岩波文庫『百人一首』を読む(29) 凡河内躬恒
29 心あてに折らばや折らん初霜の おきまどはせる白菊の花 凡河内躬恒
【訳】当て推量に折ったら折れるだろうか。初霜が真白に置いて、いかにもまぎらわしくしている白菊の花を。
【出典】古今集・巻五・秋下・277
白菊の花をよめる
【解釈の要点】
①「心あてに」という句で始まる歌には、後撰集・冬「心あてに見ばこそ分かめ白雪のいづれか花の散るにたがへる」(487読人不知)、源氏物語・夕顔「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」(夕顔の女君)などの例がある。源氏物語の歌は躬恒のこの作によったものか。
②「おきまどはせる」は「おきまよはせる」と言ってもよく、「初霜が置いて、折ろうとする私を迷わせている白菊の花」の意である。
③内閣文庫本『躬恒集』は、古今集のと同じく詞書が「白菊の花をよめる」とある。
④『岩波古語辞典』の「きく【菊】」の項は、「薬用・鑑賞用の菊は奈良時代末か平安時代初期に大陸より輸入されたという。万葉集に菊は詠まれていない」と解説し、「この頃の時雨の雨に菊の花散りぞしぬべきあたら其の香を」の歌を『類聚国史』延暦十六年(797)十月十一日条から引く。『日本紀略』も同日曲宴で桓武天皇が詠じた歌という。延喜十三年(913)十月十三日には『内裏歌合』が催され、躬恒は「菊の花濃きも薄きも今までに霜のおかずは色をみましや」など三首の菊の歌を詠んでいる。「濃きも薄きも」というのは、霜が置いて白菊が紫がかってくることを詠んだのであろう。拾遺集・雑秋1120「かの見ゆる池辺に立てるそが菊の茂みさ枝の色のてこらさ」の「そが菊」は、俊頼髄脳によれば黄色の「一本菊」というが、和歌では降霜によって紫になる白菊が喜ばれた。
⑤躬恒の歌は『和漢朗詠集』に採られているが、この集には「霜蓬老賢三分白、露菊新花一半黄」(白楽天)、「蘭蕙苑嵐摧紫後 蓬莱洞月照霜中」(菅原文時)などがある。「露菊」は黄菊か白菊かはっきりしないが、文時の菊は白菊であろう。後拾遺集・秋下「朝まだき八重咲く菊の九重に見ゆるは霜のおけばなりけり」(351藤原長房)、「紫にうつろひにしをおく霜のなほ白菊と見するなりけり」(358源資綱)と歌われている。資綱の詠は残菊の題を詠じたもの。藤原基俊は元永元年(1118)十月『内大臣家歌合』残菊で「今朝見ればさながら霜をいただきて翁さびゆく白菊の花」(千載集・秋下346)と詠み、自讃している。これは、藤原実頼「菊是孤叢臣。数代戴霜。 共立玉欄前」(新撰朗詠集・菊)による。
⑥『古今著聞集』第八好色には、藤原敦兼が美声で「ませの内なる白菊も うつろふ見るこそあはれなれ われらが通ひて見し人も かくしつつこそ離れにしか」という今様を唱って、妻の愛情を取り戻した話がある。これは良暹が詠んだ「白菊のうつろひゆくぞあはれなるかくしつつこそ人もかれしか」(後拾遺集・秋下355)を今様としたものである。
⑦正岡子規は、「五たび歌よみに与ふる書」で躬恒のこの歌を「一文半文のねうちも無之駄歌に御座候」とけなし、大伴家持の「かささぎの渡せる橋に」の歌と較べて、「躬恒のは瑣細な事をやたらに仰山に述べたのみなれば無趣味なれども、家持のは全くない事を空想で現はして見せたる故面白く被感候」と評した。鴨長明『無名抄』の祐盛の「大身を現ずれば虚空にせはだかり、小身を現ずれば芥子の中にありといへりけるが、いみじき和歌の風情にて侍なり」の言葉を呈したい。
【蛇足】
さて今回も、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。省略したところもありますので、ご注意願います。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにして行きたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。
今回は、訳に変更はありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に解釈に変更を加える必要はなかったということのようです。その特徴を見ると、「心あてに」という初句を他の注釈書と同じように「当て推量に」と訳し、「折らん」の「ん」を可能の意味で訳しています。また、三句目四句目の「初霜のおきまどはせる」を「初霜が真白に置いて、いかにもまぎらわしくしている」と釈しまして、「おきまどはせ」を「おきてまどはせる」と解していることが分かります。つまり、初霜のせいで白菊の花がどこにあるか分からなくなり、詠作主体は当て推量でその菊を折ろうとしているという解釈を施していると見てよろしいかと思います。そうした解釈を、明治時代の正岡子規は、非常に毛嫌いして大げさであると一蹴したのでありましょう。
解釈と称する解説部分では、「心あてに」の句で始まる歌を紹介する①、「おきまどはせる」の解説をする②が『必携』から受け継がれたものです。また、和漢朗詠集や新撰朗詠集の漢詩句を指摘する⑤も『必携』から存した記事ですが、『必携』においては菊に関する歌が、霜と取り合わされるときは残菊を歌う傾向が強まったと、歌の詠みぶりの変遷を述べていましたが、今回はそこを削っております。『必携』では、結びの言葉として「菊は時代が下るにつれて人間くさくなってくる」とありましたが、躬恒の歌の評から逸れるので割愛されたのでしょう。③④は白菊に関する考証にかかわるもの、⑥は説話集から残菊に関する逸話と、そのもとになった和歌の指摘、そして⑦は正岡子規のこの歌に対する批判を紹介したものですが、新たに書き加えられています。⑦の祐盛の言葉は和歌的な表現の面白さを強調したもののようですから、著者の久保田淳氏は正岡子規に対して異を唱えているものと察せられます。
和歌と言うのは、その歌を何度も繰り返し唱えるという鑑賞もあるはずで、その結果、倒置されていた表現が反転しまして、倒置されていたことによって分かりにくかった主語・述語の関係や、修飾・被修飾の関係が明白になり、詠み手の意図したと思われる表現のからくりが感得されることもあると思われるのですが、従来の解釈では、倒置を認めないために、詠み手の意図を誤解する節があったように思うのです。
著者が引用した和歌は今回も多数に及びますが、まず源氏物語・夕顔の歌に関して言えば、この歌は源氏物語の注釈上誤読されております。末句の「夕顔の花」は、あたりまえの事ですが五条の女を指すはずなのに、なぜか岩波や小学館の頭注などはこれを光源氏を指すとして譲りません。そうした誤りを正して解釈することで、躬恒の歌に関しても違う解釈の可能性が見えて来るのではないかと思います。現在では、「心あてに」を「当て推量で」とする従来の解釈を修正する見解も出てきておりますし、私見ではありますが、「置きまどはせる」の部分は、初霜が白菊に作用するだけで人の目を紛れさせるというような意味はないように思われます。
この躬恒の歌の問題点は、「まどはせ」という動詞が補助動詞のはずなのに、そうではなく「置く」という自動詞と切り離して「見分けをつかせなくする」という意味にとるところと、もう一つ、躬恒の歌が倒置法であることに気付かず、下三句を上二句の当て推量に折り取ろうとする理由を述べたものとするところです。白菊が他と区別できないと注釈されてしまいます。ともかく、分かりやすくするために、四段活用動詞の「まどわす」の已然形である「まどはせ」を省いて、完了存続の助動詞「り」の連体形である「る」を、同じ意味の助動詞「たり」の連体形「たる」に置き換えてみたいと思います。さらに、倒置法を汲んで、上下を逆転して、間に格助詞の「を」を補い、さらにさらに、語順を少々直してみると、次のようになるでしょう。
初霜の置きたる白菊の花を、折らばや、心あてに折らむ。(粗忽の改造)
躬恒が言いたいのはこういう内容でありますから、著者の久保田淳氏の訳からこの表現に即するところだけを抜き出すと、次のようになります。
(上の訳)初霜が真白に置いている白菊の花を、当て推量に折ったら折れるだろうか。
この結果、訳から脱落するのは、「(初霜が)いかにも紛らわしくしている(白菊の花)」という擬人化の表現でありまして、これだと主題は初霜の作為であり、それに翻弄される人の視覚の混乱の面白さになるんじゃないでしょうか。
ちなみに、「心あて」は、辞書などでも「当て推量」として解説しこの歌を掲げるのが普通ですが、現代語と同じように、「かねてからの目的」「前からの意向」、あるいは「期待」でいいのじゃないかと思います。ちなみに、徳原茂実氏の『百人一首の研究』(和泉書院2015年刊)では、従来の解釈に異を唱えて、「よく注意して」「慎重に」という解釈を提示しています(しかしながら、私からみるとこれも少々ずれた解釈です)。それから、「まどはす」は、あくまで補助動詞で、「初霜の置きまどはせる白菊の花」というのは、「白菊を惑わすように初霜が降りる」ということで、それは「白菊を枯れさせかねないように初霜が降りる」あるいは「白菊を変色させかねないように初霜が降りる」ではないかと、提案しておきます。
さて、躬恒の歌を考える時に役立つ歌が二首ありまして、それらを示しながら、最終的には「まどはす」の内容を考えてみたいと思います。これらは、以前取り上げた桑田明氏なども引用しておりますから、ある意味必須の参考歌と言えるでしょう。
散りぬれば 恋ふれどしるし なき物を けふこそ桜 折らば折りてめ
(『古今集』巻第二・春上 64番 詠み人知らず「題しらず」)
一目瞭然の歌ですね。桜が好きで桜を独占しようという歌です。そして、おそらくは桜が意中の女性の比喩になっております。散る前に折るぞというわけで、じゃあ折って何するの?って言ったら、好きな人に折った桜とこの歌を届けるんですね。そうすると、季節の歌ではありますが、いきなり恋の歌になりまして、今夜は君を離さないというような、恋愛宣言になるわけです。花が駄目になる前に手折るということは、旬の時期を逃さないということでもありますから、恋の相手はいま妙齢で美しいと言う賞讃でもあります。躬恒の歌が、この桜の歌と同じ趣旨であることを否定する人はよもやいないと思います。この歌が躬恒の歌の理解に必須であることは、『新版百人一首』(島津忠夫さん)の指摘によって知りました。これによって、躬恒の歌の二句目の解釈は確定しますよね。「折るなら折ろう」と決意を表明していることになるでしょう。恋愛の贈答歌の習慣を前提にしないと、何のために折るのかぼやけます。
心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花
(『源氏物語』夕顔巻・夕顔の女房?)
これは、どう見ても躬恒の歌を下敷きにして読んだ歌でありまして、そのことは小学館の日本古典文学全集(新編)などでも、当然の如く指摘してあります。初句、三句、末句の配置がまったく同じで、「初霜」を「白露」に、「白菊の花」を「夕顔の花」にしてあるわけです。ある意味お手軽な挨拶の歌として夕顔という女性の登場を演出しているわけでありまして、もちろん夕顔の花が新登場の女性である夕顔を暗に指すのであります。
しかし、ぎょっとしたのは、注釈書の解釈が間違っているようなのでありまして、……そんなことあるかいな、と思いながら苦笑いする次第ですね。あきれてしまいます。この歌は、もちろん二句切れ倒置法ですから、繰り返し詠むと上下が反転するはずで、そうすると、
白露の 光そへたる 夕顔の花(を)心あてに それかとぞ見る
となりますよね。夕顔の花は、「夕顔」とあだ名される女性の比喩なら、「見る」の主体は光源氏になるわけで、出会いの場面に重なります。病気の乳母を見舞いに来た光源氏が、五条に住む女性に目を付けるところですが、女の家から扇が送られて、そこに書いてあった歌であります。だから、「見る」は「(源氏の君が)ご覧になる」ということで、「夕顔の花をご覧になる」と考えるといいわけです。
実は注釈書はそうなっていませんが、『源氏物語湖月抄』からして違うから、ため息が出て参ります。『源氏物語』の関係者の方、この歌の解釈、間違ってますからね。直しておいて下さいね(笑)。「初霜の置きまどはせる白菊の花」(を)「心当てに折らばや折らむ」を参考にみたら、倒置を修正するだけで解釈が出来るんです。簡単なのに、倒置しているのを元に戻すことすらしておりません。『源氏物語』注釈書の誤読のありさまは、各自ご確認ください。
さて、仕上げは、「置きまどはせる」の解釈でございます。主語は「初霜」、「惑わす」の対象は白菊の花でありまして、けっして人ではあるまい、と思うのです。初霜が白菊の花を惑わすように降りる、というだけなんですね。
確認しますと、「霜が置く」というのは単なる自然現象であります。「置く」は普通は他動詞ですが、「霜が降りる」場合には自動詞扱いのはずです。「まどはす」に「り」という助動詞が付くと「まどはせり」となりまして、「惑わしている」「惑わした」という意味なんですね。現代語のままの感覚を持ち込むと、「置きまどはせる」と言うのが、まるで人を惑わしているかのように感じられるんでしょうが、ここは人は関係ないんですよ。よろしいですか、勝手に何かが人をまどわそうとしていると決めつけないことが、大切です。これは「初霜が置いて惑わした白菊の花」と言っているだけで、自然現象を巧みに表現しているだけです。さらに、ここには第三者である人は関係しないのであります。あくまで「霜が菊に作用した」だけです。
「人を惑わせる」も「人を惑わす」も間違いってことでよろしいでしょうか。あくまでも、「初霜が惑わすように白菊に降りる」ということで、これも擬人法だと言えば言えますが、「白菊が枯れる・変色するように初霜が降りる」のはずなんです。
あくまでも、初霜が降りた時に、白菊の花に何らかの乱れが生じたんですね。人が、霜と菊が区別が付かないなどという錯乱状態を語るものではありません。霜と菊が区別が付かなかったら、折り取るのは無理ですから、眼科に駆け込んで下さいね。そこのところ、常識を働かせてしっかり受け止めてください。普通に考えたら、霜に当たってしおれるとか、茶色く変色するんですよ。霜枯れするかもと、今後のことを心配してはらはらしているんですね。さあ、それでも大変なことなんです。きれいだと思っていたら、白菊が駄目になりそうですから、「心あてに折らばや折らん」という、大慌てになるんではないでしょうか。だから、かねての目的に沿って、これを折って女性に贈るんです。
さて、さて、大変なことになりました。大手柄とふざけるどころではない。これは、これは瓢箪から駒が出て参りました。
つまり、女性を白菊の花にたとえます。霜が置くというのは時間の推移、忍び寄る老いという物でもよく、他の男が求愛する比喩と考えてもいいでありましょう。初霜が菊にまどわすように置いた以上、すぐに折り取らねばならないように、一刻の猶予もなく、かねての心当たりに従って、いざいざ彼女の住む邸内に忍び込み、あわよくば愛する人の寝室へと参上つかまつろうというような歌なのではありませんかね。盛りの菊のように、美しい彼女ということが前提であります。ここにあるのは、初霜が置くように、私が共寝つかまつりたい、というような緊迫した状況でありますね。
『古今集』の春の歌と、『源氏物語』夕顔巻の歌で解決してしまいそうであります。というか、解決いたしました。ついでに、『源氏物語』の有名な歌の解釈まで、誤謬訂正に力を貸しましたぞ。まあ、へそ曲がりな私の何かの勘違いには違いありませんから、ご意見頂戴するまでもありません。
276 秋の菊 にほふかぎりは かざしてむ 花より先と 知らぬ我が身を
277 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花
278 色変はる 秋の菊をば 一年に ふたたびにほふ 花とこそ見れ
それはともかく、ここに示した『古今集』の配列を見たら、躬恒の次の歌から、菊の変色の歌でありますからね。だったらこの躬恒の歌も、白菊の変色の歌でありましょうね。現代日本の関東以西の方は、おおむね都会に住んでおられますから、霜が降りることが実はよく分からないことでありましょう。東京以西は、実は霜なんか降りるのをそうそう見る機会はないはずなんですね。やむを得ませんね。「まどはす」は、白菊を変色させているというだけのことです。
それから、この凡河内躬恒の歌を貶したのは正岡子規だったはずですけれども、あの人もある意味秀才ですから、習った通りの歌だと思っていて、この歌を下らないと断じたのでありましょう。ここで施したような歌だよと教えたら、喜ぶのか、それとも激烈に怒って否定するのか。お楽しみでありましょう。下に引用しておきましょう。
「五いつたび歌よみに与ふる書」(正岡子規)(明治三十一年二月二十三日)
この躬恒の歌、百人一首にあれば誰も口ずさみ候へども、一文半文のねうちもこれなき駄歌に御座候。……今朝は霜がふつて白菊が見えんなどと、真面目まじめらしく人を欺く仰山的の嘘は極めて殺風景に御座候。…… (『青空文庫』から抜粋)
心当てに 誉めばや誉めむ 子規さまの 心惑はす 白菊の歌(粗忽謹製)
『源氏物語』「夕顔巻」に出て来る歌について、小学館の日本古典文学全集(新編)の解釈が間違っているということを、もうちょっと深掘りしてみたいと思います。
心あてに 折らばや折らむ はつ霜の 置きまどはせる しらぎくの花
(『百人一首』第29番・凡河内躬恒)
心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花
(『源氏物語』夕顔巻・夕顔の女房?)
まず、取り上げている歌の周辺について、念のためおさらいをしておきたいと思います。凡河内躬恒の歌を、紫式部が換骨奪胎いたしまして、印象的な夕顔の巻の歌に変えたのであります。こういうのを本歌取りと言うはずなんですが、本歌取りが意識的に詠まれたのは平安時代のお終いの頃から鎌倉時代に掛けての時期でありまして、藤原定家などが確立したやり方から見ると、夕顔の巻の歌が本歌取りに当たるのかどうか、私には判断できません。夕顔の女房が、高貴な人の到来を受けて、あられもなく有名な凡河内躬恒を下敷きにして、好色な貴人に夕顔を売り込んでいると考えてよいでしょう。本歌取りというような高尚なものではなく、古歌の表現を丸パクリの下心の歌と言う体裁です。
「心あてに」という初句が一緒でありますが、あとは二句切れであること、三句目と五句目に「初霜」と「白露」、「白菊の花」と「夕顔の花」と似たような名詞が来るんですが、和歌の構造上に共通点があるということでありまして、これだと類歌の域を出ないもののように感じます。それにしても、『源氏物語』の注釈書としてはポピュラーな小学館の日本古典文学全集(新編)の解釈は野放図すぎて、まったく納得行きませんね。それなりの積み重ねのあるもののはずですから、異を唱えるにはためらいが生じますが、「見る」の主体を夕顔という女性の側にしているのは完全な過ちでありましょう。もらった歌に対する光源氏の返歌も紹介すると、その辺がよく分かります。
寄りてこそ それかとも見め たそがれに ほのぼの見つる 花の夕顔
(『源氏物語』夕顔巻・光源氏)
これも、何度も繰り返し唱えていると、二句切れ倒置法が修正されまして、語順がまともな状態に収まる瞬間があるわけであります。「たそがれにほのぼの見つる花の夕顔」(を)「寄りてこそそれかとも見め」となりますから、「今度立ち寄るよ、見に来るよ」と最大限の色よい返事をしたわけであります。贈答歌というのはリフレインが基本ですから、「夕顔の花をそれかとご覧ですね」と言われて、「今度は夕顔の花をよく見るよ」と返したわけです。句切れのある歌の場合には、倒置されていることが普通ですから、そうした原則を無視して意訳してしまったんでは、もはや歌などと言うものは解釈不能でありましょう。不思議なことが、世の中にはあるものですが、驚くほどではないかもしれません。よくあることです。
ただし、昔聞いた、研究者による悪魔的なテクニックを紹介したいと思います。知っている人は知っている、そして知らない人は地獄に落ちる魔法でございます。簡単に言うと、誤りをわざと研究成果に紛れ込ませる、もしくは忍び込ませるという手法が、世の中にはあるのです。
吉田精一さんという研究者がおりまして、その方が詳細な近代文学の年表をこしらえた時の話だそうです。吉田精一さんは東大の国文科の教授だったはずです。ぜったいにその業績が盗まれると確信していた吉田精一さんは、存在しない作者のありもしない作品を年表の中に忍び込ませまして、ちゃっかり引用した不届き者をあぶり出す方策にしたそうであります。そういう知恵というものも、秘伝として伝えられるものでありますから、和歌の解釈の誤りというものも、実はわざとこしらえて広めたものなのかもしれないのであります。ちゃんとした人に習ったら、「ああそれはね本当はこれこれこうなの」、「当たり前でしょ、通説は嘘っぱちだからね」、などと教えてもらえるのでありましょう。
だから、見るからに誤りと見える時に、鬼の首を取ったように喜んでいてはいけないのであります。古い言葉で言うと、「馬鹿発見器」でありまして、間違っているものを見て思いっきり罵声を浴びせることで、実は何も知らないとばれるのであります。慌てず、騒がず、ひそひそと主張することが大切なんでございましょう。
吉田精一さんの件は、私は師匠の誰かから教えてもらったはずですが、もしかしたら読書したときにたまたま読んだ記事だったかもしれません。
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