北原白秋校訂『小倉百人一首評釈』を読む(34)  藤原興風

34 藤原興風


たれをかも知る人にせん高砂の松も昔の友ならなくに


〔評釈〕自分はひどく年をとつて、昔の友達も今は一人も生き残つてゐない。まあ誰を友として交つたらよからう。せめてあの高砂の松でも友として語りたいが、あの松とても昔ながらの友ではない。

といふ意で、老後に友達のない淋しさを嘆いた歌である。この老人の心には読者も同情するであらう。古今集雑上に「題しらず」として出てゐる。


〔句意〕▼誰をかも=誰をまあと云ふ意で「か」は疑意「も」は歎辞である。▼知る人=知己の義。▼高砂=播磨の国の名所とする地名説と、ただ山の事とする説があるが、ここはただ山の意に解して置く。▼友ならなくに=友でないからの意。「なく」は「ぬ」の延語で友ならぬにといふところである。


〔作者伝〕

参議浜成の曾孫で、正六位相模掾道成の子である。延喜十四年に下総権大掾に任ぜられて従五位を授けられた。特に逸話も遺つて居ないが拾芥抄によると琴の名手であつたやうである。


〔補記〕

特に誤植などは見つかりませんでした。


〔蛇足〕

白秋が句意の「高砂」のところで触れているように、高砂が播磨の国の名所か、普通名詞かという対立が古注釈に存在する。佐佐木信綱『百人一首講義』は、「高砂は播磨の国の名所なり」と言い切っているので、白秋はその意見を受け入れなかったようです。尾崎雅嘉の『百人一首一夕話』も名所説をうちだしていて、どうやら白秋は契沖の『百人一首改観抄』などの意見を採用したようです。特定の名所の松を引き合いに出すのでないと、歌として成立しないような気がいたします。


さて、ここで取り上げる歌は、孤独を嘆いた歌でありますが、心配には及びません。この世に産声を上げて生まれた時も、知っている人なんていなかったわけですから、本人が気付かなかっただけで、死ぬまでずっと孤独だったかも知れませんね。角川ソフィア文庫に入っている『新版百人一首』(島津忠夫さん)をみると、異説はあるが鑑賞には問題にならないというようなまとめがしてありまして、そうかそうかと納得しようとして、まったく納得できなくなってしまいました。むしろ、もとの歌の見かけの簡単さに比べて、諸説紛々、こんな地味な歌なのにおさまりが付かないのを、島津先生はめんどくさいと思って切り捨てようとなさったみたいであります。

念のため、片桐洋一さんの『古今和歌集全評釈』を見てみたら、これは『百人一首』の注釈書とはかけ離れた解釈がなされています。ほんとはみなさん、持てあましていらっしゃるようなのであります。まず「かも」が分かりませんよ。あやしい。それから「ならなくに」のところの語法が、どうもこの歌の場合だと収まりが悪いんですね。「なくに」は倒置しそうで倒置しないような、妙な具合がありますので、お困りのようなのであります。この語法というのは、問題がいろいろあるんですが、『日本国語大辞典』を見ると、逆接で「~のに、まして」の意味ですよと、この歌を取り上げてわざわざ補足しております。異例中の異例ですが、謎でありますね。この歌の面白さは、松を昔の友じゃないと否定しているのに、結局松だけが友達ということでしょうか。   


もしかしたら、『古今集』の時代としては、「かも」とか「なくに」という語法が古いのではないでしょうか。つまり、なんとなくお爺さんの口ぶりなんでありましょう。そうすると、昔から生えている松とどっちが古いというようなことになりまして、別に私は「高砂の松」と馴染みではないですよ、というような軽口でありまして、これを痛切な孤独を詠んだ歌であると鑑賞するのは、『百人一首』というものを何か立派なものにしたいという妙な圧力が感じられます。この歌の場合は、安易な感傷に流れずに、松では話し相手にはならないね、と若い人をつかまえて軽口を言っている雰囲気がするんであります。ぼけていないお爺さんでありますから、私がお相手つかまつりましょうと名乗り出る若い人もいるでしょう。


908 かくしつつ 世をや尽くさむ 高砂の 尾上に立てる 松ならなくに(詠み人知らず「題知らず」)

909 誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに(藤原興風「題知らず」)


『古今集』の配列を見たら、ひとつ前の歌と興風の歌はセットと見たほうがよさそうであります。「こうして無為徒食のまま残りの人生を終えるのだろうか。高砂の尾上に立っている松でもないのに」というのが908番の歌の意味でありまして、松は孤独な老人の象徴のような扱いなのであります。これに対して、興風の歌は「高砂の(尾上の)松だって旧友なんかじゃないので、誰も知人になんかなりようもないよ」と混ぜ返しているのであります。長生きした老人に、「長生きしてすごいですね」と言うと、「知り合いはみんな死んで、長生きするんじゃなかった」なんて言われたなどという話が、世間にはまことしやかに存在しますけれど、それに近い老境の吐露ではあります。


そこで、老松を巡って老人が毒の吐き合をして見せて、若い者に高みの見物を楽しませている唱和というふうに考えたら、結構これはこれで面白いのではありませんか。白秋の評釈は少々生真面目すぎるような気がいたします。

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