超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(70) 良暹法師

さびしさに宿をたちいでて眺むればいづこも同じ秋の夕暮       良暹法師

      (後拾遺、秋上、333)


〔釈義〕

(薄暗くなてゆく庵室の中に独りいると、何か身に迫って来る故知らぬ)さびしさに堪えられなくなり、それで庵室を立って外に出て(、さて何か心も慰まるような景物でも見当たらないものかと、じっとそこここを)眺め渡してみると、(そのような物はこれといって見当りもせず、)何処もかしこも、(ただ一様に淋しさを漂わせる物ばかり、まことに、)同じ一つの「秋の夕暮」があるばかりであった。(ああ、庵室の中で身にしみた淋しさも、外の何処に見出された景物の感触も、皆同じ「秋の夕暮」のもたらす情感に外ならなかったのだ!)


〔釈義〕の要旨

さびしさに堪えられなくなり、それで庵室を立って外に出て眺め渡してみると、何処もかしこも、同じ一つの「秋の夕暮」があるばかりであった。


〔義趣討究〕の要旨

① この歌は、後拾遺集に「題しらず」として納められ、歌意は一応明瞭であるが、下の句を倒置と見て四句切れととる人も多い。

② 「立ちいづ」は、八代集の歌の例から、立って戸外(巣外)に出る意である。「ながむ」は物思いを懐いてじっと物をみることは明らかだが、「眺むれば」という表現は、その下全体に係るものであり、体言止めの諸例はその結びに「かな」を付けても意味は変らない。この歌でも、「眺むれば」は「いづこも同じ秋の夕暮(かな)」に続くものであるから、この歌は四句切れではない。

③ 形容詞「同じ」の連体形には、「同じ」と「同じき」の二形があって、その二つには意味上の差異は認められないとされているが、源氏物語の用例を検討すると違う結論になる。「同じ程、それより下臈の更衣たちは、まして安からず」(桐壷巻)などを見ると、「同じ」は同一又は同質であることを意味している。これに対して、「同じき大臣と聞ゆる中にも、いと清げに物々しく花やかなるさまして、」(常夏巻)などを見ると、「同じき」は同様・同類ないし、同趣を意味する。

④ 「同じく」「同じう」の語形でも、これらは皆同様・同趣の意味である。「同じ」は本来「同一の」「同質の」の意味で、連体詞的に用いられる語であったのが、同様・同類・同趣などの性質・状態の意味に拡大されるに至って、形容詞に変り、形容詞的活用語尾を持つに至ったのであろう。

⑤ 万葉集や古今集の例を検討しても、皆源氏物語と同様な意味上の区別を認めてよく、上代・中古を通じて、「同じ」は同一ないし同質である。これを良暹法師「さびしさに」の歌に適用すれば、「同じ」を「同じようにわびしい」の意に解するのは妥当ではなく、これは「同一の」の意に解し、下の句を「何処も同一の秋の夕暮があるばかりであった」の意に解すべきである。

⑥ 庵室の中も外も皆変わりなく寂しいわけは、同一の秋の夕暮がすべてを包んでいる故であったことを知る、というのがこの歌の趣意である。


〔鑑賞〕の要旨

① 時の間に推移するさまざまな景の中に、天地ただ一つの秋の夕暮のさびしい雰囲気を感じ取るというのが、この歌の姿であり心である。清少納言の「秋は夕暮」の興趣は、「あはれ」の語はあるものの、一貫して「をかし」の域内にある感興であった。それ以後、後拾遺集の良暹法師の歌を経て、かの三夕の歌に至るまで、「秋の夕暮」とは清少納言の述べた秋の夕暮の時間的空間的推移の情景を踏まえているが、これらは「をかし」の興趣と異なった「あはれ」の情趣である。そうした情趣の質的転換の先駆が良暹法師の「さびしさに」の歌である。

② この歌と、同じ作者の「天つ風雲吹き払う高嶺にて入るまで見つる秋の夜の月」(詞花集98)とを並べて見ると、三界唯一心の悟得というような宗教的体験の匂いがして来る。自然に得た体験が一つの悟りに通じてゆく深さに、この歌の貴さがある。

③ この歌を詞の上から見ると、技巧を用いていると見えないが、「さびしさ」と「秋の夕暮」の二語で歌境を具体化している。「秋の夕暮のさびしさに堪へかねて、宿を立ち出でて眺むれば、いづこも同じ秋の夕暮のさびしさなることを知りぬ」といった意味になる。「いづこも同じ」は景物を細叙せず一挙に結論を出したもので、諦念の深さをあらわしている。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の良暹法師の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。今回も〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、「眺むれば」の使用例から四句切れ説を否定し、連体止めの「秋の夕暮」のあとに詠嘆の終助詞「かな」を補って解釈すべきだと主張しています。さらに、四句目に出て来る「同じ」という語形について「同じき」との比較を、源氏物語の使用例を掲示して分析し、「同じ」は「同一の」「同質の」という意味であるが、「同じく」はそれとは違って「同様・同類・同趣」を言うのであり、この歌の下の句は「何処も同一の秋の夕暮であるばかりであった」と解すべきだと結論付けています。要するに詠作主体は、室内から室外に出て、何ら淋しさから解放されることがなく、室内同様に室外に「完全同一の秋の夕暮」を発見したというのが、どうやら著者の辿り着いたこの歌の主旨と言うことになるでしょう。


また著者は、清少納言の「秋の夕暮」との関連に言及し、清少納言の「秋の夕暮」が「をかし」という興趣であったのに対し、中世における「秋の夕暮」の歌と言うのは「あはれ」の興趣を詠んだものであるという影響関係と変質を解説しています。その変質の転換点にあるのが、今回の良暹法師の「さびしさに」の歌ではないかという指摘をしています。


なお、「立ち出でて」については契沖が「かりそめに庭などに出るにはあらず、住み捨てて出るなり」と極論していますが、諸註は支持していません。「いづくも同じ」に関しては、四句切れなのかそうでないのかについては、現在でも結論が出ていないようです。そして、この歌の主旨に関しては、宗祇『百人一首抄』の「いづこも又我がこころのほかの事は侍らじ。われからのさびしさにこそと、うちあんじたる心なり」という理解が優れているとされていまして、室内と室外の同一性と言うよりは、詠作主体が自分の内面に思い至るという解釈が支持されているようです。


〔蛇足の蛇足〕

著者の釈義を見ると、「宿を立ち出でて眺むれば」は「庵室を立って外に出て眺め渡してみると」訳してありまして、この「眺むれ」を現代語の「眺める」と同義として処理してあるのが分かります。下の句に関しては、「何処もかしこも、同じ一つの秋の夕暮があるばかりであった」と訳しているんですが、その趣旨を著者は鑑賞のところで「秋の夕暮のさびしさに堪へかねて、宿を立ち出でて眺むれば、いづこも同じ秋の夕暮のさびしさなることを知りぬ」と解説しております。要するに、巡り巡って「秋の夕暮はやはりさびしい」と吐露しまして、結局同じ結論に達したというような歌だと解しているようです。


以前取り上げました北原白秋の句意を見ると、「ながむれば」は「方々を見廻すこと」と説明してありまして、訳出では「あちこちと眺めて見たが」というふうに、この「ながむれ」を、これも現代語の「眺める」と同義として処理してあるのが分かります。白秋の訳出を再掲載して、彼が元の歌の表現に対して補ったところを確認すると、「蕭条とした」「なんといふ寂しさの満ちた」ですから、寂しいのでアクションしたけれど結局寂しかったという歌だと理解したことが分かります。


あまりもの淋しいので、家を出て、あちこちと眺めて見たが、やつぱり何所も同じやうに蕭条とした秋景色である。なんといふ寂しさの満ちた夕暮であることよ。

   (北原白秋『小倉百人一首評釈』)


白秋が粉本とすることの多い佐佐木信綱『百人一首講義』では、句意に関しては「ながむれば」だけが掲示してありまして、「ここは物思ひつつ眺望する意なり」と解説がありますので、「ながむれ」を古語の「眺む」の意味を意識した「物思ひつつ」という表現を加えております。信綱の訳出を参考までに引用してみましょう。信綱は「心をはるけん」ために外出したと明示し、「さしてをかしき事はなく」と秋の夕暮について指摘をしておりまして、これは藤原定家の「花も紅葉もなかりけり」を意識したような解釈なのでしょう。「ながむれば」のところが、「をちこち見わたせば」とあって、句意の説明とかみ合っていない点がやや物足りません。


あまりに物さびしさにたへかねて、心をはるけんと、我宿をたち出で、をちこち見わたせば、ここもかしこも、さしてをかしき事はなく、同じさまにさびしき秋の夕暮のけしきなり。

   (佐佐木信綱『百人一首講義』)


信綱が粉本とすることの多い尾崎雅嘉『百人一首一夕話』の訳出を、参考までに掲示してみたいと思います。雅嘉の訳はシンプルで、補いも少ないのですが、「ながむれば」は「あちこちを眺め渡せば」とあって、眺める対象を「あちこちを」と明示してありまして、これが信綱や白秋に受け継がれているように見えます。三者とも「淋しき」の類の表現を「秋の夕暮」の前に補っている点も、影響があったとみていいかと思います。


余りに物淋しさに我が宿を出でてあちこちを眺め渡せば、ここもかしこもさして変わる事もなう、同じやうに淋しき秋の夕暮の景色ぞ。

  (尾崎雅嘉『百人一首一夕話』)


三者を比較すると、信綱の解釈が際立っておりまして、実は近年の注釈はこれらに対して後退しているところがあったりするのであります。元の歌の二句目の「宿」は、雅嘉や信綱は「宿」のままですが、白秋は「家」と訳しています。この「宿」を、「庵」とする注釈が多く、著者の桑田明氏も「庵室」と明示していますが、これは正しいのでしょうか。いえ、「宿」という古語には、「庵」という意味はないはずです。


後拾遺集』巻第四・秋上 333番

      題知らず    良暹法師

寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮


こんな歌があったんでありますね。作者についても、この人一体誰なの?というような感じでありましょう。「良暹法師」の「暹」の字は、学研の『漢和大辞典』によれば、日部12画に出て来る漢字で「太陽がのぼる。また、そののぼる太陽。日の出」の意味なのだそうです。また、読み方も呉音・漢音ともに「セン」となっておりました。近代の注釈書などでは、この作者名を「りょうぜん」と濁って呼んでいますが、はたして正しいのか、かなり疑問があります。歌の内容は眺めて見れば考えるまでもなくすぐに分かってしまいまして、印象に残らない可能性があるわけです。ただ、そう言う場合に注意しなければいけないのは、後の時代の先駆けとなった和歌というようなものが、模倣されて目立たないというだけで、実は歴史の中では斬新であったというようなことがあるものです。後の時代には「三夕の歌」などという「秋の夕暮」を詠んだ歌のベストスリーが選ばれたりするわけで、そうした静かなブームの始まりかも知れません。


それから、注意点としては「宿」というのは、基本的には「お邸」または「住まい」のことでありまして、「旅の宿」ではありませんから、その点は注意しないといけないでしょう。これを近年の注釈書は「庵」とするんですが、首をひねります。「宿」には、仮の宿である「庵」の意味はありません。人の身を寄せる建物ですが似て非なるものです。混同して、どうするのでしょうか?


それから三句目の「ながむれば」の「眺む」という動詞は、古語の場合、目的格がはっきりしないと「物思いにふける」というような単語のはずなんですが、皆言葉を補って訳してあります。「あたりを」「外の気色を」「あちこち」というのが補ってありまして、それを捨ててみてもいいのではないでしょうか。そうすると、「いづくも同じ」の意味が変質するような気がいたします。つまり、「庵も外も、どこもかしこも同じ寂しい秋の夕暮れ」とするのが諸注釈の解釈なんですが、それってばかばかしいですよね。季節は秋、時刻は夕暮れだったら、一応日本国内であればもちろん、京都周辺なら、そりゃあどこだってすべからく「秋の夕暮」に決まっているわけです。


へそ曲がりだから、気が付いたんですが、和歌を訳すときに、言葉を補いさえすれば解釈出来るというのは、幼稚な受験知識みたいな感じがいたします。みなさん、大丈夫なのでありましょうか? いえいえ、ちっとも大丈夫じゃないですね。倒置法でもなさそうだし。何か、違う解釈を見つけ出しそうで、大手柄の予感がします。


寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮

  (『百人一首』第70番 良暹法師)


この歌の問題点は、やっぱり二句目の所でありますね。注釈書が「宿」を「庵」と訳す誤りは、作者が法師だからなのでありましょうが、そういう先入観が専門家の構造的な問題であることは、すでに何度か指摘しました。お勉強が好きと言うことは、先入観の塊ですから、大方はそれが役立ちまして、試験などをすいすいとすり抜けてゆくのであります。それで、先生になりまして、通説に従ってご講義などをなさいますので、研究なさる前にすでに解釈がすり込まれた頭脳なのであります。これを免れているのは、若干二十歳くらいで『百人一首講義』を上梓した佐佐木信綱博士でありまして、この方は「庵」などと誤りません。「宿」そのままでありまして、何ら解釈する必要を感じなかったのでしょう。詩人の大岡信さんは、ちゃんと「家」と訳出していまして、センスの問題はあるようです。それと、誤訳がいくつもの注釈書で共通するのは、注釈書を出版するシステムにも問題がありそうであります。そのことも、前に指摘しました。


やはり、動詞の解釈が問題でありましょう。「立ち出で(たちいで)」って、現代語にありますか?


微妙でありますね。古典には「いづ」と言う動詞がありまして、これは下二段動詞であります。活用が現代からみると奇妙でありまして、「いで/いで/いづ/いづる/いづれ/いでよ」となるんですが、これが現代語ではどうなったかというと「でる」になるわけで、語頭の「い」がいつのまにか脱落してしまいますね。それでもって、活用が下一段に移行しまして、「で/で/でる/でる/でれ/でろ」となったんであります。そうすると、「たちいづ」という複合動詞は「たちでる」になるはずですが、そんな動詞ありましたか? あれれ、現代語のリストの中からはなくなってしまったのではないでしょうか。少なくとも私の頭には存在しない言葉のような気がします。『日本国語大事典』(第二版)は、「たちいでる」を載せましてこれで「たちいづ」の例を吸収し、「たちでる」はあるにはあるが風前の灯火のような用例しかないのであります。


これは、小学館の『日本国語大辞典』のルールとしては、多少恥ずかしくとも、項目として立てるなら「たちでる」にすべて吸収するべきではないのでしょうか? みなさん、知恵は絞った後ですから、野次馬の意見であることはもとよりご承知の上のこと。まあ、ともかく、今ない動詞ですから、ニュアンスが分からないのでありますね。何となく辞書などを参考にすると、今までいた場所から「きっぱり」立ち去る、というのが一般的で、あとは自然現象で雲などが「ひょっこり」現われることかと思います。割と、突然の行動というか、急な自然現象というか、その行動や現象が目立つ場合に使われる言葉なのかもしれません。契沖のように「住み捨てて出るなり」のほうが正解の可能性があるでしょう。


さて、そろそろ思ったことを述べてみたいと思います。へそ曲がりの私が今思いつきで考えて見ると、この歌には恋の歌の匂いがいたしまして、その上での秋の歌でありましょう。


まず、「秋の夕暮」というのが、男が女のもとに通う時間帯でありまして、秋になると日没が早まり、つまり女の待つ時間が長くなるのであります。男から言うと、相手を待たせることが多くなるということです。そして、これは古典の常道でありますが、「秋」には「飽き」を掛けまして、二人の恋愛が倦怠期に至っていることを暗示いたします。もしくはもう別れを覚悟する時期が来たことを意味するんであります。さらに、「ながむ(眺む)」というのは、遠くを見る目でぼんやりすることでありまして、恋の物思いを暗示しますから、「ながむれば」というのは「見渡せば」とはまったく違うのであります。作者が男性で、それも仏門の人であるということをあえて外してみると、これは訪問の途絶えがちな男を待つ女性の歌になるわけです。そしてその上で、あえて言いにくいことを言うならば、僧侶には昔から男色の伝統がありますから、住職が寵愛の稚児などを待つとすると成立してしまいます。さらに、「いづく」というのは「どこ」というのが普通の訳ですが「誰・どなた」と人を指す用法もあるんですね。以上を踏まえて、試みの訳を提示すると、


来ないあの人を待って寂しさに自らの家を後にして、宮仕え先で物思いにふけると、どの女房も私と同じ殿方に飽きられて憂鬱な境遇に沈んでいるかもしれない秋の夕暮れよ。(粗忽謹訳)

〔語釈〕〇宿……家。住まい。お邸。〇立ち出でて……きっぱりと後にして。ぱっと離れて。〇ながむれば……物思いにふけると。恋の悩みに沈んでいると。〇いづく……どの方も。どの人も。〇同じ……同じ境遇の。〇秋……「飽き」を掛ける。


と、見事に恋の歌に大変身でありますね。『百人一首』第9番の小野小町の「花の色は」の歌に劣らない、妖しい歌に変身であります。これは、掛け値なしの大手柄かもしれません。そして、それを秋の部に配置するからいいわけであります。作者の詠作意図は別にして、藤原定家さんなら気が付いていたはずでありましょう。純粋な寂しい叙景歌ではなくて、恋の情趣に満ち溢れた季節感を詠んだ歌であります。地名というか歌枕に依拠しない、内面の「秋」を追求した歌なのであります。『新古今集』などの主流になった、余情妖艶の歌の先駆けではないかと思います。とは言うものの、私自身は「余情妖艶」という言葉の意味もよく分かっておりませんし、こういう主張に何の根拠もありませんので、無視していただいて結構です。ただ、表現そのものを吟味したら、叙景歌とは見えない側面が多すぎることを指摘したいのです。


以上を踏まえて、注釈書をとくとご覧あれ。それらの杜撰さと、そして無難さに、きっと驚くことでしょう。ただし、ここで施した解釈を試験で書いたり、リポートにして出すと大幅減点は免れませんので、自己責任でお願い致します。それからまた、こんな解釈を剽窃しても、後で損をするばかりですので、どうか忘れていただきたいものです。 

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