独立記念日生まれ。(3) update ver.
2016年7月10日
若い頃の自分は貧乏だったのかどうか、というようなことを自分でその当時考えても、なかなか客観的な判断はできなかったわけであります。大人になった今は、多少は世の中の金持や貧乏人を見てきましたので、それなりの判断は付くということであります。ただ、お金があるということによって、果たして幸せかどうかということになると、限りなく懐疑的になりますので、これは判断が付きません。何せ人の胸の中なんか全く分からないわけでありますから、判定不能であります。
大学に進学するときに、実はそのあたりの点検を自分に施しまして、自分というよりは、親がどうなのかということを突き詰めてみたのであります。これは非常に有益でありまして、自分のことよりも親の人生を判断するのは難しくありません。どこに生まれて、どんな親(すなわち祖父母)を持ち、どんな学歴で、今どんな職業で、夫婦関係はどうか、財産はどうか、貯金はあるか、周囲との関係はどんなものか、ということであります。両親の場合には兄弟がたくさんおりましたから、その人たち(伯父・伯母・叔父・叔母)と比較すると一目瞭然だったのであります。その時の判断は、この30年ぶれませんでしたので、まあ単純な親だったのであります。
投票済証。
昔判断した親についての評価と、現在の自分への評価を比べてみると、一番忌々しいのはコストパフォーマンスの点でありまして、築いた財産が自分に比べて親の方が莫大でありあります。かけた経費と残した財産を考えると、私はあと1万年くらい働かないと追いつかないのであります。
私だって、同世代の人から比べたらコスパの良い人間でありますけれども、しかし、あんな風には稼げないということなのであります。親の場合は、それなりの貧乏から、そこそこの貧乏に落ち着きまして、しかしよくまあ稼いだものだと驚くのであります。私の場合はそこそこの貧乏の恩恵にあずかりまして、いろいろ巡り合わせがよくて、贅沢がほとんど必要のない清貧状態であります。酒も煙草もギャンブルもほとんど無縁でありまして、美食も必要ない、手抜きの掃除が大好きで、とりあえず飯は炊けるんですから、これで宝くじに当たったらずるい方であります。
入院した経験は子どものころに半日だけ、その数時間の入院の時の同室の子供は不治の病の子供でした。何だか申し訳ないな、とその時思いましたが、今も申し訳なく思います。これで、ある日ぽっくり逝ったら最高でありましょう。死ぬときに言う言葉はもう決めてあります。これを口に出して「最期の時はこう言うね」と言うと、家族は無言になって無視いたしますな。どうして?
おいら、こう見えても一度は死んでみたかったんだ。あの世に興味津々なんだよ。
2016年7月11日
貧乏が怖いということで、まあみんな働くわけでありますが、みんなで働くと仕事を社会全体でシェアするために、単価が下がり、期待したほど収入が得られないのであります。男女平等社会というのを目指しまして、その志はもちろん尊いのでありますが、そうなると限られた仕事の奪い合いであります。近ごろは人間の仕事をコンピューターやらロボットが代替するそうで、そうなるとプログラムを作った人は儲かりますが、あぶれた人間は干上がるのであります。そういう中で、どうやって豊かさを実現するのかということが問題であります。
一か月くらい前、例のNHKの『クローズアップ現代』という番組でありますが、そこでは一日6時間労働で行こうという話が有りまして、その労働時間で充分な収入を与えるという試みが紹介されていました。さらに、びっくりするのは、働かなくても豊かな収入を最初から国家が与えてしまうという戦略でありまして、これが支持を集めるかどうかという点だけが懸念の材料なんだそうです。たぶん、あれは「ベーシック・インカム」という制度であります。しかし、補助金を出し、生活保護を出し、医療保険があるなら、同じことでありまして、ひょっとするとすでに実現していることを大げさに話題にしているのかも知れません。
国家がお札を刷って配っているんですから、それなら最初から生活費を潤沢に与えて、そこから税金や食費を回収し、人によっては趣味に使い、あるいは貯蓄するわけで、ひょっとすると将来の決め手であります。
夏の庭。
しかし、現実の社会はそうは甘くないのでありましょう。誰もが自分の収入を適正に管理できるわけではないので、管理できない人が豊かであっても、それを持て余したり、詐欺に引っかかったり、あるいは浪費したりするわけで、いろいろ問題が生じるはずなのであります。過剰に貧乏を怖がる人というのは、どこかで貧乏によって困難だった人でありまして、その切羽詰まり方は傍目には分からないのであります。
金は天下の回り物でありまして、経済方面ではキャッシュフローと言うはずでありますが、うまく回転すれば別にお財布にお札をぎっしり入れていなくてもいいのであります。それにしても、普通に暮らしていても、入って来るお金と、出てゆくお金が膨大でありまして、日本がお金持ちになったために金額の桁が違っているのには、正直言って驚くのであります。
たぶん、1970年くらいの時には、大の大人の一日の最低賃金が500円くらいでありまして、高卒の初任給が1万円を切っていたはずなのであります。今は短時間のアルバイトで一日5000円くらいでありまして、バイトの収入が10万円を超えますから、本当は豊かなんであります。おそらく、1970年くらいの普通の人の食生活を実践したら、収入は3万円くらいでもやって行けるんです。しかしながら、その世界には、電話はなく、パソコンもなく、うっかりするとラジオがあるくらい。部屋は3畳一間で共同トイレの世界でございましょう。耐えられないかも。
おそらく、カップ麺やスナック菓子なんかもほとんど売っていない世界なのであります。
2016年7月12日
NBAの一時代を築いた選手が引退しまして、ニュースに流れました。サンアントニオ・スパーズのフォワードだったティム・ダンカンのことであります。実は、シーズン中にロスアンゼルス・レーカーズのガード、コービー・ブライアントが引退を早々と宣言しまして、こちらはもう大騒ぎの引退セレモニーがあったはずですが、レーカーズは最下位に沈みましたので、優勝も何もあったものではなかったのであります。
それに比べると、スパーズはよもや優勝という所まで奮闘しましたので、その後でようやくダンカン選手の引退が報じられたのであります。コービーもダンカンも、マイケルジョーダンが二度目のスリー・ピートを達成する頃にNBAに入りましたので、あれから約20年、バスケットの神様マイケル・ジョーダンの後を継いで、この二人がバスケットの頂点にいたわけであります。
ダンカンの評判というのは、ドラフト1巡目1位が示すように最初から高かったわけで、スパーズが彼を獲得できたのは、ドラフト前のシーズンがひどい成績だったからなのであります。それを途中から指揮していたのは今のグレッグ・ポポビッチでありまして、ずっと同じ監督の下でダンカンは淡々と試合に臨んだ感じでありますが、それがついに引退であります。史上最高のパワー・フォワードかもしれません。
蝉が家の裏におりました。
アジサイがほぼ終わりましたので、本日枯れかけた花を剪定しましたが、アジサイがツツジと絡んでいて、ツツジの中にまだ咲いているアジサイが紛れていましたので、それを伐って花瓶に生けて見ましたら、「朝顔?」という人が居りまして、仰天いたしました。ガクアジサイでありますから、世間のアサガオとちょっと違うので、仕方がないと言えば言えるんですが、庭に何が咲こうが家族はちっとも見ないのでありまして、不思議なことであります。
蝉は本日初お目見えでありますが、まったく鳴いていないのでありまして、どうも仲間もいないしどう鳴いていいのか分からないのかもしれないのであります。
参議院選挙の投票率がだいたいわかったようですが、若い人があまり投票しなかったようでありまして、関係者はそれをどう見るのか、気になるところであります。総理の言っている経済対策と、肌で感じる世の中の景気がずれておりまして、さらに日本の政治風土の分かりにくさからすると、若者の半分が投票したのは恩の字でありましょうか。投票で劇的に世の中が変わるような仕組みにはなっていないのでありまして、選挙というシステムが果たして意味があるのかどうか。昔の小学校の学級委員選挙と同じですね。どうでもいい代表を選出するのであります。旨味にあり付ける人だけが騒ぎます。
引退する年まで、ティム・ダンカンはちゃんと優勝に絡んでプレーしていたのであります。衰えることなく続けたというのはすごい。
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