岩波文庫『百人一首』を読む(5) 猿丸大夫

 5 奥山にもみぢふみわけ鳴鹿の 声聞く時ぞ秋はかなしき 猿丸大夫


【訳】奥山で、散り敷いた紅葉を踏み分けて鳴く牡鹿の声を聞く時、しみじみと秋は悲しいと感じられる。

【出典】古今集・巻四・秋上・215

        (是貞親王家の歌合の歌)読人しらず


【解釈の要点】

①古今集の詞書はこの歌の一首前の壬生忠岑の歌に付いたもので、忠岑の歌は是貞親王家歌合にあるが、この歌は見えない。『新撰万葉集』上には、「奥山丹黄葉踏別鳴鹿之音聴時曽秋者金敷」という表記で載るが、作者名・詞書はない。『寛平御時后宮歌合』の十巻本『類聚歌合』断簡に作者名は記さずに載る。

②この歌の異伝歌が三十六人集の『猿丸大夫集』に載っていることから、これを百人秀歌や百人一首が猿丸大夫の歌とする。詞書には「しかのなくをききて」とあり、初句は「秋やまの」、第五句は「物はかなしき」とあったりする。

③「もみぢ」は奈良時代には「もみち」と清音に読んでいた。「もみぢふみわけ」の主語が鹿か人か、解釈が分かれる。下河辺長流の『三奥抄』は鹿を主語と考えた。契沖は、『古今余材抄』では『新撰万葉集』の菅原道真の漢詩を根拠に人が踏み分けるとするが、『改観抄』では保留している。賀茂真淵は『古今和歌集打聴』では人が踏むとするが、『宇比麻奈備』では鹿とする。香川景樹『百首異見』は判断から逃げている。近年の注釈書では、新大系・新編全集は人の動作とする。

④『平家物語』潅頂巻「大原入」の一節では、女院が庭に散りしく楢の葉を踏み鳴らす音を問うのに対して、女房が「岩根ふみたれかはとはんならの葉のそよぐはしかのわたるなりけり」と応えている。これは猿丸大夫の中世的解釈ではないか。


【蛇足】

さて今回も、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。省略したところもありますので、ご注意願います。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにして行きたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。

今回も訳には変更がありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に解釈については、この歌では変更する必要がなかったということです。

解釈に関しては、作者の問題に触れる①②が新たに書き起こされたもので、『百人一首必携』の段階では取り上げていなかったことが分りました。本来作者不詳の作品だったらしく、勅撰集に基づいて作品を選んではいますが、『猿丸大夫集』にあるという点で採用されていることが詳細に分ります。③については、『百人一首必携』から大幅に加筆・改訂されておりまして、かつては真淵の『古今和歌集打聴』の説を紹介し、少し以前の注釈書の人説・鹿説を載せていました。④のみがほぼ踏襲されておりまして、これは『平家物語』の「大原入」の背景に猿丸大夫の歌の影響を認めるというものですが、建礼門院は藤原定家の同時代人ですから、説得力のある見解です。人も鹿も紅葉を踏み分けるということと理解すると、冒頭の訳でどちらともとれるように「踏み分け」の主語を記さなかったことが分ります。

なお、『百人一首必携』に引用する日本古典文学全集『古今和歌集』の解説は、二句目と四句目で切って、人が落葉を踏み分けるという説を唱えながら、俊成・定家の時代は三句目で切って、鹿が踏み分けるというものでしたが、今回この説は引用されていません。

さて、この歌の二句目の「踏み分け」の主体に関して、近世の注釈書は、早くから、鹿とする説と声を聞く人とする説が対立し、紅葉に関しても、萩の黄葉という説もあって、この歌は解釈の終息する地点が見えないままでありますけれども、それでいいのかというと、けっしてよくはないでしょう。久保田氏の『平家物語』の引用で分かったのは、「もみぢふみわけ」というのが聴覚に関わる点でありまして、だとすれば詠作主体の耳には、踏み分けられた紅葉の音と、鹿の鳴く声が聞こえているということなのかもしれません。詠作主体を奥山に住する隠者などと考えると、人の来訪かと耳を澄ましたけれど、それは鹿だったというのが、この猿丸大夫作とされた歌の解釈なのかもしれません。

この歌を万葉仮名で表記し、さらに漢詩で翻案したものが『新撰万葉集』にあるわけですが、それによれば紅葉ではなく黄葉であり、それを踏み分けるのは人であるということが分かっておりますので、それだと鹿が紅葉を踏み分けるという説明は概ね不可となるでしょう。念のため、『新撰万葉集』のこの歌の所を紹介してみましょう。

    奥山丹黄葉踏別鳴麋之音聴時曽秋者金敷

        秋山寂寂葉零零  麋鹿鳴音数処聆

        勝地尋来遊宴処  無朋無酒意猶冷

    〔訓読・書き下し〕

  おくやまにもみぢふみわけなくしかのこゑきくときぞあきはかなしき

        あきのやませきせきとして、ははりやうりやうたり

        びろくのなくこゑは、あまたにきこゆ

        しようちをたづねくるは、いうえんのところなるも

        ともなくさけもなく、こころはなほすさまじ

万葉仮名の部分に「黄葉」とありますので、「紅葉」ではないことが分かります。鹿とくれば植物は「萩」ですから、これは黄葉するもので、かつ落葉しないのであります。よって、「踏み分け」という表現が意味をなすのでありましょう。「紅葉の落葉」を指摘する説はここで否定されます。次に漢詩を見ると、三句目に「勝地尋来」とあって、景勝地にわざわざ来たとありまして、目的は「遊宴」だと分かります。鹿の声を耳にする人物は「秋山」に来訪していたという状況が分かりますので、鹿が大好きな萩とは言え、やって来て踏み分けているのは訪問者である歌の主体と分かる仕掛けであります。漢詩の部分は、おそらく菅原道真の翻案ですから、絶対的証拠になるのか疑問ですけれども、論証する証拠としては充分な気もいたします。日本語は主語の明記が少ないので、決着はつかないものの、次のように解読するのがよさそうであります。

 (遊宴のため我は)奥山に黄葉を踏み分け(尋ね来て)、(妻を慕って)鳴く(オスの)鹿の声を聞く時こそ、(友もなく酒も持たぬ我は)秋を辛く悲しく感じることよ。(粗忽試訳)

もちろん、これは菅原道真の遊びに従って補っているだけであります。私見を述べれば、「かなしき」が悲哀を意味すると解釈するのが普通ですが、そうではなくて「かなし」という形容詞は「いとしい」とか「感動する」というのが古語の意味なので、鹿鳴を聞いて感動を覚えたでもいいのではないかと思います。なお、古今集のこの歌の一首前の壬生忠岑の歌は、「山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目をさましつつ」ですから、「わびしけれ」に着目すると鹿鳴で悲哀の感情を誘発されているので、これを猿丸大夫作とされる歌にも適用するのかもしれません。ただ、改めて言いますが、菅原道真の漢詩も、古今集の排列もあくまで参考とするものであって、当該の歌をどう解するかは享受者次第です。

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