2012年4月16日
珍妙なタイトルでありますが、「禿頭」というのは人間のことではないのであります。春にタンポポが咲きまして、やがて綿毛になりますが、風に吹かれて綿毛が飛びますので、そのことを白髪頭が禿頭になったといっているんでありまして、作者は竹久夢二のようであります。
このブログは、風任せのブログでありますから、調べ物をして鋭意研究した成果を書きしたためているわけではありませんので、文庫本を初めて開いて目に付いたものを今回はタイトルにしたのであります。禿頭の原因は春風のようです。
写真は昨日撮ったタンポポの写真です。
昔、茨城県の水戸の近くで、動燃の引き起こした臨界事故というのがありまして、作業員の方が不幸にも命を落としたことがありました。東海村というのがその現場でしたが、しばらくの間水戸ナンバーの車が近隣に目立ちまして、あの頃は何が起きたのか本当のところが充分分からなかったのかも知れません。ともかく、野菜はダメかも知れないと言うので、よそへ買い出しに行っていた可能性があるんですが、今回の福島原発の事故と結び付けてあれこれ論評するのを耳にしないのは、もちろん私が素人だからでありましょう。
あの翌年、道ばたに生えているタンポポの茎が、軒並み細い帯状になっていたんですけれども、世間は騒がないし、そう言うこともあるのかと思って見過ごしました。動燃の事故の翌日は、子供の登校を控えた記憶がありまして、たぶん風邪ですと告げたと思いますが、学校は普通に登校させておりました。
ものすごい豪雨の時も、学校からは登校中止という話はありませんでしたが、その時は朝から雷が直撃していて、恐くて子供も家から出られませんでした。危険だと分かっているなら、自治体あたりが非常事態を宣言して、登校や通勤を控えてもいいのかも知れません。タンポポを見るとそんなことを連想しました。
宮沢賢治「雨にも負けず」の「ヒドリ」の秘密というのは、もう解決したの? 分からないことばかり。
宮沢賢治は生前有名でなかったという話がありまして、草野心平さんの尽力で現在のような評価が確立したということが言われております。子供の頃には、宮沢賢治は童話作家でありまして、『注文の多い料理店』というのは面白いなあと思った記憶がありまして、大人になってからも読み返した作品であります。しかし、有名な『銀河鉄道の夜』であるとか、『風の又三郎』になると途中から興味が失せてしまったようで、読み返そうとしてもうまく行かないものなのであります。
昨日撮影した近所の畑に咲く菜の花。
宮沢賢治の「雨にも負けず」を考えると、これは手帳にしたためられていた詩でありまして、純粋に創作なのか日記なのか覚え書きなのか、それとも何かの写しなのか、翻案なのか、そのあたりが不明瞭であります。
「雨にも負けず」の手帳は公開されていて、末尾の次の所にお経が書いてあるわけですから、この作品が独立した創作であるという保証がないわけです。そう言うこともたぶん問題になったことがあるんでしょうね。この作品を考える時に連想するのは、一つは野口英世のお母さんが書いた手紙がありまして、昔は猪苗代の野口英世記念館の入り口のそばに掲示してありました。あれは、学校教育の恩恵には浴さなかったけれども、母としてはとても立派な人の書いたもので、団塊世代以上の人は胸に響くものがあることでしょう。
母というのは、つまらない教養なんかなくていいから、聡明で母性愛に満ちていればいいと思わせるものがあるわけです。もう一つ連想するものがあって、それは黒板に書かれた説教でありまして、夜間の学校を狙う泥棒がいて、こいつは仕事が終わるとチョークを握って何か書き残すのであります。近ごろは話題にならないので、遠い昔のつまらない犯罪者であったのでしょうか。文章というのは、かっこよく書こうとしてもたぶんだめで、やむにやまれず発した言葉が人の胸に残るのでありましょう。
11.3. 雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニ
モ マケズ
丈夫ナカラダヲ
モチ 」
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテ
ヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ
野菜ヲタベ 」
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ
入レズニ
ソシテ ヨク(ワカリ)
ワスレズ -ミキキシワカリ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 」
小サナ萱ブキノ
小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモ
アレバ
行ッテ看病シテ
ヤリ 」
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ
稲ノ束ヲ
負ヒ
南ニ 」
死ニサウナ人
アレバ
(シヅカニ)
行ッテ
コハガラナクテモ
イヽ
トイヒ 」
北ニケンクワヤ
ソショウガアレバ
ツマラナイカラ
ヤメロトイヒ
ヒドリノトキハ
ナミダヲナガシ 」
サムサノナツハ
オロオロアルキ
ミンナニ
デクノボート
ヨバレ
(マタ) 」
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイウ
モノニ
ワタシハ
ナリタイ 」
手帳の写真を見て写してみましたが、これは浜島書店の『国語便覧』の宮沢賢治の項目に載っていまして、たまたま113
ページに掲載されているのであります。カギ括弧はページを示したんですが、実は手帳の見開きの関係で、法華経が書いてあるんですが、それは割愛いたしました。ともかく、この詩を見ると、後半は漢字が減りまして、何だか切羽詰まった病気の人の遺言のようであります。
書き損じを塗りつぶして消したところがあったり、傍線で消したところがあったりしまして(そちらは括弧で残してみました)、ひどく試行錯誤したみたいに見えるものであります。胸に浮かんだものを逃すまいと急いだのかも知れません。思うに、「ヒドリ」は平仮名なら「ひどり」でありまして、これを平仮名で「ひでり」と書き間違うのはよくあることですが、昔は日常の文章は片仮名表記が普通ですから、平仮名が絡む余地はないのでありましょう。
誰も指摘していませんが、「ヒ」にしては、突き出たところが少なく、「セ」のようにも見えるのであります。「セドリ」なら商売人のことでありまして、それもあんまりな事だと思いますから、強くは主張しませんが、いろんな可能性があることでしょう。「日取り」よりは「日照」かなあと思います。しかし、私が考えた「独り」じゃダメなんですか?
雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち
慾はなく決して瞋らずいつも静かに笑ってゐる
一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ
あらゆる事を自分を勘定に入れずによく見聞きし解りそして忘れず
野原の松の林の蔭の小さな萱ぶきの小屋にゐて
東に病気の子供あれば行って看病してやり
西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負ひ
南に死にさうな人あれば行って恐がらなくてもいいと言ひ
北に喧嘩や訴訟があれば詰まらないから止めろと言ひ
独りの時は涙を流し寒さの夏はおろおろ歩き
みんなに木偶の坊と呼ばれ誉められもせず苦にもされず
さう言ふ者に私は成りたい
「セドリ」というのは「競取り」でありまして、どれくらいの範囲で使うのか解りませんが、古書業者の方はよくご存じのようなのであります。むかし、図書新聞に早稲田の古本屋がある四冊本を格安で広告しておりまして、それを図書館で読んで、電話をしましたら、新宿伊勢丹の古書市に出してしまったと言うのであります。
ここからは、このブログに昔書いたんですが、古書市のカタログに出したから当日一番できてくれたらお渡しできるという話だったんであります。その、当日一番の新宿伊勢丹の明治通りに面した入り口の有様は、まさに戦争でありました。開店前にドアの前でもみ合っておりまして、開店のお時間の瞬間に何人もの男どもが飛び込んで行くのであります。で、びっくりしたのは、エレベーターをいのいちに押さえた者が、これを動かさないのでありまして、仲間がその隙に階段を駆け上がる手はずだったようであります。怒鳴り合っているエレベーターを尻目に、私も階段組に参加したら、最上階のイベント会場まで全員がだんごレースだったんですね。いやはや。
どうやら格安の本があってそれを巡っての攻防だったようです。私の本は四冊5万円。競争相手なし。ちゃんと手に入りました。
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