超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(37) 文屋朝康
白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける 文屋朝康
(後撰、秋中、308)(寛平御時后宮歌合35426)
〔釈義〕
(さまざまの秋草の花が咲乱れ、それらの花にも葉にもしっとりと)白露がおいて、そこへ頻りに(朝の)風が吹寄せて来る秋の野は、(何というおもしろい眺めであろうか。薄や女郎花のような花は葉も自身で、またささがにの蜘蛛は自分が花や葉に引懸けた糸筋によって、まるで白玉を緒で貫くように白露を貫ぬいて懸けているのだが、折角露の玉を)貫ぬいていてもそれをしっかり結び留めてない(ために、秋風に吹かれてしきりにその)露の玉がさ散ってゆくことだ。(草や蜘蛛にとって気の毒でもあり滑稽でもあることだが、すばらしくおもしろく美しい眺めだ。)
〔義趣討究〕の要旨
① 露を玉と見立て、玉を貫ぬくという見立てについて考察すると、露は白露であり、玉は真珠を意味する。露を玉に貫ぬくとは、真珠のように白露を連ねることである。
② 白露を貫ぬくものは、柳であったり秋の野の草であったり、蜘蛛の糸であったりする。これに対して、貫ぬきとめぬというのは、涙が散ったり、朝露がぽとぽと落ちることである。朝康の歌は、白露を野草や蜘蛛の糸で真珠のように貫ぬいていながら、それが風に吹かれて散失せてゆくということになる。
③ 白玉や玉の緒に対して古代人の生活に結び付いた意識を調べてみると、真珠を緒に貫いた用例が多数あり、性別不明の例もあるが、女性・男性が使用している装身具である。それらは花とともに頭に使用する物や、手や足に巻く物、そして首に使用するものである。
④ しかるに、装身具ではなく、玉襷・玉鉾などは祭儀用のものであり、玉箒は養蚕に使用されるものであり、玉琴・玉簾などは調度や室内装飾に玉を使用したものであろう。
⑤ 万葉集には装身具としての真珠の使用をうかがわせる記事があるが、古今集以後になると見当たらず比喩の用法ばかりである。それでも、玉簾・玉箒・玉襷などの例が歌に出て来るが、実際の使用はなくても意識では温存されていた。
⑥ 露を玉に貫ぬくという場合、これは装身具として何かを装うのではなく、自然を装飾する玉の緒であり、自然に調和する装いということが古今集以後の美意識として考えられたのである。
⑦ 朝康の歌のイメージは、真珠の首飾りや水晶の数珠が緒が切れて散乱するというものではなく、常世の国で別世界において草木が玉を貫ぬき、蜘蛛が糸筋に玉を貫ぬいていて、風が吹くたびに真珠を散乱させると言ったものである。
〔鑑賞〕の要旨
① この歌の主題は、白露の美しさとおもしろさである。花や葉に朝露を含んだ様は趣深く、そこに朝風が吹き渡ることによって飛散するのである。草や蜘蛛が苦労して白露の玉を貫き懸けたのに、秋風にいたずらされて散らされるという滑稽な現象である。
② 上の句には現実の場面が叙述されているが、下の句は奇異な幻想的情景が写し出されている。
〔蛇足〕
以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の文屋朝康の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、引用されている和歌の例、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、秋の野に散る露の白玉という情景にとどまらず、比喩のもととなった「玉を貫く」が実際どのようなものなのかを例を豊富に挙げて分析しています。その中で、万葉の時代には装身具として真珠などが手や足、首などに巻かれて使われていたことを明らかにし、さらに古今集の時代になるとそうした用例は無くなり、祭儀や室内調度の装飾として「玉」が使われ、これらは実際の使用ではなく意識の上で(言葉の上だけで?)温存されたことを突き止めています。また、草木や蜘蛛の糸筋によって貫かれた露の玉は、何かを装うための装身具ではなく、それ自体が美しいものだったのではないかと説明されていますが、ここはやや分かりにくい表現となっているように思われます。古代の緒で貫かれた真珠などが人の装身具であったように、草木や蜘蛛の糸で貫かれた朝露は自然を彩る装身具という見立てでいいと思いますが、著者の解説は若干違っておりまして、理解しにくいところがあります。また、唐突に出て来る「常世」の世界のイメージだというのも、もう少し根拠が必要な感じでありまして、現代から見ると、この朝康の歌はCGなどによって描くのにふさわしい、非常に動的なイメージの世界ということでいいような気がいたします。
〔蛇足の蛇足〕
後撰集のこの歌の詞書は「延喜の御時、歌召しければ」とありますが、江戸時代の契沖『百人一首改観抄』以来、この詞書が疑われております。この「白露に」の歌は、菅原道真の『新撰万葉集』上巻87番にも採られているんですが、実は上巻は道真が『寛平御時后宮歌合』(左)および『是貞親王家歌合』などから、春夏秋冬恋合わせて百十九首を抄録し、それぞれに七言絶句の訳詩を加えたものでありますから、宇多天皇の寛平年間に詠まれた歌でなければならないわけです。それなのに、醍醐天皇の「延喜の御時」とあるので、間違っている可能性があるということです。いろんなところに、問題が隠れているものです。
しかしながら、この文屋朝康の歌には、従来の研究が無視して来た重大な問題がありますので、そのことを申し述べまして、その不思議な状況を報告いたします。
念のため、岩波書店刊行の新日本古典文学大系の『後撰集』から引用してみますが、片桐洋一氏が校注を施した本でありまして、凡例と言うところには、底本は、藤原定家天福二年書写本を江戸時代に透写したものを用いているそうです。透写ってどういうことか私には分かりませんが、そのままトレースしたってことなのでしょうね。それにしても、藤原定家の書写本が元ですから、ひょっとするとその書写本から文屋朝康の歌は採録されたんでしょうか。
(延喜御時、歌召しければ) 文室朝康
白露に 風の吹敷 秋のゝは つらぬきとめぬ 玉ぞちりける
注目は二句目のところの「風の吹敷」でありまして、動詞の送りがながないわけですが、これを片桐洋一氏がどう詠んでいるかというと、傍らに括弧付きの読み仮名で(ふきしく)とされているのであります。それでいいわけで、秋の野原の植物に付いた白露を風が吹いて敷いているんでありますね。だから、草の根本のところまでは見えないわけですが、玉が敷き詰められるように白露が落ちて散っているってことですよね。宮中などの玉を敷いた庭を見慣れた目には、現実にはあり得ない白露の玉が敷き詰められた秋の野が見えて、なんともロマンチックな光景が意識の中に展開するのであります。
さて、以上のような解釈を、たとえば学校のレポートなりに書いたら、あなたは減点されますがよろしいでしょうか?
どこが駄目なのかというと、もちろん二句目のところの解釈がペケなんですね。片桐洋一氏によると、「○吹敷 吹き頻る。頻りに吹く」となるのでありまして、よく見ると、語句の表示が「吹敷」と出しておいて、訳はまったく違う動詞を用いて済ましているんです。一瞬何かの錯覚かと思いきや、やはりどう見ても漢字表記が違うのであります。さりげなく齟齬をきたしておりまして、記述はつんと澄ましているんですが、なんて杜撰なことをなさるのでしょう。しかし、これが『後撰集』やら『百人一首』における解釈なのであります。つまり、「しく」を「頻りに~する」と取るそうなのであります。例外は一つも見当たりませんし、みんな結託したかのようにそう解釈するのですよ。
変だなあ。まず天福二年書写の定家本の表記を無視していますよね。注釈者ご本人がこの注釈書の記載を自分で今見たら、何とおっしゃるんでありましょう。言い逃れできませんよね。めちゃくちゃでありますよ。
たとえば、前に取り上げた北原白秋の句意を見ると、「風のふきしく=風が吹き頻ること、即ち頻りに吹き渡ることである。紀に「しく」は重り、又及ぶとあつてここは敷くの意ではない」とありますから、堂々と「敷く」を否定しております。これが、注釈書では一般的というか、圧倒的な見解なんですね。
そこで、いつもの如く小学館から出ている『日本国語大辞典』(第二版)を見てみると、「頻りに~する」という補助動詞に使われる「しく」は、動詞としては確かにあるんですが、それは古い用例が出ていて、かつ「波がしく」というような用例が突出するようで、そんな物をここで持ち出す必要がないのであります。「しく」と言う動詞で目立つのは、やはり「敷く・舗く」という用例でありまして、こんなポピュラーな日本語をここに適用しないで、あるかないか分からない動詞の解釈を持ち込むのはどうしてなのでありましょうか。それも、そろいも揃って右倣えをしているのであります。だとしたら、「玉」を風が吹き「敷く」という縁語の指摘は、これはとてつもない大手柄のはずであります。
やはり、なんていったって「吹き敷く」が正解でありまして、それは「玉」という言葉と関連するからで有りましょう。
そうすると、「白露に」の「に」という助詞が問題なのでしょうけれども、現在『百人一首」の善本の一つである、宮内庁書陵部蔵堯孝本を、笠間書院刊の影印で示すと、あらあら「しら露を」とありまして、まったく「吹き敷く」で問題がなくなってしまうんであります。ただし、「敷く」が動詞だとすると、「白露を敷く」がよくて、「白露に敷く」が変であると言うだけで、「敷く」が補助動詞なら、「白露に吹き敷く」でも何の問題もありません。関係ないかも知れないが、「頻りに~する」の意味の「しく」にどうしてもこだわるなら、「~しきる」という現代語の補助動詞を考えるといいんですが、「降りしきる」とは言えても、残念ながら現代語で「吹きしきる」はあまり耳慣れない気がいたしませんか。「吹きつのる」「吹き荒れる」「吹きすさぶ」「吹き払う」などとは言いますが、「吹きしきる」は聞いたことがなさそうです。
このあたりのところに、何かありそうですが、『日本国語大辞典』(小学館)の「しきる」や「しく」を担当した方は、ひょっとすると何かに気が付いていたのではないかなと思わせるところがあります。少なくとも、「頻りに~する」という意味の「しく」のところには、この歌を掲示しないで済ませています。ははーん。つまり従来の説が危ないと見た可能性はありそうでありますね。ともかく、天福二年本を考えると、藤原定家の理解はどうやら「吹き敷く」ではないのでありましょうか。きっと、何か決定的な物があって皆さん口裏を合わせていらっしゃるようでありますから、それが分かったら報告すると言うことでよろしいでしょうか。
実は近年、『百人一首』の注釈書をいろいろと手に入れてみたのですが、その中に『日本の文学 古典編27 百人一首 秀歌選』(ほるぷ出版・1987年刊)という一冊がありまして、東京大学教授の久保田淳氏の校注・訳というものです。この解説が実は、かなり専門的な内容でありまして、近世・近代の注釈が「吹き頻く」を採用している理由を明かしつつ、その上で定家は「吹き敷く」と解していた可能性を示していました。久保田氏によると、藤原定家の『僻案抄』では『古今和歌集』の歌の注釈をする際に、朝康のこの歌を引用して「しきりに吹く」という解釈を記しているのであります。しかしながら、中世の注釈書『後撰集正義』や定家の歌を見ると、「吹き敷く」と解していた可能性を教えてくれているのであります。
知りにけん聞きても厭へ世の中は波の騒ぎに風ぞしくめる(古今、946、布留今道)風ぞしくめる、『後撰』歌にも「白露に風のふきしく秋の野は貫ぬき留めぬ玉ぞ散りける」とも詠めり。頻りに吹く風を吹きしくとも、風ぞしくめるとも言ふ也。(『僻案抄』から)
定家の歌学書にこうあるから「吹き頻く」だと口を揃えて言えるわけなのですが、実はこの『僻案抄』というのは、俊成の意見を定家がまとめたものでありまして、定家が全面的に賛成していたわけではなさそうであります。久保田淳氏の解説を見ると、明らかに「吹き敷く」が成立することを前提に叙述していることがわかります。
ところで、実は小学館から出ている辞書に『古語大辞典』という、一冊物の巨大な古語辞典がありまして、同じ小学館からでている『日本国語大辞典』を頻りに利用するものですから、あまり利用していないのであります。ふと暇な時に目に付きましたので、パラパラとめくってみましたら、面白いことに気が付いたのです。これの監修者は中田祝夫氏でありまして、非常に力のこもった辞書でありますが、文屋朝康の歌の二句目に出て来ております「ふきしく」の周辺を調べてみると、「降り敷く」「降り頻く」は、両方ありまして、それなのに「吹き頻く」しかないのであります。つまり「吹き敷く」がないわけで、このアンバランスが気になります。しかし「降り敷く」があるのであれば、当然の如く「吹き敷く」があってよいわけで、ますます「吹き敷く」という解釈を押してみたくなりますね。
『新撰万葉集』の文屋朝康の歌は、次のように漢字表記されて出ております。もう謎は深まるばかりでございますね。こちらも、「敷」となっているのでございます。もうあきらめて、みんなで『百人一首』の文屋朝康の歌の二句目は訂正して「敷く」に直したらいいんですね。もう一度言いますが、これって「玉」の縁語ですから、落ち着きがいいんです。
87 白露丹 風之吹敷 秋之野者 貫不駐沼 玉曽散藝留

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