超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(35) 紀貫之

人はいさ心もしらず故里は花ぞ昔の香に匂ひける       紀貫之

      (古今、春上、42)(貫之集18005)


〔釈義〕

(こう確かに私の宿はあるとあなたはおっしゃいますが、やはりそうだと私も思います。なぜといえば―今のお詞の調子では、そこにおられる)本人は(果たして私を歓迎して下さるのかどうか)、さあどうも、そのお気持の程もわかりません。(でも)私の馴染みのこの里は、花が全く昔通りの香で咲匂うて(、私を温かく迎えてくれて)いるのでした。(それで、ここにおられる人のお気持が不安になりながらも、私はお詞のようにやっぱり私のための宿は用意されているのだと判断して、慰められるのです。何といっても、ここは私にとっての馴染みの故里なのですから、自然足がここへ向くのです。私のいとしい人であるあなたもどうぞ、花と一緒に、私を温かく迎えて下さいね。)


〔義趣討究〕の要旨

① 古今集の詞書の「あるじ」を、多くに人は作者の旧知の人と解するが、貫之集の詞書を参照したり、貫之集に返歌があることから見て、作者の愛人の一人と見た方がふさわしい。「かくさだかになむ宿りはある」は、見捨てられた女の怨み言である。

② この歌は、あるじの皮肉に対してより痛烈な皮肉を持って逆襲したとか、このような応酬で親近感をましたとかいった普通の見解は、修正を要する。

③ 人と花とを対置させた意識では、人は薄情のようだが、花は情が厚いという意味になり、二句切れとして人と故里を対置させた意識では、人は冷たい感じがするが故里はやはりなつかしいという意味になろう。

④ この歌を詞書から切り離すと、住む人の心には不安を感じるが、故郷の梅花は昔ながらの香に咲匂うて自分を温かく迎えてくれるので、やはり故里はなつかしいといった、述懐の歌になる。劉廷芝『代悲白頭翁』の「年々歳々花相似 歳々年々人不同」が連想されるが、自然に対比して人生の無常を嘆じる詩句を、貫之の歌は心の世界に転じ、故郷の自然の変わらぬ愛を感じている趣である。

⑤ 詞書によって、この歌は「かくさだかになむ宿りはある」という女主人の詞に対する応答の意味が加わり、女の詞の意味を巧みにすり替えて、女の心変わりを疑う形を取りながら、ここは我が故里だと愛情に変わりのないことを明かしている。

⑥ 女の返した「花だにも」の歌では、男への愛を告げている。すぐれた歌は「男女の仲をもやはらげ(古今序)」る功徳を持つものである。


〔鑑賞〕の要旨

① この歌は、「かくさだかになむ宿りはある」という女の言葉を、「かくさだかに宿りはあれど心では歓迎せぬ」と曲解し、自分には心変わりがないことを示す。さだかに宿りのあることを梅花が昔の香に匂うことであらわし、歓迎せぬことを「人はいさ心も知らず」で具体化する。心変わりのないことは、「故里」によって示す。当意即妙と言うべきである。

② この歌は二文形式で、意味上では逆説的な関係をなしている。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の紀貫之の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分を、今回もまた乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、上の句の「人」と下の句の「花」の対比という側面と、上の句の「人」と下の句の「故里」の対比という側面と、二つの側面を俎上に載せて分析しています。また、詞書から切り離した場合に連想される漢詩との比較によって、漢詩的な変わらぬ自然と無常な人事の対比ではなく、故郷の自然の愛を実感する内容になっていることを示しています。また、詞書のあるじの詞を曲解して、当意即妙に詠作したことを跡付けている点が興味深いと思います。


なお、今回は和歌の引用がほとんどなく、音調面の分析についても触れられておりませんでした。さすがに、百首の注釈を続けているうちに、三分の一を経過したあたりで、著者の当初企図した注釈のスタイルが自然と変化したようです。


〔蛇足〕

紀貫之の歌が詠まれた事情は『古今集』巻第一・春上42番の詞書に明らかで、それを引用すると、次のように書いてあります。


初瀬に詣づるごとに宿りける人の家に、久しく宿らで、程経て後に至れりければ、かの家の主、「かくさだかになむ宿はある」と言ひ出だして侍りければ、そこに立てりける梅の花を折りてよめる。


こんなふうに成立事情も明らかでありまして、前の興風の歌が松を擬人化しそうでしないのに対して、この紀貫之の歌では、当てこすりのために咲いている花を擬人化するんでありますね。このあたりが、『古今集』という作品の時代精神を表しているわけで、実は意外とクールな一面があるような気がいたします。その上で、和歌のもらい手に対する駆け引きがあるような気がするんですね。あくまでも、人に読んでもらえて歌として成立するわけで、作者一人の感慨ではないのだと思うのです。紀貫之の歌が、具体的な場面で詠まれた歌であるように、おそらく藤原興風の「高砂の松」の歌も、独詠ではなくて贈答歌のような場面を考えるべきでしょうね。『古今集』を見たら、藤原興風の前に「高砂の松」の歌があるのであります。


貫之の歌の上の句の五七のところは、要するに「人はいざ知らず」と言うことでありまして、上にあげた詞書によって詳しい状況が明らかでありまして、初瀬の長谷寺参詣の常宿の主人から無沙汰を咎められたのに対して、皮肉を返した歌なのであります。不変の自然に対して、移ろいやすい人事と言いますか人の心を嘆いて見せて、軽妙洒脱な都会人としてのウィットが感じられるわけであります。


この歌は、宿の主人が男か女かという問題がありまして、さらに女なら恋人かどうか、宿があったのは古都奈良なのか、長谷寺の宿坊なのかというふうに、背景に関して異説が生じる余地があります。「にほひける」のところの、「にほふ」という動詞も、「かぐわしい香りがする」なのか、それとも「色美しく咲き誇る」なのかで説が対立するんですね。「古里」というのは、古典の場合現代のように出身地を表す言葉ではないというのが常識ですが、「古都奈良」を意味しているのか、それとも「馴染みの家」を意味しているのか、説が対立するわけです。


ちなみに、『貫之集』では次のようになっておりまして、焦点となる「主」という詞もありませんし、皮肉の詞も相違しております。


昔長谷に詣づとて宿りたりし人の久しう寄らで行きたりければ、「たまさかになん人の家はある」と言ひ出だしたりしかば、そこなりし梅の花を折りて入るとて、

    人はいさ心も知らず故里の花ぞ昔の香に匂ひける

返し、

    花だにもおなじ心に咲くものを植ゑたる人の心知らなん


これを見ると、贈答歌になっておりまして、ちゃんと宿の主人の返歌があります。『古今集』にはない宿の主の返歌を見ると、花だって同じ気持ちで咲くんだから、その梅を植えた私の気持ちを察して欲しい、あなたのことは今も昔も大歓迎ですよって、旅館の如才ない女将さんのような応答なんであります。なんだか、今回もまた夕飯はごちそうが出そうな雰囲気の返歌なのであります。梅というのは、菊と並んで舶来の植物でありまして、実は平安時代の前半くらいだと、内裏の周辺で栽培されていた程度のものでありまして、それを宿の庭に植えてあるというのは大変な財力か強力なコネの存在があるということなのです。貫之さんのために植えた梅の花ですから、昔と変わらぬ私の芳しい気持ちにも気付いてほしいということで、変わらぬ厚情を引っ張り出しております。ともかく、紀貫之さんは、日常的にも歌が上手だったわけなのです。


〔蛇足の蛇足〕

この歌は、詠作事情も詞書によって分かりますので、問題は少ないだろうと思うのですが、少々気になることがありまして、そのことを少し記してみたいと思います。学習参考書の体裁を取る注釈書は、品詞分解というのを載せますので、それらを参照すると、二句目の末尾の「ず」は打消しの終止形となっています。その結果、この歌は二つの文から成り立っている歌ということでありまして、別にこれを倒置法で解釈しようという注釈者もおりません。念のため、二句切れ倒置法の歌と考えて、語順をひっくり返してみます。ついでに改良バージョンも載せてみます。


故里は、花ぞ昔の香に匂ひける。(故里は)人は、(その)心もいさ知らず。

故里は、花こそ昔の香に匂ひけれ、人はその心もいさ知らず。

故里は 花は昔の香に 匂へども 人の心ぞ 知りもせられぬ(五七五七七)


別に腰折れの歌を紹介したかったのではなくて、こんなふうに改造することで、二句切れ二文からできている歌というのに、ちょっと疑念を挟みたいと思うのであります。実は、近年の注釈書というのは、この歌を二句切れとは考えていないようでありまして、その結果、品詞分解を掲載しない注釈書は、二句目の最後に「が」のような逆接の接続助詞を補って解釈しているのであります。そして、この点については無視を決め込んで一切触れないのであります。要するに、次のような歌として理解して、解釈を提示しているのだと断じてよいでしょう。


人はいさ心もしらず。(さはあれど)故里は花ぞ昔の香に匂ひける。

人は(その)心もいさ知らざれど、故里は、花ぞ昔の香に匂ひける。


「ず」が終止形だとすると、「さはあれど」に相当する、「しかし」というような接続詞を補うべきだと思うんですが、なぜかそうは処理せずに、接続助詞の「が」で下の文とつないでしまうのであります。果たしてこれは、正しいと言えるのでしょうか。たぶん駄目でしょうね。だとすると、「ず」を連用形と処理して、「いさ知らず」を副詞句的に訳そうとした結果、たまたま逆接の接続助詞に見える「が」が入り込んだと取りなしてあげるのがいいのでしょうか。


この懐かしい故里は、住人の気持なんかいざ知らず、梅の花は昔通りの芳しい香で咲き誇ることだなあ。


こうなると、「いさ知らず」というは、「どうでもよくて」「気にもならないが」というような新解釈の可能性が出て来たりしないのでしょうか。ここから、さらに言いたい放題を試みますが、「いさ知らず」というは一種の副詞句だとすると、それは、末句の「匂ひける」に係ることになりますが、これが相当無理があるんですが、それでも「人の心は芳しく匂わなくても気にしない」という理解はできることでしょう。


さて、ここで新しい提案を一つしてみたいと思います。この歌の二句目の「ず」は連用形で、三句目の「故里」のところに、「旧る」の終止形が掛詞になっているのではないでしょうか。その場合、「旧る」は、「年を取る・過去のものとなる・新鮮でなくなる」ということで、相手が女性なら「おばあさんになったね」という強烈な皮肉であります。気持ちは若いかもしれないが、目じりの皺は隠せないよと言っているのであります。


人はいさ 心も知らず 旧る。故里は、花ぞ昔の 香に匂ひける。

(試訳)あなたは、その昔のままの情熱はともかく、(容姿も衰え)寄る年波には勝てずに老害をかもしていらっしゃる。この馴染みの土地は、梅の花は昔のまま、芳しい香で(姿も)美しく咲き誇っていることですねえ。


これだと、『貫之集』に出て来る返歌とはかみ合わなくなるのですが、佐佐木信綱博士は『百人一首講義』において、「花だにも」の歌を「いかがあらむ、後人の作りそへしにはあらじかとおぼゆ」と言っておりまして、贈答歌であったことを疑っております。賛成です。それから、「いさ心もしらず」は、「私の気持なんかかまわずに」という解釈が成り立つ可能性もあります。これは、池田弥三郎氏の『百人一首故事物語』にちらりと出てきまして、さすがにこの方は「いさ知らず」の語感が気になっていたようです。

(試訳2)あなたは、私の気持なんかには気にも留めず、(容姿も衰え)寄る年波には勝てずに老害をかもしていらっしゃる。この馴染みの土地は、梅の花は昔のまま、芳しい香で(姿も)美しく咲き誇っていることですねえ。

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