アーカンソー州リトルロック生まれ。(1) update ver.
10年以上前に書いた記事を再び掲載いたします。まだ、日本人がNBAで活躍するなんて夢のまた夢、非現実だった頃のものです。そして、出て来る人物は、日本人プレーヤーと同じコートに立ったことのある人もいて、ちょっと面白いのではないでしょうか。元のタイトルを英語にすると、
Born in Little Rock, Arkansas.
となるはずですが、さて、正しいのかどうか。Google翻訳に掛けたら、ちゃんとそうなりましたので、大丈夫かと思います。
2012年6月15日
昨日の最高気温が22・7度でありまして、暑くもなく寒くもなくちょうどよかったのであります。本日は6月15日でありますが、気象庁から発表されている30年平均だと、一日の平均気温が21・4度くらい、最高気温の平均が26・0度前後でありまして、最低気温は18・0度に満たないくらいなのだそうです。以前理系の新書を読んでおりましたら、水の性質というものが話題になっておりまして、これがとんだ曲者なんだそうです。どういうことかと言うと、ガラスの板を二枚合わせまして、間に水を挟みますと、気温によって粘度が違うのだそうです。
15度、30度、45度、60度、というふうに15度刻みで粘度が高まりまして、ガラスの板がひっついて離れないと言うことなのです。言い換えると、7・5度とか22・5度とか、37・5度、さらには52・5度というような中間の所は、さらさらなんであります。このことを思い出して日々の気温の変化を眺めておりますと、面白いことがいろいろあるのであります。
要するに、粘度の高まるという温度の辺りが、非常に気持ち悪い感じがするのであります。真冬にちょっと気温が上がって15度くらいになると気分がよくなかったり、真夏に30度前後になると不快感が増すんであります。我が家の下水は春先に最高気温が15度前後の時に非常に下水が匂います。30度っていうのは死体の温度でありますし、45度のお風呂は熱すぎて耐えられないのであります。
だとすれば、試しているわけではないのですが、7・5度の水は清冽で美味しく、22・5度の外気はさわやかでありまして、37・5度というのは爽快に汗を流してテニスしている時の体温ではないのでしょうか。そう言えば、猛暑の年に37度を超えますと、案外いい気分だったのでありまして、体は軽くてスキップできそうでしたが、いかがでありましょう。だめ押しをいたしますと、昨日今日の朝の冷え込みで15度くらいになると、何だかとても寒くて不愉快なのであります。精神状態だと思っていたものが、体内にたくさんある水分の状態に左右されていたり、体中を巡っている血液の状態に影響されているとしたら、どんなもんなんでありましょうか。今、このパソコンの辺りは、気温が23度くらい、湿度が52%程でありまして、非常に快適なのです。血液も、リンパ液も、細胞内の液体も、ひょっとするとさらさらなんでありましょうね。
NBAのファイナルが始まりまして、初戦はオクラホマシティ・サンダーが勝ちました。一昨日のことです。
本日は第二戦を今ライブでNHK・BS1が放送しておりまして、時々テレビの前に行くんですけれども、録画をしておりますから、後でゆっくり観戦するのであります。一昨日の第一戦を家族に録画して貰いまして、クォーターごとに3日掛けて眺めて参りました。新聞やらネットの結果を極力見ないようにして、どうなる、どうなる、と固唾を呑んで見守ったわけでありまして、今朝の食事時にようやく第一戦の第四クォーターを観戦終了したのであります。サンダーの二人のエースであるケビン・デュラントとラッセル・ウェストブルックの活躍も見事ですけれども、スイス人のタボ・セフォローシャの守備であるとか、リバウンドの強いニック・コリソンがいて、さらに優勝経験のあるデレック・フィッシャーの渋い活躍が目立ちまして、これは非常に好感度の高いチームであります。
第一戦では目立ちませんでしたが、今期シックスマン賞を貰ったジェームス・ハーデンのお髭とプレースタイルは楽しみでありまして、これに縁の下の力持ちサージ・イバカ、ボストンからどうしてオクラホマに来ているのかケンドリック・パーキンスまでおりまして、どうも選手層の厚さという点ではサンダーの方が上でありまして、マイアミ・ヒートは相当頑張らないと去年の二の舞でありましょう。それにしても、どうしてロサンゼルス・レーカースは、プレイ・オフを前にした大事な時期に、ポイントガードのデレック・フィッシャーを放出したのでありましょうか?それが確か移籍先が二転三転したはずで、どこに行くのかと思ったらサンダーに移りましたから、世の中何があるか分からないのであります。
デレック・フィッシャーは、アーカンソー州リトルロック生まれ。ものすごい田舎の人だったようです。
アメリカ合衆国の真ん中を流れる川は、これはミシシッピ川であります。メキシコ湾にミシシッピ川が注ぐところがルイジアナ州でありまして、ニューオリンズというのはいつかハリケーンの被害で深刻な打撃を受けたところであります。そのルイジアナ州の北に位置するのが、フィッシャーさんの生まれたアーカンソー州でありまして、この州の東の境界線がミシシッピ川となっているのであります。
つまり、ミシシッピ川の西に広がる、アメリカ南部の州でありまして、州都がリトルロックですけれども、何かどこかで聞いたことがあるような町の名前であります。リトルロック高校事件という、高校を舞台とした黒人差別と公民権運動の象徴的な事件が生じた場所なんであります。この町の人口は18万を超えるくらいでありますが、白人が55%、黒人が40%ということでありまして、一人当たりの収入はアメリカの平均から見ても低くて、貧困問題を抱えた田舎の州の小さな州都であります。
アーカンソー出身のバスケットボール選手と言えば、どうやらシカゴ・ブルズにいたNBA史上最高のスモールフォワード、スコティ・ピッペンというのが普通のようでありますが、まだまだ現役ではありますが、このフィッシャーさんも記憶に残りそうであります。
今、手元に『完全NBA選手名鑑'98』というのがありまして、2年目のシーズンを迎えるデレック・フィッシャーの紹介が載っているのであります。名前は、DEREK FISHER(デレク・フィッシャー)とありまして、年齢が23歳(※1998年当時)、身長は6フィート1インチ、体重は200ポンドとあります。ポジションはGuard。「ルーキー離れしたルーキーだ。努力家でプレイ態度が非常に真面目。ポイントガードとしてヴァンエクセル、ブライアントに次ぐ3番手として活躍した。96年のドラフトで1巡目24位指名を受けレイカーズに入団。74年8月9日、アーカンソー州リトルロック生まれ。昨季の年俸61万ドル。」とありまして、つまらない表情を他人に見せない、非常にクレバーで人柄のよさそうな選手として紹介してあります。この選手年鑑は、結構辛辣でありますから、素行の悪い人なんかけちょんけちょんにけなしているものでありますが、フィッシャーに関してはとても好意的であります。たぶん、選手の中ではナイスガイ、あるいは紳士ってことであります。
ついでに載っている成績を紹介すると、1996-97シーズンの成績は、80ゲームに出てフィールドゴールの成功が104回、39・7%の成功率、フリースローは79回決めていて、65・8%の成功率、リバウンドは97回、アシストは119回決めております。総得点が309点でありまして、一試合平均得点が3・9とありました。これから割り出すと、3ポイントシュートは22本決めております。新人としては普通の成績でありまして、強豪チームに入ったらみんなこんなもんです。シーズン全82試合のうちの80試合に出ておりますから、最初から平均以上の選手だったんであります。入団した時期はコービー・ブライアントとまったく同じでありまして、高校を出てドラフトされたコービーと、大学を出る時にドラフトされたフィッシャーとは4歳違いであります。
つまり、この名鑑の左隣に、若い日のコービーが載っているんですが、弱冠19歳。それにしても、レーカーズはどうしてこのコービーの兄貴分をうかうか放出したのでありましょう。ファイナル第一戦の矢のようなゴール下へのパスを見たら、こんな人を手放して優勝できるわけがありません。最後のピースがそろったサンダーは幸運であります。
(つづく)
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