瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(94) 柑子みかんのようなもの(5) update ver.

 わんこそばの思い出というのもあります。これは岩手県の盛岡の名物なので、ご存知の方も多いと思います。


大学のサークル仲間と盛岡市内を観光しまして、有名な不来方城(盛岡城?)を見物した後で、わんこそばの名店に繰り出したわけであります。これは、お椀に一口サイズのおつゆを含んだそばを入れて貰って食べるものでありまして、食卓にはおかずもたくさん用意されて、お腹いっぱい食べるという食べ方なのであります。お店の女性が客の周囲にはりつき、おそばをお椀から口に運んだら、すかさずお椀におそばを放り込むというルールでありまして、客の方は満腹しましたら、お椀に蓋をして「ノー・サンキュー」の合図をするという趣向なのであります。


話としては簡単でありますが、一つ問題がありまして、お椀を左手に、お箸を右手に持ちまして、お椀の中のおそばをすすりますと、蓋をする手が無いのであります。もう一本手が無いと、お椀の蓋が閉まりませんので、客は永久にお蕎麦を食べ続けることになるのであります。お店の女性は、お客三人くらいを分担しまして、2、3メートル先からおつゆの付いたおそばの塊を投げ込むのでありまして、いやはや、楽しい食事の場が、あっという間に修羅場のようになるのであります。


問題なのは、おかずもおそばも超おいしくて、どっさりたべてぐっと満腹することです。さて、蓋は?


ここからは、もう秘密の部分に属するのでありますが、お店の方は蓋の閉め方をちゃんと教えてくれます。とても親切に教えてくれまして、「ああなあんだそうするのか」「どうもどうも、ありがとう」というふうに思うんでありますが、ここからが修羅場どころか地獄に変わるのであります。いくら食べても値段は一定でありますから、たくさん食べた方がいいという大原則がありまして、次に蓋を閉めたら終了というルールを受け入れてしまっております。入店した段階で、普通の人はその場のルールに従順に従おうといたします。そうすると、人間としてはもはやお椀に入ったら食べることが義務になり、蓋を閉められない自分の責任を痛感するんであります。


さて、教わった通り蓋が閉まるかというと、ここからが地獄の中の地獄であります。お店の女性のコントロールは正確でありまして、時には4メートルくらい向こうから、閉まりつつあるお椀の蓋の数㎝の隙間におそばが投じられるのであります。おそばをすすってから蓋を閉める1秒未満の間に、空中を飛来したおそばがエイリアンのようにするするとお椀の中に侵入するのであります。言っときますが、これはほんとだってば。それを疑うなら、この先の一番面白いところは教えません。経験ある方は分かると思うんですが、オリンピックに「わんこそば」部門を作ってもいいと思います。この場合、お椀のサイズ、おそばの太さ、一口あたりのおそばの重量、からめるおつゆの分量、さらに食べる人と投げる人の位置も厳密に決定しておく必要があるでしょう。で、何を持って勝ちとするんでありましょう?


さて、瀬戸内寂聴さんの現代語訳『源氏物語』、第19帖「薄雲」の巻もこのあたりでお開きといたしましょう。帝の后となるという、女性としてはこの世の最高の位を極めた女性が、帰省する実家で修羅場というか、地獄を味わうわけです。どうやって、お椀の蓋をするのか。


二条院に里下がりしました梅壺の女御は、この時23歳でありまして、光源氏が口説きながら春秋優劣論を展開したのに対して、秋を好きだと説明しまして、ここから「秋好中宮」とあだ名が付いてきます。「あきこのむ」中宮さまであります。帰って行った光源氏の衣裳の薫き物の匂いが強烈なあまり、この秋好中宮はくらくらしてしまいまして、女房たちも雨戸を閉めながら面食らってしまうのであります。そこの女房たちの言ってることが、嫌らしい光源氏への皮肉なのか、それとも賞讃なのかよく分からないところがあります。「柳の枝に梅や桜の花を咲かせたよう」などと評するのであります。


二条院はもちろん紫の上が住んでおりますから、秋好中宮を訪問した後で紫の上のところに戻って行くんですが、光源氏は藤壺との過ちは若かったからだけれど、今回のはまずいなあなんてさすがに反省しているんであります。反省したって遅いと思うんですが、紫の上には何もなかったような振りをして、「梅壺女御は秋が好きなんだって」などと報告しているのであります。こちらは、24歳と一つ年上であります。さらに、日を改めて明石の上のところに出かけておりますが、こちらの女性は梅壺女御と同い年の23歳であります。出かける前に、明石の上が二条邸に来ないことを不満に思って、「あの女は思い上がっておる」などと言い出しまして、どうやらこの大臣は女性を掻き集めてハーレムを作ることをこのあたりで決心したようなのであります。というか、原作者・紫式部は、この辺でこの主人公に見切りを付けたようでありまして、単なる狂言回しの役割を担った人として割り切ってしまいまして、『源氏物語』という広げに広げた大風呂敷をたたむ方法を模索していたようであります。


どうやら、明石の上が光源氏の心がどこかにさまよっているのに気が付いて、少し焼き餅を焼いたようです。

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