北原白秋校訂『小倉百人一首評釈』を読む(18) 藤原敏行

18 藤原敏行朝臣


住の江の岸による波よるさへや夢のかよひぢ人めよぐらん


〔評釈〕昼間恋人の所へ通ふのならば、人目をしのぶのが当然であらうが、夜夢の中で通ふ路でさへ人目を避けるやうな夢を見るのは如何した訳だらう。

といふ意で、切なる恋人のわびしさを歎いた哀れ悲しい歌である。

この歌は古今集恋二に「寛平の御時きさいの宮の歌合の歌」とある。誠に流麗な調子のよい歌で秀歌とすべきであらう。寛平は宇多天皇の御時の年号である。


〔句意〕▼住の江=摂津の住吉の浦を云ふ。▼よる波=寄せ来る波の意。▼よるさへ=夜の夢路でさへの意で、夜でさへの意ではない。▼夢のかよひぢ=夜の夢の中で女の許へ通ふ路の意。夢が通ふ路の意ではない。▼人目よぐらん=人目を除けるだらうの意。よぐと濁つてよむ事。


〔作者伝〕

按察使富士麿の子で、太政大臣武智麿の孫、不比等の曽孫にあたる。仁和二年六月従五位上左兵衛権佐から右近衛少将に、後左近衛中将従四位上に進んだ。和歌と能書のほまれの高かつた人で、村上帝が小野道風に古今の妙筆を問はれた時、空海と敏行を以て答へ奉つたといふ。能書の程も察せられよう。惜しい事には二十七歳の壮年を以て卒した。


〔蛇足〕

よく分からないのであります。注釈書は、どれも分かったという立場から解説してあるんですが、古来「人目よく」の主語が対立しておりまして、注釈書はどちらかの立場に立って断言しているのであります。自分が「人目をよく」なのか、恋人が「人目をよく」なのかという対立であります。この場合の「よく」というのは「避く」でありまして、これも終止形であるのは間違いないのでありますが、上二段なのか下二段なのか、それとも四段なのか、活用が注釈者によってばらばらのようであります。


そして、非常に不思議なことですが、どの注釈書も、「避く」が「波」の縁語であるということにはまったく気が付いておりません。この歌は、あくまで「住之江の岸に寄る波」「寄る」「避く」という縁語仕立ての歌でありまして、別に実感を込めた歌ではありません。言語遊戯の最たるものですが、それは歌合に出した歌だから間違いないんですが、注釈する人は人によっては思いっきりロマンチックに解釈したりするのであります。驚くばかり。というよりは、結構間抜けなのであります。「住の江の岸による波」という序詞が、直下の「夜」だけではなくて「避く」も導いているというのは、実は新発見でありまして、これまで指摘がないなら大手柄なのであります。


岸辺に「寄る」波を「避く」という動作を考えると、これはどう見ても訪問する男の動作でありまして、これに原因推究の「らむ」を使って、「どうして人目を避けているのだろう」と推測するならば、通って来た男の態度を、女の方から見て、半分からかいながら、半分は歓迎しているような、ツンデレの歌なのでありましょう。「どうしてびくびくしているの」と言いつつも、夢の中に出てきたことを喜んでいるという趣向のはずです。


「昼人目をよく」というのは、人目を気にして通っているとも、来ないとも読めそうであります。たぶん、この歌の弱点はそこでありましょう。しかし、人目を気にしながら通ってきている方がいいような気がします。そうすると、「さへ」の添加の意味が生きてきまして、「夢の通ひ路」すなわち夢の中でも通ってきているのに、やはり人目を気にしている、びくびくしていておかしい、というしゃれた歌ではないかと思うんです。


ところが、普通はこの歌は相手が自分に逢ってくれないという歌として解釈するのであります。逢いに来ないのに「人目を避く」必要があるのかどうか、逢いに来たからこそ「人目を避く」のではないかと思うのであります。きっと、私は変なことを言っていることになるんでありましょう。この歌は、「夢の通ひ路」と「夜」が重複しておりまして、分からないところがあります。もしかしたら、「昼」と「夜」と「就眠中」の三つの時間がかかわるのかもしれません。


ともかく、波打ち際を歩くと波に濡れますので、それを上手に避けながら歩くものであります。波と言うのは、別に規則正しく打ち寄せるわけではないので、危うく濡れそうになるものであります。波を避けるように、人目を避けるわけで、夢の中でもひやひやしていると滑稽であります。それにしても、どうして一部の注釈者は、逢ってないと決めるのでありましょう。恋人とは夢でこそ逢うものでありまして、来てくれない場合は「夢にも姿を見せない」と嘆くはずなんです。


白秋は、男の立場で自分が人目を避けているのを不思議がるという解釈ですが、女の立場で、夢の中で通ってきている男の人目を避ける心理を不思議がるのがいいように感じます。 

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