足利将軍撰『新百人一首』を読む(19) 蔵内侍
19 誓ひても猶思ふにはまけにけりたがためをしき命なるらん 蔵内侍
【標註】
〇「たが為をしき」云々 其人に逢はん為こそ命も惜けれ、其人にあひがたければ、今はかひなき命なるを誰の為にをしきならんと也。
【出典】
〇『後撰集』巻十二・恋四886(887)(『新編国歌大観』第一巻)
よしふるの朝臣に、さらにあはじとちかごとをして、又のあしたにつかはしける 蔵内侍
ちかひても猶思ふにはまけにけりたがためをしきいのちならねば
【語釈】
〇ちかひ 「ちかひ」は四段動詞「誓ふ」の連用形。『岩波古語辞典』によれば、「違反すれば絶対者によって罰せられることを条件に、約束をかわす」ことである。『後撰集』の詞書にある「ちかごと」は「誓言」で、神仏に対してはっきりと言葉に出した約束を意味する。 〇思ふにはまけにけり 「まけ」は下二段動詞「負く」の連用形。『岩波古語辞典』は「相手に抵抗できなくなる」と説明する。ここは、内面の葛藤があって、理性が歯止めにならなくなることを言う。『古今集』巻十一・恋一503(読人不知)「思ふには忍ぶることぞ負けにける色には出でじとおもひしものを」を踏まえた表現。理性では恋心を抑制していたが、こらえ切れない激情によって表情に出てしまったという、告白の歌。〇たがため 『万葉集』巻十一「寄物陳思」2426「ちはやぶる神のもたせる命をばたがためにかも長くほりけり」(千早振神持在命誰為長欲為)、この歌は、『古今六帖』2959には「ちはやぶる神のたもてる命あらばたがためとかは我は思はむ」とあり、『拾遺集』巻十・神楽歌596(柿本人麻呂)には「ちはやぶる神のたもてる命をばだれがためにか長くと思はむ」という形で採られている。『柿本集』213は三句目と四句目「命をもたがためにかは」と異同がある。『伊勢集』424「岩くぐる山井の水を掬びあげて誰がため惜しき命とか知る」、『源氏物語』総角巻「限りあれば、片時もとまらじと思ひしかど、ながらふるわざなりけり、と思ひはべるぞや。明日知らぬ世の、さすがに嘆かしきも、誰がため惜しき命にかはとて、大殿油参らせて見たまふ」。〇なるらん ここを『後撰集』では「ならねば」とする。『新百人一首』の写本でも、「なるらん」とするものと、「ならねば」とするものがある。丸谷才一『新々百人一首』巻末の『新百人一首』では「ならねば」とある。Wikipediaの一覧も「ならねば」とある。
【作者】
〇蔵内侍(くらのないし) 新日本古典文学大系『後撰和歌集』では、「小野好古との交渉があったことはわかるが、未詳」としている。
〇好古(よしふる)朝臣 小野好古。『和歌大辞典』(明治書院1986年)は「平安期歌人」とした上で、「野大弐」(やだいに)と称されたことを指摘しているほか、元慶元年(877)に生まれ、康保五年(968)93歳で亡くなっていることや、小野篁の孫に当り、純友の乱の追捕使であったこと、大宰大弐を経て従三位参議に至ったとしている。大和物語に登場し、後撰集以下の勅撰集に六首入集したという。好古が藤原純友を破ったのは天慶四年(941)のことで、大宰大弐だったのは、天慶八年(945)~天暦四年(950)、後撰集に四首、拾遺集に二首採られている。『大和物語』第4段は、純友の乱で出張中に加階がなかったことを知って落胆する話である。126段は、野大弐が純友の乱後に「檜垣の御」という遊女の安否を問う話で、好古の人情味を伝える。
【訳】
もう二度とあなたには逢いません、縁を切りますと、神様仏様に誓ひを立てても、やはりあなたを恋焦がれる気持ちには勝てませんでした。こうなったら私の命は風前の灯ですね。しかし誰の為に命が惜しいというのでしょうか。あなたに逢うためなら命など惜しくありません。
【参考】
〇『一条摂政御集』(『新編国歌大観』第三巻)
かかるをりにやとて、しふにいりてありし
103 ちかひてもなほおもふにはまけぬべしたがためをしきいのちならねば
※三句目は「まけぬべし」とある。
〇『後撰和歌集』巻十二・恋四886(新日本古典文学大系6)
好古の朝臣、さらに逢はじと誓言をして、又の朝につかはしける 馬内侍
誓ひても猶思ふには負けにけり誰がため惜しき命ならねば
「もう逢わないでおこう」と神に誓っても、あなたを思う気持の切実さには、やはり負けてしまいます。「誰のために惜しい」という私の命でもございませんので…。誓言を破って神罰を受けてもかまわないのです。〇又の朝 逢った翌朝。〇思ふには負けにけり 「思ふには忍ぶることぞまけにける…」(古今集・恋一)を意識している。▽誓言は神に我が命を懸けて何かを誓うものであった。→781
〇『後撰和歌集』巻十一・恋三781(新日本古典文学大系6)
夜ゐに女にあひて、かならず後に逢はんと誓言を立てさせて、朝につかはしける 藤原滋幹
ちはやぶる神ひきかけて誓ひてし言もゆゆしくあらがふなゆめ
神かけて誓ったあの言葉の内容も恐ろしいので、異を立てないでください、絶対に。〇朝 翌朝。〇神ひきかけて誓ひてし 神を引き出して願を立てて違背するとどんな罰を受けてもよいと誓言した。〇言もゆゆしく その内容が恐ろしくもあるので。〇あらがふな 言い争うな。あえて異を唱えるな。〇ゆめ 絶対に。「ゆめあらがふな」の意。▽誓いを破って神罰を受けるあなたのことが心配だから、神に異を立てず、誓ったままに行動してくださいと言っているのである。後撰集歌人でもある右近の歌「忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな」(拾遺集・恋四)が思い出される。
〇『後撰和歌集』巻十二(北村季吟『八代集抄』)
「ちかひても猶思ふには」 更にあはじと誓ひても、猶思ふ心のあさからぬにはまけて逢もすべし。たとひ誓の罰に死ぬとも君がためにはおしむまじき命なれば、との心なるべし。
【蛇足】
出典となっている『後撰集』の詞書の解釈が、案外難しいかもしれません。「よしふるの朝臣に、さらにあはじとちかごとをして、又のあしたにつかはしける」とありますけれども、おそらく「さらにあはじ」というのが誓言の慣用句でありまして、別に恋の相手に向かって言う言葉ではなくて、神仏に対して恋愛関係を断ちたいと願い出た言葉と解するべきでしょう。つまり、好古に向かって言った言葉ではないということが肝心です。「よしふるの朝臣に」は、「又のあしたにつかはしける」に掛かると見なすべきであろうと思います。要するに、恋に苦しんで恋愛を終わりにしようと悩んだけれど、また逢いたいと表明するわけですから、関係継続を切に望んでいるという愛らしい歌だと思います。三句切れですが、「にけり」は「に」が完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は詠嘆の助動詞ですから、「~たなあ」となりまして、理性は恋情に敗れたと告白していると解するのがいいのでしょう。「たがため惜しき命なるらん」は、修辞疑問の形式でありまして、「わがため惜しき命なり」「汝がため惜しき命なり」という回答も可能ですが、「惜しからぬ命なり」という回答が最もふさわしいことでしょう。要するに、「神仏の罰を受けてもいいと思うくらい、逢うことができるなら惜しくもない命なの」というのが、詠作意図ではないかと思うわけです。蔵内侍については、その素性が全く分からないようでありますが、「内侍」というからには宮廷女官でありまして、職務上官僚と接することがありまして、そこから恋愛に発展することもあったと言えるでしょう。小野好古は小野篁の孫でありまして、文化的な素養はもちろん、彼の経歴は勇敢な武官でありますから、さぞやもてたことだろうと思います。藤原純友の反乱を鎮圧に行って、そのまま大宰大弐になっております。大宰大弐というのは、実は大宰府のトップでありまして、長官とされる「帥」というのは実は現地に行かないのが普通だったと思います。「帥」が筑紫に出向いたら、それは左遷ということで、何かやらかして流刑になるということなのです。たぶん、大宰大弐は舶来の宝物などを持って都に帰還しますから、おそらく気の利く女性なら恋人になりたい第一候補だったと思うのですが、いかがなものでしょうか。
現代的な感覚だと、「死んでもいいから逢いたい」というのは理解不能でありまして、命がけの恋などというものは、コスパ重視の世の中では死滅しているはずでありますから、よっぽど文学的な感性を磨かなければ出てこない発想かと思います。つまり、学校教育などとは対極の考え方でありまして、社会性を重視して教育期間が伸びれば伸びるほど、恋愛などという本能行動は忌避される対象でありまして、少子化は止まらないかもしれないのであります。ただ、最近面白いと思ったのは、統計上、高学歴の人の方が成婚率が高いということです。古代の社会だと、和歌が詠めるということは求愛したり、それに対して応じたりというのが容易になるわけで、「色好み」ということは、恋愛体質という意味の他に、和歌などの風流が分かるということでもありました。
磨きても猶才能にはまけにけりたがため欲しきメダルなるらん
みがきても なほさいのうには まけにけり たがためほしき めだるなるらん
【訳】技術を極限まで磨き上げても、やはりすばらしい才能の持ち主には敵わないことだなあ。誰の為にメダルが欲しいのかって? そりゃもちろん、自分のために決まっているじゃあないですか。いえ、冗談です。今までお世話になった方々の為にメダルが欲しいのです。
※元の歌の、三句目・四句目「まけにけりたがためをしき」のところの、「け」と「た」の繰り返しの所がなんとも魅力的だと思います。
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