埠頭を渡る風を見たのは。(3) update ver.

 2011年の11月の頃に書いたブログ記事を、再掲載しております。情報が古いことはどうかご容赦ください。


2011年11月12日

昨日が満月だったようでありますが、あの天気では月を愛でるわけには行かないわけで、こたつに入って鍋などを食べていたわけで、背中もまん丸く曲がっていたわけです。懸案事項がありまして、できる限りの手を打っているのですけれども、手を打ってみると、どこがちゃんとした仕事をしているか、誰がしっかり者かと言うことが分かりまして、仕事をしない人、しっかりしていない人の行く末が心配です。どうしてかというと、こういう時に遠目によく見ている人が必ずいるのでありまして、機能を果たさない組織や人が、あとでひどい目に遭うことがあるのであります。


お給料をもらって、それなりの職に就いていたら、職務について怠けていていいわけないのにね。ままならない世の中を生き抜くために、壁にどこか穴が開いていないか、ひょっとしてドアが付いていないか、試しているのです。


昨日の正午の時点で、たぶん月齢が15・3とありましたので、そのあと昇る月はもう満月からはほど遠いのでありまして、旧暦では10月の16日なのでありまして、16日なのに満月という発表の真意がよく分かりません。そう言うこともあるのだろうと思うだけでありまして、一度旧暦の暦の作り方というものをどこかで教わらないといけないのでありましょう。もちろん暦というものも、自然現象を観察して、最後は人間の判断でありますから、微妙に判断に揺れがあっても、それを了解して使うしかないのであります。


昭和53年(1978)10月5日に発売された、ユーミンの『埠頭を渡る風』という曲について、さらに考えてみます。

これは、『流線型’80』のアルバムのカバーイラストでありますけれども、夜空に浮かぶスポーツカーはコルベットの旧タイプでありましょうか。知らない事をまことしやかに記事として書くほど心臓が強くありませんので、冷や冷やしながら、しかしそう言ってみないとなかなか話は進まないのであります。このアルバムの中には、『Corvett1954』という名曲もありまして、そんじょそこらにはない、しかしあるところにはある、輸入車のイメージをアルバムの背景に置いたのでしょう。あの頃の、しみったれた歌謡曲の世界に対して、さわやかな風を吹き込もうとしたセンスのよさが光るんであります。


みんなが知ってて聴いていたなら、今さらですね。「しみったれた」というのも言い過ぎかもしれないのですが、そう言っても許されるものがあると思います。


さて、だとするとやはりオイルショックに見舞われて、世間があたふたするのに合わせて隔年開催になった「東京モーターショー」なんでありますが、むしろ本当の車好きや、豊かな経済力を身につけた首都圏の若者は、むしろ空いた会場を喜んで闊歩したことでありましょう。それがアルバムの発売一年前の、昭和52年(1977)の晩秋の頃だったのであります。おそらく、『埠頭を渡る風』の舞台はそれから一年後の、ちょうどアルバムを発売する頃に狙いを定めて設定されているのではないか、という気がいたします。アルバムの発売は、シングル発売の一ヶ月後でありまして、11月5日なのであります。昭和53年には「東京モーターショー」の開催はありませんので、思い出に浸ろうと晴海埠頭を訪問すれば、そこは去年の夢の跡ということなのです。

   
では、歌えるかたは歌いながら、歌詞を見ることができるかたは見て、一緒に内容を吟味いたしましょう。


男性は会社の近くの駐車場から、自慢の車に乗りまして、銀座あたりの宵闇の中から彼女を見つけ出し、さりげなくとなりのシートに乗せたのであります。不況の影響もありまして、仕事に悩みのある彼でありますが、ドアを開けたり、彼女の荷物を受け取ったり、女の子から見るとかいがいしい態度なのであります。車はそのまま、晴海通りを晴海埠頭へと向かいまして、イントロは車の排気音・エンジン音であります。今夜あたり、プロポーズの言葉が聞けるかもと、期待しておりますが、軽い世間話をしようとしているのに、ついつい話題は彼の仕事のつまずきの事だったりするんですね。



晴海埠頭に到着であります。埠頭の公園のあたりの人影は、主にカップルであります。私が連れて行かれたくらいですから、わりとよく知られたスポットだったはずで、デートの下見に来ている若者の集団などもいたように記憶しております。車から降りると、「東京モーターショー」に来たときに眺めた対岸の東京タワーなんかが見えるわけであります。歌の主人公である二人は、昭和52年の「東京モーターショー」の頃に誰かの紹介で知り合い、デートの手始めとして会場を一緒に回り、気に入った輸入車の前でツーショットの写真なんかを撮りまして、意気投合したのでありましょう。


イベントの熱気と、新しい恋の予感、埠頭を渡る夕暮れの冷たい風が、二人とも心地よくて、次のデートの予約はすんなりとできてしまいました。二人の相性は抜群で、きっと人生最良の夜だったのです。その、去年の思い出に浸りながら、彼は彼女に自分のコートを掛けてやろうとしたりするんですね。

   
でも、そんなことより、はっきりプロポーズの言葉を聞きたいって彼女の心の声は叫んでおります。


ちょっと一息入れます。このブログなんですが、去年(2010年)の今頃は、往年のアイドルのかたが歌っていた歌謡曲の歌詞を分析していました。子供のころに馴染んだ歌詞をぐだぐだ考えていたんですが、その時得た教訓というのは、歌謡曲は二番が非常に大切でありまして、そこに歌詞の内容を理解するような重要な情報が籠められているようだと、気が付きました。あくまで、二番の歌詞がポイントのようなのであります。


一番の歌詞というのは、言ってみればインパクトのある表現で大衆の耳目を集めるためのものであります。テレビの歌謡番組なんかで、強烈にアピールするためには一番の歌詞が大事ってことです。しかしながら、いろいろ分析すると、二番に至って、作詞者の個性が出るというか、思想信条というか、主張やら、切ない愛情が適切に表明されているのであります。そこまで丁寧に辿れば、やはり人の世に歌謡曲というのは問いかけるものでありますから、滋味豊かなものがあるわけです。だから、売れた歌というのは、歌い手や聞き手が納得できる内容がちゃんと含まれていて、それが二番の歌詞に鮮明に見えるものなのであります。


では、この『埠頭を渡る風』という歌の、二番の歌詞はどうでしょう?


晴海埠頭で車から降りた二人は、たぶん風を避けるため、それから話をするために倉庫の陰に移動するのでありまして、そこで女性の「私」のほうからキスをするというラブシーンを演じます。つまり、スタイリッシュな生き方をしている男性が、これまではエスコート役に徹してきたんでありますが、この夜に限って二人の関係が逆転するというか、男性が受け身に回るわけであります。この点がおそらくこの歌のアピール・ポイントであります。仕事のつまずきか何かで、彼は精神的に弱くなっているために、彼にとっては「悲しい夜」なのです。それを、主人公の女性が、持ち前の母性愛で包んであげたいと考えて、行動に移します。言い換えると、可憐な乙女は結婚を意識していて、ついにしっかり者の気質を露わにするという趣向なのであります。


「失くした写真に」対して、キスはできない、という歌詞の瑕疵についてはどう致しましょう。「瑕疵」というのは「かし」と読みますけれども、ダジャレでございます。お許しください。


この部分というのは、メロディーの中で聞いていると気になりません。全然、どこも変だとは聞こえないのでありまして、おそらく「失くした」という修飾語が、英語のように後から関係代名詞節としてくっついてくれば、不自然ではないのであります。おそらく彼女は彼と昔撮影したツーショット写真を大切にしていて、時々は密かにキスしていたんでしょうけれども、持ち歩いている間に紛失したのかも知れませんね。「それは、(いつか)失くした写真に(していたように)するみたいに」ということなんでありまして、ここがこの歌の肝心要の表現なのかも知れません。キスをした写真は、別に彼の写真でなくてもいいわけで、親しい親族の写真を大切にしていて、軽くキスをすることがあったと考えても構いません。



この「キス」は、肉感的な口づけではなくて、深い敬愛というか親愛の情があってするものと見たほうが的確かも知れません。二人の関係が日本的な情緒の絡み合ったものではなく、アメリカ的なキスを前提に成立した関係で、よく言う「フレンドリーな関係」と言うことなのかも知れません。

     
それでも彼女はゆるいカーブで彼のほうへ身を任します。築地の新大橋通りのカーブでよろしいでしょうか。


晴海通りから、築地四丁目の交差点で、新大橋通りに曲がりますが、ここは単なる四辻の交差点であります。その先、左手に築地市場(もうなくなったんでしたっけ?)、右手に海上保安庁(今は朝日新聞社?)があるあたりで、ゆるいカーブになるわけで、左ハンドルの輸入車であれば、右側の助手席の女の子は倒れ込んでも不自然ではありませんね。どうしたの?大丈夫?なんて野暮なことは言わないで、黙って笑って欲しいというのであります。


歌謡曲の世界は、この当時、昭和52年ごろですが、かなり過激でありましたから、ユーミンの紡ぎ出した輸入車の中のさりげない愛情表現は、都会的なセンスの光る控えめなものなのであります。言うだけ言ってみましたが、内容は保証できるものではありませんので、お気に障りましても、どうぞご容赦下さい。昔コメントで「あんたが何を言おうと勝手だが」などと、あるテレビ局のアナウンサーだという人に毒づかれたことがありましたけれども、それは言わずもがなの脅しでありまして、とても困りました。絡まれても、何も差し上げるものはありませんので、どうかほっといて下さい。


もちろん、ユーミンファンの場合は、「ふふ」って横顔で笑って済ませてくれそうであります。

    

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