岩波文庫『百人一首』を読む(82)   道因法師

 82 思ひわびさても命はある物を 憂きにたへぬは涙なりけり


【訳】恋の想いに堪えかねても、それでもつれなく命は永らえているものなのに、つらさに堪えずもろくこぼれるものは涙だったのだなあ。

【出典】千載集・巻十三・恋三・818

   題不知


【解釈の要点】

①「思ひわぶ」というのは、思うことにも倦む、思いあぐむ、思うことにつかれてしまう、気力を失った状態をいうと見られる。万葉集の時代から、巻四646「ますらをの思いわびつつ度まねく嘆く嘆きを負はぬものかも」(大伴駿河麻呂)、巻十五372「塵泥の数にもあらぬ我ゆゑに思ひわぶらむ妹がかなしさ」(中臣宅守)などと詠まれている。65相模の「恨みわび」というのに近い状態をさすと言ってよい。

②命が露のようにはかないものというのは古人にとって通念であっただろう。紀友則は古今集・恋二615「命やは何ぞは露のあだ物を逢ふにし替へば惜しからなくに」と歌った。だから、「思ひわび」る状態が続けば、命までも危ぶまれる。けれども、その命も案外しぶとい。康資王母は、わずっていたのを知らなかったと言った恋人に、「思ひ出でて誰をか人の問はましな憂きに堪へせぬ命なりせば」と、もしもあなたの薄情さに堪えられずに私が死んでしまったら、あなたは誰を見舞ったのでしょうかと嫌みをいう形で、自らの命の「憂き」にも堪えぬいた強さを確かめている。康資王母との先後関係は不明だが、小式部も、しばらくやって来ない人が音信してきたのに対して、千載集・恋四843「思ひ出でて誰をか人の尋ねまし憂きに堪へたる命ならずは」と、似たような発想を詠んだ。「さても命はある物を」と言ったのは、道因の記憶にこれらの歌があったからか。

③新大系『千載和歌集』では参考として、歌仙家集本『貫之集』の「世の中はかなき事を見て 憂けれども生けるはさてもあるものを死ぬるのみこそ悲しかりけれ」の歌を挙げる。

④命はそのように我慢強いのに、涙は「憂き」恋に堪えきれずに、絶えずもろくこぼれ続ける。思いわびて流す涙は、古今集・恋五813「わびはつる時さへものの悲しきはいづこをしのぶ涙なるらむ」(読人不知)と歌われていたが、命と涙の持続力を対比させたところに道因の工夫があったと言ってよいか。下河辺長流の『三奥抄』に「いづれも我ものにして、強弱替りめ有を云たるなり」という。契沖『改観抄』はおおむね『三奥抄』を承けているが、おはりに「詮はうきに堪たる命をつれなく思ふ心なり」と記して、香川景樹『百首異見』に「命をいへるが詮にはあらず。しかいひなせるに、其命さへ悲しきものに聞ゆるのみ」と批判されている。

⑤人目をはばかる恋が露見して立つ噂を意味する「逢ふ名」と「思ひわび絶ゆる命」とを対比させた歌も『太皇太后宮小侍従集』にある。関係者たちが道因と同時代人だから先後関係はやはりわからないが、久我内大臣源雅通の家に二、三日遊びに行き、帰った後に、彼から「はかなきは逢ふ名なりけり夏の日も見る人ありと覚えやはせし」という歌を送られた小侍従が、「思ひわび絶ゆる命もあるものを逢ふ名のみやははかなかるべし」と返している。

⑥道因は和歌に関連する逸話の多い人である。俊成が千載集を撰したのは道因なき後のことだったが、あれほど歌道に精進したのだからと思って、優遇して十八首採ったら、夢に現れて涙を流してお礼を述べたので、俊成はもう二首を加えてやったという話がある。本当かどうかはわからないが、この話を伝える『無名抄』で、鴨長明は「しかるべかりけることにこそ」と書いた。

⑦千載集の二十首の入集歌からは、尾張国に滞在していたことも知られる。都の知人から「都のことは忘れたのか」と言ってきたので、千載集・羇旅521「月見ればまづ都こそ恋しけれ待つらむと思ふ人はなけれど」と返事した。三河国八橋では、『伊勢物語』九段、東下りの主人公を気取ってか、千載集・雑下・誹諧歌1197「八橋のわたりにけふもとまるかなここに住むべきみかはと思へば」と「身かは」と「三河」の掛詞で興じた。誹諧的な作としては、五月五日菖蒲を詠んだ歌として、「泥」と「憂き」の掛詞による千載集・雑下・誹諧歌1182「けふ懸くる袂に根ざせあやめ草うきはわが身にありと知らずや」もある。藤原公実の金葉集・恋上417「蘆根はふ水の上とぞ思ひしをうきはわが身にありけるものを」を意識して詠んだのであろう。

⑧『古事談』第一94話によると、長い在俗時代には、身ぐるみ冠や衣服を奪われて素裸で逃げたこともあった。「雑人」に切られて重傷を負ったこともある。彼の生涯の事跡は島津忠夫『和歌史の研究 和歌編』に詳しい。



【蛇足】

さて、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにして行きたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。

今回は訳に一か所だけ小さな変更がありました。訳のおしまいのところは今回「涙だったのだなあ」とありますが、『必携』では「涙だったよ」と「なりけり」の訳に変更がありました。その趣旨は微妙でよくわかりません。それ以外は學燈社『百人一首必携』執筆時から特に変更の必要がなかったということです。その特徴を見ると、初句の「思ひわび」を「恋の思いに堪えかねても」と言葉を補って恋の歌であることを明確に示してあります。「命はある」を「つれなく命は永らえている」と「つれなく」を補って訳していますが、これは契沖の説と同じ方向の訳になっています。また、四句目「憂きにたへぬは」を「つらさに堪えずもろくこぼれるものは」と「もろくこぼれる」と具体的に補っています。これらによって、「命はつれなく永らえるのに涙はもろくこぼれる」とこの恋の歌を解していると言えるでしょう。

次に、解釈と称する解説の部分では、「思ひわぶ」という表現が万葉集から詠まれていたことを指摘する①は『必携』から受け継がれたものですが、命がはかないと詠んだ紀友則の歌を紹介しつつ、命のしぶとさを詠んだ康資王母や小式部の歌が道因に影響を与えたとする②は今回加筆されたものです。さらに、新大系『千載和歌集』が参考として挙げる紀貫之の歌を紹介する③も今回の加筆です。一方、もろくこぼれる涙を詠んだ歌として古今集の「わびはつる」の歌を提示し、近世注釈書の見解を伝える④は『必携』から受け継がれていますが、『必携』では命を主題とするという契沖と、涙を主題とするという景樹の対立に対して、筆者は景樹のほうに軍配を挙げていましたが、今回はそこを省き、「命と涙の持続力を対比させたところに道因の工夫があった」と加筆していますので、見解が変化したようです。それを裏付けるように⑤では噂と命を対比させる歌を例として挙げていますが、これは今回の加筆です。何か見解が変化する原因があったのでしょうか? 『無名抄』の伝える、俊成の夢枕に出てくる道因の律義さに千載集の入集歌を増やした逸話を紹介する⑤、道因の千載集に入集した歌の中に面白みを主眼とした歌があることを指摘する⑥、在俗時代の道因の逸話のさわりを紹介し、島津忠夫氏の論考を挙げる⑦、これらは今回の書下ろしです。


さて、今回の岩波文庫の内容を見て思ったのですが、ここ何首かの解説で、ちょっと気になることがありました。以下に述べる私の見解は去年の3月ごろのブログにアップしたもので、多少今回の久保田淳氏の解説を踏まえて手直ししますが、要するに一年前に出していたものです。私のほうが先であるということを申し述べておきたいと思います。


道因の歌を改めて眺めて、いい歌だなあなんて思ってしまいました。お坊さんの歌でありますが、女性の歌でも通じまして、別に男性作者の歌であると考える必要もないのでありましょう。道因法師の逸話というのは、『無名抄』がまとめておりまして、注釈書はしばしばそれを引き写していますから、話は重複いたしますが一番面白いのは死後の話であります。道因法師がお年を召してからも和歌への熱中ぶりは群を抜いていたというので、『千載集』に俊成が18首入れてあげたら、夢に現れて感涙にむせびながら道因法師がお礼を言ったというので、俊成さんはもう2首増やしたんだそうです。それにしても、この歌は、やはり動詞が要注意でありまして、「わび」「堪へ」が大問題であります。それから、三句目の「あるものを」は、『百人一首』第65の相模の「恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ」の歌でも出てきましたが、この道因の歌を考えてみても、「ある」は存在するという意味であることは間違いありません。たぶん相模の歌で滑っている注釈は、『百人一首』全体すら検討していないことがばれているわけです。


『千載集』巻第十三・恋三 817番

      題知らず        道因法師

思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり


さて、「思ひわぶ」という動詞を考えるのが筋でありまして、「思い嘆く」とか「弱り切る」とか、ともかく現代語の「詫びる」ではなくて、精神的に参っていることを意味している動詞と言ってよいでしょう。現代語の「わびる」は誰かにごめんなさいと謝罪することを意味する動詞ですが、古典では失恋とか生活苦を嘆く動詞です。その状態でも、命は「堪へ」ているのに、ということで、「あるものを」の「ある」は命が「保たれている・まだ存在している」ことを意味する動詞でありまして、「堪ふる」と置き換えても、解釈は容易なのであります。命は持ちこたえているのに、涙は「堪えぬ」あまりに流れ落ちている、というような対比が眼目なんでしょう。しかし、それだけでは、何だか物足りないわけで、いままで検討してきたことからすると、ここにももうちょっとましな修辞が隠れている可能性があるわけです。「堪へぬ」に「絶えぬ」が掛かってしまうのではないかという説もあるんですが、ハ行とヤ行の下二段動詞の混乱ですから、あんまりよろしくないようであります。


     世の中はかなきを見て

憂けれども 生けるはさても あるものを 死ぬるのみこそ 悲しかりけれ

    (『貫之集』775番)


こんな歌を見付けてしまいまして、どうやらこれがヒントになって出来た歌かも知れません。『貫之集』の巻八にありまして、素性法師がなくなったことを凡河内躬恒と嘆いたあとに出て参りますから、これは「(世の中は)憂けれども、生ける(我ら)はさてもあるものを、死ぬる(素性法師)のみこそ悲しいかりけれ」というような、悲しみの歌なのであります。それを恋の歌に転じたとすれば、なかなかの本歌取りということもできるのであります。道因の歌で対照的な扱いを受けている「命」と「涙」が、もとの紀貫之の歌では「生ける」と「死ぬる」すなわち「生者」と「死者」でありまして、鮮やかな転換が図られているのであります。


つまらない掛詞を紹介するつもりであれこれ考えているうちに、道因の歌に本歌を見付けてしまいました。貫之の歌が本歌だなんて、すごくおしゃれでありまして、これもまた大手柄かも知れません。(と悦に入ったのは去年2024年のことで、久保田淳氏は岩波の新日本古典大系の『千載集』が参考歌に挙げていると、今回加筆しています)。


思ひわび さても命は あるものを 消ゆる涙は 悲しかりけり(粗忽謹製)

思ひわび さても命は あるものを 乾かぬ袖は 露けかりけり(粗忽謹製)


なお、『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』(風間書房1979年)の著者桑田明氏は「涙なりけり」の歌の分析によって、悲嘆に流れやすい内容を、おかしみに転じているのだという指摘をしていて、この指摘が案外的を射ている気がいたします。要するに、内面を正直に詠んでみても、それがうまく伝わるかというと必ずしも伝わらない可能性は高いことでしょう。本来対比的な存在ではない「命」と「涙」を対比したことで、そこに滑稽味が加わっているというわけです。「命」は持ちこたえているのに、「涙」のほうは情けなくも持ちこたえられずに溢れてしまう、というような知的な発見が、悲嘆に暮れている状況を客観的に観察しているわけで、確かにそういう意識があったりすることを感じさせます。


以前取り上げた北原白秋の評釈を見ると、「弱い心を持つた男の恋の未練をはかなく哀れに歌つたもの」という一節が非常に目立ちます。否定的なのかと思うと、その後に「調子は相当に整つてゐるが、強さが足りないのが惜しい。これだけの心持ちがあれば、もつと読者の胸に迫る筈」と、まるで道因の師匠か、あるいは弟子のような悔しがり方で、歌の内容には満足しているものの、もうちょっと男らしい歌だとよかったかのような言い方で、これまでの評釈のあり方からすると、相当踏み込んでいるのが、興味深いと思いました。実はとても納得の一首だったのかもしれません。要するに、激情をそのまま詠まずに、ひと工夫して「命」と「涙」を対比したことが、白秋の琴線に触れたと考えられるでしょう。道因法師の工夫が功を奏し、白秋の密通の罪を問われたときの内面に、かなり迫るものがあったと推定できます。ただ、「男の恋の未練」と白秋は決め付けていますが、平安時代の歌壇に属していた道因の作る歌ですから、詠作主体を男に限ることもないと思います。女性の歌ならめめしくていい、というような発想は近ごろは禁句ですが、現代のめめしい男性なら、これはこれで充分共感を得ることでしょう。実は、めめしい気持を牢につながれて存分に味わった白秋は、この歌の裏にある激情が気に入ったのだと思います。


思ひわび かくも道因 めめしくて 憂きに堪へぬは 白秋なりけり(粗忽)


以上が2024年3月にしたためたブログの内容ですが、命と涙の対比を滑稽な味わいと見るというアイデアは桑田明氏の著作にあったものですが、「あるものを」という表現に着目すると、そのことはより明白になるわけで、紀貫之の歌を本歌というか影響歌と考えたのも「あるものを」という語句を調べた結果導き出したものでした。つまり、去年まで桑田明氏の見解は顧みられていなかったのでありまして、今後は「あるものを」という表現も含めて、命と涙の対比、紀貫之の歌からの影響という視点は定番となるのかもしれません。このブログもすでにひそかに影響をどこかに与えているのかと思ったり致します。まあ、気のせいでしょうけれど(笑)。草が生えました。www

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