北原白秋校訂『小倉百人一首評釈』を読む(70)  良暹法師

70 良暹法師


さびしさに宿を立ち出でてながむればいづくも同じ秋の夕ぐれ


〔評釈〕あまりもの淋しいので、家を出て、あちこちと眺めて見たが、やつぱり何所も同じやうに蕭条とした秋景色である。なんといふ寂しさの満ちた夕暮であることよ。

といふ意で、絶え難い寂寞の感じが充分あらはれてゐる。殊に「いづくも同じ」といつた処に限りない感じを与へる。秋の淋しさは多く歌に詠まれてゐるが、この歌も決して他の作に劣らぬものである。後拾遺集秋上に「題しらず」と題して出てゐる。


〔句意〕▼さびしさに=秋の夕方淋しくて堪へ難いのでの意。▼宿を立ち出でて=家を出でての意。▼ながむれば=方々を見廻すこと。


〔作者伝〕

父祖は分明でない。祇園の別当で、母は実方の家の女房白菊であるといふ説もある。山城の国大原の里に籠つてゐた頃、熱心に歌を作つたもので、「山里のかひもあるかなほととぎすことしもまたで初音ききつる」と障子に書き附けた事もある。その歌才の程も察せられよう。袋草紙に俊頼朝臣が大原通行中良暹の家の前では下馬して敬意を表して通つたといつてある。当時歌人中に重んぜられる事がわかる。


〔補記〕

和歌の前の作者名「良暹法師」、ならびに作者伝の後半に出て来る「良暹」、その両方とも「暹」の字が誤植をおかしていて「遷」となっていたので、訂正いたしました。「良暹法師」の「暹」の字は、学研の『漢和大辞典』によれば、日部12画に出て来る漢字で「太陽がのぼる。また、そののぼる太陽。日の出」の意味なのだそうです。また、読み方も呉音・漢音ともに「セン」となっておりました。近代の注釈書などでは、この作者名を「りょうぜん」と濁って呼んでいますが、はたして正しいのか、かなり疑問があります。白秋はこれを「良遷法師」「良遷」と誤っていましたが、読みは「りやうせん」と振り仮名で示してありました。なお、学研の『漢和大辞典』では、「しんにょう」の部の12画を見ると「暹」が出てくるんですが、それを日部に誘導してありましたので、「しんにょう」の漢字ではないようです。

ちなみに、「暹羅」(センラ)というのは、「シャム」の音訳だそうで、現在のタイ国を指すそうです。


〔蛇足〕

白秋の句意を見ると、「ながむれば」は「方々を見廻すこと」と説明してありまして、訳出では「あちこちと眺めて見たが」というふうに、この「ながむれ」を現代語の「眺める」と同義として処理してあるのが分かります。白秋の訳出を再掲載して、彼が元の歌の表現に対して補ったところを確認すると、「蕭条とした」「なんといふ寂しさの満ちた」ですから、寂しいのでアクションしたけれど結局寂しかったという歌だと理解しことが分かります。


あまりもの淋しいので、家を出て、あちこちと眺めて見たが、やつぱり何所も同じやうに蕭条とした景色である。なんといふ寂しさの満ちた夕暮であることよ。


白秋が粉本とすることの多い佐佐木信綱『百人一首講義』では、句意に関しては「ながむれば」だけが掲示してありまして、「ここは物思ひつつ眺望する意なり」と解説がありますので、「ながむれ」を古語の「眺む」の意味を意識した「物思ひつつ」という表現を加えております。信綱の訳出を参考までに引用してみましょう。信綱は「心をはるけん」ために外出したと明示し、「さしてをかしき事はなく」と秋の夕暮について指摘をしておりまして、これは藤原定家の「花も紅葉もなかりけり」を意識したような解釈なのでしょう。「ながむれば」のところが、「をちこち見わたせば」とあって、句意の説明とかみ合っていない点がやや物足りません。


あまりに物さびしさにたへかねて、心をはるけんと宿をたち出で、をちこち見わたせば、ここもかしこも、さしてをかしき事はなく、同じさまにさびしき秋の夕暮のけしきなり。


信綱が粉本とすることの多い尾崎雅嘉『百人一首一夕話』の訳出を、参考までに掲示してみたいと思います。雅嘉の訳はシンプルで、補いも少ないのですが、「ながむれば」は「あちこちを眺め渡せば」とあって、眺める対象を「あちこちを」と明示してありまして、これが信綱や白秋に受け継がれているように見えます。三者とも「淋しき」の類の表現を「秋の夕暮」の前に補っている点も、影響があったとみていいかと思います。


余りに物淋しさに我が宿を出でてあちこちを眺め渡せば、ここもかしこもさして変わる事もなう、同じやうに淋しき秋の夕暮の景色ぞ。


三者を比較すると、信綱の解釈が際立っておりまして、実は近年の注釈はこれらに対して後退しているところがあったりするのであります。元の歌の二句目の「宿」は、雅嘉や信綱は「宿」のままですが、白秋は「家」と訳しています。この「宿」を、「庵」とする注釈が多いんですが、これは正しいのでしょうか。いえ、「宿」という古語には、「庵」という意味はないはずです。


〔蛇足の蛇足〕

後拾遺集』巻第四・秋上 333番

      題知らず    良暹法師

寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮


こんな歌があったんでありますね。作者についても、この人一体誰なの?というような感じでありまして、歌も眺めて見れば考えるまでもなくすぐに分かってしまいまして、印象に残らない可能性があるわけです。ただ、そう言う場合に注意しなければいけないのは、後の時代の先駆けとなった和歌というようなものが、模倣されて目立たないというだけで、実は歴史の中では斬新であったというようなことがあるものです。後の時代には「三夕の歌」などという「秋の夕暮」を詠んだ歌のベストスリーが選ばれたりするわけで、そうした静かなブームの始まりかも知れません。それから、注意点としては「宿」というのは、基本的には「お邸」または「住まい」のことでありまして、「旅の宿」ではありませんから、その点は注意しないといけないでしょう。これを近年の注釈書は「庵」とするんですが、首をひねります。


「宿」には、仮の宿である「庵」の意味はありません。人の身を寄せる建物ですが似て非なるものです。混同して、どうするのでしょうか?


それから三句目の「ながむれば」の「眺む」という動詞は、古語の場合、目的格がはっきりしないと「物思いにふける」というような単語のはずなんですが、皆言葉を補って訳してあります。「あたりを」「外の気色を」「あちこち」というのが補ってありまして、それを捨ててみてもいいのではないでしょうか。そうすると、「いづくも同じ」の意味が変質するような気がいたします。つまり、「庵も外も、どこもかしこも同じ寂しい秋の夕暮れ」とするのが諸注釈の解釈なんですが、それってばかばかしいですよね。季節は秋、時刻は夕暮れだったら、一応日本国内であればもちろん、京都周辺なら、そりゃあどこだってすべからく「秋の夕暮」に決まっているわけです。


へそ曲がりだから、気が付いたんですが、和歌を訳すときに、言葉を補いさえすれば解釈出来るというのは、幼稚な受験知識みたいな感じがいたします。みなさん、大丈夫なのでありましょうか? いえいえ、ちっとも大丈夫じゃないですね。倒置法でもなさそうだし。何か、違う解釈を見つけ出しそうで、大手柄の予感がします。


寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮

  (『百人一首』第70番 良暹法師)


この歌の問題点は、やっぱり二句目の所でありますね。注釈書が「宿」を「庵」と訳す誤りは、作者が法師だからなのでありましょうが、そういう先入観が専門家の構造的な問題であることは、すでに何度か指摘しました。お勉強が好きと言うことは、先入観の塊ですから、大方はそれが役立ちまして、試験などをすいすいとすり抜けてゆくのであります。それで、先生になりまして、通説に従ってご講義などをなさいますので、研究なさる前にすでに解釈がすり込まれた頭脳なのであります。これを免れているのは、若干二十歳くらいで『百人一首講義』を上梓した佐佐木信綱博士でありまして、この方は「庵」などと誤りません。「宿」そのままでありまして、何ら解釈する必要を感じなかったのでしょう。詩人の大岡信さんは、ちゃんと「家」と訳出していまして、センスの問題はあるようです。それと、誤訳がいくつもの注釈書で共通するのは、注釈書を出版するシステムにも問題がありそうであります。そのことも、前に指摘しました。


やはり、動詞の解釈が問題でありましょう。「立ち出で(たちいで)」って、現代語にありますか?


微妙でありますね。古典には「いづ」と言う動詞がありまして、これは下二段動詞であります。活用が現代からみると奇妙でありまして、「いで/いで/いづ/いづる/いづれ/いでよ」となるんですが、これが現代語ではどうなったかというと「でる」になるわけで、語頭の「い」がいつのまにか脱落してしまいますね。それでもって、活用が下一段に移行しまして、「で/で/でる/でる/でれ/でろ」となったんであります。そうすると、「たちいづ」という複合動詞は「たちでる」になるはずですが、そんな動詞ありましたか? あれれ、現代語のリストの中からはなくなってしまったのではないでしょうか。少なくとも私の頭には存在しない言葉のような気がします。『日本国語大事典』(第二版)は、「たちいでる」を載せましてこれで「たちいづ」の例を吸収し、「たちでる」はあるにはあるが風前の灯火のような用例しかないのであります。


これは、小学館の『日本国語大辞典』のルールとしては、多少恥ずかしくとも、項目として立てるなら「たちでる」にすべて吸収するべきではないのでしょうか? みなさん、知恵は絞った後ですから、野次馬の意見であることはもとよりご承知の上のこと。まあ、ともかく、今ない動詞ですから、ニュアンスが分からないのでありますね。何となく辞書などを参考にすると、今までいた場所から「きっぱり」立ち去る、というのが一般的で、あとは自然現象で雲などが「ひょっこり」現われることかと思います。割と、突然の行動というか、急な自然現象というか、その行動や現象が目立つ場合に使われる言葉なのかもしれません。


さて、そろそろ思ったことを述べてみたいと思います。へそ曲がりの私が今思いつきで考えて見ると、この歌には恋の歌の匂いがいたしまして、その上での秋の歌でありましょう。


まず、「秋の夕暮」というのが、男が女のもとに通う時間帯でありまして、秋になると日没が早まり、つまり女の待つ時間が長くなるのであります。男から言うと、相手を待たせることが多くなるということです。そして、これは古典の常道でありますが、「秋」には「飽き」を掛けまして、二人の恋愛が倦怠期に至っていることを暗示いたします。もしくはもう別れを覚悟する時期が来たことを意味するんであります。さらに、「ながむ(眺む)」というのは、遠くを見る目でぼんやりすることでありまして、恋の物思いを暗示しますから、「ながむれば」というのは「見渡せば」とはまったく違うのであります。作者が男性で、それも仏門の人であるということをあえて外してみると、これは訪問の途絶えがちな男を待つ女性の歌になるわけです。そしてその上で、あえて言いにくいことを言うならば、僧侶には昔から男色の伝統がありますから、住職が寵愛の稚児などを待つとすると成立してしまいます。さらに、「いづく」というのは「どこ」というのが普通の訳ですが「誰・どなた」と人を指す用法もあるんですね。以上を踏まえて、試みの訳を提示すると、


来ないあの人を待って寂しさに自らの家を後にして、宮仕え先で物思いにふけると、どの女房も私と同じ殿方に飽きられて憂鬱な境遇に沈んでいるかもしれない秋の夕暮れよ。(粗忽謹訳)


と、見事に恋の歌に大変身でありますね。『百人一首』第9番の小野小町の「花の色は」の歌に劣らない、妖しい歌に変身であります。これは、掛け値なしの大手柄かもしれません。そして、それを秋の部に配置するからいいわけであります。作者の詠作意図は別にして、藤原定家さんなら気が付いていたはずでありましょう。純粋な寂しい叙景歌ではなくて、恋の情趣に満ち溢れた季節感を詠んだ歌であります。地名というか歌枕に依拠しない、内面の「秋」を追求した歌なのであります。『新古今集』などの主流になった、余情妖艶の歌の先駆けではないかと思います。とは言うものの、「余情妖艶」という言葉の意味もよく分かっておりませんし、こういう主張に何の根拠もありませんので、無視していただいて結構です。


以上を踏まえて、注釈書をとくとご覧あれ。それらの杜撰さと、そして無難さに、きっと驚くことでしょう。ただし、ここで施した解釈を試験で書いたり、リポートにして出すと大幅減点は免れませんので、自己責任でお願い致します。それからまた、こんな解釈を剽窃しても、後で損をするばかりですので、どうか忘れていただきたいものです。 

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