岩波文庫『百人一首』を読む(80) 待賢門院堀河

80 長からん心も知らず黒髪の みだれて今朝は物をこそ思へ  待賢門院堀河


【訳】あなたの愛情が長続きするかどうか、わかりかねます。丈なす黒髪も寝乱れ、心も千々に乱れて、あなたとお逢いしたのちの今朝、わたしは物思いに沈んでいます。

【出典】千載集・巻十三・恋三・802

   (百首歌たてまつりける時、恋の心をよめる)


【解釈の要点】

①詞書にいう「百首歌」は、これも崇徳院に詠進した『久安百首』である。

②「長からん心」とは、長続きするであろう愛情のこと、「心長さ」とも言われる。気が長いのではない。愛情の持続することを意味する。源是茂は平中興の娘に、あなたの心は私から他の人に移ったのですねと言われて、後撰集・恋四842「君を思ふ心長さは秋の夜にいづれまさるとそらに知らなん」と返歌した。源氏物語・浮舟の巻で、中の君はいつまでもなき大君を忘れない薫のことを「昔を忘れぬ心長さの、なごりさへ浅からぬためしなめれ」と感じ入っている。相手の愛情の長続きすることを願うのが恋する人間の願いであろう。そのような保証がないままに逢い、許してしまったので、その翌朝である「今朝」は、寝乱れた黒髪さながら、心も思い悩み、乱れに乱れているのである。後朝の恋という状況を歌ったもの。

③王朝の女の生命とさえ見られる長い黒髪は、乱れやすい。和泉式部も、後拾遺集・恋三755「黒髪のみだれも知らずうちふせばまづかきやりし人ぞ恋しき」と歌っている。下河辺長流の『三奥抄』の頭書は、紀貫之の拾遺集・恋一669「朝な朝なけづればつもる落髪の乱れて物を思ふころかな」を引き、契沖の『改観抄』では、この歌を取って堀河は詠んだのだとする。「長からん」「みだれて」はともに「黒髪」の縁語。うねる黒髪の眼前に浮かぶような歌である。

④『待賢門院堀河集』は自撰家集かと考えられている。『久安百首』も41首抄出しているが、この歌は採られていない。この歌と同じく「黒髪」「みだれ」の語を含み、「枕の下のきりぎりす」という題で後朝の恋めいた雰囲気を詠んだ「黒髪の別れを惜しみきりぎりす枕の下にみだれ鳴くかな」という歌がある。

⑤堀河と西行はすぐに心が通じ合える、ごく親しい異性の友だったと思う。その内に参上しますと言いながら、月の美しい頃、西行が通り過ぎたと聞いた堀河は、「西へ行くしるべと頼む月影の空頼めこそかひなかりけれ」と言い送ってきた。そこで西行は、「さし入らで雲路をよきし月影は待たぬ心ぞ空に見えける」と返歌した。『山家集』にある二人のやり取りは、歌句を変えて新古今集・釈教1975・1976に載っている。『山家心中集』にある「ほりかはのつぼねのもとよりいひつかはしたりし この世にてかたらひをかむほととぎすしでのやまぢのしるべともなれ かへし ほととぎすなくなくこそはかたらはめしでのやまぢに君しかからば」という贈答歌が、真面目な心で詠まれた二人の思いだったのであろう。

⑥平清盛を主人公にしたテレビの歴史ドラマで、あるじ待賢門院の傍で堀河局が歌を披露し、庭上に侍している兵衛尉佐藤義清がその字句を「このように直されては」と言上する、そして後代の人の口にも膾炙する「長からん心も知らず」の歌が作られたと展開した。この設定は成り立たない。この歌は久安六年(1150)に崇徳院に詠進された百首歌の一首である。佐藤義清が出家して西行(円位)となったのは、保延六年(1140)23歳の時、久安六年に武士として伺候するわけがない。待賢門院は永治二年(1142)に落飾し、その際堀河も尼になったとされている。

⑦堀河の年齢や生没年はわからない。彼女の妹の上西門院兵衛については、西行の『聞書集』の記事から、治承四年(1180)から文治元年(1185)の源平争乱の頃死亡したと知られる。彼女らの父、村上源氏の神祇伯顕仲は、保延四年(1138)に没したが、『公卿補任』は享年を81と75の二通り挙げているので、彼の生年を決められない。


【蛇足】

さて、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにして行きたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。

今回は訳に変更がありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に変更の必要がなかったということです。その特徴を見ると、詠作主体を女性と見て、丁寧語を加えて訳しています。また、この歌を二句切れの歌として解釈し、初句と二句はわかりやすく意訳しています。三句目の「みだれて」を、景としては「丈なす黒髪も寝みだれ」、情としては「心も千々に乱れて」と二重に解釈し、「今朝」については「あなたとお逢いしたのちの今朝」と言葉を補って具体化してあります。さらに、五句目の「こそ~已然形」の係り結びは、強調表現と見ていて、逆接の確定条件節という処理はしておりませんから、著者は倒置法の歌とは見ていないことが明らかです。著者の補いなどを参考にして、元の歌を分かりやすくすると、つぎのようになることでしょう。

  長からん(やいなや)(汝の)心も(いさ)知らず。(長き我が)黒髪の(寝)乱れて、

  (我が心も)乱れて、(汝に逢ひし後の)今朝は、(我は)物をこそ思へ。

次に、解釈と称する解説の部分では、出典が『永久百首』であることを指摘する①は今回追加されたものです。初句から二句目にかけての「長からん心」を「心長さ」という表現のバリエーションとして解説しつつ、将来に渡る愛情の保証のないまま逢瀬をした後朝の歌であると指摘する②、三句目の「黒髪の」について和泉式部の歌や近世注釈書が本歌とする紀貫之の歌などを引用する③、これらは『必携』からほぼ受け継がれたものです。これらに対して、自撰家集にこの歌が漏れているものの、類想の歌があることを考証する④、堀河と西行の間に親交があったことを二組の贈答歌で紹介する⑤、テレビドラマで出家前の佐藤義清が堀河のこの歌を添削するという演出があったが、それは史実ではないことを考証する⑥、堀河やその妹、ならびにその父顕仲の年齢の推定が困難であることを説明する⑦、これらは今回書き下ろされたものです。著者には西行に関する著作もありますので、堀河との関係などは傾聴に値するものです。


著者は「今朝」については「あなたとお逢いしたのちの今朝」と言葉を補って具体化してありますから、初めての逢瀬であると見たようです。前に取り上げた北原白秋の評釈でも、句意のところで、「即ち昨夜はじめて男と逢つたが」としていますが、『千載集』巻第十三・恋三 801番の詞書を見ると、「百首の歌奉りける時、恋の歌を詠める」とあって、初めての逢瀬かどうかは明らかではありません。白秋などのように考える古注釈もありますので、享受する側の好みの問題になるようです。以前取り上げた桑田明氏の場合も、やはり「はじめての逢瀬」としています。なお、著者は指摘していませんが、『久安百首』では、初句は「長からぬ」とあって、やはり修正もしくは添削の跡が知られています。


『千載集』巻第十三・恋三 802番

     百首の歌奉りける時、恋の歌を詠める     待賢門院堀河

長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ


割と有名な女流歌人なんですけれども、これと言ったエピソードが浮かばないのであります。久保田淳氏が西行との親交を紹介しているのは、非常にありがたいことです。歌の方は、和泉式部の歌と似たところがありまして、本歌取りかも知れませんが、近代歌人の与謝野晶子の有名な歌にも通じるところがありまして、女性の命とも言うべき黒髪の歌としては、手堅くまとまっている感じであります。ただし、縁語の処理と言いますか、修辞技巧を裁くことが出来ないと、実は意味不明でもありますね。今ちらっと注釈書の一つを見たら、いろんな説があるとありまして、なかなか手強いのだそうであります。簡単にしてしまうと、「汝の長き心も我は知らず、乱れて今朝は物を思ふ」ということではないでしょうか。「黒髪の」という一語が入ると、いきなり官能的な歌になるのであります。「長き黒髪が、乱れに乱れて」というような映像が浮かんでしまいますね。こう言うのを、縁語と称するんであります。

  黒髪の 乱れも知らず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき

       (『後拾遺集』巻第十三・恋三 755番 和泉式部)

  長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ

       (『百人一首』第80番・待賢門院堀河)

  黒髪の 千すぢの髪の みだれ髪 かつおもひみだれ おもひみだるる

       (与謝野晶子『みだれ髪』)

手許にある、与謝野晶子歌集を見ましたら、「千すぢの髪の」という歌は漏れておりました。これは与謝野晶子さんの自撰歌集らしいのですが、選りすぐりには漏れたということでしょうけれど、一瞬ひやりといたしました。堀河の歌も自撰家集から漏れているそうですから、それぞれに何かいわくがあることでしょう。近代の短歌を熱心に読んだことが無いので、またまた新しい課題が見えて参りましたね。時代的には、和泉式部が最も古くて、堀河の歌がありまして、700年くらい後に与謝野晶子さんの歌が出て参ります。堀河という人は、鳥羽院の后で有名な待賢門院に仕えた女房でありますが、白河院に詠んだ歌を取られてしまった話と、妹と連歌を交わした話があるだけで、説話の盛んな時代に生きた人なんですが、私生活で話題を振りまくことはなかったようであります。「長からむ」の歌も、相手は永遠の愛を誓っているわけで、それなのに夜が明けると不安になって物を思うというのですから、典型的な恋愛の症状でありまして、恋が成就したからと言って、安心安全、お気楽になるわけではないという普遍の真理を詠んだわけです。ただ、これを二句切れとすると、微妙に揺らぎますね。相手の愛情を疑う表現にもなるわけです。「今朝は乱れて」いるんですけれども、「昨夜は乱れず」相手を信じていたのでありましょう。はたしてそうなのか、にわかに判断の付かない問題であるような気がいたします。


さて、このところますますへそ曲がりの度が嵩じておりますので、思いのたけを記してみることにいたしましょう。まとまるかどうか分かりません。「まとまらむ心も知らず」というようなことです。この歌は、千載集では恋の三に入っていまして、どうも「初逢恋」などではなく、恋の相当進行した状況だと撰者は考えていた節があります。千載集の撰者はもちろん藤原俊成ですが、千載集の選進を定家が手助けしたのは有名な話であります。


堀河の歌は『久安百首』の歌でありますが、崇徳院や顕輔の歌と同じで、改作の跡があるということが指摘されています。初句が「長からぬ」なんだそうで、これだと恋の先行きはいきなり不透明ということになりますから、下の句で「乱れて今朝は物をこそ思へ」と悩むのが当然の展開となります。『久安百首』には深く藤原俊成が関わったので、こうした改作は俊成が関与した可能性は高いのでありましょう。ついでに、余計なことを言うと「黒髪の」の「の」を比喩の用法として「のように」と訳す向きもあるんですが、注釈者によってはこの「の」を主格で「が」としっかり訳しまして「黒髪が乱れているように」と下に「ように」を補ったりいたします。上に示したように、「黒髪が乱れに乱れて」と訳しておいて、あとは「ように」という比喩を表す表現を補わずに済ますという手もある事でしょう。


  行く末の 心も知らず 黒髪を 乱して今朝は 物をしぞ思ふ(粗忽)


分かりやすくするとこんなことかもしれませんが、堀河の歌は、本当にこんなことを言いたいのか、何とも自信がありません。ひょっとしてなんでありますが、「長からむ心」と言うのが、恋の相手のことなんかじゃなかったらどうなんでしょう。「(恋の相手に対する)長からむ心も(我はいさ)知らず」ということで、不本意な相手と一晩明かした後で、この恋を始末する方法を探っている歌だとしたら、それでも成立しそうでありますね。そうすると、『久安百首』の最初の形が、「長からぬ心も知らず」だったことの意味が分かるんじゃないでしょうか。「長からぬ心」というのは、自分のことを正直に言っているとしたら、解釈がまるで従来とは違って来るんであります。


相手に対して永遠の愛を誓うような気持なんて私は気にしていなくて、それなのに共寝して(二人の)黒髪が乱れて、今朝は「どうしよう、本気でもなかったのに」と物思いをすることだ。(粗忽謹訳)

  添ひ遂ぐる 心もあらず 黒髪は 乱れて今朝の 物思ひかな(粗忽)


相手の気持ちが分かるとか、相手の気持ちを知りたい、というのはなるほど少年少女の恋愛なら納得なんですが、さていい大人になって、相手の気持ちをあれこれ考慮して恋愛するのかどうか。それよりも自分の気持ちをつらつら考えて、自分は相手に対してどういう気持ちでいるのか、今後どんな気持ちを持つのか、と言う点に注目することもあるのではないかと思います。深い気持ちもなく事に及んで、案外愛が芽生えそうというような大人の恋の歌を想定するのは無謀なんでありましょうか? つまり、上の句は自分の気持ちを理解不能だと述べている可能性があると思います。


人はいさ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ(粗忽謹製、貫之風)

みづからの 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ(粗忽謹製、臍曲風)


実は、一晩寝まして、ふとこの待賢門院堀河の歌に対する取り組み方が、自分としては淡白過ぎて、気になったのであります。紀貫之の「人はいさ」の歌に関しては、実は二句切れ説をくつがえして、「故里は」のところに「旧る」を掛けているのではないかということを思いついて提示したのを、うっかり忘れておりました。だとすると、通説に従って二句切れだというような説に、うっかり与していては駄目ではないかと反省いたしました。とは言っても、何も思いつきませんので、念のため、待賢門院堀河の五句目の「こそ~已然形」という係り結びに着目して、少し悪あがきをしてみたいと思います。「こそ~已然形」は文末では係り結びという語法ですが、文中にあると逆接確定条件という表現になりますので、待賢門院堀河の歌を、倒置させて確認いたします。それに少々、手を加えて参ります。


黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ(ど、)長からむ 心も知らず。(倒置を修正)

黒髪の 乱れて今朝は 眺むれど いさ長からむ 心も知らず(倒置を修正し五七五七七に調整)


黒髪が乱れているように今朝の私はあなたとの関係について物思いにふけるけれど、私の黒髪が長いようには、あなたとの末長い関係を望む気持などあるのかないのか、さあどうだか自分でもよく分かりません。何だか申し訳ないわ。(修正粗忽版の解釈)


こうしてみると、「黒髪の」という枕詞が「乱れて」「長から」を導いていることになりまして、「長からむ心」が恋の相手の気持というよりも、詠作主体の気持を表現している方が素直な解釈になることでしょう。だとすれば、もともと待賢門院堀河の初・二句「長からむ心もしらず」という表現は相手の気持ちではなくて、自分の気持を言っている可能性が高いのかもしれません。「こそ~已然形」は前提条件でありまして、詠作主体の訴えたいのは「長からむ心も知らず」の方でありまして、もしかすると大人の恋、すなわち互いに不倫であったら、これは「この恋を続けようという気長な気持も互いに分からない」という解釈に落ち着くかも知れません。もちろん、「あなたに私との関係を末長く続けようという気持ちがあるかどうかも分かりません」という解釈でも、別に構わないのであります。


黒髪の 乱れて今朝は 眺むれど かたみに長き 心も知らず(粗忽謹製)

  ※「かたみに」は、お互いに、という意。


従来の注釈は、倒置法に対する見当が甘いというか、まったく考慮に入れないようなので、こちらもぼんやりと対処してしまいがちですが、「こそ~已然形」のような語法が使われているのに、そこは検討しないでやり過ごしてあるというのは、非常に不思議なことかもしれません。近年出た本で文法的な側面を強調するものも、この点には何も触れていませんので、やはり100首もの歌を扱うというのは、根気が必要で、その根気が継続できなくなるということは生じるということなのであります。


さて、ここまで書いて昼寝を致しましたが、何だか眠りに落ちないのでありまして、気になることがあるのに、それに蓋をして稿を閉じようとしていることに気が付きました。桑田明氏が分厚い著書で指摘していたように、待賢門院堀河の歌の二句目の末尾「ず」を巡って諸註は議論百出であります。終止形なのか連用形なのか、順接で下の句に続くのか、はたまた逆接なのか、みんなここで迷っておりまして、いかにも単純な歌なのに解決が付かないということは、誰もが見落としていることがあるということです。この待賢門院堀河の歌を、桑田明氏は紀貫之の「人はいさ」の歌を手掛かりにして解読したのでありますが、実はその歌の三句目「故里は」のところに掛詞があると私は指摘しまして、得意げにそれを披露いたしました。実は、桑田明氏が分析したものをみると、「心もしらず」の二句切れの歌は少なくて、せいぜい紀貫之の「人はいさ」の歌がある程度なのです。だったら、紀貫之の歌も二句切れではないのだと考えた延長上で、待賢門院堀河の歌の「ず」も連用形で、「黒髪の」に掛詞があると考えるのが筋というものではないかと思い至りました。そこで昼寝が覚めてしまったというわけです。では、「黒髪の」に存在する掛詞は何かと考えると、これはもう、カ変動詞「来(く)」の終止形である「来(く)」しか考えようがないのであります。ただ、この掛詞を認めると、久安百首の初案「長からぬ」がますます妥当性を帯びるように感じるのは、私の思い込みでしょうか? それとも、作者の堀河はこういう歌を詠んだのでありましょうか?


  長からむ 心も知らず(汝は来。)黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ  


黒髪が乱れているように今朝の私はあなたとの関係について物思いにふけるけれど、私の黒髪が長いようには、あなたとの末長い関係を望む気持などあるのかないのか、さあどうだか自分でもよく分かりませんが、あなたはせっせと通っていらっしゃる。昨晩もいそいそと人目を避けておいでになりましたね。ああ、何だか申し訳ないわ。(粗忽の新解釈)


こっちのほうが大人の不倫の匂いがして数段面白いのではないでしょうか。こんな歌なら、その恋が終わった後では自撰家集には見たくもなく、思い出したくもないはずで、入れないという選択しかないことでしょう。ともかく、『百人一首』を使っての遊びも、残すところ五分の一、よくぞここまでやってこれました。

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