アーカンソー州リトルロック生まれ。(3) update ver.

しばらく更新を怠けておりましたが、バスケットに関するブログの末尾を10年以上前のブログの控えから抜き出して、掲示しておきたいと思います。ちなみに、10年以上前にサンダーで活躍していた選手は、今でも一線級に残っておりまして、キャリアの最後でも輝いているのは素晴らしいことだと思います。サンズに移籍してエースとなっているケビン・デュランと、クリッパーズで再び同僚となっている、ラッセル・ウェストブルックとジェームズ・ハーデン。デュラントは現在怪我をして休場し、ハーデンは揉めにもめた末にクリッパーズにもぐりこみました。


2012年6月15日

手がしびれております。長年の放蕩が祟って、ついに体に来てしまったのか、などというのはお金があって暇のあった人の話でありまして、貧乏暇なしの喩え通り、稼ぐそばから食費に消えていた身でありまして、このしびれは別に異常ではないのであります。庭のドウダンツツジを剪定いたしまして、慣れない作業を黙々とこなした結果であります。今頑張らないと後でどういうことになるか、そう言うことを考えますので、寸暇を惜しんで庭で奮闘するわけです。バスケットは食事の時、晩酌の時、お風呂の前後、そう言う時に見るわけでありまして、昼間の時間は録画を見ている時間はないのであります。

ドウダンツツジを刈り込んだ後と比較してみようと思いまして、写真を探して見ますと、6月9日に葉が茂り茎が赤く伸びたドウダンツツジを撮影していたのであります。ケチでありますから、ちょっぴり写真を撮って掲載に間に合わせているだけで、余分に撮影したり、連写したりと言うことがありませんから、写真が非常に偏っている印象です。撮影も立ったままで写しやすいものを写しているだけでありまして、きっとカメラマンとして心構えのある方が見たら、驚くほどつまらない写真のはずであります。それでも、なるべくぼけていない写真を選びまして、あるがまま、飾らない日常をお見せしているつもりなのであります。


考えて見ると、NBAの面白さに気付いたのは、ブルズとスーパーソニックスのファイナルから。


NHKのBSがいつからNBAファイナルの生中継をしたのか分からないのでありますが、マイケル・ジョーダンが父の非業の死の後で野球にチャレンジする姿は、夜か朝の七時のNHKニュースが外国のことなのに取り上げるほどでありまして、世の中の大変な関心事だったわけです。そのマイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズに復帰して、チャンピオンに返り咲くかどうか、世間の注目は非常に高かったのであります。それまで、バスケットの中継に気が付きませんでしたから、マイケル・ジョーダンの人気と世間の注目度を考慮して生中継に参加したのかも知れません。この時のシカゴ・ブルズは、PGにロン・ハーパー、SGがマイケル・ジョーダン、SFがスコティ・ピッペン、PFがデニス・ロッドマン、Cはオーストラリア人のルーク・ロングリーでありまして、控えがトニー・クーコッチとスティーブ・カーという布陣でありました。今考えるとこのチームは守備が強力で、相手選手に対するマークは徹底的に密着しても、つまらないファールは犯さないような執拗さがありました。


2023年現在で注釈すると、このメンバーの中で、監督というかヘッドコーチというか指導者として成功したのは、スティーブ・カーであります。ゴールデンステート・ウォリアーズで、ステフィン・カリーを軸に何度も優勝を果たしました。


あれは何年のことかなと思いましたら、シーズンとしては1995年~96年でありまして、その時のファイナルは1996年の5月~6月でありましょう。対するシアトル・スーパーソニックスは、PGがゲイリー・ペイトン、SGがハーシー・ホーキンス、SFがデトレフ・シュレンプ、PFがショーン・ケンプ、Cは大学時代にマイケル・ジョーダンとチームメイトだったサム・パーキンス、控えで印象的なのはベンチから童顔で試合をこわごわという風情で眺めていた、ルーキーのエリック・スノウであります。このチームは隙の無い、ミスの少ない、そして誰でも点の取れるチームでありまして、身体能力ならブルズを上回っていたかも知れないのであります。ここ二年のマイアミ・ヒートはこのチームに似ているかも知れません。スーパーソニックスは、本拠地を移転しまして、それがオクラホマシティ・サンダーと成ったのであります。


さて、今年のNBAファイナルは、デレック・フィッシャーに注目なんですが、サンダーの布陣は。


PGがラッセル・ウエストブルックでありまして、この人は大胆な点取り屋ですが、アシストも大好きで、野心的な表情が印象的です。SGがスイス人のタボ・セフォローシャ。SFはエースのケビン・デュラントでありますが、206㎝ありますからサイズ的にはPFやCでありますけれども、どちらかというとSGタイプのようで、それにしても器が大きいのか非常におっとりしているんであります。PFは先発がサージ・イバーカですが、後半出て来るニック・コリソンが他の選手とのコンビネーションがよくて現在好調なのかも知れません。Cがボストン・セルティックスでいい味を出していたケンドリック・パーキンスであります。これに、今期シックスマン賞を受賞したジェームス・ハーデンが絡むと、強気で中央突破で点を取りに来ますから、対照的に守りが堅実で3Pの決定力のあるデレック・フィッシャーはきれいにはまっておりまして、8人でローテーションを回すために、マイアミは手こずる可能性が大きいと思います。


写真は、1999-2000年の『OFFICIAL NBA REGISTER』。

写真の本は洋書でありまして、当時の現役選手の成績表'スタッツ’が付いているのであります。デレック・フィッシャーは、3シーズン目までの成績が載っておりまして、3年間の通算成績は、212試合に出て約18分のプレイで、得点が5・1、アシストが3・1、リバウンドが1・8であります。ところが、3年間のプレイオフでの通算成績は、27試合に出て20分プレイして、得点が6・1、アシストが3・5、リバウンドが2・1とありまして、3年目には9・8得点を記録していて、実力が徐々に出て来ているのが分かるわけです。彼のNBAでの現在までの通算はどうかというと、これはネットで確認したものですが、レギュラーシーズンで1171試合に出場し一試合当たり平均26分プレイしておりまして、8・6得点、3・1アシスト、2・1リバウンドであります。数字だけ見たらレーカーズがもっと点の取れるガードと入れ替えたのも納得であります。けれども、この人の実力はどうもこの数字では分からないのであります。身長は185センチ、体重は95キロですから小柄でありまして、焦ったレーカーズのフロントはこの人の所を、もうちょっと大きくて若くて点の取れる人に変えたのであります。


さて、秘密は上に紹介した『OFFICIAL NBA REGISTER』に出ております。大学時代の成績。


デレック・フィッシャーのフルネームは、Derek Lamar Fisherなのだそうです。彼は生まれ故郷がアーカンソー州リトルロックでありまして、高校も大学も地元なんであります。4年間にコンスタントに試合に出まして、4年間の通算成績は112試合で一試合32分出場し、12・4得点、4・2アシスト、4・4リバウンドなのであります。これは結構大学の選手としてはいい記録でありまして、こういう成績の人がNBAでチームの柱になると、25点、10アシスト、12リバウンドくらい取れる可能性があるんですね。スティーブ・ナッシュやジェイソン・キッドの大学時代と比べても遜色がないのであります。そこで、想像するのはこんなことです。


仮に、コーチがデレック・フィッシャーをエースとして指定して彼に自由にシュートチャンスを与えたら、この人はおそらく35点、12アシスト、8リバウンドくらいを取るんではないのかと言うことです。なぜそうならないか。彼がバスケットで名を挙げようと、高校や大学を遠方の有名校に進学して頑張り、どこかで全国レベルの大会のタイトルを取っていたなら、アレン・アイバーソンのような存在になっていたと言うことです。同じケースは、今シーズン大活躍したジェレミー・リンにも言えることでしょう。地元を離れない青年は、堅実な人生を夢見ていたと思います。そういう18歳くらいの時にプロなんて夢にも思わなかった選手の中に、プロに入って通用する選手がおりまして、その実力は各チームのエースに劣らないんであります。それが脇役に徹した時に、チームは優勝が争えるんでありましょう。アーカンソー州リトルロックの田舎者を誰が見出して1巡目24位で指名したのか、レーカーズにはすごい目利きがいたと言うことなんでしょうね。


大学での成績がすごいのは、デニス・ロッドマン。25・7得点、15・7リバウンド。ただし、0・6アシスト。リバウンドで一世を風靡しましたが、実は得点力のある選手だったということなのです。


※以上で「アーカンソー州リトルロック生まれ」の記事は終了です。 

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