超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(45) 藤原伊尹

あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな       謙徳公

       (拾遺、恋五、950)(拾遺抄350)


〔釈義〕

(あなたに見捨てられて、心の痛手に耐えかねて苦しむ私を、)せめてかわいそうだとでも言って下さってよさそうなお人(、外ならぬあなた)は、そう(言って下さるだろう)とも考えられないありさまで、そのため私の身がきっとだめになって死んでしまうにちがいないことでありますなあ!(なんとか、思い直して頂けないものでしょうか?!)


〔義趣討究〕の要旨

① この歌、拾遺の詞書には「物いひ侍りける女の、後につれなく侍りてさらに逢はず侍りければ」とある。

② 初句の「あはれ」は自分の現在の状態に対していうものと見るのが自然で、「あはれともいふべき人は思ほえぬ」ことが、「身のいたづらになりぬべき」因由であり、上の句と下の句は因果関係をなす。

③ 「あはれともいふべき人」の「人」は、北村季吟の八代集抄によれば、「人」は恋の相手を意味し、「思ほえで」の思う主体は「人」であるとするが、現代の諸註では、「人」は恋の相手ではなく一般世人であり、「思ほゆ」の思う主体は人ではなく自分であるとする。

④ 万葉集や勅撰集の「思ほゆ」の例を検討すると、「思ほゆ」の主体は皆自分であり、「思ほゆ」の意味には、「感じる」「思い出される」「分別される」という例もあるが、この歌も含めて「思いやられる」「考えに及ぶ」「思い当たる」あるいは「想像される」「思い浮かぶ」に相当するものもある。よって、八代集抄の解は当たらず、現代の諸註の方が当を得ている。

⑤ 「あはれとも言うべき」の「あはれ」は、例を和歌・散文の例から検討すると、愛情を抱く時の「かわいい」、愛情の「かわいい」と同情の「かわいそうだ」の融合したもの、同情の「かわいそうだ」の意であるものがあり、謙徳公の歌は詞書からしても失恋の痛手に対する「かわいそうだ」の意に属する。

⑥ 現代の諸註のように、「あはれともいふべき人」の「人」が一般世人ならば、「人は」では落ち着かず、「人も」とすることで、誰からも同情されず全く孤独の状態で身の徒になる予感を嘆じている趣になる。「人は」とある限りでは、この「人」は恋の相手の事であり、八代集抄の解のほうが妥当である。

⑦ 新拾遺集862「あはれともいふべき人は先立ちて残る我が身ぞありてかひなき」という歌や、古今集351「いたづらに過ぐる月日は思ほえで花見てくらす春ぞ少き」などを参照すると、上の句は「あはれともいふべき人(=恋の相手)」は、我身の有様を「あはれともいふべくは思いやられないで」という意味に解ける。

⑧ 「身のいたづらになる」は、「死ぬ」ことを意味する場合もあるが、「破滅する」「だめになる」ことを意味する場合もある。謙徳公の歌は、破滅することは結局死んでしまうことを意味する。

⑨ この歌の意味は、究極において八代集抄の解に近いものとなる。失恋した自分に対し、恋人ことは自分を哀れというべき人と意識され、その人の自分を哀れと言ってくれることによって慰めを期待するが、さらに相手の冷淡さに接して楽観の余地のない絶望状態がこの歌の趣意である。


〔鑑賞〕の要旨

① この歌は、女の薄情に対する男の苦悩がうたわれているが、女を怨じ責める心は片鱗も見せずわが身の悲嘆に徹する。これは谷崎文学に見られるような、女性崇拝に徹する美意識であり、美しさと強さが出て来る。相手の女性も翻意したであろう。

② この歌を具体化すると、恋の経緯の経過がイメージされる。誇り高く遠ざかる女の姿と打ちのめされた男の姿を対照的に示し、妙味ある表現だと言えよう。三句目を「言はずして」という言い方を避けて、「思ほえで」としたことが、事態を優雅にしている。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の謙徳公の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。なお、今回は再び類歌や散文を引用して具体的な検討を加えておりますが、その一部以外は省略いたしました。また、今回も〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、前回の歌と同じように北村季吟の八代集抄の註に沿って検討を加えた内容に終始しています。季吟は、「人」を恋の相手と考え、「思ほえで」の主体を「人」とするのに対して、現代の諸註では「人」は一般世人であり、「思ほえで」の主体は自分となっていると著者は整理を加えていますが、結論としては季吟の考えに傾いたようです。しかしながら、著者の〔釈義〕を見ると、「人」は恋の相手ですが、「思ほえで」の主体は自分というか詠作主体になっておりまして、若干の混乱があるようです。


たとひ恋死ぬとも、おもふ人の哀といはば、我本意なれば、いたづらに死たるにもあるまじきに、其哀ともいふべき人は、今つれなく成しかば、何ともおもはで、身のいたづらに恋死ぬべき事よと也。哀ふかき歌なるべし。(北村季吟『八代集抄』)


〔釈義〕は、「思ほえで」の解釈が季吟とは違っておりまして、むしろ「あはれともいふべき人は更にいふべくもおもほえで」(香川景樹『百首異見』)という解釈に即したものになっておりますから、桑田明氏は景樹の説の引用を忘れたものと思われます。それから、近代の注釈では「あはれかなしき者ぞとも、いふべき人は、更に世にあらんとも、思はれねば」(佐佐木信綱『百人一首講義』のような解釈が一般的で、「あはれともいふべき人は(世にあらんとも)思ほへで」のように言葉を補うわけです。 これは、「人」を世間一般の人とするわけですが、「人」を恋人というか二人称にとるなら、「あはれともいふべき人は(汝より外にあらんとも)思ほへで」と補うことになるかと思います。


〔蛇足の蛇足〕

さて、改めて問題点を探ってまいりますが、現代でも理解できる言葉に落とし穴があるかもしれません。


「あはれ」は、「は」の発音が「わ」というように変化して「あわれ」という形で生き残っているので、「哀れ」という悲哀の心情語として認知されやすいことでしょう。実は古代では「あぱれ」と発音されていたと推定されていて、のちに「あっぱれ」と発音されるようになり、近世に至って「天晴れ」という表記が確立したと思われます。「天晴れ」という言葉を見たなら、現代ではまったく別の単語として認知されてしまうことでしょう。平安時代の「あはれ」は、自分の心情を述べる際は悲哀の吐露を表していたはずですが、他者を評価する場合には「かわいい」「すぐれている」「立派だ」というような賞賛を述べる表現でした。「あはれとも言うべき人は」という初句・二句のところは、「我をあはれとも言ふべき人」と補えますが、主語を文頭に立てて見ると、この部分は「人は我をあはれと言う」となります。


「人は我をあはれと言ふ」を、平安時代の「あはれ」の語法に即して解釈すると、「人が私をすてきであると言ってくれる」というような訳の方がふさわしいのであります。「我は我が身をあはれと思ふ」ならば、これは「自分の事を自分でかわいそうと思う」となるので、悲哀の感情でいいのでありますけれども、どうも謙徳公の歌の「あはれ」は悲哀の感情ではなさそうであります。百歩譲ったとして、謙徳公の歌の「あはれ」が悲哀を表すためには、「あはれとも思ふべき人は」でなければいけないはずでありましょう。まあ、何事も例外のある事でありますから、どこまで主張が通るのかわかりません。


「いたづらになる」は、「死ぬ」ことを婉曲的にいう表現で、類似の言葉としては「はかなくなる」「むなしくなる」や、「なくなる」「身まかる」などが挙げられます。「恋死に」とか、「焦がれ死に」ということでいいと思いますが、ちょっと大げさであります。君がいないと僕はだめになりそうだよ、くらいの甘えた言い方のような気もいたしますが、いかがなものでしょうか?


この謙徳公というのが、例の肥満体の朝成に恨まれた人物なのであります。藤原伊尹と言う人でありまして、世に言う一条摂政でありますが、恨まれたせいなんでしょうか、この人は50歳に満たないでなくなりまして、それから二年もしないでこの人の子供で優秀だった二人の男子が同日に命を落としているのであります。怨霊が強力だったわけです。そのうちの一人が、『百人一首』第50番の作者、藤原義孝でありまして、若くしてなくなった義孝には、行成という子供がいたのでありますけれども、行成は摂政の孫なのに身分が地下(ぢげ)という底辺に落ちてしまうんであります。


貴族というのは家柄で身分が決まるんですが、それも親が長生きしてのことですから、親が若くして死ぬと、摂関家だろうと何だろうと容赦なく転落したんであります。無事これ名馬でありまして、長生きすると子孫も安泰なのでありますが、そうでないと這い上がるのは至難の技、あまり人から恨みを買いたくないものであったろうと想像できますね。祟る悪霊も悪霊ですが、絡まれた方も大変なんですね。謙徳公の歌は、古典文法になじんでいると基本的な表現ですが、現代感覚では何を言いたいのか謎でありますね。


ある程度考えを絞ってから注釈書を見まして、うううと考え込んでしまいましたね。もとは、『拾遺集』に入っておりまして、巻十五の恋五でありますから、恋愛の終息を詠んだ歌、いってみれば未練たらたらの歌の一つであります。「もの言ひける女の後につれなく侍りて、さらに逢はず侍りければ」という詞書きが示すように、交際したのだけれど振られてしまって、逢瀬もないから、詠んで送ったと言うことです。「あはれ」を「哀れ」とするのが普通ですが、これを「天晴れ」としてはならないのかどうか、へそ曲がりの血が騒ぎます。「我をあはれと言ふべき人」というのは、「失恋してかわいそうだと自分を言うはずの人」というのが通説ですが、疎遠になった女性に対してそんなことを言い出すものでしょうか。それよりも「私をああ素敵なお人だと言うはずの人」というように、お世辞ながらも恋人としていい男と認知すると言う方向ではいけませんか。あなた以外に自分をほめそやす人が思いつかないから、もうおしまいだという歌じゃないでしょうか。


すてきよって 言いそうな人は 思い付かず 男やもめと 決まりそうだよ(粗忽超訳)


「思ほえで」というのは「思いつかないで」でいいと思うのですが、相手に歌を送っている以上、「あなた以外に思いつかないで」ということでないと、おかしいのではないかと思うのです。今でもこちらはぞっこんで、他に交際相手がいないということをちらつかせて復縁を迫るというのが、恋の基本ではないのかと思うんですが、いかがでございましょうね。あなたしかいないから、今回のこの歌を無視されたら、私は死んでしまいそうです、ということで未練たらたらの腐れ縁復活を懇望する歌ではないのでしょうか。だれも、こんなふうには解釈しないんですね。まあ、へそ曲がりの戯れ言でありまして、取り合わなくて結構ですが、たぶんこうとしか解釈出来ないはずですよ。おかしいなあ。くどいようですが、ここでの主張を使って、元の歌を分かりやすくすると、次のようになることでしょう。


我を天晴れと言ふべき女は、汝以外に思ひ浮かべられなくて、それ故恋い焦がれて我が身はいたづらになりぬべきかな。もう一度汝が我を天晴れと言ふを聞くこともがな。


最期に付け足した一文は、現代語で言うなら「もう一度そなたが私の事を素敵だというのを耳にすることがあるといいなあ」ということで、これで復縁を迫るという仕掛けであります。佐佐木信綱『百人一首講義』は解釈の末尾に「さてもあまりに、つれなき人にてこそあれ」と呪いの言葉を駄目押しで付け加えていますけれど、相手を呪う歌と考えては、駄目なような気がいたします。


ところで、五味智英東大教授の旧蔵本を古書店で手に入れたことを前に書きましたが、その一冊であるところの鴻巣盛廣著の『新訳百人一首精解』(昭和27年刊・精文館書店)という本が書棚にまだ残っておりまして、そこには「あはれ」の頭注があるんですが、著者は、


「此処では可愛いの意だ。悲しい意味ではない」


と断言しております。鴻巣盛廣という方は、明治14(1881)年生まれ、岐阜高山出身の国文学者で、東京帝国大学・大学院を出て鹿児島の第七高等学校造士館や金沢の第四高等学校で教鞭をとった方でありまして、昭和16(1941)年に亡くなっています。『万葉集全釈』という著作で知られた人で、講義の際には朗々と万葉歌を朗詠したそうです。「あはれ」を「いとほしいという気持ちも含まれている」と指摘するのは島津忠夫氏(角川ソフィア文庫)ですが、探せば同じような見解を持っていた注釈者はいくらでも見つかりそうですけれども、「あはれ」に関するこうした見解を強く否定している注釈書も見かけました。さて、決着を見ることはあるのでしょうか。


〔蛇足の蛇足の蛇足〕

藤原伊尹の家集である『一条摂政御集』の冒頭に「あはれとも」の歌が出てきまして、実は女の返歌があるのであります。どんな歌かというと、

    女、からうじてこたみぞ、

 なにごとも思ひ知らずはあるべきを またはあはれと誰か言ふべき 

四句目の「あはれ」は、悲哀の訳でも賞賛の訳でもなんとかなりそうですけれども、注目は「または」といういい方であります。下の句は反語文のはずですから、下の句の後に「もう二度と汝をあはれと言ふべくもあらず」となることでしょう。一度は「あはれ」と言ったのだとしたら、ここの「あはれ」は、「かわいそう」ではなくて、「すてき」でなければなりませんね。もちろん、私の思い込みでございますが、「または」というからには、交際のはじめか交際の途中で彼女は「なんていい男なの、あなたって」とほめそやしたのでありましょう。


贈答歌の存在を指摘する注釈書はいくらでもあるんですが、この四句目の「または」に注目する見解がないのは不思議ですね。大手柄ということでよろしいでしょうか?   

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