瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(98) 興ざめなものの例(4) update ver.

 「興ざめ」ということを古語で言うと何になるのかというと、「すさまじ」なのであります。「ぞっとする」とかそういうことでありまして、あんまりうれしくないものでありますね。『枕草子』にも「すさまじきもの」という一節がありまして、結構長い章段を構成しております。最初に出て来るのは、「昼ほゆる犬」でありまして、これは何となく分かります。次々といろんなものが挙げてありまして、たとえば、「牛死にたる牛飼い」「火おこさぬ炭櫃、地火炉」「方違へに行きたるに主せぬ所」などというのは、要するに無用の長物を言うのでありましょう。


牛が死んだら牛飼いは不要でありまして、リストラの対象。冬に重宝した暖房器具は、シーズンが終われば無用であります。でもって、貴族というのは占いによって、行ってはいけない方角が発生しまして、それを避けるために方違へというお泊まりをして、目的地に行けるように手を打つわけです。泊めてもらったのに食事も出さないとなれば、もはや赤の他人、全くの敵でありますから、そんなところに泊まるんじゃなかったと悔やむのでありましょう。


『源氏物語』を現代語で読み進めて第20帖も読了ですが、光源氏は「冬の月をいいものだ」というのです。


雪の夜に簾を巻き上げて冬の月を見ながら、「すさまじき例に言ひおきけむ人の心浅さよ」なんて強弁するんですけれども、ここのところが問題のようです。冬の月を「すさまじき例に言ひおきけむ人」は、注釈書などは『枕草子』の筆者清少納言を想定するわけですが、これはとんだ濡れ衣で、現在の『枕草子』の「すさまじきもの」の段にはそんなものは出て来ないのであります。記憶は定かではありませんが、同じような場面が『宇治十帖』にもあったはずでありまして、だとすれば冬の月を興ざめだとするのは世間の言い習わしだったのかも知れません。春の朧月夜や秋の仲秋の名月に比べたら、寒空の下で月を見てもうれしかろうはずはないのであります。


この第20帖「朝顔」の巻の末尾は、冬の月は興ざめではないと言いながら、どうしたことか光源氏は興ざめな女性評を始めてしまうのであります。藤壺の女御の話を始めて、さらに前斎院「朝顔」の姫君を話題にし、その結果紫の上から朧月夜のことを持ち出されて話をし、さらに明石の上のことまで言及しまして、ここで隠しているのは前斎宮である梅壺女御を口説いていることであります。


ともかく、彼はあれこれ言いますが、この並び方だと藤壺と何かあったと勘ぐられるわけで、藤壺の身代わりが紫の上だという秘密も漏れかけているのであります。彼は、周囲から与えられた葵の上や六条御息所に満ち足りずに、親兄弟の妻妾に手を出していたわけで、思慮深い紫の上が何事かに感付くのは時間の問題かも知れません。そう言う意味で、「すさまじきもの」にばかり手を染める夫の癖に彼女が気が付くはずで、この巻はいままで無分別に行動してきた光源氏の態度を、興ざめにするための巻のようであります。


さて、この男を紫式部が見限ったら、彼の本当のファンというものはどこにいるのか。どこにもいません。


瀬戸内寂聴さんの現代語訳『源氏物語』第20帖「朝顔」の巻もそろそろ閉じてよろしいことでしょう。紫の上とかつて関係した女たちの話をしまして、そこには秘密の恋人であった藤壺の話題を出してしまいました愚かな光源氏なのであります。ここのところの不倫は、藤壺の姪に当たる紫の上には内緒でありましょう。それともう一つ、前斎院「朝顔」の姫君の話題を世間にも振りまきまして、それによって前斎宮梅壺女御への恋慕をひた隠しにすると言う、「木は森に隠せ」式の光源氏の策略なのであります。


ところが、藤壺を思って寝た夢の中に、藤壺が出て来て恨みまして、ついうっかり読み過ごすところでしたが、夢に出て来たというのは、古代の生活の中では夢が現実そのものを示したり、未来の予兆でありますから、これは重大なことでありまして、要するに藤壺は物の怪になって光源氏に取り憑いているのであります。だからうなされて、紫の上がびっくりしてしまう有様なのであります。六条御息所が物の怪になったというのは有名な話で世間に知られていますが、桐壺帝も「須磨」の巻で物の怪になって出現しているような気がしまして、ここでは藤壺が物の怪になっているのであります。これは大変なことでありまして、当時の読者なら腰を抜かして恐怖に青ざめたはずなんです。「夕顔」の巻を思い出したら、誰か死ぬかもしれないわけです。


だといたしますと、現在正妻格の紫の上は大ピンチなんですが、よろしゅうございますか? ああ、恐ろしや、恐ろしや。藤壺も物の怪だったというのは、大発見でありまして、大手柄の一つをまた挙げました。

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