岩波文庫『百人一首』を読む(9) 小野小町

 9 花の色はうつりにけりないたづらに 我身世にふるながめせしまに 小野小町


【訳】美しい花もながめられることなくむなしく色あせてしまったのですね。春の長雨が降り続いている間に。私も衰えたこと。なすこともなくこの世に生きてじっと物思いに沈んでいるうちに。

【出典】古今集・巻二・春下・113

       (題しらず) 


【解釈の要点】

①古今集の春上のおわりは、まもなく散る桜の花を惜しむ歌群で、春下はうつろう桜の歌で始まり、117番まで散る桜まで続く。小町の歌はうつろう桜の花の色であるが、「我身世にふる」とあるために、小町の容色も連想する。

②「うつる」は、変色する、あせるの意。「にけりな」は変ったことに気付いて嘆ずる気持。「いたづらに」は、なすことなく。「ふる」は「経る」に「降る」を、「ながめ」は、物思いにふけってじっと見ることの意に、「長雨」を掛ける。下河辺長流の『三奥抄』はこの掛詞の例歌を挙げ、契沖もそれを踏襲する。

③『三奥抄』や『余材抄』は、「小町が歌に、おもてうらの説有などいふ事不用」として句に容色の衰えを重ねるべきではないとするか。賀茂真淵の『宇比麻奈備』は小町伝説を否定し、香川景樹の『百首異見』は「ながめ」の多義性を長々と論ずる。

④古今集の中で見せる小町の姿は決して一様ではない。気位の高い、気の強そうな女性が想像される歌もあるが、身体的な衰えを実感している初老の女性の姿が見える歌もある。文屋康秀の誘いに乗る破れかぶれの返事もある一方、『後撰集』では遍昭に挑発的な歌を贈るなど、さまざまな顔をしている。

⑤この歌はナ行音が多く、嘆きがやわらかく伝わって来る。

⑥古今集巻十二恋歌二の巻頭から、「題しらず」で三首の小町の歌が並ぶ。「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」「うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき」「いとせめて恋しき時はむば玉の夜の衣を返してぞ着る」、これらには恋しき人への思いが素直に流露している。贈答歌よりも、「花の色はうつりにけりな」の歌やこの三首に小町の本当の姿がある。


【補足】42ページ3行目『百首意見』は、『百首異見』の誤り。


【蛇足】

さて今回も、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。省略したところもありますので、ご注意願います。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにしてゆきたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。

今回は、訳に変更がありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に解釈に変更を加える必要はなかったということのようです。訳の特徴としては、「いたづらに」を「むなしく」と訳して「うつりにけりな」に掛るものとして処理しているんですが、もう一度「なすこともなく」と訳して「世にふる」に掛けている点があげられることでしょう。さらに、散る桜という内容と、容色の衰えという内容を二重に訳出していることも、注目してよいかと思います。

解釈に関しては、②の語句の解説と⑤の音調についてのところだけが、『百人一首必携』とほぼ同じですが、あとは新たに書き下ろされています。では、『百人一首必携』の段階ではどんなことが書いてあったのかといいますと、③にあるのと主旨を同じくしておりまして、「花の色」が容色を言っているのかどうかと言う点について、近代の古今集注釈者の説を紹介しながらめぐらした考察が書かれていました。竹岡正夫氏は『古今和歌集全評釈』において、「花の色」を容色とするのは中世の『小野小町装衰絵巻』から出てきたもので従えないとするんですが、この点について、久保田淳氏はむしろ中世的なイメージでこの歌を解しておきたいと反論していました。今回は、竹岡氏のような見方が近世にはすでにあったことを伝えるにとどめ、①において古今集の配列上からこの歌がうつろう花の色を詠んだ歌であることを押さえつつ、容色も連想できる歌であると述べています。また、④において古今集などの贈答歌で見せる小野小町の驕慢でエキセントリックな詠みぶりを指摘しつつも、⑥においてこの歌や恋の歌のほうが小野小町らしい素直な思いが込められているとしています。


ところで、有吉保氏の『百人一首全訳注』(講談社学術文庫)によりますと、中世から近世にかけての古注釈では、「世にふる」の解釈が、「老いを嘆く」とするようなものもありまして、実は「世に故る(古る・旧る)」という理解を示していたようです。桑田明氏の『義趣討究小倉百人一首釈賞』では、そのあたりを意識して、「世に故る」で詠まれた歌、「世に経る」で詠まれた歌、それぞれを数多く並べて分析しております。「世に経る」にも、「恋愛関係を経験する」という意味の歌もありまして、複雑ではありますけれども、著者は結局「あれこれ苦しみながらも生きる」というような見解を示しております。ちなみに、「経る」は下二段動詞「経」の連体形でありまして、これだと「ながめ」という名詞に掛かることになります。これに対して、「故る」の場合は上二段動詞でありまして、この場合は終止形なのであります。その結果、これを採用すると、小野小町の歌は四句切れとなりまして、解釈が相当違ってくることでしょう。


  花の色はうつりにけりな。いたづらに我が身世に故る。ながめせし間に、


この見方は私の思いつきではありませんが、余計なことを申し上げると、この場合「ながめ」は「花を眺める」と言う意味の「ながめ」になりはしないでしょうか。もっと言うと、五句目に過去の助動詞「き」の連体形「し」が使われていますが、二句目の「に」は「ぬ」という助動詞の連用形でありますけれども、これを完了の意味で取らないで、いわゆる強意とか確述と処理すると、二句目も四句目も現在の事を言っていることになりまして、ひょっとするとこんな解釈が成立します。


  花を賞美した間に、花の色は褪せることよ。むなしく我が身はこの世で老いる。


これだと、別に掛詞なんか想定する必要もなく、二重性なんて考えなくてよくなるのであります。春に花を観賞していたら、瞬時に花は散り、徒にわが身も衰えるという解釈の成立でありましょう。「ながめ」に、「長雨」や物思いの「ながめ」を持ち出す必要すらなくなってしまいますが、何かご意見ございますか? 本当はこういう単純な歌だったのではないかと思いますし、これだと老人の述懐の歌でありまして、それも詠作主体の性別は男で構わないのであります。もちろん、昔は絶世の美女だった老女の嘆きでも、歌としては成立することでしょう。


さて、「いたづらに」がどこを修飾するのかという問題に関しては、これも古くから問題になっていたようですが、近代でも注釈者の間では意見がバラバラです。目立つのは、複数の表現に掛かって行くという主張です。しかしながら、「いたづらに」というのは副詞または形容動詞の副詞的用法でありまして、動詞表現に掛かってゆくのは当然ですが、「うつりにけり」「ふる」「ながめせし」のすべてに掛かるのだというのは、少々物足りない気がいたします。念のため、「いたづらに」という主観的な副詞を一旦外して、この歌を倒置を修正した表現に戻してみると、つぎのようになるでしょう。さらに、「世に経る」の方を採用して、古今集の配列を意識するなら、表面は花の歌でありますが、当然ながら裏面は述懐の歌でありますから、二重になります。こういう理解が、この歌に関しては一般的であります。なお、「世」と「夜」の掛詞を誰も認めないのですが、私は勝手に採用してしまいます。「長雨」が夜の間に降ったってなにも問題ないことでしょう。


〇表   夜に降る長雨(の)間に、花の色は移りにけりな。

〇裏   世に経る眺めせし間に、わが身(の)花の色(美貌)は移りにけりな。


こうしてみると、花の色が褪せたこと、それに比喩されて鮮明になる容色の衰え、この二つが詠作主体にとっての痛恨の出来事でありまして、その前提となる「降る長雨」や「世に経る眺め」自体は、それが生じている時には別に痛恨事ではないわけです。雨が降るという自然現象も、人が世の中で生きてゆくために物思いすることも、それ自体は何も悲惨ではないのでありまして、ただそうした時間の経過によってもたらされた落花であるとか老衰が残念なのでありましょう。だとすれば、「いたづらに」が修飾すべき表現は、最終的な痛恨の出来事であると結論付けてもいいかも知れません。「いたづらに移り」と読み取れば、充分なのであります。余計なことを言うなら、夜に長雨が降ったとしても、翌日花が無事であったら、別に長雨が降ることを「いたづらに」降るとは関知しないことでしょう。同じように、人が世に経る時にあれこれと眺めに沈むとしても、それが報われて立身出世につながったり結婚に辿り着いて幸福になるならば、別にそれまでの過程を「いたづらに世に経る」とは認識しないのであります。結局、「いたづらに」が修飾するのは、生じてしまった痛恨の出来事に対してでありまして、その途中経過をなんとなく「無駄だ・虚しい」と拡大解釈するのは勝手ですが、もうすこし冷静に表現を眺める必要がある事でしょう。


  野球部は 敗れにけりな いたづらに 見逃し三振 ボール振る間に(粗忽)


敗れたなら、途中経過の見逃し三振も、とんでもないボール球に手を出して三振したのもすべて無駄で虚しいことのようですが、最終回の攻撃で主将でエースで四番の大谷君がサヨナラホームランを打ったら、別に途中の三振の山は無駄も虚しいもないことでしょう。解釈というものを、最終的なその和歌の主題にのみ囚われて個々の表現レベルまで主題と同じ味付けで鑑賞するなら、奇妙な解釈で染まるはずです。たとえば、猿丸大夫の「奥山に」の歌であるならば、「奥山」も「もみぢ」も「踏み分け」ている行為も、すべて悲しいものとなるのでしょうけれど、あれはあくまで「鹿鳴」が悲しいのであります。「鹿鳴」がなかったら、別に悲しくない秋だって存在するんですが、そういう認識でいいでしょうか。


  悲しき奥山に、悲しきもみぢを、悲しく踏み分けて、悲しく鳴く悲しき鹿の悲しき声を悲しく聞く悲しき時ぞ、悲しき秋は悲しき。


  いたづらなる花のいたづらなる色は、うつりにけりな、いたづらに。いたづらなるわが身、いたづらなる世にいたづらに経る、いたづらなるながめせしいたづらなる間に。


これだけ指摘したら、「いたづらに」が上にも下にも右にも左にも、あっちにも向こうにも掛かるということの愚かさは関知していただけましょうか。問題は、八方美人の解説を平気でしている近年の注釈書でありまして、めんどうだから、あるいはかっこいいから「いたづらに」はいろいろ掛かるのだと言っているように見えることに、疑問を呈して見ました。もう一度確認すると、「いたづらに」は形容動詞の副詞用法でありまして、小野小町の歌が二句切れでいいなら、その倒置の状態を解消すると、「いたづらに」は末尾の述語に掛る用法と見て十分かもしれません。「に」はここでも、強意とか確述と処理して、決して完了の意には取らないで済ませます。


  いたづらに、我が身世に経るながめせし間に、花の色は移りにけりな。

  (訳)空しくも、私があくせく物思いをしていた間に、桜は色褪せて散り、容色も衰えるものよ。


【蛇足の蛇足】

小町の歌は古今集の春の歌でありますから、そこに「うつり」「世に」「経る」「ながめ」という恋をモチーフとする言葉を持ち込んで、縁語仕立てとしたおしゃれな歌にしたわけです。表向きは、桜が夜の雨が降り続いて、盛りの時期をむなしく雨天にさらしたことを歌っている春の歌でございます。ただし、恋に生きる女性の姿が浮かんでしまいまして、この歌が本当に春の歌として詠まれたものかどうかは分からなくなります。古今集の詞書をみると「題知らず」ですから、本来詠作事情が判明しない歌なのであります。

平安時代なら、地下の娘で宮廷女房などになった美しい女性が、さらに和歌に堪能であったら、男性貴族にモテモテだったわけです。そうした女性の悩みが、実は主題ではないかと考えるのがもっとも手軽な解釈かと思います。宮廷女房で貴族の愛人になった場合を「召う人」(めしうど)と称したりするんですが、こういう女性は、相手の奥様すなわち北の方の迫害にあったり、自身の親兄弟からあれこれ非難されたりと気が休まらなかったはずです。そうした悩みを抱えていると、雨が降ったら愛人は来なかったりいたしますので、物思いにふけって、ついつい自分の容姿の衰えを嘆くわけです。正式の奥様に比べたら、その境遇は不安定そのものでありまして、これまで重ねた努力というか気苦労というか物思いも、それはそれで楽しかったり自慢だったりしたはずですが、出来した容姿の衰えを残酷な結果として意識したら、それを人生の痛恨事として胸を騒がすのであります。そういう人生の機微を見事に一首の歌に忍ばせたわけでありまして、さすがに小野小町は名人なのであります。もう一度指摘しますが、「わが身世に経る眺め」は結果がよければ、別に無駄でも虚しくもなく、むしろ必然的な営みの一齣でございましょう。

さらに、この歌は男性の歌として考えてもいいわけで、出世のために皇居で直居したり、大臣家なんかに入り浸ったりして、あくせくしていたら、意中の女性をほったらかしにしてしまって、あの女性ももう適齢期を過ぎている、と言う解釈はいかがでしょうか。「花の色」を小野小町が自分の容色を指したとするのが一般的ですが、やはり自分で自分を「花の色」というのは鼻持ちならないので、男の目から見た女性のことを言っていると考えたら、しっくりくるんじゃないでしょうか。以上は、四句目の所を「世に経る」とした場合の解釈でございます。

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