北原白秋校訂『小倉百人一首評釈』を読む(90)  殷富門院大輔

90 殷富門院大輔


見せばやな雄島の蜑の袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず


〔評釈〕いつも海の水に濡れてゐる松島の雄島の漁夫の袖でさへ色が変らないのに、自分の袖は苦しい恋ゆゑに涙でぬらす、こんなにも色が染つてしまつた。このやうに涙で色の変つた袖を是非あのつれない人に見せて上げたいものだ。

といふ意で尽きぬ恨みが歌つてある。この歌は千載集恋四に「歌合し侍りける時恋の歌として詠める」として出てゐるが、後拾遺集に「松島や雄島が磯にあさりせし蜒の袖こそかくは濡れしか」といふ歌が作者に印象を与へてゐるのであらう。やや誇張にすぐる感があつて却つて同情をそぐのは惜しい。やはり此頃の歌風の一である。


〔句意〕▼見せばやな=見せたいものだの意で「ばや」は願ふ意。「な」は感歎の辞。▼雄島=陸前の松島地方の雄島の磯の事。▼濡れにぞ濡れし=濡れた上に濡れたとの意。▼色はかはらず=漁夫の袖はいくら海水に濡れても色は変らぬが、自分の袖は血の涙に赤く染つたとの意。


〔作者伝〕

殷富門院は御名亮子と申し、後白河帝の第一皇女で式子内親王の姉君である。安徳、後鳥羽の両帝の准母におはしまして、順徳帝の御養母とならせられ文治三年門院の号を奉られたお方である。大輔はこの門院に仕へた女官の事で、祖父は後白河院の判官代行憲で、父は従五位下信成である。信成に二人の女があつて姉は殷富門院の播磨といひ妹は殷富門院大輔といつたのである。


〔補記〕

句意の最初に出て来る「見せばやな」の解説の「見せたいものだ」の部分が、昭和5年版では「見てたいものだ」とありました。「見て」は「見せ」の誤植と考えて直しました。


作者伝のところに殷富門院亮子の妹として「式子内親王」の名が挙がっていますが、昭和5年版では「成子内親王」となっていましたので、「成」は「式」の誤植と見て直しました。なお、亮子内親王や式子内親王の母の名は「成子」です。


ちなみに、殷富門院が安徳天皇や後鳥羽天皇などの准母だったというのは史実ですが、これは天皇になる予定の皇子の実母が亡くなっている場合などに、他の后が母として指名されたことを言うようです。順徳天皇に関しても、殷富門院が准母を務めましたが、実ははじめ式子内親王が予定されていたものの、彼女の逝去によって、姉の殷富門院が順徳天皇の准母の代役を引き受けたということです。


〔蛇足〕

白秋の評釈では「やや誇張にすぐる感があつて却つて同情をそぐのは惜しい。やはり此頃の歌風の一である」と批判的でありまして、この歌を内容に比べて誇張し過ぎていて、恋に悩む人の歌として見ると共感できなと思っていたようです。その原因は、平安時代後半の技巧的な歌いぶりにあると見ているわけで、不倫問題で苦しんだことのある白秋としては、女性からこんな歌を突き付けられたらいやだなと思った可能性は高いかもしれません。念のため、和歌の表現に即した解釈を抽出して、どのように読解しているのか確かめてみたいと思います。


〇初句「見せばやな」の解釈=是非あのつれない人に見せて上げたいものだ。

〇二句から末句まで「雄島の蜑の袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず」=いつも海の水に濡れてゐる松島の雄島の漁夫の袖でさへ色が変らない(のに)


白秋は、この歌を初句切れ倒置法の歌と理解しまして、初句を最後に訳しています。袖を見せる対象を「あのつれない人」と三人称で明示していますが、どうせなら「あなたに」と二人称で補ったほうがよさそうですが、一般には白秋のような補いが好まれることでしょう。面白いのは、四句目の「濡れにぞ濡れし」を述語ではなく、袖の修飾句にしたことで、賛否が分かれる点かと思います。問題は、白秋が倒置した「見せばやな」の目的格が、訳のなかで補われている点です。


〇初句「見せばやな」の目的格=自分の袖は苦しい恋ゆゑに涙でぬらす、こんなにも色が染つてしまつた。このやうに涙で色の変つた袖を


袖を濡らすのは「恋の涙」と指摘し、漁夫の袖は色が変わらないのに対して、自分の袖は色が変わったとみなしています。句意のところで、「血の涙に赤く染つた」と説明していますが、訳には反映させなかったようです。白秋は、「だに」という副助詞を「さへ」と訳していますので、その結果、漁夫の袖に対して、「まして」見せたいものがあると考えまして、色変わりした赤く染まった袖を提示したのでしょう。以上の白秋の訳出を、古文に還元してみると、つぎのようになるでしょうか。


濡れに濡れし雄島の蜑の袖だにも色はかはらねど、まして、悲恋の涙に染まりて色変はりし紅の袖を、つれなき人に見せばやな。

    (白秋の訳の古文還元)


気になるのは、四句目の係助詞「ぞ」による係り結びを無視している点で、やっぱり「濡れにぞ濡れし」は「蜑の袖」の述語でなければならないでしょう。それから、「だに~、まして~」という語法から見て、やや強引なので、これらを改良すると、次のようになるでしょうか。


雄島の蜑の袖だにも、色はかはらず潮に濡れにぞ濡れし。まして我が袖は、色のかはるまで涙に濡れにぞ濡れし。その我が紅の袖をつれなき人に見せばやな。

    (白秋の訳の古文還元の改良版)


以上のような白秋の理解は、粉本である佐佐木信綱『百人一首講義』や尾崎雅嘉『百人一首一夕話』から受け継いだもので、「血の涙に染まる」「血の涙に濡れて」という指摘や、「つれなき人」という補いは三者一致しております。こうした解釈は、近年の注釈書にも受け継がれていまして、鉄板の解釈と言って差し支えないでしょう。しかし、だったら殷富門院大輔は、次ような歌を詠めばよかったのではないでしょうか。彼女はそういうことを詠みたかったんでしょうか? ちょっと疑問に思うのであります。


見せばやな つれなき人に 涙にて 濡れに濡れたる くれなゐの袖(粗忽改案)


〔蛇足の蛇足〕

『千載集』巻第十四・恋四 884番 

   歌合し侍りけるとき恋の歌とて詠める 殷富門院大輔

見せばやな 雄島の海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず

    

「涙で色の変わった私の袖を見せたいなあ」という歌なのであります。恋に泣き濡れたために、涙を袖でぬぐってみたら、涙が血の涙でありますから。真っ赤っか、この袖を見たら、だれも本気の恋であることは疑いません、まして恋の相手であるあなたは、というような歌なのであります。どこにもそんなことが書いてないのですけれども、これはそういうことが自然に分かる(本当はお勉強してちゃっかり分かる)仕掛けの歌で、とても上手であります。緻密な歌でありまして、このあたりが日本の古典の歌の頂点を形成しているわけです。血涙というのは、普通は蝉の涙のことでありまして、あれだけ鳴いたら蝉の涙はすごい色だろうというのが古代中国の想像力でありまして、秋の紅葉の原因は蝉の血涙なのであります。この歌は、現代では好まれませんが、それもうなずけますね。血涙なんてめったなことでは見たこともないわけですから。


『百人一首』の探索も、90首となりまして、あと一割、10首を残すばかりとなりました。


よく見ると、この歌は初句切れ、そして四句切れでありまして。最後の「色は変はらず」がちょっと宙ぶらりんな感じなのであります。「色は変はらず、濡れにぞ濡れし」ということなのでしょうけれども、これだと音調がちょっと変なのでありまして、このあたりのことを折口信夫さんは卒業論文で論じていたと思います。「濡れにぞ/濡れし/色は/変はらず」というと味がありますが、「色は/変はらず/濡れにぞ/濡れし」というと、何か変なのであります。ともかく、濡れても色が変わらない海人の袖に対して、涙に濡れて色の変わった自分の袖を見せたい、という主張が歌の後から飛び出しまして、その仕掛けは見事なのであります。「だに」という助詞がその仕掛けの大本でありまして、あの海人の袖だって、色は変わんないのよ、って言ってるわけです。でも、私の袖は色が変わったの、とアピールするんであります。本歌取りの歌とされていますが、本歌がなくても、十分理解できますね。


海人は「あま」と読みますが、海士とか海女とか表記いたします。漁師さんや製塩業の人であります。白秋は「蜑」を使いました。「蜑」は虫偏の7画の漢字ですが、もともとは中国南方の水上生活者のことを指す言葉だったようです。



〔蛇足の蛇足の蛇足〕

見せばやな 雄島の海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず

  (『百人一首』第90番・殷富門院大輔)

2021年バージョンでは、この歌に関して特に疑念も抱かなかったようで、従来の解釈の範囲で満足して、後はいろいろと思い出話などをしてお茶を濁していたので、その部分はカットしました。。2023年にこの歌を見ました時に、はっきりと問題点が浮かびまして、困ったなあと思った次第です。


諸説は、「だに」の解釈を誤っているのではないかと思います。前にもどの歌かで触れましたが、この副助詞は現在使われませんので、なかなかニュアンスを捉えるのが難しいんですが、世間では次のように説明することでしょう。


◆「Aだに~、ましてBはいとど~」という類推用法。

      (訳)Aさえ~、ましてBはますます~。

◆「Xだに~意志・希望・仮定・命令」という願望用法。

      (訳)せめてXだけでも、~しよう・~したい・~したら・~せよ。


だから、諸説は類推用法だとして、「雄島の海人の袖だに~、まして我が袖はいとど~」とするわけでありまして、私もかつては「そうかもね」と思っていたわけです。この説には、たぶん二つの弱点がございます。一つ目の弱点は、二つの袖を受ける「~」の部分が「濡れにぞ濡れし色は変はらず」なんでありますが、この表現の「濡れにぞ濡れし」という表現が濡れたことを強調しておりまして、これ以上強調しようがないということです。「だに~まして」の呼応からすると、この「濡れにぞ濡れし」をより強調しなければならないので、じゃあ「私の袖は赤く変わったのだ」と考えるんですが、「色は変はらず」と「色は変はりたる」は反対でありまして、そこが弱点になります。はっきり言うと、述語の部分はエスカレートするのが基本で、正反対になってしまったのでは、この語法にはそぐわないということです。もちろん、そこを無視して、「色は変はらず濡れにぞ濡れし」がエスカレートして「色の変はるまで濡るるが上にも濡れにぞ濡れし」とすることになるでしょう。


百人一首を愛するみなさんにお聞きしたいのですが、白秋のような倒置法は、実は成立しないというか、破綻しているのでありますが、その点はご理解いただけますか?


二点目の弱点のほうが重要になりますが、初句の「見せばやな」は初句切れなので、倒置法となるはずですが、四句目あるいは五句目では倒置できないのであります。四句目の「し」は「ぞ」の結びの連体形ですから、初句には倒置できません。五句目の末尾「ず」も終止形か連用形ですから、せいぜい連用形とみなして四句目に掛かると考えるしかありません。本当は終止形で、文末かもしれません。ということは、ここが肝心かなめ、今回の大手柄になるはずですが、実は、この殷富門院大輔の歌は三句切れなのではないか、ということです。だとすると、その語順を変えると、「雄島の海人の 袖だにも 見せばやな」と言うことになりまして、「ばや」が希望表現の終助詞ですから、「だに」の解釈は願望用法でありまして、「せめて雄島の海人の袖だけでも(汝に)見せたいなあ」ということになります。そうすると、四句目と五句目と言うのは、見せたい理由を述べたということになるでしょうか。つまり、「(そのゆゑは)色は変はらず濡れにぞ濡れし(と汝も知るべし)」というわけで、「袖を見せたいそのわけは、色は変わることなく濡れに濡れたとあなたも気付くはずです」とでも訳すといいのでしょう。


殷富門院大輔の歌は、実は三句切れの歌でありまして、二句目・三句目を初句が受けます。そして四句目・五句目は、海人の袖の状態を説明して、相手にぜひとも見せたい内容を詳細に語ったものです。


この解釈がおそらくよさそうです。「だに」の願望表現は、「せめて~だけでも~したい」というような、最小限の希望ですから、その後の最大限の希望が隠れているわけで、それを示すなら「出来うるなら、汝に我が袖もせちに見せばや」となりまして、それは「濡れに濡れて、今は朽ち果てぬべし」というような状態なら一首は完結するでしょう。「出来ましたら、あなた様に私の袖もぜひともお見せしたい。ほれこの通り涙に濡れに濡れて、もはや朽ち果てようとしておりますよ」ってことでよろしいでしょうか。紅涙まで出すこともなく、袖は朽ちてしまえばいいわけです。もちろん、紅涙がどうしても好きというような、血の気の多いホラーの好きな方なら真っ赤に染まった袖を見せてもかまいませんが、近頃のエログロを避けたい世の中にはそぐわない気がいたします。


憂き人に 海人の袖だに 見せばやな 濡れにぞ濡れし 色は変はらず(粗忽改案)

憂き人に せちに我が袖 見せばやな ただ濡れに濡れ 朽ち果てぬべし(粗忽推奨)

憂き人に 涙の袖さへ 見せばやな 血に濡れに濡れ 色はくれなゐ(粗忽ホラー風)


〔蛇足のさき〕

見せばやな 雄島の海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず

  (『百人一首』第90番・殷富門院大輔)


さて、最後のちょっと思うことを述べますけれども、この歌の二句目「雄島の海人の」が序詞のような働きをしていたら、どうなるんでしょうか。「雄島の海人の(ごとき)」と比喩でもいいと思います。そうすると、別に「朽ち果てた袖」とか「紅涙に染まる袖」などという表現を持ち出さなくても、恋の相手に伝えたいのは「我が袖は濡れにぞ濡れし。色は変はらず」ということで、「つれないあなたに泣いてはおりますが、あなたへの私の気持ちは少しも変ってはおりません」というような未練を伝えた歌になるのかもしれません。それを示すと次のようになるでしょう。


見せばやな 来ぬ人を待つ 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず(粗忽謹製)


どうしてこう考えるかと言いますと、紅涙に染まった袖や、涙で朽ち果てた袖を相手に見せるというのは、恋の駆け引きから言うともう終わってしまった恋の話でありまして、逃げてしまった恋人に罵声を浴びせるようなものだと思います。殷富門院大輔の歌は、『千載集』の恋の部五巻中の四巻めにありまして、実は疎遠になりつつある相手に、戻ってきてほしいというような歌が中心だと思うわけです。つまり、こちらはまだ十分熱意があるよと伝えたいのであります。要するに、「濡れにぞにれし色は変はらず」という「雄島の海人の袖」を、我が袖も同じだとアピールして、せめてそれを逢いに来てくれたら「ご覧に入れたい」というだけの歌のような気がいたします。諸注釈は「だに」を類推用法と誤り、さらに「見せばやな」の目的格が、あくまでも「濡れてはいるが、変色していない」袖であるということを、見失ったのでありましょう。


従来の注釈者は、考え過ぎたようでありまして、この歌を血の溢れかえる歌に仕立て上げ、文法事項のミスには気付かないというようなお粗末な解釈を続けてきたのであります。注釈者の中には、「この歌は、どうかんがえても後味のよくない歌である。恋愛も歌も、血なまぐさくなってはおしまいである」(久保田正文『百人一首の世界』)という意見までありまして、おそらく白秋も同じような意見だったのだと思います。今回の結論が正しいなら、後味の良い歌として享受してもらえそうです。


ついでに言うなら、五句目の「色は変はらず」の「ず」を終止形にしまして、四句目との倒置とはみなさないという解釈ができそうです。そうすると、真の狙いは五句目の「色は変はらず。」ということですから、ますます、この歌は「血の涙」とか「紅涙」から解放されて、万人に受け入れやすいマイルドな恋の歌になることでしょう。実は、とてもいい歌だったのかもしれません。 

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