瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(96) 興ざめなものの例(2) update ver.

 『源氏物語』の現代語訳も第20帖「朝顔」の巻でありまして、どうも腑に落ちないのであります。


冷泉帝の后となっている前斎宮を口説きますと、これは不倫でありまして、それは内緒のことであります。だいたい親代わりで自分の邸に里帰りをしている人を口説くなんて、前斎宮も不愉快でありましょう。光源氏が、母の六条御息所と関係があったこともこの人は知っているはずであります。物の怪がまた出るかも知れないのに、そういうことが分かっていながら光源氏は欲望が抑えられないのであります。それが、第19帖の「薄雲」の巻の後半でありました。


それが、この第20帖で独身の前斎院「朝顔」を口説き始めまして、これは世間にはお似合いというような話なのであります。若い時の二人の贈答歌も有名だなんて、どこからそんなことを捏造して既成事実化をはかっているのかと思うような叙述が出て来るのであります。その噂を元にして、紫の上と自分の関係した女性たちのことを話題にしますから、悪乗りもいいところなんですが、「何で朧月夜に手を出したの?」なんて紫の上に皮肉を言われております。朧月夜の話の前に、うっかり藤壺のことを話題に出しているわけで、そうすると夢の中に藤壺が出て来て、しっかり恨み言を言われるのであります。


そうか、藤壺との関係を隠蔽するために朧月夜との浮き名をわざと流したなら、前斎宮「秋好」との関係を隠蔽するために、こちらもまたわざと前斎院「朝顔」と関係するのを喧伝するのはあり得るのであります。そういうことが次第に分かるように話が進められていまして、短いながら第1シーズンをまとめ、第2シーズンを整理しているようであります。それにしても、藤壺に恨まれ、紫の上に愛想を尽かされて、この光源氏は主人公の座から転落して留まるところがありませんから、原作者に見放されたようであります。じゃあ、「誰が主人公なの?」と聞きたくなるような、混迷ぶりなのです。


瀬戸内寂聴さんの訳した『源氏物語』を読み進めまして、第20帖「朝顔」の巻であります。読書自体はスムーズに進んでいますが、余計なことを知っているために、あれこれ考えているわけです。


桐壺帝の妹という女五の宮が登場しまして、おばあさんの新登場であります。桐壺帝の兄弟というのは、六条御息所の嫁いだ前東宮が、どうやら弟でありまして、それから朝顔の姫君の父である式部卿の宮くらいしか話に出て参りません。桐壺帝の姉妹で最初から登場していたのは、葵の上の母上で左大臣の妻として出て来た大宮くらいでありまして、ここにようやくもう一人「女五の宮」が登場したのであります。大宮の妹ですが、大宮に比べて老いぼれているというような辛辣な描写がありますけれども、若々しい大宮が、では姉妹の中で何番目なのかについては不明であります。



この女五の宮が、光源氏を前にして、現在の帝である冷泉帝が光源氏にそっくりだという感想を述べましてベタホメすると、光源氏は何だかいたたまれない気持ちになって否定したりするんであります。躍起になって否定すると言ってもいいかもしれません。女五の宮というおばあさんは、案外おしゃべりでありまして、光源氏をお婿にした姉の大宮が羨ましいと言って憚らないわけで、ついでに朝顔の姫君の父である式部卿の宮も同じように羨んでいたなどと口をすべらせているのであります。老齢の人が光源氏に出会うとベタホメしまして、むずがゆくなるくらいの讃辞を口にするのであります。


そうしたことを「変だなあ」と読みながら感じて、ふと思ったのでありますが、もしかして光源氏が訪問するときは、あれやこれや過分な贈答品を用意するのでありましょうか。そうでないと、女五の宮の口を極めた讃辞が腑に落ちないのであります。同じようなことは、「若紫」の巻に出て来た北山の僧都も同じでありました。発言の背景が、門外漢の私には実は読み解けていないのかも知れません。何となく変だなと思ったら、もう少し想像力を駆使する必要があるかも知れません。新登場の人物が出て来て、そこに光源氏が訪問したときには、過剰な贈り物をして、相手を喜ばしているやも知れません。光源氏の目的は、もちろん同居している朝顔の姫君、つまり前斎院であります。


『源氏物語』の第20帖「朝顔」の巻では、強力なライバルの出現に紫の上が穏やかではありません。


朝顔の姫君というのは、よく考えてみると光源氏のいとこであります。姫君の父の式部卿の宮というのは、桃園というところに邸宅があったために「桃園式部卿」とも言うんでありますが、この人は桐壺帝の弟宮だったようなのであります。つまり父親同士が兄弟のいとこでありまして、だとすれば年齢的には丁度釣り合う二人なのであります。光源氏の最初の妻である葵の上もいとこでありまして、この場合は葵の上の母上である大宮が、これが桐壺帝の妹だったわけです。こういうなら、桐壺帝の弟に前東宮がおりましたから、その娘の前斎宮(梅壺女御・秋好中宮)も光源氏のいとこであります。つまり、彼はいとこを渉猟しているのでありまして、親族内での結婚に興味津々という設定であります。



紫の上の父上というのは、あれも式部卿の宮でありました。ただし、こちらは先帝の皇子に当たりまして、桃園式部卿とは別人のようでありまして、ちょっと混乱してしまいそうなのであります。先帝の皇子・皇女というのは、あまり出て来ないのでありまして、皇子で出て来るのは式部卿の宮だけ。先帝の四の宮が藤壺中宮でありますけれども、上の三人の皇女の話はまったく出て来ないのであります。つまり、先帝の世代というのは張りぼてどころか、切り抜いた折り紙状態でありまして、ぺらぺらしていて実体がないのであります。紫の上に話を戻すと、彼女は自分が藤壺の身代わりだったと意識している様子がありません。彼女自身が幼いときに光源氏のファンに成っていたのでありますから、養われてしつけられて、それでもって妻となり、光源氏が須磨に下るときには、京都の家の全権を任されまして、大ピンチをしのいだ立派な主婦であります。それが今、朝顔の姫君と夫の浮き名にひどく危機感を感じ始めているのであります。


どうやら、光源氏を主人公から格下げし、紫の上を主役に据えて、リニューアルの準備は完了です。

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