岩波文庫『百人一首』を読む(18) 藤原敏行
18 住の江の岸による浪よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ 藤原敏行朝臣
【訳】住の江の岸に寄る波の「よる」ではないが、夜の夢の中での恋の通い路でさえ、あなたは人目を避けるのか。少しもわたしの所に通ってきてはくれないではないか。
【出典】古今集・巻十三・恋三・559
(寛平御時后宮の歌合の歌)
【解釈の要点】
①古今集ではこの歌の直前の歌も敏行の詠で、詞書はその歌に付されたもの。『寛平御時后宮歌合』は、寛平元年(889)から同五年九月頃までの間に宇多天皇の母后班子女王のもとで催された。判者、勝劣の記録はない撰歌合、四季と恋の五題で、この歌は恋の題詠。
②歌合本文では初句を「すみよしの」とする。「すみのえ」「すみよし」は摂津国住吉大社近辺をさす。万葉集では「住吉」をもっぱら「すみのえ」と訓む。下河辺長流の『三奥抄』「頭書」では、「住の江」の例として万葉集の歌を四首引いている。
③「住の江の岸による浪」は「よる」を起こすための序詞。契沖の『古今余材抄』は住吉を「殊に浪の隙なくよする所」として、『後撰集』から八首の例を挙げている。都人ないしは畿内の人々にとって住吉は身近な海岸だった。この序は、ひたひたと寄せる波というイメージがあり、それがこの恋の歌の味わいである。
④現実には会えなくても、せめて夢の中では逢いたいのに、人目ばかりを気にして逢おうとしないと相手を難詰した歌は、他にもある。万葉集・巻十二の正述心緒の歌に、「直に逢はずあるはうべなり夢にだになにしか人の言の繁けむ 或る本の歌に曰く、現にはうべも逢はなく夢にさへ」(3848)とあり、古今集・恋三に小野小町の「うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人目をよくと見るがわびしさ」の詠が見える。この二首は『三奥抄』や契沖の『改観抄』も引いている。
⑤賀茂真淵の『宇比麻奈備』は、古今集・恋三小野小町の「限りなき思ひのままに夜も来む夢路をさへに人はとがめじ」(657)の歌を引いて、「昼間に人目をはばかるのみならず、よるの夢路にさへ思ふままに行逢がたきは、それにだに人めを避るにやとわびたる也」と解釈した。香川景樹の『百首異見』はこれを批判するが、その文意を辿るのはかなり忍耐を要する。
⑥夢は自分が相手を思っていると見るだけではなく、相手が自分を思っていれば自分の夢に現れるはずだとも、古人には信じられていた。「夢の通ひ路人目よく」は、相手の愛が足りない証拠と見なされた。
⑦敏行と在原業平は、親しい間柄であった。古今集には、敏行が業平の家にいた女性に恋歌を送り、女性の返しの歌を業平が代作してやったという贈答歌がある。このやりとりは『伊勢物語』107段で歌物語化され、敏行が感動して返事を秘蔵していると語られている。
【蛇足】
さて今回も、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。省略したところもありますので、ご注意願います。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにしてゆきたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。
今回は、訳に大きな変更がありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に解釈に変更を加える必要はなかったということのようです。その特徴を見ると、序詞部分を訳出しながら、「よる」の掛詞を、「波のよるではないが」という形ではっきりと提示しています。それから、下の句を直訳して掲げた後に、歌では表現されていない「少しもわたしの所に通ってきてはくれないではないか」という、相手に対する非難を添えておりまして、踏み込んだ解釈になっています。ただし、解釈の所で整理している、昼間に人目を避けるのかどうかという点については、訳の中に取り入れておりません。
解釈と称する解説部分では、序詞について言及した③、歌の主題が相手に対する難詰であるとする④、古人にとって夢がどういうものであったかを解説する⑥は、『百人一首必携』から受け継がれたものです。これに対して、出典である歌合を指摘する①や、その歌合での初句の異同を指摘する②、賀茂真淵の昼間に人目を憚るという説の紹介とそれに対する香川景樹の批判を伝える⑤、敏行と業平の間柄を説明する⑦は今回新たに付け加えられたものです。この中で、注目したいのは⑤でありまして、著者は賀茂真淵の『宇比麻奈備』の昼間人目を避けるという説を紹介しつつ、それに対して香川景樹が『百首異見』で批判しているとするものの、その文意が辿れないと述べております。どうやら、香川景樹は夜の夢に恋の相手が登場し、それが人目を避けてはばかると考えております。今回の久保田淳氏は、真淵説の否定は受け入れたいと思われたようですが、夢に相手が現れるという景樹の主張は腑に落ちなかったようであります。この歌をどう受け止めるかという点で、ここは非常に重要なところかもしれません。
よく分からないのであります。注釈書は、どれも分かったという立場から解説してあるんですが、古来「人目よく」の主語が対立しておりまして、注釈書はどちらかの立場に立って断言しているのであります。自分が「人目をよく」なのか、恋人が「人目をよく」なのかという対立であります。この場合の「よく」というのは「避く」でありまして、これも終止形であるのは間違いないのでありますが、上二段なのか下二段なのか、それとも四段なのか、活用が注釈者によってばらばらのようであります。
そして、非常に不思議なことですが、どの注釈書も、「避く」が「波」の縁語であるということにはまったく気が付いておりません。この歌は、あくまで「住の江の岸に寄る波」「寄る」「避く」という縁語仕立ての歌でありまして、別に実感を込めた歌ではありません。言語遊戯の最たるものですが、それは歌合に出した歌だから間違いないんですが、注釈する人は人によっては思いっきりロマンチックに解釈したりするのであります。驚くばかり。というよりは、結構間抜けなのであります。「住の江の岸による波」という序詞が、直下の「夜」だけではなくて「避く」も導いているというのは、実は新発見でありまして、これまで指摘がないなら大手柄なのであります。
岸辺に「寄る」波を「避く」という動作を考えると、これはどう見ても訪問する男の動作でありまして、これに係助詞の「や」と現在推量の「らむ」を使って、「夜まで人目を避けるのだろうか」と疑問を呈しているならば、通って来た男の態度を、女の方から見て、半分からかいながら、半分は歓迎しているような、ツンデレの歌なのでありましょう。「夜までびくびくするの?」と言いつつも、夢の中に出てきたことを喜んでいるという趣向のはずです。
「昼人目をよく」というのは、人目を気にして通っているとも、来ないとも読めそうであります。たぶん、この歌の弱点はそこでありましょう。しかし、「岸による波を避ける」というなら、人目を気にしながら通ってきている方がいいような気がします。そうすると、「さへ」の添加の意味が生きてきまして、「夢の通ひ路」すなわち夢の中でも通ってきているのに、やはり昼間の逢瀬の時のように人目を気にして、びくびくしておかしい、というしゃれた歌ではないかと思うんです。「波を避ける」という動作を前提にしてみると、非常に滑稽な感じが生まれまして、昼も来ないが夜も来ないという理解より、恋二に配置されている歌としては勝るのではないでしょうか。
ところが、普通はこの歌は相手が自分に逢ってくれないという歌として解釈するのであります。今回の岩波文庫もそうですが、近年の注釈書の類でも「やはり人目を避けているのか、あなたは来ない」(渡辺泰明氏『絵でよむ百人一首』朝日出版社)とか、「なぜあなたは人目を避けて逢ってくださらないのでしょう」(兼築信行氏『聞いて楽しむ百人一首』創元社)などと訳しております。「避く」が「岸に寄る波」の縁語だと気付いていないせいかと思います。逢いに来ないのに「人目を避く」必要があるのかどうか、逢いに来たからこそ「人目を避く」のではないかと思うのであります。きっと、私は何か筋の通らない変なことを言っていることになるんでありましょうけれども、私には逢いに来ていないというほうが変だと感じます。この歌は、「夢の通ひ路」と「夜」が重複しておりまして、分からないところがあります。もしかしたら、「昼」と「夜」と「就眠中」の三つの時間がかかわるのかもしれません。通常は「夜の夢の通ひ路」と考えるようですが、ほんとにそうなのか確信は持てないのであります。
ともかく、波打ち際を歩くと波に濡れますので、それを上手に避けながら歩くものであります。波と言うのは、別に規則正しく打ち寄せるわけではないので、危うく濡れそうになるものであります。波を避けるように、人目を避けるわけで、夢の中でもひやひやしていると滑稽であります。それにしても、どうして一部の注釈者は、逢ってないと決めるのでありましょう。恋人とは夢でこそ逢うものでありまして、来てくれない場合は「夢にも姿を見せない」と嘆くはずなんです。「避く」という言葉のニュアンスから、あれこれ考えてみました。なお、近年の注釈書で『百人一首で文法談義』(小田勝氏著、和泉書院)が、この点に触れて、相手を夢に見る場合と、相手を夢に見ない場合とがあることを考察していて、大変に有益だと思います。
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