岩波文庫『百人一首』を読む(22) 文屋康秀

22 吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらん  文屋康秀


【訳】吹くとすぐに秋の草や木々が凋落し、枯れてしまうので、なるほど、山風を嵐(荒し)というのだろうよ。

【出典】古今集・巻五・秋下・249

       是貞親王家の歌合の歌


【解釈の要点】

①詞書に『是貞親王家歌合』の歌とあるが、その歌合に康秀の歌は見出されない。寛平五年(893)九月に成立した『新撰万葉集』には、この歌合から多くの歌が採られているので、それ以前に催された歌合であった。

②是貞親王は光孝天皇の第二皇子、母は班子女王、大宰帥となった。延喜三年(903)または延喜七年(907)に薨去という。

③この歌は『古今六帖』第一「あらし」には作者を「ふんやのあさやす」、第二句を「なべて草木の」として載る。清輔本『古今集』では「ふんやのあさやす」とする。

④「山風を嵐といふ」は、文字の謎遊びを楽しんでいる歌で、「梅」の字を偏と旁に分解して歌う古今集・冬の紀友則「雪ふれば木毎に花ぞ咲きにけるいづれを梅とわきて折らまし」や、「愁」を上下に分けて詠じた和漢朗詠集・秋興の小野篁の「物色自堪傷客意、宜将愁字作秋心」と同じだ。しかし、京都の風土を考えると、季節の移ろいを痛感している作である。あらしやおろしのすさまじい音を聞くと、自然が秘めている非情なまでの力を感じるのではないか。曽禰好忠も「秋風のよそに吹き来る音羽山なにの草木かのどけかるべき」(新古今・秋上371)と歌っている。

⑤「からに」は接続助詞または接続助詞的な語で、『岩波古語辞典』は「ちょっと……するだけで、ほんの……するだけで」の意としてこの歌を例に挙げる。「しをるれ」は下二段動詞「萎る」の已然形で、「勢いがなくなる」の意。「むべ」は承知・肯定の意の副詞「うべ」。「うべし」「うべなうべな」など上代から用いられる。「あらし」は激しい風。漢字「嵐」は、山にたちこめる気、山気を意味するが、あらしの意にも用いた。

⑥この歌は目の前に迫る秋山の裾あたりに立って、木の葉が舞い散り、小枝が折れ飛び、草が女の髪のように波打ちうねるさまをまのあたりにしながら、改めて自然の底力に気付き、嗟嘆しているようだ。

⑦下河辺長流の『三奥抄』は作者を康秀とすることを疑っていないが、契沖の『改観抄』『古今余材抄』は、康秀の子朝康の作と疑った。この歌の他、古今集の「草も木も色かはれどもわたつ海の浪の花にぞ秋なかりける」(秋下250)や「春の日のひかりにあたる我なれど頭の雪となるぞわびしき」(春上8)も康秀とあるが、これらも朝康の歌だという。賀茂真淵も『宇比麻奈備』で契沖を引き、古今集に誤りが多いことを指摘する。香川景樹の『百首異見』も契沖説に従っている。この歌の作者が朝康である可能性は高い。

【補足】⑤の『岩波古語辞典』は、『岩波国語辞典』と記されていましたが、誤記と見て修正しました。88ページ3行目。


【蛇足】

さて今回も、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。省略したところもありますので、ご注意願います。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにしてゆきたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。

今回は、訳に変更はありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に解釈に変更を加える必要はなかったということのようです。その特徴を見ると、「萎る」の已然形「しをるれ」を、「凋落し、枯れてしまう」と訳しまして、「嵐」を「荒し」と解しています。「嵐」に関しては、漢字を分解した文字の謎遊びであると説明しつつ、本来の「嵐」という漢字は「山にたちこめる気・山気」であることを指摘しつつ、それが「あらし」の意にも用いたと解説しています。

解釈と称する解説部分では、④の「山風」が「嵐」という漢字を分解したという説を唱えつつ、京都におけるあらし・おろしについて自然の非情な力を感じさせるものと述べて、曽禰好忠の歌を紹介する部分は『百人一首必携』から受け継いだものです。またそれを補足する⑥も『必携』に見られます。『必携』では、作者が康秀ではなく朝康かもしれないという問題を簡単に触れておりまして、それに関する③はほぼ内容が同じですが、⑦は今回大幅に加筆されて、江戸時代の注釈書が大方契沖説を支持していることが分かるようになりました。歌の詠まれた歌合とその主催者に関する考証である①と②は今回書き下ろされ、単語の丁寧な解説をする⑤も今回加わったものです。


文屋康秀の歌は、一見すると非常に分かりやすい歌のようですが、実は解釈に大きな問題があります。この歌は「嵐」という漢字を、「山風」と分解する言語遊戯がメインなのか、それともそうではないのか、古注釈では対立しているのです。山風が吹いて草木が枯れるので、それを「あらし」という時の「あらし」は、おそらく「荒らす」の連用形から派生した名詞の「荒らし」とみなします。別にここに、漢字を分解する、中国の「離合詩」のような発想を認める必要はない、というのが昔から主張されてきたことです。


これに対して、『古今集』337番の紀友則の歌などと類似の、漢字を分解した遊びであるとする説が根強くあります。久保田淳氏も指摘していますが、改めて友則の歌を紹介してみましょう。

  雪降れば木毎に花ぞ咲きにけるいづれを梅とわきて折らまし

この場合は「梅」を「木」と「毎」に分けて遊んでいますが、その場合、歌の解釈には漢字の遊びの部分は関わってこない点に注意がいるでしょう。これと同じ事が、「吹くからに」の歌にも生じているのだと考えればいいわけです。歌の内容とは別に、作者の作為には漢字を分解する「山風=嵐」という意図があったと指摘するのもいいかもしれません。これを、著者は「文字の謎遊び」と称したわけです。


なお、漢和辞典を引けばわかることですが、中国語の「嵐」という漢字には、「強く吹き荒れる山風」などという意味はなく、「山の清らかな風」とか「もや」という意味しかないそうです。著者は、この漢字については「山にたちこめる気・山気」と解説しておりました。「山風」だから「嵐」という漢字が出て来ると頭ごなしに言われると、もう我々は抵抗のしようがないのでありますけれども、本来の漢字にはそんな意味がないらしいと知恵が付いてしまうと、疑り深くなるのは仕方ないでしょう。それにしても、いつどこでどういうふうに誤解が広まって、暴風雨を「嵐」という漢字で認識したのか、これはもう謎であります。また、山風を言う大和言葉は「あらし」ではなく「おろし」であり、果たして作者の文屋康秀や、この歌を選んだ『古今集』撰者などに、「あらし=荒らし」という認識があったかどうか、怪しいところがあるような気がいたします。


そこで、従来の説には全くないと思いますが、ひとつ新見解を提示してみたいと思います。蛇足に蛇足を重ねて見苦しいかと思いますが、お許しください。実は、「あらし」に「あらじ」を掛けるのは古い歌に見られる修辞法でありますが、それならこの歌で「草木があらじ」と解することも可能ではないでしょうか。「あら」はラ変動詞の未然形、それに打消推量の助動詞が付いたのが「あらじ」でありまして、「ないだろう」「あるまい」という意味とご理解ください。その場合、「どうして、秋に吹く山風を『あらし』と呼ぶのだろうか。そうか、山風が吹くや否や、秋の草木が枯れるので、「草木がどこにも『あらじ』」というわけだから、なるほど山風を「あらし」と呼ぶのだろう」となりますが、こちらのほうが、和歌の修辞の伝統からしたらはるかに妥当だと思うんですが、私の思い込みでしょうか。別に自信があって提示したわけではないのですが、いかがなものでしょう。

今回の「吹くからに」の歌が収められている『古今六帖』の「あらし」の項目にある歌を眺めると、「あらし」に「あらじ」を掛けた例が見出されます。

  429 山里に住みにし日より問ふ人も 今はあらしの風ぞ侘しき

  430 今朝のあらし寒くもあるかあしひきの 山かき曇り雪や降るらん

  431 吹くからになべて草木のしをるれば むべ山風をあらしと言ふらん

  432 常よりも秋の夕べの侘びしきは いとどあらしの風や何なる

  433 逢坂のあらしの風はあらけれど 行方知らねば侘びつつぞ経る

  434 我を君問ふや問ふやとまつ風の 今はあらしとなるぞ悲しき

  435 問ふ人も今はあらしの風はやく 忘れ果てにし人にやはあらぬ

「あらし」に「あらじ」が掛けてないと断言できるのは、430番と433番の二首だけでありまして、433番の三句目「あらけれど」は、伝本によっては「はやけれど」「さむけれど」となっていて、「荒らし」を意識させる歌はほとんど無いに等しいかと思います。これを見て、「嵐」は「荒らし」と掛けてあるという説はほぼ無価値ではないかと思うんですが、いかがなものでしょうか。


書いていて自分でもよく分からなくなるのでありますが、従来にない新説を思いっきり主張して世を憚る気配が足りないようにも感じられます。こんなことが認められたら、これって、またしても大手柄でしょうか? ついでにこの新説を押し出すポイントとしては、古今六帖の「なべて草木のしほるれ」の特に「なべて」が「あらじ」と非常に調和する点があるということです。そしてまた、「草木のしほるれ」という表現が「荒らし」という表現とは調和しにくいような気がいたします。「山風」を「嵐」と言い直して、それが「荒らし」だと指摘するのは、単に語源を紹介しているだけで、実は言語遊戯にはならないのではないでしょうか。遊び心が不足していると思います。「霞」を野山が「かすみ」見えなくなるとか、「曇り」を「雲ばかり」だからと言うようなもので、あまり意味がないのであります。「嵐」は、野山の草木が「あらじ」となるからそう言うのだというほうが、掛詞の機知が感じられるはずであります。


ともかく、いろいろと問題がある歌であります。文屋康秀の歌なのかどうか疑われているところがありまして、息子の朝康の歌かもしれないなどと言うのであります。また、文屋康秀は、六歌仙の一人でありまして、『古今集』の仮名序では、「文屋康秀は言葉巧みにて、そのさま身におはず。いはば商人のよき衣着たらむがごとし。」と言うのでありますが、はっきり言って誹謗中傷の言葉でしかありません。そんなことなら紹介しない方がましであります。紀貫之という人は一体全体何を考えていたんだか、けなすくらいなら紹介しなければいいわけで、しょうもないという気がするのであります。これを紀淑望が書いた真名序で見てみると、「文琳、巧詠物。然其体近俗。如賈人之着鮮衣(文琳、巧みに物を詠む。然るに其の体俗に近し。賈人の鮮衣を着るが如し)」とありまして、こっちの方が意味が分かりやすかったりいたしますけれど、結局悪口には違いなさそうです。

コメント

このブログの人気の投稿

岩波文庫『百人一首』を読む(81) 藤原実定

岩波文庫『百人一首』を読む(99) 後鳥羽院

足利将軍撰『新百人一首』を読む(6) 藤原菅根