富士山は世界遺産。(1) update ver.
今から10年前の2013年に書きしたためていた記事を、多少は編集して掲載いたします。ゴールデンウイークの頃に書いていたものですが、牧野富太郎博士の話題や、藤の古木の話題が出て来たりしますので、お暇な方にはちょうど良いのではないでしょうか。ゆっくりしていってね。
2013年5月1日
イチゴの実をご覧いただいておりまして、茶色い粒々がそれであるとお分かりになるでしょうか。あくまでも茶色い部分であります。ゆめゆめ薄い緑色の部分ではありませんので、誤解なきようにお願いしたいのであります。やがて赤く色づく部分ではないと申しているのであります。
イチゴの実というのはその赤く色づく予定の部分の表面にくっついているように見える、茶色い胡麻のようなものでありまして、それがイチゴの実なのであります。よく知っているね、って感心したようにおっしゃられても困るのでありまして、単なる受け売りであります。牧野富太郎博士のお説の勘所をちょっと写真に従って述べただけで、もちろん私だって普通に売っているイチゴの実をイチゴの実と思っておりますが、それは茎の先端が肥大したものだそうでありまして、本当の実と言いますか、種の部分は胡麻みたいな所なのであります。
つまり、植物というものは、どうもおかしな進化を遂げてきたものでありまして、花だと思ったらそれは萼の部分であったりするわけでありまして、花はおしべやめしべだと思った中央の部分だったりするのであります。全部が全部そうではないのでありますが、どうやら花が花ではないというけったいな植物が少なからずあるのであります。
イチゴの場合は、通常食べ甲斐のある部分が茎の先っぽでありまして、果実は胡麻みたいに取り付いているブツブツなのであります。ブツブツが嫌な人はイチゴの実が嫌いなのでありまして、茎の先端を囓っているということになるでしょうか。普通は、このブツブツを排除することは至難の技でありまして、だれもが邪魔だと思いながらイチゴを丸ごと食べているはずなのであります。
さて、それにしても今年のイチゴはここから大きくなるのでありましょうか。何となくこのまま熟して行くでしょうけれど、酸っぱいだけでちんちくりんのイチゴしかできないような予感があるのであります。ともかく、露地物のイチゴはこれから出回るのであります。
富士山は世界遺産に登録されましたが、美保の松原は除外されまして、微妙な喜びかも。
2013年5月2日
本日は八十八夜でありまして、そういえば子供の頃に「♪夏も近付く八十八夜、野にも山にも若葉が茂る、あれに見えるは茶摘みじゃないか、茜だすきに菅の笠」と歌ったものであります。歌ったのではありますが、さてこの歌のタイトルは何かと考えると、悩ましいのであります。つまり、歌というものは歌詞のほうを頭に入れて歌うものでありまして、それはメロディーと一体化して記憶されているんでありますが、しばしば子供時代に習い覚えた歌に関しては題名が抜けてしまうことがあります。
大人になってからレコードを買う、CDを買う、ダウンロードをするとなれば、題名抜きに買うことはできませんし、買ったら目の前にレコードがあったりCDがあったり、再生リストが出て来ますので、題名抜きで味わうことは不可能なのであります。それに対して、子供のころに覚えた歌のタイトルは記憶に残っていないというか、もともと意識の外だったのでありましょう。途方に暮れて「困ったなあ」と思いましたが、ウィキペディアで「八十八夜」を見ましたら簡単に『茶摘み』と出て参りましたので、疑問はあっという間に解消したのであります。
茜色?緋色? 何色のグラジオラス?
春になるとこうして庭の一角にグラジオラスが咲くんですが、どうもバランスの悪い花でありまして、ちょっとしたことで倒れてしまいます。それだけではなくて、布団を干すところに咲きまして、しばしばマットなどの下敷きになるのであります。
ただ、不思議なのはガーリックチャイブが秋になると同じ茂みから咲きまして、それは白い色でありまして、地下で二つの植物が絡み合っているようなのであります。初冬にスコップを深く入れまして、その茂みを移動させました。どうなることかと思いましたけれども、春になってこうしてグラジオラスがガーリックチャイブの葉っぱの間から出て来まして、やはり両者は地下で絡み合い、見事に咲く季節をシェアしていたのであります。春は紅い花を楽しみ、秋になると清楚な白い花を拝むわけでありまして、昔の住人がたまたま同じ箇所に種を撒いてしまったのかも知れません。
富士山が世界遺産に登録されたようですが、どこが認定してる? UNESCO?
United Nations Educational, Scientific and Cultural Organizationというのが世界遺産を認定する機関のようでありまして、国際連合の中の組織でありますから、雲の又上の存在であります。ただ、日本人でこの組織の事務長を務めた方もいるそうでありまして、まったく日本と無関係なわけではないのであります。「ユナイテッド・ネイションズ・エデュケーショナル、サイエンティフィック・アンド・カルチュラル・オーガニゼイション」とでも発音するのでしょうけれども、非常に長くて面倒ですからUNESCOと略したのも分かります。
普通に読んだら「ユネスコ」でありますが、「ユーネスコウ」のように発音する場合もあるそうです。「国際連合教育科学文化機関」と言うのだぞとウィキペディアは教えてくれるんですが、これは日本語で略語にするのは難しそうであります。よって「ユネスコ」という何が何だか分からない呼び名で定着したことのようです。
サルスベリの木に葉っぱが出ました。
どうもこのユネスコという組織は、財務関係がアキレス腱のようでありまして、揉め事が起きたりするとアメリカやイギリスが抜けたりして圧力を掛けるようなのであります。日本が資金の4分の1を負担していたなどと言う時期もあるようでありまして、理想的な目標があればあるほどお金がじゃぶじゃぶ消費されるわけでありましょう。近年の日本ならば、組織を見直して事業を縮小してしかるべきものらしいのでありますけれども、当然名誉の問題も絡みますから出すところが出せば、拡大路線になるわけのようです。
ユネスコに関しては、職員の官僚主義的傾向が指摘されたりしておりまして、よくあることです。組織というのは20年30年もすれば、本来の目的から逸脱してへんちくりんな組織になることは当然のこと、活動を初めて70年近いわけで、いろんな問題を抱えているのでしょう。近年は、パレスチナの加盟問題でもめにもめたようであります。誰でもどの国でもウェルカムなんてことではないようで、雲の上の組織なんですが、実際は泥水に浸っているかもしれないのであります。いえ、諸事情に通じて言っているのではなく、一般論を述べております。
要するに国際連合の専門機関なんだそうでありまして、IMFとかWHOとかと並ぶ組織なんだそうです。
何となくなんでありますが、この世界遺産の周辺を探って行くと、生活保護の問題なんかと同じことがざっくり出て来るような気がいたします。どういうことかと言いますと、要するにお役所が保護してあげますと言うことで、一種の社会的なセイフティ・ネットを構築するわけで、それ自体はケチの付けようのない話なんであります。
ただし、申請するには過大な負担を強いられまして、認定されるまでのどたばたがありまして、痛くもない腹を探られるんであります。ところが、認定されたらそれこそ莫大な利益が飛び込んでくるかも知れないという仕掛けができております。世界遺産の場合は世界中から観光客がそれを目指して来るわけでありますから、指定を受けるためには、関係者はヒートアップせざるを得ないことでありましょう。
ただ、過去の世界遺産の中には橋を架けたのが景観を壊すとされまして認定を取り消されたケースもあったそうです。こうなると、生活保護と問題は同じなわけで、うだるような夏の暑さをしのごうとエアコンを購入したら、近隣住民から通報されててんやわんやするなどと言うのと同じであります。浮き世というものは、これでなかなか世知辛いものであります。
若いカナヘビが姿を見せました。
去年は大きなカナヘビが結構越冬を果たしまして、余裕綽々でローズマリーをベッドにして寝ていたりしたものでありますが、今年は若い小さなカナヘビばかりであります。冬が厳しく長かったわけでありまして、もしかしたらベテランのカナヘビは力尽きたのかも知れません。ドウダンツツジやサツキの茂みの上にひょこりと姿を現しまして、カメラを持って庭を歩いていると、こっちをじっと見つめていたりするのであります。隠れていたのが出て来たりしまして、人懐っこい性格は去年までとちっとも代わりがないのであります。
世界遺産に指定されるほどの自然もそれはそれはすばらしいことでしょうけれども、身近にあって町内遺産にも指定されそうにない我が家の自然も、これはこれで充分貴重なものなのであります。指定されようと指定されなかろうと、富士山には違いがなく、三保の松原は貴重でありますし、鎌倉は相変わらず往時を偲ぶことに決まっております。ローマの遺跡や万里の長城に比べたら日本の歴史遺産なんて吹けば飛ぶようなものでありまして、それを後生大事と喧伝するのもどうかと思うのでありまして、疑惑の目で眺めているのがよろしいかと思います。
ああ、ちょっと口が過ぎました。次の申請は福島第一原発と夜ノ森公園、モリアオガエルのセットでお願いいたします。出来たら、「小良ヶ浜」(おらがはま)の灯台も付けていただけると良いかと提案いたしますが、ユネスコ関係の方、心の片隅に小さくメモしていただけますか?
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ(山辺赤人)
小良ヶ浜に うち出でて見れば 原発の 遺跡のせいで チリはふりつつ(粗忽謹製)
コメント
コメントを投稿