まったりと物を捨てることを考える(26) update ver.
2016年2月16日
いろんなものが家庭に溢れかえってしまった、ということを考えてみると、個人の資質の問題としてこれを捉えていてはいけないということがわかります。なぜならみんな困っているわけで、相当覚悟を決めて捨てまくるとか、買わないとか、何らかの処分方法を構築したり、買い込まない予防処置なりを講じておかないと、物は狭小住宅に襲い掛かり、居座ってしまうようであります。
団塊の世代が終焉を迎えまして、いよいよ家庭に積もり積もったガラクタが遺産として出現する時期が迫っております。これまでは、親に対して子供の数が多かった世代でありましたから、たとえば団塊世代は兄弟の誰かが親の家を片づければよかったのであります。まだだれかが家を継いでいた世代ですから、長男夫婦が継承しておりまして、それが片づけの主力であります。同居している孫がいればもっと簡単で、じいちゃん・ばあちゃんを懐かしんで片づけてくれたりできるわけでした。
しかしながら、団塊世代が世を去ると、もう同居している人はいなくて、どこか遠いところに住んでいる一人か二人の子供が戻って来て後始末をするのであります。危機が訪れるのはあと10年以上先でありまして、ガラクタが詰まった家が全国で一斉に空き家になるのであります。もうすでに発生していることでしょうけれども、桁違いの発生率になるのは目に見えているのであります。さて、どうするのでありましょう。
早春に出現するワラビ。灰汁抜きしないと食えないとか。
例えばの話でありますが、スキーをしたことのない人がスキーに行こうとした場合を考えます。おそらくこの場合、まずスキーウエアを買いに走るはずで、ゴーグルなんかも含めて一式しっかりと買い込むことでしょう、手練れの店員さんなら、あれもこれも奨めまして、防水スプレーだって、ホッカイロだってなんだって押し付けるかも知れないのであります。ついでにヒートテックの下着だ靴下だ、そんなものも必要な気がいたします。さて、そこまで必要なのかどうか。
実は体操用のジャージに、風よけのヤッケくらいでも、晴天で風が弱ければ、ゲレンデを滑る分には問題はないのであります。私は普通のジーパンにナイロンの膝当てをして滑ったことがありまして、吹雪でもなければそれで十分で、今時なら自宅から車でスキー場の駐車場に乗り付け、そのままひと滑りして汗をかきまして、すべて着替えればスキーウエアなんて必要ないはずであります。それなのに、誰もがおしゃれな格好をするわけで、真冬のレジャーを楽しむのはそういうものと相場が決まっております。
家の中にガラクタが溜まるのはこういう消費活動を繰り返しているからでありまして、だからどこの家の押し入れ、物置、ガレージにも必ずと言ってよいほど、家族の人数分のスキーウエアが転がっているのであります。スキー場から遠い都会の住宅の方が、スキー板も、スノーボードも新品同様のが保管してあるはずなのであります。普段着で行って、板はレンタルで済ませ、持参した着替えを着て帰って来たらだめなのかどうか。そこまで質素なのは目立ちすぎます。
誰もが不慣れだから、誰もが買い込みすぎまして、要するに準備が万端過ぎるのであります。一度行くと満足して、二度は行かないかも。そうして、団塊世代の家には見栄を張ったグッズが大量に溜まりました。背伸びをしたつけが、家のガラクタの正体ではないかという次第です。
2016年2月17日
断捨離とかミニマリズムとか、シンプルライフなどと言うことに関心を向けましたら、この方面の本の充実、さらにブログの充実は大したものでありまして、なかなか侮りがたいのであります。共感することおびただしいわけで、どうしてこの時期にそういうことに世間も自分も興味をもったのだろうと考えていたのであります。
本についての断捨離を開始しまして、ネットで申し込むと段ボールを回収してくれるというサービスがありまして、これは非常に便利であります。家の中を探索すると、見たこともない本が大量に見つかりまして、家族に一応確認して処分しているのでありますが、中には読んでみようと思う本もたくさんありまして、その中に感心した本がありましたのでご紹介いたします。
と言っても半分しか読んでいないのでありますが、それは草思社から1992年に出たマークス寿子さんの『大人の国イギリスと子どもの国日本』という本であります。よくある外国滞在記だろうと思っていたのでありますが、これがなかなか面白いのでありまして、バブル崩壊がまだ世間に気づかれていなかった、つまりバブル真只中の日本に対する大批判の本であります。1992年までの段階で、当時の日本の浮かれ切った世相を見事に斬っておりまして、痛快な本でありますが、これをAmazonのカスタマレビューで見ると、驚くほど評価が低く、毒づかれているのであります。
よくよく読み進めてみたら、なるほど具体的にイギリス駐在の会社員などの行動をマークス寿子さんは批判しておりまして、あけすけなのであります。これだとなるほど、どれどれと手に取ってみた関係者は自分のことだと気が付いてご立腹でありましょう。イギリスにできた日本人向けの花嫁学校の記事なんか、自分のことを悪く言っていると気が付いたら、許し難いと思う親御さんがいたはずであります。怒るのは、上級国民という自覚のある、イギリス生活をしたのがご自慢の日本人であります。
馬酔木の花。
つらつら思い起こしてみたら、旧知の人の中にイギリスに行っていたという人がいまして、お嬢さんを連れて滞在していた人が居りました。だとすると、80年代のサッチャー首相のころには多くの日本人がいたはずでありまして、そうした人たちの実像がすっぱ抜かれております。出だしのところは、バブル期の日本の物欲まみれの姿でありますけれども、中盤に差し掛かって、イギリスに滞在している日本人社会の体たらくを、これでもか、これでもか、と書いているわけであります。そこに至ってカスタマレビューのコメントの意味がよく分かる仕掛けであります。
あれから25年くらい経過しまして、日本社会も多少は成熟の時を迎えまして、「子どもの国」だった日本が、少しは「分別のある思春期の国」くらいにはなったのかもしれないわけでありますが、そこで出て来るのが断捨離やミニマリズムなのかもしれません。家の中のガラクタを処分して、もうちょっと生活全体をスリムにする必要に迫られているということかもしれません。今のイギリスがどうなのかということも気になりますけれども、この書物は続編がたくさんあるようで、興味を抱きました。
著者はその後日本の大学に奉職し、東日本大震災の直前に再びイギリスに戻ったようでありまして、今でもご存命のようであります。文庫本になっているような気がしたんですが、どうもそうなっていないようで、単行本で読むしかない本のようでありますから、世間の人は知らないのかもしれないのであります。著者の他の本で文庫がありますので、ご存知の方はご存知なのかもしれないのであります。
知る人ぞ知る本のような気がいたしました。幼稚な日本がまるごと描かれておりまして、捧腹絶倒、身につまされます。


コメント
コメントを投稿