足利将軍撰『新百人一首』を読む(8) 藤原兼通

8 身のうさを思ひしりぬるものならばつらき心を何か恨みん  忠義公


【標註】

〇身のうさを云々 我身のうき事を知らば人のつれなきを恨む事はあらじとなり


【出典】

〇『続古今集』巻十四・恋四1229(『新編国歌大観』第一巻 

   かよひける女、ほどとほくまかりけるをなげきけるに、ほどをへておとづれたりける返事に 忠義公

 みのうさをおもひしりぬるものならばつらきこころをなにかうらみむ

※巻十五・恋五1370に本院侍従の詠として重出する。「みのうしと」「つらきこころも」と異同がある。


【語釈】

〇身の憂さ 「身」は、自分自身の身体や境遇を指す。「憂さ」は、不満の晴れない心境や境遇。「身の憂さ」は、事の成り行きに対応できずに困惑していることを表す。ここは、「我が身の情けなさ」か。早い例は『後撰集』巻十八・雑四1269「涙のみ知る身の憂さも語るべく嘆く心を枕にもがな」か。〇思ひしり 「思ひ知る」は、事の成り行きや実情を悟ることや、実感を持つことを言う。ここでは、主語は歌を送ってきた相手の女。『古今集』巻五・秋下310(藤原興風)「み山より落ち来る水の色見てぞ秋は限りと思ひ知りぬる」。〇ものならば 仮にそういうものであったら、と慣例や常識ではないことを想像する表現。『古今集』巻八・離別387(白女)「命だに心にかなふものならば何か別れの悲しからまし」。〇つらき心 「つらし」は相手の仕打ちを苦しいと思う心情を表す場合と、そうした仕打ちをする相手を薄情だ・冷淡だと非難する場合がある。ここは疎遠になっている兼通の態度を相手の女が「薄情な気持ち」と責めている。『拾遺集』巻十四・恋四884に「津の国の生田の池の幾度かつらき心を我に見すらむ」(読人不知)とある。〇何か恨みむ 「何か~む」は、「どうして~だろうか、いや~ない」という反語表現。「恨み」は、上二段動詞「恨む」の未然形。「恨む」は、古語には不満を言う・文句を言う・愚痴を言うなどの場合がある。ここは、相手の女が歌で兼道の疎遠を責めたことを言うので、主語は女。『古今集』巻二・春下112「散る花を何か恨みむ世の中に我が身もともにあらむものかは」(読人不知)。


【作者】

〇忠義公 藤原兼通。父は右大臣師輔、母は藤原盛子。延長三年(925)生まれ。天慶六年(943)19歳で叙爵し、天暦二年(948)左兵衛佐となるが、弟の兼家に出世が遅れることが多く不和であった。天禄三年(972)摂政だった兄の伊尹の死を受けて、権中納言から一挙に内大臣に任じられ、兼家をかわして関白となった。二条堀河に邸があったため堀河殿と呼ばれた。摂政、太政大臣、従一位に至るが、貞元二年(977)に亡くなり、正一位を送られ忠義公と諡(おくりな)された。『本院侍従集』は、本院侍従という宮廷女房と、上達部の次郎の君(兼通)の恋愛を描く歌物語的な家集。兼通は勅撰集に八首入集している。

〇本院侍従集 紫式部の母方の祖父(藤原為信)が所持していた家集で、本院侍従と藤原兼通の恋愛を、二人の贈答歌を中心にして、始まりから終わりまで辿っている。流布本とそれをもとに改訂した伝本がある。本院侍従は、作品中では兼通やその妹の従妹という説明があるが、人物の特定には至っていない。次郎の君については、末尾に兼通であることが分かる一節が出てくる。なお、女は、兄の伊尹が奪ったことが、伊尹の家集『一条摂政御集』から推測されている。


【訳】

あなたに棄てられた我が身の情けない気持ちが本当に分かっているのであれば、私があなたに連絡もせず冷淡な気持ちでいることにどうしてあなたが文句を言ってくるでしょうか、あなたが私を冷淡だと責める筋合いはありません。私の情けない気持ちを本当には理解しないので、私が冷淡な気持ちでいることをこうも責めるのですね。

※念のため兼通の歌に補いを入れておく。

(我が)身のうさを(汝が)思ひしりぬるものならば、(疎くなりし我の)つらき心を、(内にまかりし汝が)何か恨みん。(汝は、捨てられし我が身の憂さを、思ひ知らねば、疎くなりし我のつらき心を、かくも恨むるぞかし。)


【参考】

〇「『本院侍従集』はどう読めるか」(早稲田大学大学院文学研究科紀要 第67輯 2022年3月 兼築信行氏)

〔穂久邇本〕

  この女、内にまかりければ、いといみじう遠くて、嘆きたまひける。久しうありて、女言ひたりける、

我が身ゆゑ憂しとは思ひ置きながら、つらきは人の心なりけり。(31)

  返し、

身の憂きと思ひ知りぬるものならば、つらき心を何か恨みむ。(32)

〔冷泉家本〕

  この女、内に参りにければ、いといみじと思ひてぞ泣きたまひける。久しくありて、女言ひけるにや。

我が身ゆゑ憂きとは思ひおきながら、つらきは人の心なりけり。(31)

  返し、

身の憂さを思ひ知りぬるものならば、つらき心は何か恨みむ。(32)

 31番歌詞書には、女が内裏に入ったことが記される。女御慶子に伺候するため、あるいは、慶子が内裏へ移徒するのに伴い本院から移ったのであろう。次郎君は、容易く接近できなくなる。「久し」とはどれほど時間を措いたか分からないが、数箇月か。そして女から同情、というよりも、貴方の辛さは自分のせいだと分かっているけれど、貴方も私をしっかり捕らえていなかったと言う、半ば言い訳めいた内容の歌(31)が来て、次郎君は、貴女が本当に私の気持ちを分かっているなら、貴女の仕打ちを恨まないのだがと言う、反語の歌を返す。

※『本院侍従集』は二系統あるが、著者は流布本とされる穂久邇本が古く、冷泉家本はその改変本として比較対象している。なお、実験的に和歌に句読点を付したと断っている。

   

【蛇足】

兼築信行氏の論文で示されている冷泉家本に従って、『本院侍従集』の粗筋を紹介してみたいと思います。今は昔、太政大臣(藤原忠平)の孫で、上達部(藤原師輔)の次男(兼通)の君は、元服前の貴公子で、妹君(安子)は親王妃となって藤壺にいました。親王妃の従妹が内裏に仕えていて、次男の君が求愛いたします。何度か歌の贈答を重ねましたが、女は内裏を出て本院(朱雀天皇女御慶子の里第)へと居を移しました。次男の君は手引きする人を得て思いを遂げ、二人の関係はしばらく続いてゆくのでした。ところが、この女を別の男(兄の伊尹か)が盗み出すという行為に出て、二人は破局します。女から来た歌に次男の君は返歌しないという状態です。この後のやり取りが、【参考】に掲げた部分となります。

  この女が、内裏に参上したので、(次男の君は)とてもつらいと思ってお泣きになった。

  しばらく時間が経過して、女が歌を詠んできたのだろうか。

私の身の上のせいで(そなたが)情けない思いをしているとは胸に刻みながらも、(返事もよこさない)冷淡な態度がそなたの気持ちなのですね。

  (次男の君の)返事は、

(あなたに棄てられた)我が身の情けない気持ちが本当に分かっているのであれば、(私があなたに連絡もせず)冷淡な気持ちでいることにどうして(あなたが)文句を言ってくるでしょうか、(あなたが私を冷淡だと責める筋合いはありません。私の情けない気持ちを本当には理解しないので、私が冷淡な気持ちでいることをこうも責めるのですね。)

その後、この女の友達から次男の君の気持を問いただす歌が来て、何度かやり取りがあるものの、最後に次男の君が兵衛佐になったと記し、今は「堀河中納言」と呼ばれていると藤原兼通のことであると伝えて結末としています。

なお、兼築信行氏は、31の女の歌から「貴方も私をしっかり捕らえていなかったと言う」と交際中の次男の君の愛情が薄かったと捉え、32番の次男の君の歌の後半を「貴女の仕打ちを恨まないのだが」と「恨み」の主語を次男の君としていますが、少々腑に落ちません。31の歌は女が内裏に移ってから、次男の君が歌を送らないことを「つらきは人の心なりけり(=次男の君は薄情だ)」として、したたかに責めて見せていると思われますし、32の歌は「私の冷淡な気持ちをどうしてあなたが恨むのか、恨む筋合いはない」と冷静に応酬したと見るべきものかもしれません。要するに、31と32のやり取りでの「つらき」は、贈答歌の特色でもありますが、どちらも次男の君の女に対する歌を送らない冷淡な態度を言っているはずです。兄の方になびいた後で、関係のあった弟に再度ちょっかいを仕掛けたわけで、さすがに若い次男の君も鼻白んでしまっているように見えます。もてあそばれた恋の終わりに終止符を打つ、なかなか苦い歌と言うのが、兼通の歌のあるべき解釈だろうと思います。

しかしながら、『本院侍従集』からそのまま引用しないで、『続古今集』のように31の歌を伏せられてしまったり、あるいは32の歌を単独で提示された場合には、兼通の歌を本来の意図通りに訳せるか疑問です。果たして、兄に盗み取られた恋人が、かなり時間が経ってから「冷たいのはあなたよ」と、まるで復縁を迫るように恨みがましい歌を送りつけてきたことが感知されるのかどうか。要するに、この女、本院の侍従と呼ばれる宮廷女房ですけれども、明らかに元服前の若い貴公子を翻弄する悪女ですから、焼け木杭(ぼっくい)に火を付けようとする(悪意のある)歌に対して、それを受けている返歌として見るのは、難易度が高いと思われます。


佐々木信綱氏の標註には、「身のうさを云々 我身のうき事を知らば人のつれなきを恨む事はあらじとなり」とありまして、「つらき心」について「人のつれなき」と解しておりまして、「人の」と加えてしまうと、これは「あなたの」と二人称に解する可能性が出てきてしまいまして、そうなると「私はあなたを恨む事はないだろう」という博愛主義の善人の歌になってしまします。ここは無理にでも「人の」を「私の」と一人称で解して、「私がつれないのを(あなたが手紙をくれて)恨み言を言うことはあるまい」と、悪女の魔手を突っぱねる歌として解していたと見ておきたいものです。


『続古今集』の詞書は、「かよひける女、ほどとほくまかりけるをなげきけるに、ほどをへておとづれたりける返事に」とあるわけですが、これを分析いたします。「かよひける女」というのは恋人だったということでいいと思います。「ほどとほくまかりける」というのは恋人が去っていったことを朧化した表現ですけれども、それを「なげきける」とありますので、これは失恋したと見做せるでしょう。「ほどをへておとづれたりける」という「おとづれ」は訪問ではなく、「連絡があった」もしくは「歌を詠んで送ってきた」ということです。それに対する「返事(かへりごと)」でありますから、うっかりすると、去っていった女の態度を「つらきこころ」と表現して、それを男が「なにかうらみん(我は恨むことあらじ)」と優しく許しているという解釈は起きても仕方ないかもしれません。『本院侍従集』の場合、その後二人のやり取りはなく、女の周囲がからかうように男に真意を問いただしておりますから、男は女を拒絶したのであります。そうすると、「つらきこころ」は去った女を追わなかった男の冷淡な態度でありますし、「なにかうらみん(汝は恨むことあらじ)」と今更未練がましく私を責める必要はないと、凛々しく応対したのであります。この解釈が正しいと思います。結論を言えば、うぶな少年は、成長して女の甘言を退ける青年に成長していたということでよろしゅうございますか?


  女狐と 汝の正体 知りにけり 不意の連絡 何か裏ある

  めぎつねと なんぢのしやうたい しりにけり ふいのおとづれ なにかうらある

【訳】まったくの悪女である、女狐である、ゲスの極みであると、そなたの正体はわかったことよ。それ故に、ゆくりもなくよこした急の連絡には、おそらく何か裏があって、私を陥れようとたくらんでいるのだろう。もう二度と連絡してくるなよ。

※よくある話でありますけれども、中学や高校の同級生で、さほど仲が良かったわけでもない人が「逢いたい」などと言ってきた場合には、裏があると考えるのが筋ではないかと思います。選挙で特定の政党や候補者に票をくれとか、ハイリターンの投資話だとか、そういうたぐいの詐欺の類と見ていいのでありましょう。そういえば、転居の届を出したら、「あなたは同窓会の会費を未納です」とか「同窓会の集会をしますが、不参加の場合も半額お金を徴収します」というような連絡が来たことがありまして、すぐに通知をシュレッダーにかけました。同窓会費なんて、払った覚えも払わなかった覚えもないのでありまして、不参加からお金を取るというのもすごい話であります。

それはともかく、話を戻すと、連絡を絶った女が、「あなた冷たいのね」と言ってきたとして、復縁できると思ったら間違いを起こすことでしょう。「吾輩の冷たさを何で今更恨んで見せる」と、若いながらも貴公子は取り合わなかったという歌です。たぶん、足利義尚公は、家庭教師をしている師匠から、『本院侍従集』を紹介されて読んだのでありましょう。読めば、たぶん30分くらいで読了できる短編であります。そして、悪女との縁をスパッと切った歌を、なるほどこんな風に対処するのか、と学習したはずであります。 

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