独立記念日生まれ。(2) update ver.
2016年7月7日
余りの暑さにびっくりでありまして、たぶん午前9時で30度を超えましたので、うかうかしていたら熱中症であります。そうか、今年も暑いのかとがっかりするわけでありますけれども、しかし2010年代に入ってからの猛暑では、5月から延々と暑かったわけで、それに比べたら、梅雨の中休みに暑いのは普通であります。
おととしなどは、10月の初旬まで暑かったんですが、去年は9月になったらもう暑くなかったわけで、今年もぜひそう願いたいものであります。本日はこんなに暑くなりましたが、昨日はものすごく涼しかったわけでありますから、寒暖の差が激しくて、これが今年の特徴でありましょう。台風1号が発生したというニュースが流れましたが、やっと発生したのか、それとも早くも発生したのか、どう表現していいのか分かりません。昔は台風というのは初秋のものだったはずでありまして、もう季節感がめちゃくちゃのような気がするのであります。
ようやく開花したサルスベリ
この季節で思い出すのは、蛍でありまして、田舎育ちですが蛍を見たのは東京に出て来てからであります。おそらく、田んぼに農薬を撒くようになってしまって、昆虫類が激減したのが影響しているのであります。ご近所総出で田植えをするというようなことは、小さい時の記憶として残っておりますが、学齢期に達したころには農薬を撒くために、子どものお手伝いはもう必要がないというか、しないでもらいたいというふうに変化してしまったのであります。
農薬が導入されるとともに、機械化が推進されまして、さらにそれに先立って耕地整理が大規模に行われましたので、それ以前の記憶とまったく違う風景が出現し、そのまま現在まで続いているのであります。東京に出て、学科の行事としてこの時期に郊外に合宿したんですが、その時のお宿で蛍を見たのが、実は蛍を間近で見た最初であります。川端康成の掌小説で蛍の小説を読んだことがありましたが、そういう文学的な体験が先で、実体験が後ということはしょっちゅうでありました。蛍を見た夜には、人生を変えるような大事件があったんですが、まあそれは胸に秘めておくのが一番でありましょう。
それ以後蛍を見る機会がないというのも不思議であります。
2016年7月8日
世の中というのは複雑であります。その時々で気になる事、後から振り返って気になる事というのは、どこかにもっと複雑な背景があったりしまして、その結果謎が残るのでありましょう。前都知事が辞める経緯というのは、逐一ニュースになっていたような気がしますけれども、発端は豪華な視察旅行を問題視する報道だったような気がいたします。次第にエスカレートして、正月の家族旅行が会議という名目で出費しているというような辺りから、風雲急を告げたのであります。「第三者による精査」というような辺りで馬脚を現しまして、リオオリンピックまでやらせろというような話でしたが、もはや参議院選挙に悪影響が出そうだと判断する人がいたのか、あっという間に辞任でありました。
それがなければ、もしかして衆参同時選挙だったのかもしれません。18歳からの初の選挙でありましたので、増税延期かどうかというような話題を振って、選挙戦に突入だったのかもしれません。歯車は狂いまして、都知事選の話題が時折マスコミをにぎわしているわけで、東京の参議院選挙はかすんでおります。
サルスベリ。
当然のことながら地方の選挙も話題が乏しいようで、これと言った選挙戦を巡る報道も少ないのでありますが、ひょっとするとうかつに番組を作ると政権党などから叱られるというので、報道がぐんと後退しているのかもしれません。普通に暮らしていたら、イギリスの国民投票の方がインパクトがあったくらいで、こりゃ無風選挙というよりは、空気のような選挙であります。回ってくる選挙カーもなく、たまに郵便受けにチラシがあるというだけのことなのであります。
行くところに行ったら、選挙ですごいことになっているのかもしれないのでありますが、少なくとも私の見るところでは、なにも起きてはいないのでありますが、これって私が鈍感だからなんでしょうか。今年前半が終わって、あれこれ感想を抱いておりますけれども、なんとなく全体に日本を巡る状況がしょぼくなっているような気がするのであります。オリンピックはもう断然気勢がそがれた状況でありますし、大企業が消滅した上に、偽装がまたもや発覚しておりまして、さらに名誉を失墜する有名人が何人も出ておりまして、それを忘れるような目覚ましい話はほとんど見かけないのでありますが、さて、老いたせいでそう見えているだけなのか。それとも?
NBAのトレードがいろいろあって、派手に動いているようです。
2016年7月9日
もうそんなに何か書かねばならないという気持ちが無くなりまして、これも例の断捨離の効果かも知れません。せいぜい、世間で話題のことや、揉めていることにコメントするくらいになっておりますが、それでも惰性で書いているわけであります。
近ごろ気になるのは、「貧困が大変だ」という話題でありまして、子どもの6人に1人が貧困だとか、老人が老後に貧困になって下流老人だなどという話題であります。ただ、立ち止まって考えてみると、貧乏とか貧困というのは、そんなに忌避すべきものなのか、どうか。まるで、疫病というか新種の病気みたいに言っているわけで、感染症のような扱いであります。例えば一つのクラスに36人の児童がいるとして、6人が貧困で朝ごはんにありつけないというのは、さて、自分の子供時代と比べてどうなのか。そんなものであります。
だいたい、50年前なら朝ごはんはご飯一膳に薄い味噌汁、沢庵二切れぐらいでありまして、卵焼きだウインナーだサラダが付くぞヨーグルトだ、となるのは実は40年くらい前からであります。だったら、50年前の36人のうち30人くらいは貧困だったんであります。統計とやらを振りかざされると恐れ入るんですが、大した貧乏でもないじゃん。
最後のアジサイ。
やっぱりバブルの絶頂期などを経験した人は、みんな中流以上のような幻想を抱いたので、そのころの豊かさが忘れられないのかもしれません。貧困になるぞ、というような言葉にみんなが飛びつくものでありますから、商売のネタとして使っているのでありましょう。金持ちには「儲かるぞ、儲かるぞ」と射幸心をそそりまして、金がなさそうな人には「貧困になるぞ、貧困になるぞ」とおどかすのであります。
開高健の小説を読みますと、戦後に貧困だったこの小説家は、昼飯時になると教室に居られなくて、校庭に出てゆくのであります。みんなが開く弁当に耐えられないのでありまして、しょうがないから校庭の片隅の水道から水をたらふく飲みまして、それから鉄棒で大車輪などをしていたのであります。それだって何とか大人になりまして、人様よりは稼ぎまくって美食家になったんですから、大したものなのであります。
舛添さんだって同じようなものでありましょう。今80歳以上の老人で、東京生まれ育ちの人たちというのは、サツマイモの天ぷらを忌み嫌うのであります。どうしてかって言うと、毎日毎日戦時中にサツマイモを食っていたからで、それ以外に東京では食うものがなかったのであります。金持ちのふりをしたって、根っこは貧乏で空腹だったころの悪夢で、はちきれんばかりの頭をしていると考えていいでしょう。親に恵まれなければ、確かに朝飯にはあり付けずに貧困でありますが、それを鬼の首を取ったように「慈悲を与えよ」と大声で叫ぶのは、偽善者であります。貧乏を助けるなどというのは建前でありまして、実は下心が透けて見えますな。
給食くらい、学校で用意して朝と昼出して、タダにしてあげたって損はないのに、いかにももったいぶって振る舞うのはどういう了見なんでありましょう。ああ、貧乏も食いものか。
はっきり言いますが、今や貧困は偽善者の「おやつ」なんであります。
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