北原白秋校訂『小倉百人一首評釈』を読む(86) 西行法師
86 西行法師
なげけとて月やは物を思はするかこち顔なる我が涙かな
〔評釈〕人々に物思ひを強ひるやうに、大空の月は輝いてゐるのだらうか、いやさうではないのだ。自分の心に物思ひがあると、空を見てさへ何となう悲しくなつて涙を流すのである。それを月の為に歎くもののやうに、かこつけがましくこんなにも涙がこぼれて来る。
といふ意で月に対して恋人がしのばれ自然に出る涙を月の為に流すやうにかこつけがましく歌つたのはよく考へたものである。恋するものの哀傷の傷が巧みに詠まれてゐる。西行は自然のままを歌ふのが特徴であるが、この歌はむしろ彼の特徴でなく、その頃の時代の風に従つた詠み方である。「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」などは自然そのままである。
〔句意〕▼月やは物を思はする=月が物思ひをさすのであらうかいやさうではないの意で、「や」は反語。▼かこち顔=かこつけの約で、かこつけがましい様子。即ち涙が月のために流れるやうに月に罪を負はせ顔といふ意。
〔作者伝〕
俗名佐藤義清といつて秀郷九代の孫、左衛門尉康清の子である。武勇の名ある家に生れた彼は鳥羽上皇に仕へて北面の武士となり、兵法にも通じてゐた。又和歌に秀で上皇の神愛を蒙つたが、遁世の念を抱いて保延六年には出家して円位と改め更に西行と改めた。時に二十三歳。一箇の杖、一箇の笠とによつて諸国を行脚し、風景に接しては歌を詠んだ。逸話も多く、釈迦の入滅日に世を終らうと願つて建久元年二月七十三歳で入寂した。山家集は彼の家集である。
〔補記〕
作者伝に問題がありますが、今回はすべて微妙なものです。
まず、「秀郷九代の孫、左衛門尉康清の子」は、昭和5年版では句点がなく「秀郷九代の孫左衛門尉康清の子」となっていましたが、どうやら西行は秀郷を初代とすると九代目に当り、父の康清が八代目に当たるようです。よって、句点を打ちました。
次に、「彼は鳥羽上皇に仕へて」の部分は、昭和5年版では「彼は後鳥羽上皇に仕へて」とありましたので、「後」を誤りと見て省きました。「後」を「のち」とするなら、これを「後に」などとしても意味は通じるかと思います。西行は鳥羽院の北面の武士でした。
作者伝の最後のところ、西行の没年「建久元年」ですが、実は正確には不明のようですが、「願はくば花の下にて春死なんその如月の望月の頃」と若い時に詠んだ歌のごとく亡くなったとされていますので、一般には二月に亡くなったとされています。なお、建久元年(1190)は四月に改元されていますので、没年を文治六年とする説明もあります。今回はそのままにいたしました。ちなみに、佐佐木信綱『百人一首講義』は、この没年を「建久九年」としていますが、これは「元」を「九」と誤植したもののようです。また、『百人一首講義』『百人一首一夕話』では、「願はくば」の歌の三句目をともに「我死なむ」としていて、よく知られている「春死なむ」とは違っていました。
〔蛇足〕
白秋は情緒たっぷりに訳していますので、また例のごとく、西行の歌に即した部分のみを抽出して、その特徴を考えてみようとおもったのですが、西行のこの歌に関して白秋は直訳を放棄して、歌の内容が分かるように解説しているのであります。初句の「嘆けとて」の直訳を省き、上の句は反語表現をしっかりと訳しています。また、末句の「我が涙かな」も直訳を避けておりまして、これはこれで若い人向きの解説としてはいいのかもしれないと思わせるものがあります。ともかく、解釈の根幹部分は次のようにまとめられることでしょう。
月は物思いを強ひるのだろうか、さうではない。かこつけがましく涙がこぼれて来る。
残りの部分を見ると、「大空の月は輝いてゐる」とありまして、なるほど鑑賞する対象の月ならば、輝いて大空にあるのは納得でありましょう。また「自分の心に物思ひがあると、空を見てさへ何となう悲しくなつて涙を流すのである」という補いは、まったく当然のことで、元は『千載集』恋五に収められていますので、もう一歩進めるなら「恋心があると、空を見て涙を流す」ということなのです。白秋は、句意において「かこち顔」を「月に罪を負わせ顔」と絶妙の解説をしていますが、訳では「月の為に歎くもののやうに」と補って分かりやすくしております。分かりやすいんですが、要するに「月」と「涙」が出て来る歌を、歌の表現をほとんど無視して、こんなものだろうと訳したにすぎません。本当は、粉本を見て納得が行かなくなって、工夫に工夫を重ねたのかもしれません。
月を見て溜息をつけよとて月が人に物を思はするか、さはあるまじ。もとより我が心に物思ひがある故に月を見れば物悲しうなる事なるに、それを月にかこつけがましうこぼるる我が涙かな
(尾崎雅嘉『百人一首一夕話』)
嘆息せよとて、月が物思をさすべきものかは、決して月はさるものならぬを、恋する身の月を見て何となう恋しくおぼえて、こぼるる涙なるを、却て月の物を思はするやうに、かこつけがましく我が涙の、こぼれおつる事かな
(佐佐木信綱『百人一首講義』)
雅嘉・信綱の訳は「嘆けとて」をきちんと訳出したうえで、上の句の反語を訳していますが、白秋と同じように涙の理由を挟んでいますが、雅嘉は「物思ひがある故月を見れば物悲しくなる」と言い、信綱は「恋する身の月を見て……こぼるる涙」と言いますが、白秋は両者から影響を受けていますが、信綱のように「恋する身」「恋しく」と言わない分、雅嘉寄りの解釈になっているようです。下の句に関しては、三者の訳は微妙に違っていますが、「かこつけがましく涙がこぼれる」という要素はほぼ同じなのであります。この下の句の解釈が、近年の注釈書に受け継がれまして、どうやら涙は擬人化されておりまして、その「涙くん」と称する者が「かこつけがましくこぼれる」という解釈が主流です。
嘆けといって月が物思いをさせるのであろうか。いやそうではない。それなのに、それを月のせいにして、恋しくなつかしく恨めしくこぼれ落ちる我が涙であることよ。
(角川ソフィア文庫 新版『百人一首』)
嘆けといって、月が私に物思いさせるのだろうか。いや、そうではない。それなのに、まるで月のせいであるかのような顔をして流れ出る私の涙であることよ。
※「~顔」は、西行が好んだ表現で、涙を擬人的に表現した言い方である。頬をつたう涙が、月のせいだという顔をしていると、西行は言うのだ。
(ビギナーズクラシックス 日本の古典 『百人一首(全)』
さて、おそらく廉価版の『百人一首』の啓蒙書というのは、おそらくこうした解釈の伝統を背負って解説を致しますので、おそらく例外なく涙の擬人化によって、涙は「かこち顔」をしているという説明がされているだろうと想像いたします。しかし、本当にそうなんでしょうか。こんな有名な歌を、みんなで間違えて理解しているとしたら、本当は大問題だと思うんですが、どうなんでありましょうか。
〔蛇足の蛇足〕
『千載集』巻第十五・恋五 926番
月前恋といへる心を詠める 円位法師
嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる 我が涙かな
※円位法師は西行法師のこと。
私粗忽庵の大好きな歌であります。別に西行法師だから好きであるとか、何か特別な想い出があるとか、そういうことではありません。あえて言えば、「かこち顔なる」というところが、いいのでありまして、涙を落としながらも、そうした自分の感情に、割り切れないものを感じまして、ちょっと含羞がある、恥じ入っている、というところが微妙にいいのであります。西行法師という人をよく知りもしないのですが、こうした多面的な意識の表出というようなものについては、過去の人では無いような、近代人のような感じがするんであります。西行論でもぶつつもり? などと毒づかれそうですが、西行の歌をよく知っているわけでも何でもありません。なんとなく、胸に落ち着く物があるような気がするわけです。自意識過剰なところが、面白いということです。
『千載集』の恋の五・926番に、円位法師の歌として出て来るものでありまして、「月前恋といへるこころをよめる」という詞書きを見る限り、題詠の歌であります。円位というのは西行の法名の一つでありまして、何だか別人のような気がいたしますね。この歌の問題点は、「かこち顔」という言葉が、元々あったのか、それとも「なになに顔」という表現による、一回こっきりの造語なのかどうかということでありましょう。この歌の、それぞれの句を、ためしに『国歌大観』の勅撰集の索引で引いてみますと、類例が極端に少ないのであります。非常に独創的で、本歌らしい物も見当たらないわけで、この歌人が天性の歌い手であって、けっして努力の人では無いことが分かるのであります。古歌を修得して歌を詠むようになった専門歌人の横を、さっそうと才能に溢れて歌を詠み散らしたわけでありまして、その証しとなるような歌なのであります。才能と言うものがどこから飛び出してくるか、実は分からないということの一つの証拠でありましょう。
この歌を擬人法であると指摘する向きがありますが、ええ? そうでありましょうか。
確かに月が人を嘆かせたり、涙がちゃっかり何かにかこつけて流れるというのですから、それはそれで擬人法ということも出来るのでありましょう。しかし冷静に見ると、「やは」の反語によって、表現は反転いたしますから、月は人を嘆かせないよね、と言っているのであります。西行は当たり前のことを言っているわけでありますし、雨や風に嘆かせられると言うことを、いちいち擬人法と呼ぶことが出来るのでありましょうか。雨や風や月や花が、歌を歌ったり、恋をしたり、裏切ったりするなら擬人法でいいと思うんですが、人は風雨花月を嘆く物でありまして、折悪しき風雨、心にしみる花月に、いつだって嘆かせられるはずなんですね。どこが擬人法なのか、ご指摘下さいな。
それから、涙が「かこち顔」であるというんですが、涙のどこを見たら、表情と言いますか顔なのでありましょう。それはそれで、擬人法とすると面白いんですが、そんな馬鹿げたことを言ってはいけないと思います。「涙の馬鹿野郎、かこち顔して出てきやがって」ってことですか? 涙を擬人法にしているとする注釈書があったら、ぜひ破り捨てて、泥靴で踏んで捨ててください。おや、例外なくそうなんでありますか? そいつはびっくりし過ぎて、開いた口が塞がらないような気がいたします。
たぶんこれは違うな。「なる」は助動詞で、「どこそこにある」という意味の「なる」で、場所を示します。講談社学術文庫『百人一首全訳注』はそこをちゃんと指摘しているにもかかわらず、形容動詞「かこち顔なり」の連体形説もあると語釈で解説して揺れを見せています。それでも、解釈はほかの解釈に影響されていると見受けられます。
嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる 我が涙かな(西行法師)
(粗忽試訳)空に照り輝いている月が、嘆くだけ嘆くがよいと今我に物思いをさせようとしているのか。いや、そうではあるまい。それなのに、まるで月を見て物思いさせられているのだと装って、月にかこつけ恋心を周囲に気取られまいと努めているのだが、自分だけは紛れもなく辛い恋心からこぼれる涙だと痛感していることよ。
※〇やは……反語の係助詞。よって上三句は、「空の月は今我に嘆けと言ひて何か物を思はせもせず照り輝けり」という意味となる。〇かこち顔……明月にかこつけて物を思わせられて嘆いているように装う表情。〇なる……断定の助動詞の連体形。ここは「~にある」という存在を表す用法。〇我が涙……終わりを迎えた恋によって、自然と嘆かせられて溢れる涙。その涙の理由を、自分だけが耐えきれない恋心によるものだと分かっているということ。
つまり、「(我が)かこち顔」にある「我が涙」と言っているはずで、月のせいで嘆いているのだよ、泣いているんだよという表情をしているのは、この歌の詠作主体、すなわち主人公であります。月夜に月を見て、それで泣いているのだということを、周囲に訊かれたら言い訳しようと考えている人であります。別に西行さんという坊さんでなくていいわけで、むしろ宮廷女房などの、他人に囲まれて恋をしている女性です。つまり、涙の原因は、訪問してくれない男でありまして、月なんかで泣いているんじゃないわ、月のせいで泣いているふりをしようとしている私の表情に、彼のせいで流れる涙が一筋こぼれ落ちるの、と言っているんであります。それでこそ、「月前の恋」でありまして、どこに擬人法があるというのか、この歌はまったくまっとうな恋の終わりの一場面を詠んでいるのであります。やりましたね、これこそグランドスラム、起死回生の満塁ホームラン、多くの人が西行らしからぬつまらない歌を藤原定家が選んだと言って憚らないのですが、何でもない、歌なんかちゃんと味わっては来なかったと言うことでありましょう。
月のせいよとかこつけてみた私の顔に、
紛れもなく存在する、失恋による涙。
みんなにばれてしまいそう。そこで三首。
嘆くとて 月には何も 思はれず 涙のわけは 尋ねずもがな(粗忽謹製)
嘆けとて 恋こそ物を 思はすれ 得意顔なる 我が涙かな(粗忽謹製)
月のせいと かこち顔して 泣く涙 まことは恋の 忘れ形見よ(粗忽謹製)
よくありますね。思い出して涙が出そうになりまして、しかたなくあくびをしてみまして、それから涙をぬぐうのであります。あくびにかこつけて、泣いていることをごまかします。だいたい「かこち顔なり」という形容動詞自体が、日本語の文法では認められないことでしょう。あるなら、いまでも「かこち顔な涙」って言えるはずですよ。これはおそらくは、「かこち顔にある涙」ということのはずです。「あきれ顔」とか「困り顔」とか、そう言う言葉で試してみてもいいですよね。「あきれ顔な涙」「困り顔な涙」って、ちょっと無理ですね。それなのに、擬人法という指摘が、まことしやかにあるんですけれども、私と同じくらいかちょっと上の世代は、学校教育で鬼の首を取ったように、先生やテストを通して擬人法、擬人法と教えられました。悪影響というのはあるものなのです。
硬直化した教育の弊害と言うものを、ここで言い募っても仕方のないことだと思いますが、しかしなあ、どの歌も誤読の拡散なら、試験にしてはいけないだろうと思いますけれども、どうなんでありましょう? 悪態をついていると叱られそうですけれども、こんな有名な歌をいい加減に解釈しているというのは、納得がいかないのであります。
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