超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(63) 藤原道雅

今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな     左京大夫道雅

       (後拾遺、恋三、750)


〔釈義〕(あの方の所へ、忍んで通う手だてももう絶えてしまった。)今となっては(諦めるより外はないのだが、)ただ一つ(の願いとして)、結局諦めがつくようにしましょうとたった一言言うだけのことを、人伝てではなくじかに、あの方の前でする方法でもあったらなあと思うことだ。(それさえ出来れば、何とか諦めもつくであろうに……。)


〔義趣討究〕の要旨

① この歌は、後拾遺集の詞書に「伊勢の斎宮わたりよりまかり上りて侍りける人に忍びて通ひける事を、おほやけも聞し召してまもり女などつけさせ給ひて、忍びにも通はずなりにければ、よみ侍りける」とあり、作歌事情は明らかである。

② 歌中の「思ひ絶ゆ」は、「思ひ絶えわびにしものを中々に何か苦しく相見そめけむ」(万葉集巻四、750)等の例によって「諦める」意味であることが分かる。ここの「絶えなむ」の「む」はいわゆる意志をあらわす場合と考えられ、「結局絶えるようにしよう」の意と見るべきである。

③ 「思ひ絶ゆ」は、「思ひが絶ゆ」の意味構造であると見えるものの、「思ひ捨つ」が「身をばさて思ひぞ捨てしうつせ貝空しき恋のうらみせし間に」(続千載集1570)の例を見ると「思うことを捨てる」意と考えられるように、「思ひ絶ゆ」は「思うことを絶えるようにする」意である、それが「諦める」の意になったのであろうと考えられる。

④ この歌で、「ただ」が修飾する語は、「思ひ絶えなむ」「とばかり」「いふ」のどれかが考えられているが、私見ではそのいずれでもあるとともに、二句以下全部に係っている。「もがな」は、「でもあったらなあ」と希望する趣の意味である。


〔鑑賞〕の要旨

① この歌は、禁断を犯した報いを受ける身の、最後の願いをこめた悲恋の歌である。諦める決意をあの方の前で証言するという目標を設定して心を集中させた、精神の自己防衛的な意味を持つ独語的な歌であり、当子内親王に使いを立てて贈った歌であろう。

② この歌は、最後の目標を立てて心の収拾をつけている場面や、空想である最後の面会の場面ばかりでなく、悲恋そのもののはじまりから恋の経緯までも浮かべさせる哀切で、喚起性に富んだ歌である。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の藤原道雅の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、さらに音調面の分析などがありましたが、それらを今回もまた乱暴にそぎ落としております。今回も〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、今回の〔義趣討究〕や〔鑑賞〕では、「思ひ絶ゆ」について、幾つかの例歌を取り上げて追及していますが、類例である「思ひ捨つ」なども参照したうえで、「思ひ絶ゆ」を「思ひが絶ゆ」という構成の語ではなくて、「思ひを絶ゆ」という構成の語ではないかと推察し、その結果「諦める」という従来注釈書が採用して来た解釈と折り合いをつけております。ここで注目すべきは、どうやら著者の目から見ても、「思ひ絶ゆ」という動詞は熟した表現ではなく、「思ひ」と「絶ゆ」を分けてその間に助詞を挟むべきものと映っていたということかもしれません。これまでの注釈書は、「思ひ絶ゆ」についてこうした指摘をしてきませんでしたので、現代語に「思い絶える」などという熟語がないことを気にしていた立場からは、著者の丁寧な分析を大変貴重であり、優れたものであると賞賛し賛同したいと思います。その上で、一つ今回思いましたのは、「思ひ絶ゆ」を「諦める」という意味にとる場合、この「思ひ」というのは、「思慕・恋慕」の意味であることを前提にしているわけですが、ひょっとして、この歌の「思ひ絶ゆ」の「思ひ」というのは、「思慕・恋慕」ではなく、「物思い」とか「苦悩・懊悩」の意味ではないのかと思った次第です。こうした意味の「思ひ」の例は桑田明氏も挙げていて、「咲けば散る咲かねば恋し山桜思ひ絶えせぬ花の上かな」(拾遺集、春、36、中務)という歌ですが、一見すると「思ひ」は「思慕・恋慕」とも解せますが、この歌の詞書は「子にまかりおくれて侍りけるころ、東山にこもりて」とあるので、子供に先立たれた心中としては「苦悩・懊悩」のほうがふさわしい例です。


「思ひ絶えなむ」の「む」について、著者の桑田明氏は通説通りこれを意志の助動詞であると断定しておりまして、それ以外の可能性を全く考慮していません。しかしながら、恋の相手に伝えたいのが「思ひ絶えなむ」という一言であるなら、この場合の「なむ」は口語的な表現で、実現不可能な希望・願望を伝える終助詞の「なむ」のほうがふさわしいのではないか、と感じるのであります。そして、これまで私自身も従来の「思ひ絶え」の解釈に引きずられて、「思ひ」を「思慕・恋慕」の意味であろうと考えておりましたが、ここはそうではなくて、それとは全く逆の「苦悩・懊悩」の意味であると考えるべきだと思い至りました。禁断の恋が発覚して、二人の仲を引き裂かれている状態で、男性側が相手の高貴な女性を思いやる言葉としては、「あなたを諦めよう」とか「あなたは私を諦めてほしい」というような内容よりも、「あなたにはこの禁断の恋の苦悩が絶えてほしい」と願っているわけで、これはすなわち「あなたに恋の苦悩を与えた私を忘れてほしい」という内容と考えられ、恋をリセットしてなかったことにしたいという趣旨が、道雅の立場としてはふさわしいのではないでしょうか。


今はただ、「あなたにはこの禁断の恋の苦悩が絶えて、私のことを忘れてほしい」ということだけでも、人を介してではなく、あなたに直接私の本心からの言葉として言うすべがあるといいなあ。(粗忽拙訳)


なお、著者は「ただ」と言う副詞を、それ以下のすべての表現に係るのだと主張して止まないのでありますが、「ただ」は「ばかり」と呼応して、伝言部分を強調していると見るべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか。ただ、何の障害もなく相思相愛の関係であるならば、人を介して最後の別れの言葉を伝える必要なんてないわけですが、禁断の恋が露見して手紙さえ届くかどうか分からないという情況における言葉としては、相手に引き起こした苦悩を少しでも解消してほしいというような願いが妥当ではないかと思います。深いお詫びの言葉で二人の関係を閉じたいというような思いやりだと、胸をより強く打つと思うのですが、さて、賛同いただけるでしょうか?


〔蛇足の蛇足〕

あまり馴染みのない人物であります。中の関白藤原道隆の孫でありまして、世が世なら藤原道長なんかよりもこの方のほうがえらかったはずなのであります。そんな人は皇族にも貴族にもあまたいるわけで、『百人一首』の中なら、在原業平(17番)がそうですし、元良親王(20番)なんかもそうでありまして、この人たちは世が世なら王様であったかもしれないというのは当時周知のはずでした。藤原道雅も、父の藤原伊周さんが右大臣であった時は栄進していたんでしょうが、花山院暗殺未遂事件のあおりをうけまして不遇に終わった人と言うことです。『百首異見』なんか、ものすごく素っ気ない扱いでありまして、確かに背景はいろいろあるんですが、言うべき事がないということは感じますね。どうして、この歌が百首の中にあるのか、微妙であります。


いままでも微妙な歌はいっぱいありましたから、もうそんなに驚きはしないわけであります。なれっこ。ただ、この歌の状況を見る限り、『源氏物語』を歌を詠む時の必須の教養としていた俊成・定家の御子左家にとっては切実な歌のはずです。六条御息所の娘で、伊勢の斎宮であった秋好む中宮に光源氏が恋慕するという場面もありますし、そもそも藤壺をかどわかすのも禁断の恋ですし、朧月夜の内侍との関係だって、光源氏は大やけどを負う羽目に陥ったのでありました。それなら、この歌は外せないかもしれません。在原業平の歌にそうした伊勢の斎宮関連の歌を採用しなかったのは、こんな歌が控えていたからとも言えましょう。


そして、もっと微妙なのは、最も肝心な「思ひ絶えなむ」のところの解釈が、そろいも揃って注釈書は「なむ」を、完了(強意)の助動詞に意志の助動詞の連語として処理し、「諦めよう」「思い切ろう」あるいは丁寧表現を加えて「諦めましょう」「思い切りましょう」と訳しているんですが、大丈夫なんでしょうか。いえいえ、もったいぶらずに言えば、大丈夫ではなくて、いい加減そのものであります。現代語には「思い絶える」という動詞がありませんし、46番・曽禰好忠の「由良のとを」の歌の「かぢをたえ」でも問題になったように、和歌における「絶え」の解釈は常に危ないのでありますね。普通に訳すと、どうもここは「思ひ(は)絶え・な・む」で、「愛の思いが消えるだろう」が穏やかな解釈のはずなんですね。


それから、この「なむ」はたぶん識別不能でありまして、別の解釈の可能性があるんだけれども、中には、「絶え」を未然形として「なむ」を終助詞の「~してほしい」の意に取るのを、一言のもとに切り捨てている注釈書もあります。ほんとにそうなんでしょうか。「あなたの愛の思いは消えてほしい」でも通じるのではないのかと、首を傾げるばかりでありますね。「絶つ」なら、「消す」「なくす」でいいんですが、「絶える(絶ゆ)」だと「消える(消ゆ)」「なくなる」ではないのかと思いますね。そして、著者の桑田明氏の分析に導かれて、どうやら「思ひ絶ゆ」は「思ひ」と「絶ゆ」に分けて別の単語と見るのがいいと分かりましたので、さらに一歩進めて、この「思ひ」を「思慕・恋慕」ではなくて「苦悩・懊悩」とするならば、「思ひ絶えなむ」は「あなたにはこの禁断の恋の苦悩が絶えてほしい」「苦悩を与えた私を忘れてほしい」といういたわりの言葉と解する道が開けたように思います。恋を断念するの痛みに耐えながら、精一杯相手を思いやる言葉として提示してみたいと思います。


さて、藤原道雅の恋の相手は、三条天皇の女一宮なんですけれども、この人は伊勢の斎宮としてしばらく伊勢に赴いていた人であります。三条天皇の引退に伴って京都に戻ったんですけれども、二人の恋愛は三条院の許可を得ていなかったようでありまして、物議をかもしたようであります。その騒動が噂になりまして、ついには藤原道長の耳に入ったために、道長は事情を知ってそうな人を呼んで話を聞くんですが、どうも要領を得ないことのようでありました。女一宮当子内親王の兄である敦儀親王という人が事態の収拾を図ったようなんですが、結局うまくゆかなくて、お父さんの三条院はあまり良くなかった体調をさらに崩して、まもなく亡くなってしまったんであります。


皇女との交際というのは難しいものでありまして、古くは在原業平が問題を引き起こし、藤原師輔なども随分苦労したのではなかったかと思います。この悲恋にまつわる藤原道雅の歌が『後拾遺集』にそっくり採られていて(恋三742・748~751)、その中の最もシンプルで修辞技巧のない歌が、「今はただ」の歌であります。


『後拾遺集』巻第十三・恋三 750番

伊勢の斎宮わたりよりまかり上りて侍りける人に忍びて通ひける事を、おほやけもきこしめして、まもりめなどつけさせ給ひて、忍びにも通はずなりにければ詠み侍りける  左京大夫道雅

今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな


「思ひを絶たむ・絶ちなむ」なら「む」は意志でいいかもしれませんが、「思ひを絶えむ」「思ひを絶えなむ」では無理かと思います。じゃあ「思ひ絶えむ・絶えなむ」の「む」を推量にして成り立つかというと、成り立ちません。密通なんてけしからんと言うことで、病弱の父院に代わって兄の親王が女一宮を引き取ったというのでありますから、もはや恋愛感情は絶えようとしていると持ち出して、自分から男が「私の愛情は絶えるだろう」って直接言うのはお馬鹿さんでありますよね。


ということは、ひょっとして、注釈者が切り捨ててきた、願望の終助詞のほうが当てはまりかねませんね。「あなたにはこの禁断の恋の苦悩が絶えてほしい」「苦悩を与えた私を忘れてほしい」すなわち「もう悩まないでほしい」ということなら、自分は今でも愛しているが、添い遂げることが困難な状況では、どうか私を忘れて悩みから解放されてほしいということになりまして、納得の断念の歌なのでありますね。相手に直接言う会話調なら、終助詞というのは非常に妥当であります。そういう使い方に適しているのが終助詞なのです。ついでに、「む」の適当とか勧誘の用法も考えてみましたが、「私の愛情は絶えるがよい」「あなたの愛情は絶えるがよい」というのは、願望の終助詞に訳が似てきますが、「思ひ」に対する勧誘というのは、滑稽でありますね。却下でしょう。


どうやら、通説をひっくり返す大手柄でありますが、あくまでも「思ひ絶ゆ」という動詞を認めないという上でのことでありますから、そういう動詞があって、それが「断念する・あきらめる」という積極的な意味なら通説でいいわけです。そう思って辞書を見ると、これがありますから、驚くわけです。おそらく、今回の道雅の歌の読解と整合性を持たせるために、辞書に出て来るという可能性は、考えて見るべきでしょう。


そんないい加減なことでいいわけない、と思いますけどね。考えてみれば、道ならぬ恋で誰かに邪魔されて断念するなら、最後に相手に言いたい言葉は、悩みから解放されて私のことを忘れて下さいってことであります。それを「思ひ絶えなむ」と言ったんですね。これで解決しました。改めて確認しますが、そう言う局面で「私はあなたをあきらめよう」って言いに行くのは、愚か者ですね。道雅は愚かではありますまい。


もう一度確認すると、「思ひ絶えなむ」は「思ひ・絶え・なむ」で、「あなたにはこの禁断の恋の苦悩が絶えてほしい」「苦悩を与えた私を忘れてほしい」、すなわち「私との恋は忘れてほしい」と直接伝えたいと道雅は言いたいのであります。そして、実は「私のあなたへの愛の思いは、消えるどころか、燃え続けています」と伝えたいのでありましょう。「なむ」は、希望・願望・あつらえの終助詞でありまして、それを否定する材料はないと思います。


〔蛇足の蛇足の蛇足〕

注釈者の多くが、二句目の解釈を「あきらめてしまおう・断念しよう」と訳して、まったくためらいを見せないのでありますね。これを修正するためには、おそらく「思ひ絶ゆ」という動詞の使用例をしらみつぶしに捜しだしまして、それが意志の助動詞と結びつきがたいと言うことを証明するんでありましょう。私には根気というものがありませんので、素人の浅はかな考えを抱いたまま「大手柄」などと吹聴して回るわけですが、おそらく注釈者の方たちは、検討し尽くして否定しているのかも知れません。ただ、ここまで、『百人一首』を三分の二ほど検討して見ると、注釈書の多くは動詞の解釈が甘いと言うことが目立ちまして、特に現在と使用法が違っているものについて、先行する注釈書のままの解釈で済ませていることが多いわけです。構造的な問題があることでしょう。桑田明氏の著書は、筆の赴くまま好きなだけ書いたものですから、時々従来にない視点で問題を掘り起こしておりますが、珍しいことだと思います。


あまりうまくは言えませんが、深く研究する前に、それぞれの先生方は教壇に立って講義をするわけで、そういう段階では通説に乗って解説するのではありませんか。まことしやかに語るうちに、自説の如く語ることでしょう。それに、『万葉集』から『新古今集』まで、歌風の違う歌があるわけで、研究の進捗状況もばらばらですから、新説を反映することはありえても、一首一首の読解の手間はとりにくい、そう言うことでしょうね。分野違いは扱いかねることでしょう。それから、通常は大家が著者ではありますが、弟子筋が原稿の下書きをしたりしますので、珍奇な新説が採用される可能性は低いのでありましょう。こうした憶測が的外れであることを祈っております。 

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