超分厚い『百人一首』の注釈書を読んでみる(8) 喜撰法師

わが庵は都のたつみしかぞ栖む世をうぢ山と人はいふなり    喜撰法師

    (古今、雑下、983)(六帖31761、山) 


〔釈義〕

私の栖処は(どこかといいますと、)都の東南(都の東南といっても広いがどこだったっけ、ええと、人の栖むところじゃない)、鹿がさ栖んでいる所、そんな所である宇治山に(喜撰は)世間を厭うてああして栖んでいる(よ、と人は言うげな、)その世を憂ぢやま、(そうそう、)その宇治山と、(このあたりを)世間の人は言っていますげな(。私の栖処はそこにあります。おもしろいでしょう)。


〔義趣討究〕の要旨

① 古今集に「題知らず」として採られているが、六帖には「山」の部に入れられ、初句「わが宿は」五句「人はいふらむ」となっている。

② この歌を、普通には三句切れとして「……このように結構心静かに住んでいる。だのに」のように解するが、「しか」は「そのように」「そう」のはずだが、副詞「かく」と同じ意味にとるのは不適切だ。

③ この歌を、三句切れと見る時、上の句と下の句の続きがぎこちなく、通説では逆接と取っているが、何かしら円滑さを欠く。

④ この歌を三句切れとは見ないで、「わが庵は」と「都の巽」以下が主述関係を構成する一文と解すると、「しか」の問題も、三句切れ逆接のぎこちなさも解消する。

⑤ 「しかぞ栖む」の「しか」は「かく」と同様の意味ではなく、「そんなに・あんなに」意味でこれに「鹿」を掛け、「世をうぢ山」は「世を憂がる」と「宇治山」とを掛けている。


〔鑑賞〕の要旨

① 古今集の序で「詞微かにして始め終り確かならず」「其詞華麗而首尾停滞」「詠める歌多く聞こえねば、かれこれ通はしてよく知らず」という評は、この「わが庵は」の歌に当てはまる。

② この歌は、「わが庵は」が主題であり、「都のたつみ」以下が述部であって、通説の三句切れの歌ではない。「しかぞ栖む世をうぢ山」の部分が人の言葉であり、それが引用としてくくられるもので、「と人はいふなり」が地の文である。この点が「始め終り確かならず」に当てはまる。

③ 「たつ」「み」「う」という暦の動物名(十二支)に「しか」を加えて折り込み、物名歌めかしている点は、古今集序の「詞微かにして」「詞華麗」という評に当てはまる。

④ 下の句で、自分の事を他人事のように言っているところは、隠遁貴族や修行僧の暗さがなく、隠遁者への固定観念をからかっている。

⑤ 音調面から見ると、万葉調ではなく、軽妙洒脱な古今的な格調の歌である。


〔蛇足〕

以上は、昭和54年(1979)に風間書房から刊行された桑田明氏の著作『義趣討究 小倉百人一首釈賞 ―文学文法探求の証跡として―』の喜撰法師の歌に対する注釈を、勝手にまとめたものでありまして、実際には、和歌の文法的な構造を記号で示した部分や、豊富な和歌の引用があったものを、乱暴にそぎ落としております。〔釈義〕と〔義趣討究〕・〔鑑賞〕の三段階で分析したものですが、それらが緊密に関連していて、著者の主張を構成しておりまして、かつ、実は刊行当時の『百人一首』の注釈書とは大きく対立しております。さらに重要なのは、その見解が非常に的を射ていて、これまでの注釈の方向に変更を迫るものと感じられます。


桑田明氏の見解は〔義趣討究〕後半で示されていますが、実はそれほど明瞭ではなく、〔鑑賞〕を参照することで、ようやく真意がつかめるようなところがあります。その主張は、「しか」についての従来の説への疑問から発しておりまして、結論としては三句切れではないというものなのですが、はっきり言って、従来のこの歌に対する解釈を根底から覆すようなところがありまして、従来の解釈にこだわる人にとっては受け入れがたいものかもしれません。ざっと近年の注釈書を見たところでは、桑田明氏の見解について触れているのは、島津忠夫氏『新版百人一首』(角川ソフィア文庫)の補注だけでありまして、その島津氏も、桑田明氏の三句切れ否定を二句切れの主張と誤っております。若い世代の解釈に影響していないのかと探りましたが、おしなべて「しか」を「このように」と訳していますから、たぶんこの分厚い著作は(和歌の専門家の著作ではないので)無視されているようです。和歌の専門家といっても、どちらかといえば和歌史の専門の人が圧倒的だと聞きますので、仕方ないのかもしれません。


   春は曙、やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる。

               (枕草子 一段)


〔義趣討究〕の結論に近いところで、桑田明氏は枕草子第一段の冒頭の一節を引用して、これが喜撰法師の「わが庵は」の歌に構造的に類似だと紹介しているんですが、この一節の最初の所を、「春は曙。」と句点をあしらう解釈というのがありますから、島津忠夫氏が二句切れの主張と誤解したのもやむを得ないのですが、よく読めばそういうことを言っているのではなくて、「わが庵は」や「春は」というのは、それ以下の述語部の主語になっているのではないかと指摘しているのであります。その指摘以上に重要なのが、「と人はいうなり」という世間の評判を述べている場合の、その世間の評判が「しかぞすむ。世をうぢやま」という部分だと指摘するところでありまして、格助詞「と」の引用のはじめを三句目から四句目にかけてだと桑田明氏は主張するわけですが、これが大手柄だと思われます。そう取る事によって、「しか」が他者から見た喜撰法師の生活であり、並列する「世をうぢ山」との並列によって、「しか」の内実も確定するわけです。


なるほど、以上の事を受け入れてみると、古今集の序が指摘するような問題点がこの歌には存在していることもわかりますし、またさらに、香川景樹が『百首異見』で、「しか」を「憂し」だと主張していたことが案外正しかったと分かるわけです。念のため、和歌の中で引用されている「しかぞすむ世をうぢやま」の部分について、二箇所の掛詞を踏まえながら、これを桑田明氏の〔釈義〕の解釈に合うように敷衍するなら、「鹿の住む宇治山に、世を憂しと喜撰法師はしか住む」ということでありまして、「鹿の住む宇治山」に対して「世を憂しとしか住む」の意を込めているとすると従来「鹿」が掛かっていないとする説なども、容易に退けられそうです。


〔蛇足の蛇足〕

ほんの少し前まで、三句切れを疑っておりませんでしたので、今回目の覚めるような見解を知って、目からうろこが落ちるという感覚でした。最初に〔義趣討究〕を読んだときには、ほとんど理解できませんでしたが、桑田明氏もご自身の発見を疑って自信がなかったのかもしれないと想像いたします。以前に植え付けられた解釈に縛られていると、今回の有益な見解も、なかなか理解に至らないかもしれないのであります。それでも、学会の権威でもある島津忠夫氏が言及して紹介しているわけですから、その柔軟な態度には敬意を表したいと感じます。

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