶え行方も知らぬ」に掛かり、その全体が「恋の道」を修飾している。


〔鑑賞〕の要旨

① この歌を、恋の内容に象徴的な手法を加えた独創的なものであるという評価は、小町の歌に譲るが、「須磨の浦」を「由良の門」に替え、「寄辺なき身ぞ悲しかりける」という主観的な情緒を、「行方も知らぬ恋の道かな」という客観的な人生観照の想念に転じたのは創見である。

② 「由良の門」には、記紀歌謡や万葉集の例に見るように、金玉や琴の音響としての「ゆら」が効果をあらわして高い潮音が暗示され、そこに揺れ動く舟のイメージも出て来るとともに、下の句の「行へも知らぬ」の句頭音と呼応して効果がある。

③ 上の句は一語一語が具体的なイメージをもたらすのに対して、下の句では抽象的に想念をまとめる詞となっていて対照的である。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の曾禰好忠の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、類歌や百科事典の記述を引用して具体的な検討を加えた部分、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。今回も〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、従来から説が対立している初句の「由良の門」がどの地方の歌枕なのか、三句目の「楫を絶え」「楫緒絶え」のどちらが表現意図なのかという問題について、著者なりの視点から検討を加えています。「由良の門」に関しては、あまり深入りをせずに、紀淡海峡であると判断を下しております。また、三句目に関しては、多くの例を挙げながら、「楫を絶えて」や「楫絶えて」という表現のないことを証明して、「を」を格助詞とする説を退けています。


また、上の句五七五を序詞とする説に対して、好忠の歌に影響を与えた小野小町の歌を分析しながら、上五七が三句目四句目に掛かるのではないかという考えを示して、四句目までが「恋の道」を修飾していると主張しております。この点に関しては、著者の〔釈義〕を見ても判然としない点がありまして、従来通り上の句五七五が序詞として機能していて、下の句が恋の歌の趣旨になっているという解釈のように見えます。「楫緒」という具体的な舟に関わる詞が使われている以上、上の句が序詞であると考えるのが妥当でありまして、「行方もしらず」が序詞を受けると「船の進行方向が定まらない」というニュアンスになりますが、序詞を省けば、「恋の道」が「どういう結末を迎えるのか予断を許さない」というニュアンスをあらわしていて、「行方もしらず」が二重になると考えるのが筋のような気がいたします。


〔蛇足の蛇足〕

この曾禰好忠の奇行の一つとして有名なものがありまして、尾崎雅嘉『百人一首一夕話』や佐佐木信綱『百人一首講義』が紹介しております。円融院の子の日の逍遥に歌人たちが召されたと聞いて、好忠が勝手に参上して末席に陣取り、結局追い払われたという逸話です。非常に癖の強い人物ですが、中世なら数寄の人として重宝されたことでしょう。生まれて来るのが早かったとも言えますし、平安時代の身分制が機能していて、それを無視するとひどい目に遭った例とも言えるでしょう。


歌そのものは、すっきり分かりやすい歌でありますね。何の問題もなさそうであります。歌の下の句は、何とも恋愛というものの本質でありまして、一点の曇りもなく理解できるわけです。恋の道というものは、なるほど行方の分からない、波瀾万丈なものでありまして、傍から見れば収まるところに収まるものですけれども、本人たちにとっては筋書きのないドラマ、相手が本当に自分を思っているのか、それとも他に意中の人がいるかどうか、そんなことは分からないわけであります。その気分を、何によって表明するか、何を比喩にするかというところで歌人の力量が試されると言えるでしょう。船にトラブルがあったら、船の道は行方も知らぬ、あてのない航海となるわけですね。だから、「由良の門」というのは、おそらく航行の難所でありましょう。


曽禰好忠は丹後の掾(三等官)どまりの下級貴族だったそうです。百人一首の撰者とされる藤原定家が中納言だったことを考えると、その身分の低さは歴然であります。丹後に縁があったというなら、詠まれた「由良の門」は丹後でよさそうという意見が出るのも致し方ないのかもしれません。この由良の場所が特定できないのだそうであります。紀州和歌山の紀伊水道の難所に、由良町が位置していまして、ここがもっとも有力な候補であります。普通はこちらが歌に詠まれたんであります。丹後の国の日本海に面した若狭湾の宮津市由良も候補の一つでありますが、淡路島にも由良がありまして、これとは別に日本海に面した出羽国、鶴岡の由良というのもあるのであります。分かった振りをしていますが、今初めて知った知識を振りかざしているんですね。


問題点は、実は地名だけではなくて、「楫を絶え」なのか、それとも「楫緒絶え」なのかという問題ですが、『日本国語大辞典』(第二版)を見たら、あっさりと後者が証明されておりました。絶えるんでありますから、「楫」では具合が悪いのでありまして、やはり楫を船につないでいる「楫緒」でないと意味を成さないんであります。今ボートなんかに乗りますと、金属の輪っかでつないであるんですね。ここを支点として楫を操るものですから、そこが切れてしまうと、楫があっても船は操縦不能であります。古代では、方向舵も推進具も「かぢ」なんでありますが、手に持つ楫を無くしたのを「絶え」とは言えないことでしょう。よって、楫を固定する綱のようなものが、おそらく「楫緒」でありまして、これは荒波と漕ぎ手の力比べの結果切れることがままあったと考えられるでしょうね。著者の桑田明氏は平凡社の『大百科事典』を引用しておりまして、そこには「楫緒」は「麻綱」だと出ていることを紹介しております。丈夫で長持ちの麻ですが、切れる時は切れるはずで、これを「絶え」と表現するのは納得です。


和歌の専門家は、国語学や船の知識は大嫌いのようですから、辞書を見ていないことおびただしいのでありまして、本当はお勉強はお嫌いのようですね。ぱっと見たところ、近年の注釈書は「楫を絶え」とするような解説がほどんどですね。和歌の解釈も、国語学の成果を無視するなら、行方も知れなくなるのは同じでありましょう。桑田明氏は、そうした点については柔軟であります。


ただし、気になるのは、著者は「世を渡ってゆく私」を詠作主体にしていて、抽象的な恋の悩みのように解釈しておりますが、それでいいのかどうか。前に扱った北原白秋の訳では「自分も思ふ人に言ひ寄るたよりを失つて」とありまして、どうも船に乗っているのは男で、女の元に向かっているような理解のようでした。これは、尾崎雅嘉の『百人一首一夕話』に従ったものですが、佐佐木信綱『百人一首講義』は三句目までの序詞を訳出せずに、きっぱりと「末もはかりしられぬ恋の道かな」としております。これだと、女は男の漕ぐ船に乗り合わせているんじゃないかと思うんですが、もはや鑑賞レベルの差かもしれません。注釈書の中には、「楫を絶え」を「思う人を失って」(島津忠夫氏・角川ソフィア文庫)と解したものもあります。


ともかく、信綱の理解を前提にいたしますと、恋をして愛し合う二人は添い遂げる意志がありまして、手にした楫によって推進力が充分なように、ゴール目指して漕ぎまくるんですね。ところが、それを固定する綱が切れまして、方向が定まりません。世間の荒波にもまれるままであります。なるほど、茫然とした恋人たちの表情、力任せに漕いでも、楫緒が切れていてはむなしいわけであります。やはり、いい歌なのであります。つまり、この歌によれば、いくら二人が努力しても、もともと恋の成就にはどこかに無理があるということかもしれません。


人妻との不倫によって警察署に拘留された経験のある白秋からみたら、この好忠の歌は痛いほど核心を付いた恋の歌だったことでしょう。当時の新聞で報道されまして、今時の文春砲並みのスキャンダルだったようです。不倫の場合、男女ともに収監され、他の囚人と縄につながれた姿を恋人に見られるような扱いだったそうです。筑摩書房から平成17年(2005)に刊行された、三木卓氏の著書『北原白秋』に詳しく書かれておりました。かつては、不倫というのは犯罪そのものだったのでありまして、なるほど、だから世間の人はあれほどに芸能人の不倫をつるし上げるのだと、私なりに納得しました。  

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