岩波文庫『百人一首』を読む(4) 山邊赤人

 4 田子の浦にうち出て見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ 山邊赤人


【訳】田子の浦に出て仰ぎ見ると、あれ、真白な富士の高嶺に雪が降っている。

【出典】新古今集・巻六・冬・675

                  題しらず 赤人


【解釈の要点】

①原歌は万葉集・巻三・317「山部宿祢赤人望不尽山歌一首幷短歌」の長歌に付された318の反歌「田児之浦従 打出而見者 真白衣 不尽能高嶺尓 雪波零家留」で、現在の訓読文は「田子の浦ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける」。

②藤原範兼の『五代集歌枕』では、「田子のうらにうち出てみれば白妙のふじのたかねに雪ぞふりける」と訓読し、千五百番歌合の判詞で藤原季経は「田子の浦にうち出てみればしろたへのふじのたかねに雪はふりにけり(イつつ)」と引用し、藤原清輔は『和歌初学抄』で新古今集と同じに読んでいる。

③新古今集の撰者名注記に定家の名はない。定家は『五代簡要』には、「たこのうら (しろたへの)ふじのたかね」と抜書し、『定家物語』では『五代集歌枕』と同じく訓じている。秀歌と認めつつも、訓読は揺れていた。

④田子の浦は駿河湾に面する海岸。原歌の「ゆ」は格助詞で、ここでは「田子の浦を通って、司会の開けた場所に出て」の意で、「田子の浦に」とはかなり違う。原歌の「ける」は『岩波古語辞典』では気づきの意を表すという。一方「つつ」は動作の反復を表す接続助詞で、歌の結句に用いられると余情を生ずるもので、万葉集にもその例はある。

⑤原歌と新古今集の下の句の違いについて、下河辺長流の『三奥抄』は朗詠集以後とし、契沖の『改観抄』もそれを踏襲するが、『和漢朗詠集』にも『新撰朗詠集』にもこの歌はない。

⑥香川景樹の『百首異見』では、この歌が新古今集の冬部にあることを疑問視し、雑部にあるべきだとする。

⑦『伊勢物語』東下りには「時知らぬ山は富士の嶺」とあるが、冬の青空を背景として裾近くまで真白な富嶽を仰いでいるという場面も考えてよい。


【蛇足】

さて今回も、ここからは、読んだ感想を「蛇足」という形で記して行きたいと思います。訳と出典はそのまま写しておりますが、解釈は勝手に要約して示してみました。省略したところもあることを断っておきたいと思います。岩波文庫『百人一首』の凡例には、1989年學燈社『百人一首必携』に基づきながら書き下ろしたとありますので、その『百人一首必携』と今回の岩波文庫版を比較することで、著者というか校注者の久保田淳氏の現在の考えを明らかにして行きたいと思います。その上で他の注釈書もぼちぼち参照して検証し、さらに私の考えも時には差し挟みたいと思います。

今回は訳には変更がありませんでした。學燈社『百人一首必携』執筆時から特に解釈については、この歌でも変更する必要がなかったということです。

解釈に関してはほぼ『百人一首必携』と共通していますが、今回は②と③において、『和歌初学抄』以外の歌書などの歌形に詳しく言及しています。また④においての地名や助詞・助動詞の説明が書き加えられ、『百人一首必携』にくらべ一般の読者を意識した解説になっています。

今回の解釈では特に触れられてはいないのですが、持統天皇の歌の際に指摘のあった「陰陽の理」という点を考慮すると、3番の柿本人麿の歌が夜の歌であるのに対して、この4番の山邊赤人の歌は昼間の歌でありまして、明暗の組み合わせが1番2番と同じでありますから、ひょっとすると『百人一首』の出だしは4首で一組だったのかもしれないのであります。そうすると2番と4番に「白妙の」が共通し、結句の「つつ」止めが1番と4番に共通するのも意図的な選抜の結果かもしれません。さらに、新古今集の部立てを信じるなら、この赤人の冬の歌で、四季が揃うというおまけまで付いているわけで、そう考えると香川景樹が冬部にあることを不審がっているのをたしなめている著者の立場は正当かも知れないのであります。

ただし、今回提示されている訳を見ていて思うんですが、「白妙の」を原歌と同じように「白い」と解釈すると、この歌の下の句は「白い山に雪が降る」ということを詠んだことになりまして、なんとなく幼稚というか、無意味というか、どこか微妙に変だという感想を拭えません。この点は、著者だけの問題ではなくて、『百人一首』の注釈書は基本的にはみんなそうなっているのであります。石田吉貞氏の『百人一首評解』の訳は、「富士の高嶺に、まっ白に雪が降り積もっている」と訳して、「白妙の」を枕詞のように処理し、原歌の「真白に」を意識して「まっ白に」を降り積るの修飾句にしています。2番と4番の「白妙の」は、それぞれ「衣」と「富士」にかかる枕詞ではないのかと思うんですが、それで何か不都合があるようには思われません。

それから、この歌に関して「雪は降りつつ」を今雪が降っているかのように訳出するのが普通ですが、ほんとうにそれでいいのでありましょうか。富士山が冠雪しているということを「あの富士山の山上は雪が今も降りに降っていることだ」のように解した方がよくて、田子の浦に出て降雪を感知するというのは無理があるような気がいたします。それは何故かと言えば、あの『伊勢物語』第九段を普通に読めば明らかでありまして、富士山に雪が降るという表現は、今降雪しているというような事ではなくて、富士山の標高が高過ぎて麓に雪のない季節に冠雪していることを言っているからです。

  富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり

   時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪のふるらむ

  その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ねあげたらむほどして、

  なりは塩尻のやうになむありける。

これを参照すると、香川景樹の『百首異見』の疑念は正しいということになりまして、この赤人の歌は冬の歌などではなくて、むしろ夏の歌などに分類すべき歌だったのではないでしょうか。富士山を仰ぎ見る田子の浦で降雪に見舞われるという注釈書も見たことがありますけれども、駿河湾の降雪は尋常の事ではないと思います。

さらに、余計なことを指摘いたします。念のため、万葉集の巻三318番に出てくる元の歌がどういうものか確かめておきたいと思います。

      山部宿祢赤人望不尽山歌一首併短歌

317 天地之 分時従 神左備手 高貴寸 駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者 度日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見 白雲母 伊去波伐加利 時自久曽 雪者落家留 語告 言継将往 不尽能高嶺者

      反歌

318 田児之浦従 打出而見者 真白衣 不尽能高嶺尓 雪波零家留


角川文庫の読みを示すと次のようになります。

317 あめつちの わかれしときゆ かむさびて たかくとふとき するがなる ふじのたかねを あまのはら ふりさけみれば わたるひの かげもかくらひ てるつきの ひかりもみえず しらくもも いゆきはばかり ときじくそ ゆきはふりける かたりつぎ いひつぎゆかむ ふじのたかねは

318 たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにそ ふじのたかねに ゆきはふりける


317番の歌を見ると、太古の昔から仰げば高く尊いと述べることから、富士山を賞賛する長歌でございますね。「ふりさけみれば」の「ば」は、いわゆる恒常条件で、「~すると必ず……」という法則めいたことを表現するものであるはずです。よって、太陽を遮り、月を隠し、雲さえ避けて通るほどだと表現しているわけです。そのすばらしさを後世に伝えたいと結んであることがわかります。


以上を踏まえて318番を考えると、「うちいでてみれば」の「ば」は、一回きりの偶然条件と見なすのには無理があることでしょう。よって、この「ば」が恒常条件だと気が付くなら、「ゆきはふりける」という表現が「ゆきはふりつつ」と変化してもいいのではないか、と思うのです。ともかく、万葉集の歌の形が優れているというのは、実は万葉集をしっかり読解して内容に踏み込んだことのない意見だった可能性が高く、新古今集のような形が劣っているわけではなさそうです。

以上の意見について、「ば」は偶然条件だろうという反論は当然あるわけですけれども、赤人の反歌は偶然富士山を見たというようなものではないと思います。海抜ゼロから富士山を仰ぎ見るポイントとしては、田子の浦は唯一無比の場所でありまして、今も昔も、いつだってここで見る富士山が絶景なんであります。ここで提案ですが、「つつ」のあとには「たかくとふとくそびゆることぞかし」と補いまして、「ば」を恒常条件で「~といつも」と訳して味わっていただきたいと思います。私の訳をついでに添えておきたいと思います。

  (あの富士の高嶺の絶景を見ることができるという)田子の浦に(東海道の道筋から離れて)出て見ると、必ずや富士の高嶺には(冬でもないのに時節外れの)雪が降り積もっていて(高く尊く聳え立つことよ)。



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