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超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(80) 待賢門院堀川

長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ      待賢門院堀川       (千載、恋三、801)(久安百首) 〔釈義〕 (長いのが命である女の髪、どうぞすらりと)長く延びてほしいと願う私の心も知らずに、黒髪がすっかり乱れてくしゃくしゃになって……。(あなたは私への)愛をいつまでも長くもとうとのお心(だとおっしゃるけれどそれ)も(本当にそうだか、私には)よくわかりませぬ。(私はただもう、)すっかり乱れたこの黒髪のように、あなたとはじめての逢瀬を持った今朝は(殊にせつなく、これっきり捨てられるのではなかろうかといった不安に駆られて)、千々に思い乱れるばかりでございます。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、千載集の詞書には「百首の歌奉りける時、恋の心を詠める」とあり、久安百首には初句が「ながからぬ」とある。諸家の解には、初・二句を連用形で下に続くとするものと、二句切れとするものがある。前者は「そんな状態で」の意味で、後者は「それで」のような順接の気持で、三句以下に続くとしているのが多い。中には、「末長く変らないお心かも知らないけれど」のように逆接で続くとしているものもある。 ② 「長き心」の用例を見ると、「長く続く愛情」の意であることが確実となる。これによって堀川の歌の「長からむ心」の意味も、「長く存続せむ愛情」の意である。次に、「心も知らず」の用例を見て見ると、この句で切れる例もあるが、「ず」が連用形で下に続く例もある。堀川の歌が連用形なら、それは順接や逆接の意味であるべきではなく、「心も知らずに」といった意味であるべきだ。 ③ 初句を「長からぬ」とする初案である久安百首においては、相手の愛情が長くは保たぬことを明言しているので、歌意は、相手の移り気をも問題にせずにただもう恋しさに心乱れて切ないといった趣になる。「長からむ心」は、相手が長く自分を愛してくれるであろうに、その愛情をも知らずに不安に心乱れて物を思うといった趣になろう。多くの解が「長く愛しようという心の有無もわからずに」とるが、こうとれば三句以下はやはり行末の不安に心乱れるという趣になる。しかし、初・二句と三句以下が内容において順接的につながるなら、二句は「心も知らで」とあるべきで、この解は妥当とはいえない。 ④ 二句切れの「人はいさ心も知らず故里は花ぞ昔の香に匂ひける」(古今集42・百人一首35...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(79) 藤原顕輔

秋風にたなびく雲の絶え間より洩れ出づる月の影のさやけさ        左京大夫顕輔        (新古今、秋上、413)(久安百首) 〔釈義〕 秋風に吹かれて(空を漂い流れる雲の群が、やはり秋風によって集まり連なって棚引いた形になり、その)棚引く雲が(また秋風のせいで途切れ途切れになり、その)途切れた間から、(秋風のはたらきで雲の重囲を)洩れ出て来(てまた後から来る雲に隠されるに至)る月の、(何とまあ、)その姿・光のさわやかに清く明るく美しいことよ! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、新古今集の詞書に「崇徳院に百首歌奉りけるに」とあり、出典の久安百首には二句が「ただよふ雲の」となっている。歌意は、秋風の吹く中、たなびく雲の絶え間から洩れ出た月光の清明なさまを嘆賞したものと見て一応明かである。 ② 今日では普通、末の句の「影」は光の意で、雲間から月光が洩れて射し出る瞬間をとらえたものととるが、北村季吟の八代集抄には、「影」とは月影すなわち月の姿をさすもののようである。古歌の例を見ると、「日影」「月影」が「日光」「月光」の意味と見る外ないれいもあるが、「影」が明かに日や月そのものの目に映ずる姿(=像)ととれる例もある。歌によっては、姿と光との両様の意味をはたらかせていると考えられる例もある。 ③ 顕輔の歌の場合、雲の絶え間から洩れ出る月の影というのは、月の姿であって同時に光暉・光耀であると見てよかろう。月がその片影をあらわしはじめた瞬間からその光耀が閃光となって放たれ、その閃光が或時間内に持続・増大・減少・消滅を示すのである。月が雲の被覆から離脱してはまた被覆される長短さまざまの過程を通して、月自体の姿と光耀との清明さを感じ取り、これを詠嘆したものである。 ④ 初句の「秋風に」は一見「たなびく」「洩れ出づる」の二語のいずれかに続くように見えるが、秋風に月が雲から洩れ出るというのはへんであり、秋風に雲がたなびくというのも、「たなびく」は「なびく」ではないので不自然に思われてくる。この歌で「秋風に」に続く語を、「たなびく」「洩れ出づる」以外に求めると、秋風によって雲が途切れることであり、それが「絶え間」に表されている。すなわち、「絶え」は「たなびく雲の絶え」と「絶え間」の懸詞である。 ⑤ しかるにこの歌の場合、「秋風に」は「たなびく」「絶え」「漏れ出づる」に掛かると見ると...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(78) 源兼昌

淡路島かよふ千鳥の鳴く声に幾夜ねざめぬ須磨の関守       源兼昌       (金葉、冬、288) 〔釈義〕 淡路島の遠い浦路を経て(妻を求めて)通うて来る千鳥が(、通うかいもなく妻に逢うことが出来ないで悲しそうに)啼く(暁の)声に、(恋しい人を離れて旅寝している私は、独り寝覚めていて同じ悲愁の思いにしみじみとそれを聞き、同じ悩みを持つ友を得たように思って慰められさえしているのだが、一夜二夜ここに泊った私とはちがって、ここに住み着いて暮らしている関守のそなたは、この悲しい千鳥の声に今はもう馴れてしまっているかも知れないけれど、さぞかし長い間、今の私のような経験をしたことであろうなあ。馴れるまでにそなたは、)一体幾夜ほど(、こんな千鳥の声に)寝覚め(て眠れなかっ)たかえ? (思う人の許に棲むこともなく、このさびしい関路で暮らしている)須磨の関の関守よ! 〔釈義〕の要旨 淡路島の遠い浦路を経て通うて来る千鳥が(妻に逢うことが出来ないで)啼く声に、(旅寝している私は、友を得て慰められているが、ここに住み着いて暮らしている関守のそなたは)一体幾夜ほど(千鳥の声に)寝覚めたかえ? 須磨の関の関守よ! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、金葉集の詞書に「関路千鳥といへる事をよめる」とあり、題詠である。問題点の一つは、「淡路島通ふ」が「ここから淡路島に通って行く」か、それとも「淡路島からここに通って来る」かということ。もう一つは、下の句が「須磨の関守は幾夜寝覚めぬらむ」と疑問推量の意か、「幾夜寝覚めぬるか、須磨の関守よ」と関守に問懸ける意か、ということ。 ② 「淡路島通ふ」は、「淡路島を(に・へ)通ふ」なら自然だが、「淡路島から通ふ」意にとるのは不自然と思われる。然るに、千鳥の声が淡路から須磨へ近づいて来るのを聞いた方がふさわしいため、「淡路島から」を取る註が多い。百人一首60番「大江山」、58「有馬山」を参考にすると、「淡路島通ふ」も「淡路島を(経て)通ふ」のような意味か。雄の千鳥が妻鳥を求めて、淡路島の長い浦路を経て須磨の浦まで通うのである。 ③ 諸註皆この千鳥の鳴く声を哀切な声と見ており、源氏物語の次の部分の記述を念頭に持ったものと解する。    ……と独りごち給ひて、例のまどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く。       友千鳥諸声に啼く暁はひとり寝覚の床も頼もし...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(77) 崇徳院

瀬を速み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ         崇徳院       (詞花、恋上、228)(久安百首) 〔釈義〕 (緩い流れには、流れを妨げる岩もないか、あってもそれを緩かに繞って水はすぐ合流するので、岩に流れが阻られるという程でもないのだが、流れの急な速瀬には、流れの中に多く岩が横たわっており、それらに激しく水が当ると岩もまた激しい抵抗を見せてこれを阻るので、流れて来た滝川の水はそこで分れてしまう。しかし分れて流れて行く末には、川水はまた合流するものである。御身と私とは、あたかも速瀬の滝水の宿命を負うものよ。)瀬の流れが急激なために、岩に塞かれる滝川の水が二つに分れてしまうように、二人は共に添い行こうとしても、悲しい宿命を負った二人の一途の愛の激しさ故に、周囲はそれを許しておかず、これまた激しく妨げるので、ついに二人の仲は引裂かれてしまう。でも速瀬の滝川の水が岩に塞かれても末にはまた合流するように、二人の仲も、今引裂かれはしても、結局はまた逢って結ばれることが出来るであろう、いやいや、無理にでも何とかして、将来きっとまた逢って添い遂げることにしようとだ、思うことよ! 〔釈義〕の要旨 瀬の流れが急激なために、岩に塞かれる滝川の水が二つに分れてしまうように、二人の仲も、今引裂かれはしても、結局はまた逢って結ばれることが出来るであろう、いやいや、無理にでも、将来逢って添い遂げることにしようと思うことよ! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、詞花集に「題しらず」として載る。釈義上に問題点が二つある。第一に「われて」が「破れて=別れて」のほかに「わりなく」「無理に」のような意味を兼ねるのか否かということと、第二に「瀬を速み」がどの語句に係るのかということである。 ② 「われて」の用例を検討すると、「われて(物)思ふ」の用法であり、これは「心が千々に破れ砕けて思い乱れる」の意と見てよく、伊勢物語69段の「三日といふ夜、男、われてあはむといふ」などの「われて」は、「わりなく」「強いて」「無理に」のような意味と見て通じる。「わる(下二)」には「破る(四)」の自動詞として「破った結果になる=破れる」意味の場合が多く、前者の「われて」はそこから来ている。後者の「われて」は、それとは別義の「わる=割切る」の他動詞である。 ③ 諸家の註には、「瀬を速み」がどこに係るか...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(76) 藤原忠通

わたの原漕ぎいでて見れば久方の雲居にまがふ沖つ白波     法性寺入道前関白太政大臣        (詞花、雑下、380)(今鏡五) 〔釈義〕 広々とした大海の原、その中に船を漕出して(陸地を遥かに離れた情況において、周囲を)見渡すと、(絶えず打寄せ打返す荒波に船は揺られているが、沖遠くなるに従い、白波は次第に動きも少くなり、茫洋たるそのはては乳色の空にそのまま融込み、空と海とは境目もなく一体となって、おお何と、)大空に雲の居るさまに紛れて区別のつかない沖辺の白波よ!(身はさながら天空の中を揺られて漂う思いがすることだ!) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、詞花集の詞書に「新院位におはしましし時、海上遠望ということを詠ませ給ひけるに詠める」とあり、歌意は平明で題意の如く海上の壮大な眺望を詠んだものとされる。 ② 諸註は契沖の説を取り入れて、沖に立つ白波など見える筈はないから、実際は水天髣髴という趣であるのを、雲と波で代表させたという合理的解釈をする。杜甫の七言律詩の「春水船如座天上」的に誇張した漢詩的な虚構の把握という見方もある。 ③ 杜甫の詩の趣なら、揺蕩する白波がまがう白雲も揺動することになるが、「雲居」とは雲がじっとしていることを意味し、白波も揺蕩していては困る。 ④ 水天髣髴と歌意をとる場合、「まがふ」は(1)空の雲居と沖の白波が紛れ合って区別がつかない、(2)沖の白波があたかも空の雲居の如くである、という二つの取り方になる。(1)ならば空には雲が立っていることになるが、(2)ならば空には雲がなくてもよい。「まがふ」にはどちらの用法もある。 ⑤ 歌に詠まれる白波ないし沖つ白波は、現実の白波とはちがい、確かにその白さを実感した詠み方もあるが、夕日や月の光を受けて朱色・金色の様があり、夜の暗さの中で白さが感じられない場合もある。 ⑥ 忠通の「わたの原」の歌の「沖つ白波」も、沖に白波の見える筈がないということでいぶかる必要などなく、単に沖に立つ海波と解しておけばよい。白波の歌で霞が詠み込まれた歌を検討すると、霞によって空と海が境界を失って混然と一つに融込んだ場面に眼目がある。忠通の歌も、霞を媒介として空と海が連続するのである。天と海とは連続してただ茫洋、沖辺の水波の連なりは天の白雲に紛うのである。天の涯には白雲があってもなくてもよく、あるとしても動かない煙る雲であ...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(75) 藤原基俊

契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり      藤原基俊       (千載、雑上、1023) 〔釈義〕 (わが子光覚のことでお願い申し上げましたことについて、殿下は、我が在世の間は我を信頼して願い成就の日の来ることを期待せよとの)お約束をなしおかれました、そのありがたい恵みの露ともいうべきお言葉を、(悲愁の境遇にある)私どもの命の支えにして日を過して参りましたのに、(その揚句は、やはり講師選任のお沙汰もございません。恵みの露としてのお言葉は、やはり露として消え去るさだめだったのでしょうか、その露を命の支えにする私どもの命運もまた露のようにはかないものに過ぎないのでしょうか。)そのお言葉のさせも草の露をそのまま私どもの命運の象徴として、(それが枯れ消えてゆく、こうして、)ああ、今年の秋も過ぎてゆくようでございますね。 〔釈義〕の要旨 (殿下の我を信頼して期待せよとの)お約束のありがたいさせも草の露という言葉を、命の支えにしてましたのに、(講師選任のお沙汰もなく)させも草の露を(枯れ消えてゆく)私どもの命運の象徴としてああ、今年の秋も過ぎてゆくようでございますね。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、千載集の詞書に「僧都光覚、維摩会の講師の請を申しけるを度々もれにければ、法性寺入道前太政大臣に恨み申しけるを、しめぢが原と侍りけれど、またその年も漏れにければ遣はしける」とあり、その「しめぢが原」とは、清水の観音の御歌と伝えられる、「なほ頼めしめぢが原のさせも草われ世の中にあらむ限りは」(新古今集1917)をさす。 ② 「なほ頼め」の歌は、「させも草」が「さしも草」となっている本もある。北村季吟八代集抄には「袋草子此歌註云、物思ひける女の、はかばかしかるまじくは死なんと申しけるに、示しける云云。愚案、然ば此女を標原のさしも草に比して、心短く思ひとらずとも、猶頼めとの示現なるべし。」とある。古歌を検討すると、「しめぢが原」の「しめ」には「占め」の意味がはいっている。「させも草」は「させむくさ」であり、「さしも草」は「さしも(せむ)くさ」であり、「くさ」は「もて遊びぐさ」「もて悩みぐさ」のような熟語をつくるもので「品・具・対象」のような意味をあらわす。そこで「させも草」は「そうありたい対象内容」、「さしも草」は「特にそうもありたいと願う対象内容」の意である。 ③...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(74) 源俊頼

憂かりける人を初瀬の山おろしよ烈しかれとは祈らぬものを      源俊頼朝臣        (千載、恋二、707)(散木奇歌集八、恋下) 〔釈義〕 私にふさぎこむ思いをさせて全く冷淡だった人を、憚って捧げたお祈りに、応えて下さった筈の観音さまの霊験とは、なんとまあ、無情な初瀬の山颪ってことだよ。その無情な初瀬の山颪よ、(私はそれの吹き方が一層)烈しいものであれとは祈らなかったのに(、前よりもっと烈しい寒さの身にこたえるものになってしまって! そのように、あの人の冷淡さがもっと烈しくなるようにと祈ったのではない、あの人がやさしくなるようにして下さいとお祈りしたんだのに、却ってあの人の無情さ冷淡さは、前より一層ひどいものになるなんて!ああ、何としよう)! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌には、釈義上の問題点が二つある。第一は「憂かりける」ないし「憂かりける人を」がどこへつづくかということ。第二は「山おろしよ」の「よ」はいかなる意味かということ。通解では、「初瀬の山おろしよ」を挿入句と見、「よ」は呼懸の終助詞だと見ている。こう見るとこの歌は三句切れとなるが、「憂かりける人を、烈しかれとは祈らぬものを」と続くととるのは破調であり、中世の歌人たちに名歌としてもてはやされたとは思えない。 ② 「初瀬の山おろしよ」を呼懸とすると、「憂かりける人を烈しかれとは祈らぬものを」は、初瀬の山颪に向って言い懸けた内容だが、そうとすれば「烈しかれとは祈らぬ」は「憂かりける人」に言うのであって、山颪に何も言っていないことになる。 ③ 「涼しさは秋やかへりて初瀬川古河の辺の杉の下蔭」(新古今集261)を参考にすると、「初瀬川」の「初」は「恥づ(る)」を懸けている。問題の歌も、「はつ」を「恥づ(る)」との懸詞と見て、冷淡で打ちとけぬ相手の態度に対して、「気づまりに思う」「憚る」と意味であると考えられる。この歌の上の句は、「憂かりける人を(恥づる)」が序で、「初瀬の山おろしよ」が本題ということになる。 ④ 下の句の祈りは初瀬観音に捧げた祈願で、祈りの目的は観音の霊験によって冷淡な人が態度を変える事であったが、結果は期待に反して烈しくなったことを、初瀬の山颪に重ね合わせている。 ⑤ 俊頼の散木奇歌集の恋の歌において、歌中に体言止めの句があると、それは「冬の池の入り江の芦間さえさえていつかは霜のうちも解く...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(73) 大江匡房

高砂の尾上の桜咲きにけり外山の霞たたずもあらなむ       前中納言匡房        (後拾遺、春上、120) 〔釈義〕 (おお、遥かに望めば、)仙山高砂の山上の桜は(、既に咲いている外山に続いて、待ちかねた奥山もとうとう)咲いてしまったことだ。それで、(願わくは心ゆくまでこの山全体の花盛りが見たい。だのに、外山にはまたもや霞が立って残花を見えなくしており、次第にそれが奥山にも及んでゆくのではないかと心配だ。どうぞ、奥山の雲や霞は勿論、)外山の霞だって(ここしばらくは)立たないことででもあってほしいなあ。 〔義趣討究〕 ① この歌は、後拾遺集の詞書には、「内のおほいまうちぎみの家にて、人々酒たうべて歌よみ侍りけるに、遥かに山桜を望むという心をよめる」とある。 ② 北村季吟の八代集抄には、「童蒙抄云、高砂とは山の惣名也。本文に石砂長成成山といへり。播磨の高砂にはあらず。……玄旨云、高砂といひ出したる事、高山をさして云也。花の咲たるを、さだかにみんために外山に霞も立つぞといふ也。是遠山を望むといふ心にかなへり。」と試釈している。高砂を単に高山をさすと解し、玄旨(細川幽斎)は外山の霞を擬人化し、霞も尾上の桜を見ようとして立つのを、霞は立ってくれるなと要求している趣になる。 ③ 今日の諸家も、高砂を播磨の名所高砂とは見ず、単に高山を指すと解しているが、玄旨のような霞が桜を見ようとするとまでは穿たず、単に霞が立って人の目を妨げるのを禁止する意味にとっている。勅撰集の歌には、花を隠すものには霞の外に雲もあり、匡房の歌でも霞が花を隠す可能性があるようなきがするが、霞が花見をするのも肯定しかねる。また、私家集の歌などを見ると、尾上の花を詠んだ高砂は名所高砂を意味する面がある。 ④ 勅撰集や私家集を見ると、「み吉野」「信楽」「葛城」等の山名はそれぞれ連山の総名であり、その中に奥山(奥・深き峯・み山)と外山が含まれる。また、尾上を詠んだ歌を見るとき、「尾上」に冠する「○○(の)」の○○は皆固有名詞としての山名である。匡房の歌の「高砂」は固有名詞であり、それは連山の総名であって、その中に奥山と外山との別が見いだされると解し得る。 ⑤ 固有名詞として使われた「高砂」の例を検討すると、いずれも播磨の名所と見得る歌例を見出すことができるが、同じ匡房の歌に「高砂の尾上の鐘の音すなり暁かけて霜...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(72) 紀伊

音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖の濡れもこそすれ       祐子内親王家紀伊       (金葉、恋下、501)(祐子内親王家紀伊集25098) 〔釈義〕 評判に高い、あの高師の浜のやたらに打寄せる波は、袖に打掛けないように遁げましょうよ。打掛けられたが最後、袖がぐっしょり濡れもしましょうもの。(浮いたお方という噂も高いあなた様のあだ情は、お受けしないことにいたしましょうよ。一度お情けをいただいたが最後、それっきり捨てられてしまい、私の袖は絶望の涙で濡れ通しということにも、きっとなりましょうもの。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、金葉集の詞書によると、「堀河院の御時、艶書合によめる」と題した中納言俊忠の歌「人知れぬ思ひありその浦風に波のよるこそいはまほしけれ」(金葉集500)の「かへし」となっている。 ② 俊忠の歌の末句には、「いかまほしけれ」という異文があってそれを採用する注釈も多いが、「いか」に特に懸詞がないなら「ゆか」の形でないのか不審である。また「夜こそ行かまほしけれ」は求愛が露骨に思われる。「言はまほしけれ」の方が歌意が通じる。 ③ 紀伊の歌の二句目が「高師の浦の」となっている本もあるが、家集には「高師の浜の」となっている。贈歌の「ありその浦」は越中の歌枕であるが、普通名詞「荒磯」と解することも可能であり、紀伊は普通名詞として受取って応じたのであろう。 ④ 紀伊の歌の四句目の「かけじや」の「かく」を、「波を袖にかける」と「あなたに心(=思い)をかける」を懸けたものと諸註では解しているが、「あだ波はかけじや」のかける主体は波であって我ではない。「あなたに心(=思い)をかける」ことを問題にするのは文面に合わない。 ⑤ 「あだ波はかけじや」の「じ」は、打消意志をあらわす助動詞だと言ってもよいが、それは「ないつもりだ」「まい」と口訳出来るようなものではなく、「ないようにしよう」と口訳すべきもので、「あだ波〔あだ情〕は打掛けないようにしようよ。(打掛けられないように遁げようよ。)」の意となる。これは、百人一首42の清原元輔の歌の「波越さじ」の「越す」の主体が波であるのと同趣であり、防止の意に相当する。 ⑥ この歌は、北村季吟八代集抄にいうように、「身を投げむ渕もまことの渕ならでかけじやさらにこりずまの波」(源氏物語、若菜上)を参考にしていて、この例でも「かけ...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(71) 源経信

夕されば門田の稲葉音づれて葦のまろ屋に秋風ぞ吹く     大納言経信       (金葉、秋、183)(経信集25276) 〔釈義〕 (昼間はさすがにまだ残暑がきびしいが、)夕方になると、まず庵の前にある田の稲葉にさわさわと葉ずれの音がし、それが秋風の訪れの前触れとなって、それに続いて葦で屋根を葺いたわが仮庵に、秋風が一杯に吹入って来ることだ。(まことに夕方はすがすがしくさわやかな今日このごろであるよ。) 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、金葉集の詞書に「師賢朝臣の梅津の山里に人々まかりて、田家秋風といへる事をよめる」とあって、作歌事情は明かであり、歌意も平明であるが、どんな情感か決しかねるので、「秋風ぞ吹く」で結ぶ歌を勅撰集で拾って検討してみる。 ② 古今集には「秋」が「飽き」の意を含んでいる歌があるが、それに準じて「秋風」も「飽きの風」の意味を持たせてあると解される「忘れじの言の葉いかになりにけむ頼めし暮は秋風ぞ吹く」(新古今1303)のような歌群がある。また、その一方で、「秋風」が索漠・荒寥・悲愁・無常といった感を漂わせる「故郷は散るもみぢ葉に埋もれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く」(新古今533)のような歌群がある。これらは重い情感である。 ③ それに対し、軽い気分の爽涼・爽快といった情感である「手もたゆくならす扇のおき所忘るばかりに秋風ぞ吹く」(新古今309)のような歌群がある。万葉集にも「君待つと吾が恋ひ居れば我宿の簾動かし秋の風吹く」(万葉集巻四488)のような例が見られる。秋ないし秋月・秋風といったものに対する情感が悲愁・寂寥といった方向に傾くのは漢文学や仏教無常観の影響によるであろうが、元来自然の景物や現象は主観的精神状況によって明暗種々相を呈して来る。 ④ 同じ作者経信の「秋風ぞ吹く」の類例を見て見ると、これらの歌の秋風を見聞く情感は、懐旧の情を誘うものや悽切なものもあるが、農山村の情景の生動に伴う清新な情感を詠んで爽涼・爽快に入るものもある。「夕されば」の歌は田家の生活に身を置いて詠んだものと考えられ、「音づれ」という表現は自然の生命の躍動する感があるので、まことに清新で爽快である。 ⑤ 「夕されば〇〇する」という形は、一時の感動を詠んだものではなく、或期間の習慣的な現象としての把握の詠出と受取れる。 〔鑑賞〕の要旨 ① この歌は、秋のはじめ頃の田家の...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(70) 良暹法師

さびしさに宿をたちいでて眺むればいづこも同じ秋の夕暮       良暹法師       (後拾遺、秋上、333) 〔釈義〕 (薄暗くなてゆく庵室の中に独りいると、何か身に迫って来る故知らぬ)さびしさに堪えられなくなり、それで庵室を立って外に出て(、さて何か心も慰まるような景物でも見当たらないものかと、じっとそこここを)眺め渡してみると、(そのような物はこれといって見当りもせず、)何処もかしこも、(ただ一様に淋しさを漂わせる物ばかり、まことに、)同じ一つの「秋の夕暮」があるばかりであった。(ああ、庵室の中で身にしみた淋しさも、外の何処に見出された景物の感触も、皆同じ「秋の夕暮」のもたらす情感に外ならなかったのだ!) 〔釈義〕の要旨 さびしさに堪えられなくなり、それで庵室を立って外に出て眺め渡してみると、何処もかしこも、同じ一つの「秋の夕暮」があるばかりであった。 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、後拾遺集に「題しらず」として納められ、歌意は一応明瞭であるが、下の句を倒置と見て四句切れととる人も多い。 ② 「立ちいづ」は、八代集の歌の例から、立って戸外(巣外)に出る意である。「ながむ」は物思いを懐いてじっと物をみることは明らかだが、「眺むれば」という表現は、その下全体に係るものであり、体言止めの諸例はその結びに「かな」を付けても意味は変らない。この歌でも、「眺むれば」は「いづこも同じ秋の夕暮(かな)」に続くものであるから、この歌は四句切れではない。 ③ 形容詞「同じ」の連体形には、「同じ」と「同じき」の二形があって、その二つには意味上の差異は認められないとされているが、源氏物語の用例を検討すると違う結論になる。「同じ程、それより下臈の更衣たちは、まして安からず」(桐壷巻)などを見ると、「同じ」は同一又は同質であることを意味している。これに対して、「同じき大臣と聞ゆる中にも、いと清げに物々しく花やかなるさまして、」(常夏巻)などを見ると、「同じき」は同様・同類ないし、同趣を意味する。 ④ 「同じく」「同じう」の語形でも、これらは皆同様・同趣の意味である。「同じ」は本来「同一の」「同質の」の意味で、連体詞的に用いられる語であったのが、同様・同類・同趣などの性質・状態の意味に拡大されるに至って、形容詞に変り、形容詞的活用語尾を持つに至ったのであろう。 ⑤ 万葉集や古今集の例を...

超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(69) 能因法師

嵐ふくみむろの山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり       能因法師       (後拾遺、秋下、366) 〔釈義〕 (強い山風が吹きおろすままに、山の黄色く紅く色づいた木々の葉が散り乱れ舞い下る。ここはあの神の宿り給うといわれる神奈備の三室の山であるが、さすがに聖地たる三室山のもみじ葉は、やがて山の麓を流れる竜田川に絶えず散り込んでは川面を埋め浮び流れて、いわゆる竜田川の錦を織成している。ああ)強い山風の吹きおろす三室の山の紅葉は、そのまま転じて竜田の川の紅葉の錦だったのだ! 〔義趣討究〕の要旨 ① この歌は、後拾遺集の詞書に「永承四年内裏歌合によめる」とあって、作者晩年盛儀に列しての力作であったことがわかる。宗祇は「ありありとよみ出て其身粉骨なり。これまことに上古の正風体なるべし」といい、北村季吟八代集抄にも「師説、此歌は嵐ふく三室の山のといひて、紅葉の散て流くる風情を持せたる、能因の粉骨なるべし」とあって、古人は高く評価していた。 ② 「○○は△△なりけり」という言い方の歌例の中に、次の二つの例がある。「山田もる秋の仮庵におく露はいなおほせ鳥の涙なりけり」(古今集306)などを(1)とするとこれらでは、○○が現じた体または幻像であるのに対して、△△は実体である。これに対して、「秋風に散るもみぢ葉は女郎花宿におりしく錦なりけり」(後撰集410)などを(2)とするとこれらでは、「○○はそのまま転じて△△(と見るもの)だったのだ」の意で、○○は実体、△△は幻体である。 ③ 一般に「AはBなり」という時、倫理学でいう命題としては、Bは類概念で、「AはB中の一員なり」の意味をあらわすと考えるのが常識だが、本来はそうではないと思われる。「にあり→なり」は「の位置を占めて存在する→に相当する」の意で、「AはBなり」はAとBとの同一性を立言する。(1)の場合は、現じた体ないし幻体からその実体そのものを見出す。(2)の場合は、実体からそのもたらす幻体を全体的に把握する。 ④ 「〇〇は△△なりけり」という表現は、発見の驚きをうたったものである。(1)では、二つの意味対象の同一性の観収が歌の生命であるが、(2)では実体と幻体が融合しており、二者間の心の逍遥を楽しむ趣である。 ⑤ 能因の「嵐ふく」の歌は、明瞭に(2)に属する。この歌はただ観念的に三室山の紅葉と竜田川の錦との同一性を...