超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(66) 大僧正行尊

もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし     前大僧正行尊

      (金葉、雑、556)(今鏡、みこたち)


〔釈義〕

(奇異にも、深山大峰を蔽う常盤木の群の中に、独り異なった性質を持って生い育ち、独り時節に遅れて咲くそなたを私がいとしく思うように、そなたもまた、偏奇にも世間を遠く離れて修験の道場であるこの大峰に独り修行に励む私をいとしんで)お互い一緒にああいとしいことよと思いあっ(てゆこうではないか、なあ、そうし)ておくれ、山桜よ。(私は世間とは全く交渉を断った身、すべて染着は仏の戒め給うところであるが、でも花への愛着ばかりは許していただいているのだ。そして)花より外には相識る人もな(ければ、勿論相愛の人もな)いのだよ。(それだけに、美しい花への愛着は人一倍強い。それで、さびしい私は、人ではないそなたと、相識相愛といった仲になりたいのだよ。)


〔釈義〕の要旨

お互い一緒にああいとしいことよと思いあっておくれ、山桜よ。花より外には相識る人もないのだよ。


〔義趣討究〕の要旨

① この歌は、金葉集の詞書には「大峰にておもひもかけず桜の花の咲きたりけるを見てよめる」とあり、加持行法において一世の崇敬を集めた作者の修験道修行中の作であることがわかる。初句の「もろともに」は、勅撰集の例によって「迭みに(かたみに)」の意である。

② この歌は、三句切れと見て、初・二句に三句目が呼応していると見るのが構造としては自然で、三句目の「山桜」は呼び懸けの句であるが、この「山桜」と四句目の「花」の関係を諸註は同一の対象として同一視しているが、呼び懸けた後に「なれ(汝)」と呼ばず第三者めかして「花」と言うのは不自然だ。「山桜」と「花」を同一対象と見れば、「知る人」を「我を知ってくれる人=知己」「我が知っている人=知人」のいずれの意でも、山桜の花は既知ないし旧知の者で、今思いがけず発見した詞書と矛盾する。

③ ここにいう「花」は新たに発見した山桜の花をさすのではなく、花一般をさすであろう。この「花」は花に限らず、月雪或いは鳥であってもよく、自然の美しい景物を意味する。「花より外に知る人もなし」とは、世間と交渉を断った出家の境涯に徹していることを意味する。

④ 人に対する愛欲や名聞・財宝への執着は勿論、花鳥とか歌の道に対する愛の染着も罪の行いで、仏の戒め給うたものだが、人や物質的なものに対する愛欲に較べれば、花鳥や歌の道に対する愛欲は遥かに罪の軽いものとして仏も許し給う。行尊の影響を受けた西行の歌の「願はくは花の下にて春死なむその二月の望月の頃」(山家集7058)や慈円の自然詠で首肯される。行尊の歌の「花より外に知る人もなし」という心情は、花に傾倒している心情である。「あはれ」の用法は、愛情や同情の心情をあらわす。

⑤ この歌の上の句は山桜への愬えであり、下の句はそう愬える理由を述べたものである。我が汝を愛するのは、花を熱愛するわが習性であるということになるが、汝も我を愛せよという理由は、花以外に相識の人も相愛の人も無い孤独の境涯で花に愛を求める我を憐れんでくれよというのであろう。

⑥ この歌は、世間を離れて険阻な幽境に孤独の身をおいてひたすら修行する行者の我と、同じ幽境に孤独の生をひたすら生きて人知れず花を咲かせる山桜が、奇しくも出会ったのである。西行の「さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里」(新古今627)の境地を、時と所と対象を変えて実現したような場面なのである。


〔鑑賞〕の要旨

① 李白の山中問答詩「問余何意栖碧山 笑而不答心自閑 桃花流水杳然去 別有天地非人間」と行尊の歌を比較すると、自ら求めて山中に栖み俗塵を去って別天地の大自然の中に独り清らかに生きる点は共通だが、李白の詩では悠々自適の生を楽しむのに対し、行尊の歌は求道修行のために苦しむ。前者は俗世間への未練を生じないが、後者は世間への未練に悶える。

② 幼児より宿命的に出家の道を選ばせられた行尊のような場合、普通に言う厭世とは異なり青春の恋情などの苦悩も経験したにちがいなく、「花より外に知る人もなし」の嘆きは人への飢えの叫びであり、わが生きる道への諦念の表白である。この孤絶の孤桜を発見して、心の底に眠っていた京恋しさ人恋しさが意識の上に噴出して、改めて孤桜への同類意識に「もろともにあはれと思へ」の愬となった。

③ 行尊大僧正集の詞書には「おもひかけぬ山なかにまだつぼみたるもまじりて咲きて侍りしを、風に散りしかば」とあるが、「もろともにあはれと思へ」には、「我をあわれと思って、どうぞ散り急ぎをしないで、できるだけ長くその美しい姿を私に見せてくれよ」の意を含んでおり、また詞書と切離してもそういった意味を余情として持っている。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の行尊の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。今回も〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、三句目の「山桜」を呼び懸けの表現と認定したうえで、四句目に出て来る「花」という表現を諸注釈が「山桜」のことだとする説を退け、この「花」というのは「月雪」や「鳥」を含むような自然の景物のことだと力説しております。その結果、四句目・五句目の「花より外に知る人もなし」というのは、出家の孤独な境涯を述べたもので、それが大峰で出会った山桜に呼び懸ける理由になっていると主張しています。確かに、「山桜」と呼び懸けておきながら、それを冷めた調子で「花」と言い換えているというのは、従来の諸注釈が看過して来た弱点でありまして、どうして下の句が「汝(なれ)より外に知る人ぞなき」と、山桜を二人称でとらえ直ししていないのかという説明としては、一定の説得力があるように見えます。しかしながら、初めて巡り会った「山桜」に対して、自分は修行者だから執着は断っているけれど、雪月花や花鳥風月とは友人だからよろしくねと声掛けしているというのは、何か少々無理があるような気もいたします。


従来の注釈書が、「山桜」も「花」も眼前の大峰の桜で、どちらも二人称だと決めつけて、行尊の歌を擬人法の歌として解釈しているのに対して、著者は下の句を仏道修行の行者の歌として執着をとことん捨て去りながらも、雪月花や花鳥風月は捨てきれず、花とはお友達だからよろしくねと挨拶していると考えたようです。


ところで、非常に気になりますのは、著者は〔鑑賞〕のところで行尊大僧正集の詞書を引用しているのでありますが、この詞書の下に大峰で詠んだ歌が三首ありまして、「もろともに」の歌は三番目に当たります。二番目の歌は「折り伏せて後さへにほふ山桜あはれ知れらん人に見せばや」というものですが、この歌の「あはれ知れらん人」と言う表現を見ると、実は「知る人もなし」の「知る人」が、「風流を解する人」であることは火を見るより明らかでありまして、著者は不思議なことにこれを見落としています。実は従来の注釈者も、行尊大僧正集を引用しながらこの事には無関心でありましたので、著者だけの手落ちではありません。よって、「知る人」を「風流を解する人」とみなした場合の、解釈の方向性を探ってみると、次のようになることと思います。


もろともに(ここで出逢ひたる定めを)あはれと思へ山桜(この大峰には)花よりほかに(物の心を)知る人もなし


山桜よ、思いがけずお前を見てほれぼれ感動した、私以外にお前を眺める人はおるまい……ということは、お前も私を見てこの運命の出会いに感動しておくれ。この花以外、この大峰には私と共感できる風流を解する人もいないのだ。(粗忽謹訳)


〔蛇足の蛇足〕

上三句は擬人法でいいと思います。「山桜(よ)もろともにあはれと思へ」の倒置ですから、山桜の擬人化はそれでいいと思います。命令形になっているのを深読みすると、「我は汝をあはれと思へど、汝は我をあはれとは思ふや」ということで、擬人化とはいっても、山桜が同感するとは思っていない節があります。結構、冷静なお坊さんであります。下二句は安易に擬人法だと考えるのは不可であります。言葉を補ってみますが、可能性は二つあって「我には花よりほかに知る人もなし」なのか、それとも「花よりほかに我を知る人もなし」なのかなんですが、近年の注釈は後者を例外なく支持しているのであります。そこがおかしいと思います。擬人法の歌だから「花が我の心を知る」という理解をして、その結果「もろともにあはれと思へ」という命令形が成立するという道筋ですが、たぶんこの解釈は大間違いのはずです。じゃあ、前者がいいかというとそうではありません。実は、著者の桑田明氏のように「わたしには花よりほかに知己・知人もいない」という注釈書もあるにはあるんですが、それはもう一歩でありまして、やっぱり不十分だと見えるのです。もったいぶらずに示すと、すでに上で表明したように、実は「ここ大峰には花よりほかに風流人もなし」という意味ではありませんか。


「花よりほかに風流人もなし」を擬人法と言うのは簡単ですが、これは実は「結局ここにも風流人はいない」ということを言っているにすぎません。「だれも風流人はいないのだ」と行尊大僧正は思っていたはずであります。


「知る人」というのは慣用句になることがありまして、デジタル大辞典によれば、①知人・知り合い、②愛人・愛する人、③情趣を解する人、ということでありまして、ほらほら古典を読む人なら③の「情趣を解する人」というのは、「心ある人」なんかと並んで、和歌を詠むような風流人を語る時には大切なんじゃありませんか。つまり、すばらしい雪月花や紅葉を見た時には、それを「心ある人」や「知る人」に告げたい、この場に風流の分かる「心ある人」や「知る人」がいたらいいのに、というのは古典の基本でありましょう。諸注釈はそのことをすっかり忘却してこの行尊大僧正の歌を解してみようとしているのであります。はっきり言って、これまでの注釈者は、現代語であれこれ考えているに過ぎないのであります。


下二句は、「ここ大峰には、花よりほかに、この感興を共有する風流人もいない」と述べているはずです。「風流人なんてここにはいないさ」と冷めているのであります。


おそらく行尊大僧正の歌の構造は、上三句と下二句が倒置の関係にありまして、先行する認識は下二句であり、これが原因となっていて、その結果上三句の強烈な命令形が発せられるという構造なのでありましょう。歌を繰り返し朗詠することで、下二句が先行し、上三句がそれに追随するという形になって、一首が完結していくはずなのです。つまり「ここ大峰には花よりほかに(この今の感興を分かち合うような物の心を)知る人もなし、故に、山桜(よ)もろともに(この思ひがけぬ大峰の出会ひを)あはれと思へ」ということを詠んだ歌であります。よって、現実的には桜の花が「知る人」ではないことをかみしめながら、桜の花との逢瀬をともに喜ぼうとしている歌であります。この「知る人」は「知人」「知己」では物足りなくて、やはり「風流人」「風情を解する人」でなければなりません。


君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る

  (『古今集』巻第一・春上 38番 紀友則「梅の花を折りて人に贈りける」)


誰をかも 知る人にせむ 高砂の 尾上の松も 友ならなくに

   (『百人一首』第34番 藤原興風)


友則の「知る人」は「風情を解する人」でありますし、興風の歌では「知人」でありました。「知る人」の慣用句を使ったこんな歌があった事も忘れて、「我が心を知る人は花」だというような甘い甘い解釈は、お花畑の中の解釈という気がいたします。むしろ、「この修行の地である大峰には、花よりほかに知人なんていない。実際のところは花も知人たりえないが」、とう解釈の方がましでありましょう。そこをもう一歩進めて、「知る人」を「風情を解する人」「風流人」と捉えれば、一首の狙いが見えてくるのです。修行に励む大峰で思いがけず山桜をうっとり鑑賞してしまったものの、その風情を共有する「知る人」なんて大峰にはいないわけです。じゃあ、しょうがないから「山桜君自身に賛同をにお願いしようか」、というわけですね。この歌は、人生の苦みの効いたおしゃれな歌だったんです。


〔蛇足の蛇足の蛇足〕

『金葉集』巻第九・雑上 556(510)番

      大峰にて思ひがけず桜の花を見てよめる    大僧正行尊

もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし 


『百人一首』の第66番の歌でありますけれども、こんな見た目に簡単な歌に問題があるとは思いませんでした。たぶん、2011年に扱った時には、割と近年の注釈書の解釈がピンと来なくて困ったのだろうと思います。下二句の解釈がでたらめではないかと言うところまでは勘付いたのでありますけれども、おそらく決定的な考えがまとまらないまま、次の歌に興味を注いだのだろうと思うのです。解釈の可能性は次の三つであります。


   A (我には)花よりほかに 知る人もなし

   B 花よりほかに (我が心を)知る人もなし

   C (ここ大峰には)花よりほかに 知る人もなし


Aの解釈をする注釈書も多いのでありまして、その場合の「知る人」というのは「知己」「知人」「旧知の人」なんですが、「大峰にて思ひがけず桜の花を見てよめる」という『金葉集』の詞書となんとなくちぐはぐするのであります。Bの解釈は近年の注釈書にあるものですが、さて日本語の普通の文体で、目的格の明示をしないで済むのかどうかと考えると、済むはずはないことでしょう。この場合、まったくの擬人法で花が人の心を知るということを言っているので、児童・生徒は納得するでしょうが、大僧正ほどの人がそう思って歌を詠むものかどうか。この場合、「知る」は「察知する」「推察する」という単なる動詞であります。たぶん、正解はCでありまして、この場合「知る人」は「風流を解する人」「風流人」でありまして、古典では基本的な慣用句だと思うのであります。どうして、みんなこれを無視したんでしょう。


そう思って、『行尊大僧正集』の当該歌の詞書を見たり、直前の歌を見たら、どうやら「大峰には花よりほかに風流を解する人もいない」というCの理解で正解のようです。この歌集を親切に引用している注釈書もありますが、どうしたんでありましょう、誰も「知る人」の解釈に役立てなかったようです。引用しておいて無視するというのは、非常に不思議な態度ではないかと思いました。


      やまのなかに桜の咲きたるに、つぼみたるをさへ

      吹き散らされて侍りしを見て、

山桜いつをさかりとなくしてもあらしに身をもまかせつるかな

      風に吹き折られて、なほをかしく咲きたるを、

折り伏せて後さへにほふ山桜あはれ知れらん人に見せばや

もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知れる人なし


「もろともに」の歌の前の「折り伏せて」の歌を見たら、「知れらん人」とありまして、これはどう考えても「風流を解しているような人」という解釈しかできないもので、同じことを「もろともに」の歌でも表現しただけであります。「知れらん」は、四段動詞「知る」の已然形に、完了・存続の助動詞「り」の未然形と婉曲の助動詞「ん(む)」の連体形が付いたものであります。「もろともに」の歌の末句の「知れる」は同じように、四段動詞の已然形に完了・存続の助動詞の連体形「る」が付いたもので、『百人一首』と少し表現が相違しております。二番目の歌で「山桜の咲き誇る情趣をそれが分かる人に見せたい」と述べ、三番目の歌で「この情趣を分かる人は花以外にはいない」と修行の場である大峰の環境を考えて述べたわけです。つまり、もはや自分以外にヤマザクラの風情を解するものがここにはいないのだという、孤絶した土地での感動体験の吐露なんであります。


しかしなあ、もともとの家集まで引用しておきながら、「知る人」の解釈を間違えるというような状況を、一体どう捉えればいいのか分かりません。憎まれ口をたたくのをお許しいただきたいと思います。注釈書の多くは専門の研究者によるものなんですけれど、研究して出しているというのとは違うのかも知れません。ひょっとして、一般には劣った説を流布し、密かに大枚はたいて入門した弟子には秘伝をこっそり教えるというような、中世古今伝授のような世界が、まだこの日本には存在するのかもしれませんね。和歌の「闇」は、深くて暗くて恐ろしいのだろうと想像するばかりであります。もちろん、闇などなく、単に本を機械的に出版しただけなのでしょう。実際の作業は、学生のアルバイトが従来の注釈を切り貼りし、出版社員が校正して出来上がりであります。年末に出せば売れたことでしょう。もちろん、以上のような勘繰りは冗談であります。


陰謀論であるとか、あるいはコンプライアンスに欠けた出版があったとかいうのは最初に浮かんだだけのことで、たぶん古典の和歌の解釈がむずかし過ぎるのが原因の第一かと思います。普通に考えると、行尊の歌が現代語に近いところがあるので、みんながみんな油断したというだけのことかもしれません。古典というのは、やっぱり文学的にも語学的にも油断大敵だということなのであります。一筋縄では行かないものだと肝に銘じないと、解釈に失敗するのであります。 

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