北原白秋校訂『小倉百人一首評釈』を読む(80) 待賢門院堀河

 80 待賢門院堀河


ながからむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ


〔評釈〕末長く心変りはせぬやうにと言ひ交したけれど、男の心はどういふものか分りませぬゆゑ、起きて別れたそのあとでは、此の髪の乱れてゐるやうに、今朝はいろいろ心が乱れてゐる。

との意である。疑ひ深く、取越苦労のしがちな女性の真情をうまく詠みあらはして、読者を動かす秀作である。詞もあまり熱情的ではないが、黒髪の乱れを我が心の乱れに譬へた所などは巧妙な用例で、女性らしさが見えてうれしい。


〔句意〕▼ながからむ心も知らず=「長からむ心」は長持ちせんとする心で、長く女を愛しようとする心。即ち昨夜はじめて男と逢つたが、行末長く私を愛してくれる心があるやらないやら、甚だ覚束ないといふ意。▼黒髪の=黒髪の乱れたやうに。即ち乱れ心を黒髪にたとへたのである。大町桂月は乱れるの序であるといつてゐるが感じが弱くなる。▼乱れて=心がとり乱れての意。▼物をこそ思へ=心配をする意。物を思ふのを強く言つたのである。


〔作者伝〕

神祇伯顕仲の女で、鳥羽院の皇后待賢門院に仕へてゐた。別名堀河の君又兵衛の君と呼ばれ、当時女歌人として聞えが高かつた。その家集もある。その中に堀河の君の夫に別れた事が見えてゐる。即ち「具したる人の失くなりたるを歎くに幼き人のものがたりする」と題し、「云ふ方もなくこそものは悲しけれこは何事を語るなるらむ」と詠んでゐる。しかしその夫は何人であつたか分明でない。父の顕仲も名高い歌人で、歌合を主催したり、判者を務めたこともあった。


〔補記〕

評釈の末尾に「巧妙な用例で」とありますが、昭和5年版では「巧妙な、用例で」とありましたので、読点をはぶきました。あるいは、「巧妙な」のあとにもう少し修飾句があったのかもしれません。


作者伝には、いくつか問題がありましたので、大胆に修正いたしました。


まず、二箇所出て来る「堀河」が、昭和5年版ではどちらも「堀川」となっていましたので、作者名の「待賢門院堀河」と統一しました。


昭和5年版では、「父の顕仲も名高い歌人で、」という一節が、「その家集もある」の前に位置していて、一読すると「家集」が父の顕仲のもののようにも見える表現でした。そこで、「父の顕仲も名高い歌人で、」を作者伝の末尾に補い、本来存在しない「歌合を主催したり、判者を務めたこともあった。」という父の顕仲に関する情報を加えました。顕仲は、『久安百首』などにも参加している歌人です。


作者伝の後半に出て来る夫と死別したあとのエピソードに関するところですが、まず「幼き人」という我が子を指す表現が昭和5年版では「ゆき人」となっていましたので、『待賢門院堀河集』に従って「ゆ」を「幼」に改めました。その後に出て来る堀河の詠んだ歌の四句目「こは何事を」が、昭和5年版では「こは何事と」となっていましたので、「と」は「を」の誤植と見て改めました。なお、この四句目の「こは」の部分は「此は」と「子は」の掛詞になっているようです。この遺児はその後、祖父の顕仲のもとに預けられ養育されたことが、勅撰集に入集した堀河と顕仲との贈答歌で分かるそうです。


〔蛇足〕

白秋は句意のところで、「即ち昨夜はじめて男と逢つたが」としていますが、『千載集』巻第十三・恋三 801番の詞書を見ると、「百首の歌奉りける時、恋の歌を詠める」とあって、初めての逢瀬かどうかは明らかではありません。白秋のように考える古注釈もありますので、享受する側の好みの問題になるようです。なお、これは『久安百首』で詠まれた歌ですが、初句は「長からぬ」とあって、やはり修正もしくは添削の跡が知られています。


『千載集』巻第十三・恋三 801番 

     百首の歌奉りける時、恋の歌を詠める     待賢門院堀河

長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ


割と有名な女流歌人なんですけれども、これと言ったエピソードが浮かばないのであります。歌の方は、和泉式部の歌と似たところがありまして、本歌取りかも知れませんが、近代歌人の与謝野晶子の有名な歌にも通じるところがありまして、女性の命とも言うべき黒髪の歌としては、手堅くまとまっている感じであります。ただし、縁語の処理と言いますか、修辞技巧を裁くことが出来ないと、実は意味不明でもありますね。今ちらっと注釈書の一つを見たら、いろんな説があるとありまして、なかなか手強いのだそうであります。簡単にしてしまうと、「汝の長き心も我は知らず、乱れて今朝は物を思ふ」ということではないでしょうか。「黒髪の」という一語が入ると、いきなり官能的な歌になるのであります。「長き黒髪が、乱れに乱れて」というような映像が浮かんでしまいますね。こう言うのを、縁語と称するんであります。


黒髪の 乱れも知らず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき

       (『後拾遺集』巻第十三・恋三 755番 和泉式部)

長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ

       (『百人一首』第80番・待賢門院堀河)

黒髪の 千すぢの髪の みだれ髪 かつおもひみだれ おもひみだるる

       (与謝野晶子『みだれ髪』)


手許にある、与謝野晶子歌集を見ましたら、「千すぢの髪の」という歌は漏れておりました。これは与謝野晶子さんの自選歌集らしいのですが、選りすぐりには漏れたということでしょうけれど、一瞬ひやりといたしました。近代の短歌を熱心に読んだことが無いので、またまた新しい課題が見えて参りましたね。時代的には、和泉式部が最も古くて、堀河の歌がありまして、700年くらい後に与謝野晶子さんの歌が出て参ります。堀河という人は、鳥羽院の后で有名な待賢門院に仕えた女房でありますが、白河院に詠んだ歌を取られてしまった話と、妹と連歌を交わした話があるだけで、説話の盛んな時代に生きた人なんですが、私生活で話題を振りまくことはなかったようであります。「長からむ」の歌も、相手は永遠の愛を誓っているわけで、それなのに夜が明けると不安になって物を思うというのですから、典型的な恋愛の症状でありまして、恋が成就したからと言って、安心安全、お気楽になるわけではないという普遍の真理を詠んだわけです。ただ、これを二句切れとすると、微妙に揺らぎますね。相手の愛情を疑う表現にもなるわけです。「今朝は乱れて」いるんですけれども、「昨夜は乱れず」相手を信じていたんでありましょう。にわかに判断の付かない問題であるような気がいたします。


〔蛇足の蛇足〕

さて、このところますますへそ曲がりの度が嵩じておりますので、思いのたけを記してみることにいたしましょう。まとまるかどうか分かりません。「まとまらむ心も知らず」というようなことです。


堀河の歌は『久安百首』の歌でありますが、崇徳院や顕輔の歌と同じで、改作の跡があるということが指摘されています。初句が「長からぬ」なんだそうで、これだと恋の先行きはいきなり不透明ということになりますから、下の句で「乱れて今朝は物をこそ思へ」と悩むのが当然の展開となります。『久安百首』には深く藤原俊成が関わったので、こうした改作は俊成が関与した可能性は高いのでありましょう。ついでに、余計なことを言うと「黒髪の」の「の」を比喩の用法として「のように」と訳す向きもあるんですが、注釈者によってはこの「の」を主格で「が」としっかり訳しまして「黒髪が乱れているように」と下に「ように」を補ったりいたします。上に示したように、「黒髪が乱れに乱れて」と訳しておいて、あとは「ように」という比喩を表す表現を補わずに済ますという手もある事でしょう。


行く末の 心も知らず 黒髪を 乱して今朝は 物をしぞ思ふ(粗忽)


分かりやすくするとこんなことかもしれませんが、堀河の歌は、本当にこんなことを言いたいのか、何とも自信がありません。ひょっとしてなんでありますが、「長からむ心」と言うのが、恋の相手のことなんかじゃなかったらどうなんでしょう。「(恋の相手に対する)長からむ心も(我はいさ)知らず」ということで、不本意な相手と一晩明かした後で、この恋を始末する方法を探っている歌だとしたら、それでも成立しそうでありますね。そうすると、『久安百首』の最初の形が、「長からぬ心も知らず」だったことの意味が分かるんじゃないでしょうか。「長からぬ心」というのは、自分のことを正直に言っているとしたら、解釈がまるで従来とは違って来るんであります。


相手に対して永遠の愛を誓うような気持なんて私は気にしていなくて、それなのに共寝して(二人の)黒髪が乱れて、今朝は「どうしよう、本気でもなかったのに」と物思いをすることだ。


添ひ遂ぐる 心もあらず 黒髪は 乱れて今朝の 物思ひかな(粗忽)  


相手の気持ちが分かるとか、相手の気持ちを知りたい、というのはなるほど少年少女の恋愛なら納得なんですが、さていい大人になって、相手の気持ちをあれこれ考慮して恋愛するのかどうか。それよりも自分の気持ちをつらつら考えて、自分は相手に対してどういう気持ちでいるのか、今後どんな気持ちを持つのか、と言う点に注目することもあるのではないかと思います。深い気持ちもなく事に及んで、案外愛が芽生えそうというような大人の歌を想定するのは無謀なんでありましょうか?


人はいさ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ(粗忽謹製、貫之風)

みづからの 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ(粗忽謹製、臍曲風)


『百人一首』を使っての遊びも、残すところ五分の一、よくぞここまでやってこれました。

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