瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(99) 而して風の力蓋し寡し(1) update ver.

 さてさて、現代語の『源氏物語』は第21帖「乙女」の巻読了でありまして、これは見事な小説。


瀬戸内寂聴さんが訳して、講談社から10冊本で出た単行本を読んでおりますが、その四冊目もちょうど真ん中辺りであります。この巻は、正味65ページありまして、結構長いのでありますが、すらすら読めてなかなか面白いのであります。一つ前の「朝顔」の巻を受けてはいるのですが、飛躍的に面白みが増しまして、セカンドで走っていた車がいきなりギアチェンジでトップに入り、猛烈に走り出したような面白さであります。どうやら、ここから第3シーズンに突入した感がありまして、主役が光源氏の世代から、次の夕霧の世代に移りまして、映画なら脚本家を総入れ替えして万全を期したような見事さであります。


ただ不思議だなあと思うのは、この巻の中で3年が経過するんだそうでありますが、普通に読んでいると時間の経過がそんなにあるとは分からないのであります。速読して、いろんなところをすっ飛ばして読んでいるわけでありますから、私が悪いんですが、一巻で三年も経過する巻がこれまであったでありましょうか。何か約束を破ってずいずい事を進めているような感じがいたします。それと、変だなあと思いますのは、この巻の主人公は光源氏の息子の夕霧少年でありまして、それなのに「乙女」とは随分人を食ったようなタイトルであります。


夕霧のおばあちゃんというのは大宮という人でありますが、葵の上の母上であります。実は光源氏にとっては叔母さんでありまして、つまり桐壺帝の妹でありました。夕霧君からすると、母方のおばあちゃんが引き取って面倒を見てくれている状況ですから、心配は要らないのであります。大宮の息子の代表は、これはもちろんかつての頭の中将でありまして、一時は右大将になったりしてましたが、この巻では内大臣となっているんです。光源氏と同じで、ぐんぐん出世をしまして、えらさも半端ないのであります。世の中で押しも押されもしない大臣となっているわけで、さぞかし子孫繁栄のみぎりかと思うんですが、この内大臣一家のどたばた劇が非常に面白いのであります。


なんだか、行き詰まっていた連続ドラマを、有能な脚本家がリライトしてテコ入れしたような感じであります。例えを借りると、潰れかけたデパートが外国資本を入れて、全面改装、魅力的な商品を世界中から集めてリニューアルしたようなものすごさなのであります。どうやら、『源氏物語』は第3シーズンに入ったようであります。第21帖「乙女」の巻は、新シーズンの幕開けでございます。やっぱり10巻ごとに構想を練っていたんでありましょう。


光源氏は数えの33歳になっておりまして、今なら30歳をちょっと超えたくらいであります。葵の上が生んだ男の子は12歳になっておりまして、これが夕霧君という少年であります。これまで、ほとんど登場することがなく、それもそのはずで母である葵の上の実家で、大宮という祖母の手で育てられていたという設定になっております。光源氏は、藤壺が生んだ冷泉帝のことは、あれこれ世話焼きに余念がないのでありますが、この少年のことはほったらかしであったと思います。


母親が亡くなり、父親にはネグレクトされているわけで、どこかで読んだような登場人物であります。それって、紫の上とそっくりの境遇ではありませんか。おばあちゃんが育てている? ふむふむ、同じですね。


この少年である夕霧の元服の話が出て来まして、元服すれば上流貴族としては殿上人になるのが一般的でありまして、これからの精進次第で位が上がり、能力によってはどんどん取り立てられて、ゆくゆく上達部に列して、大臣を目指して行くのであります。ところが、光源氏が何か妙な教育論を振りかざして、「学問をさせたい」と言うことになりまして通常より一段低い六位に留めおかれてしまいます。それでもって、勉強させられるという話なのです。六位というのは、それでも相当えらいのではありますけれども、天皇や大臣から見れば「地下(ぢげ)」でありまして、顔なんか知らないのであります。ただのお役人でありまして、政治家ではないのでありましょう。


殿上人は、確か五位と四位のはずなので、あんまりと言えばあんまりな処遇をしまして、そのことが夕霧を非常に困惑させるのであります。大臣の嫡子が六位だなんてことは、親から見て気に入らないところがあるとか、勉強ができないとか、礼儀作法がなっていないとか、あるいは母親の出自が貴族じゃないという場合であります。現代で例えると学校で給食の時間が来たけれど、「あなたは給食ありません。かわりにドリルをしていなさい」と担任教師に宣告されるような感じです。この話は、今までの流れではピンと来ない話でありまして、どうしてそんな理不尽な虐待を意味するようなことが出て来たのか、まったくの謎であります。


もちろん、原作者の紫式部の父親というのは藤原為時という学問のできた人物でありまして、紫式部にとっては学者さんの話はどこかに滑り込ませたい話題だったのかも知れません。しかし、唐突であります。第2シーズンを終えて、それまでの固さがほぐれたのかも知れませんが、結構書きたい放題の巻なのであります。

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