北原白秋校訂『小倉百人一首評釈』を読む(37) 文屋朝康

37 文屋朝康


白露に風のふきしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞちりける


〔評釈〕秋の野の草葉の上一面におき渡した白露が、秋風の吹くのにつれてぱらぱらと光つて散る。その様は、まるで糸を通してない玉がぱらぱらぱらとこぼれるやうである。

といふので珍らしく秋の野を美しく見て歌つたものである。格別傑作でもないが、白露の風のために落ちる景色をあざやかに詠み出して凋落の気分をまぎれさせた所は趣の変つた歌ひ方である。後撰集秋に「延喜の御時歌召しければ」と題して出てゐる。


〔句意〕▼風のふきしく=風が吹き頻ること、即ち頻りに吹き渡ることである。紀に「しく」は重り、又及ぶとあつてここは敷くの意ではない。▼つらぬきとめぬ玉=糸を貫いてない玉。大てい玉は糸に通してあるが、露のころころしてゐるのを糸を通さぬ玉にたとへて言つたのである。


〔作者伝〕

先祖は分明でないが、諸説はかなり多い。文屋康秀の子といひ又光孝天皇の仁和年中の人ともいふ。寛平五年の后宮の歌合や是貞親王の歌合等にも出た事があるやうに記録に見えてゐるが、とにかく貞観から延喜の頃の人で位も低かつた人である。

歌も古今集と後撰集に一首づつあるばかりで多く出てゐない。


〔補記〕

句意のところに出て来る、「紀」は、『日本書紀』の事だろうと思います。


〔蛇足〕

白秋は評釈において後撰集のこの歌の詞書を引用しておりますが、江戸時代の契沖『百人一首改観抄』以来、この詞書が疑われております。この「白露に」の歌は、菅原道真の『新撰万葉集』上巻87番にも採られているんですが、実は上巻は道真が『寛平御時后宮歌合』(左)および『是貞親王家歌合』などから、春夏秋冬恋合わせて百十九首を抄録し、それぞれに七言絶句の訳詩を加えたものでありますから、寛平年間に詠まれた歌でなければならないわけです。それなのに、「延喜の御時」とあるので、間違っている可能性があるということです。いろんなところに、問題が隠れているものです。これを、白秋が先行する注釈書で知っていても、ここで無視したことは別に問題ではありません。


しかしながら、この文屋朝康の歌には、従来の研究が無視して来た重大な問題がありますので、そのことを申し述べまして、その不思議な状況を報告いたします。


念のため、岩波書店刊行の新日本古典文学大系の『後撰集』から引用してみますが、片桐洋一先生が校注を施した本でありまして、凡例と言うところには、底本は、藤原定家天福二年書写本を江戸時代に透写したものを用いているそうです。透写ってどういうことか私には分かりませんが、そのままトレースしたってことなのでしょうね。それにしても、藤原定家の書写本が元ですから、ひょっとするとその書写本から文屋朝康の歌は採録されたんでしょうか。


     (延喜御時、歌召しければ)  文室朝康

   白露に 風の吹敷 秋のゝは つらぬきとめぬ 玉ぞちりける


注目は二句目のところの「風の吹敷」でありまして、動詞の送りがながないわけですが、これを片桐洋一先生がどう詠んでいるかというと、傍らに括弧付きの読み仮名で(ふきしく)とされているのであります。それでいいわけで、秋の野原の植物に付いた白露を風が吹いて敷いているんでありますね。だから、草の根本のところまでは見えないわけですが、玉が敷き詰められるように白露が落ちて散っているってことですよね。宮中などの玉を敷いた庭を見慣れた目には、現実にはあり得ない白露の玉が敷き詰められた秋の野が見えて、なんともロマンチックな光景が意識の中に展開するのであります。


さて、以上のような解釈を、たとえば学校のレポートなりに書いたら、あなたは減点されますがよろしいでしょうか?


どこが駄目なのかというと、もちろん二句目のところの解釈がペケなんですね。片桐洋一先生によると、「○吹敷 吹き頻る。頻りに吹く」となるのでありまして、よく見ると、語句の表示が「吹敷」と出しておいて、訳はまったく違う動詞を用いて済ましているんですね。一瞬何かの錯覚かと思いきや、やはりどう見ても漢字表記が違うのであります。つんと澄まして、なんて杜撰なことをなさるのでしょう。しかし、これが『後撰集』やら『百人一首』における解釈なのであります。「しく」を「頻りに~する」と取るそうなのであります。例外は一つも見当たりませんし、みんな結託したかのようにそう解釈するのですよ。


変だなあ。まず天福二年書写の定家本の表記を無視していますよね。片桐洋一先生ご本人がこの注釈書の記載を自分で今見たら、何とおっしゃるんでありましょう。言い逃れできませんよね。めちゃくちゃでありますよ。


白秋の句意を見ると、「風のふきしく=風が吹き頻ること、即ち頻りに吹き渡ることである。紀に「しく」は重り、又及ぶとあつてここは敷くの意ではない」とありますから、堂々と「敷く」を否定しております。これが、注釈書では一般的というか、圧倒的な見解なんですね。


そこで、いつもの如く小学館から出ている『日本国語大辞典』(第二版)を見てみると、「頻りに~する」という補助動詞に使われる「しく」は、動詞としては確かにあるんですが、それは古い用例が出ていて、かつ「波がしく」というような用例が突出するようで、そんな物をここで持ち出す必要がないのであります。「しく」と言う動詞で目立つのは、やはり「敷く・舗く」という用例でありまして、こんなポピュラーな日本語をここに適用しないで、あるかないか分からない動詞の解釈を持ち込むのはどうしてなのでありましょうか。それも、そろいも揃って右倣えをしているのであります。だとしたら、「玉」を風が吹き「敷く」という縁語の指摘は、これはとてつもない大手柄のはずであります。


やはり、なんていったって「吹き敷く」が正解でありまして、それは「玉」という言葉と関連するからで有りましょう。


そうすると、「白露に」の「に」という助詞が問題なのでしょうけれども、現在『百人一首」の善本の一つである、宮内庁書陵部蔵堯孝本を、笠間書院刊の影印で示すと、あらあら「しら露を」とありまして、まったく「吹き敷く」で問題がなくなってしまうんであります。ただし、「敷く」が動詞だとすると、「白露を敷く」がよくて、「白露に敷く」が変であると言うだけで、「敷く」が補助動詞なら、「白露に吹き敷く」でも何の問題もありませんよ。関係ないかも知れないが、「頻りに~する」の意味の「しく」にどうしてもこだわるなら、「~しきる」という現代語の補助動詞を考えるといいんですが、「降りしきる」とは言えても、残念ながら現代語で「吹きしきる」はあまり耳慣れない気がいたしませんか。「吹きつのる」「吹き荒れる」「吹きすさぶ」「吹き払う」などとは言いますが、「吹きしきる」は聞いたことがなさそうです。


このあたりのところに、何かありそうですが、『日本国語大辞典』(小学館)の「しきる」や「しく」を担当した方は、ひょっとすると何かに気が付いていたのではないかなと思わせるところがあります。少なくとも、「頻りに~する」という意味の「しく」のところには、この歌を掲示しないで済ませています。ははーん。つまり従来の説が危ないと見た可能性はありそうでありますね。ともかく、天福二年本を考えると、藤原定家の理解はどうやら「吹き敷く」ではないのでありましょうか。きっと、何か決定的な物があって皆さん口裏を合わせていらっしゃるようでありますから、それが分かったら報告すると言うことでよろしいでしょうか。


実は小学館から出ている辞書に『古語大辞典』という、一冊物の巨大な古語辞典がありまして、同じ小学館からでている『日本国語大辞典』を頻りに利用するものですから、あまり利用していないのであります。ふと暇な時に目に付きましたので、パラパラとめくってみましたら、面白いことに気が付いたのです。これの監修者は中田祝夫さんでありまして、非常に力のこもった辞書でありますが、文屋朝康の歌の二句目に出て来ております「ふきしく」の周辺を調べてみると、「降り敷く」「降り頻く」は、両方ありまして、それなのに「吹き頻く」しかないのであります。つまり「吹き敷く」がないわけで、このアンバランスが気になります。しかし「降り敷く」があるのであれば、当然の如く「吹き敷く」があってよいわけで、ますます「吹き敷く」という解釈を押してみたくなりますね。


『新撰万葉集』の文屋朝康の歌は、次のように漢字表記されて出ております。もう謎は深まるばかりでございますね。こちらも、「敷」となっているのでございます。もうあきらめて、みんなで『百人一首』の文屋朝康の歌の二句目は訂正して「敷く」に直したらいいんですね。もう一度言いますが、これって「玉」の縁語ですから、落ち着きがいいんです。


87 白露丹 風之吹敷 秋之野者 貫不駐沼 玉曽散藝留


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