瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(93) 柑子みかんのようなもの(4) update ver.
2012年に掲載していた記事のアップデートを続けていますが、もう『源氏物語』第19帖「薄雲」の巻であります。
37歳を迎えた藤壺中宮は、すでに尼となっている人でありますが、光源氏との過ちで生まれた皇子は、今は冷泉帝という治天の君であります。数え年で14歳といいますから、今なら12歳から13歳、どちらにしても中学生くらいの思春期の男の子であります。父だと仰いでいた桐壺帝はすでに亡く、今や母上の藤壺が亡くなりましたけれども、この時精神的な支えとなったのが70近い老僧なんでありますが、ある時この僧が人気のないタイミングで、冷泉帝誕生の秘密を教えてしまうのであります。胸に秘めたまま往生してもよかったんでしょうけれども、宗教人としての深い思いもあるのでしょう、あるいは重大な秘密を隠し通すことに単に堪えられなかったのかも知れません。その辺は書いてありますが、老僧の動揺が読んでるこちらにも伝染しまして、よく分からないような書き方ですから、まあ気になる方はどうぞご自身でお確かめ下さい。
こうして、冷泉帝は自分が今最も頼りにしている源氏の内大臣が、実は自分の実の父だと知ってしまいまして、動揺が収まりません。冷泉帝はりりしい、素敵な男子でありまして、父をかしずかせていることを気に病んだりするのであります。ふーん、そう来るのか、子供が実の父がこの人だと知るとこういう反応をするのか、などと感じさせまして、このあたりは原作者の面目躍如、考え抜いた展開なのでありましょう。当時の読者は、こういった場面をどのように受け止めたのか、これで面白かったのか、近代の読者はこのあたりをどう評価するのか、何だかよく分からない感じがするのであります。
むかし、『源氏物語』のアニメーションが作られたこともありました。映画も何度か作られたりしたと思うのでありますが、果たして光源氏に瓜二つの冷泉帝を正面から描き、その煩悶する姿を原作通り描いたものなんてあるんでしょうか。うっかりすると、物語の主人公は冷泉帝にすり替わってしまってもいいわけで、冷泉帝が決然と帝位を降りて舟に乗り天竺目指して放浪の旅に出たっていいかもしれません。亡き母の生まれ変わりがネパールだかブータンにおりまして、その母に会いに行くのだなどとすると、ロマンチックな冒険小説がスピンオフしそうであります。今は南海の龍王となっている桐壺帝が嵐を起こして行く手を遮るなどというのは、いかがでありましょう。
原作者・紫式部はしぶといのでありまして、何一つ問題のなさそうな光源氏にまた問題を起こさせます。現代語訳の『源氏物語』を気ままに、気楽に読み進めて、第19帖「薄雲」の巻も読了しましたが、妙な小説です。
32歳の光源氏でありますが、それを父だと知った冷泉帝が、実の父である光源氏を太政大臣として遇しようとする話が出て参ります。困るのは、この「太政大臣」というのが実のところ何に当たるのか分からない点でありまして、さらに実際の実在の太政大臣と、物語中の太政大臣のニュアンスがどう関わるかもよく分からないのであります。名誉職であることは分かるわけですが、冷泉帝が光源氏を少しでも厚遇したかっただけなのか、何か期待するものがあったのか、その辺りがよく分からないのであります。昔の小説だからしょうがないんですが、ここいら辺は隔靴掻痒でありまして、むずむずするのであります。
冷泉帝は14歳ですから、深い政治的な配慮ではなく、実のお父さんを少しでも手厚くもてなしたかったんでありましょうから、そういうこととして理解するにして、少し冷泉帝の反応が甘いような気がいたします。張りぼての登場人物のような感じですね。そのお后の一人、前斎宮はこの時23歳でありまして、両親はもう他界した後ですから、里下がりをする先は光源氏の二条院ということらしいのであります。巻の後半、この里下がりした前斎宮という冷泉帝の后に光源氏が言い寄るのであります。
口説いている際中に出て来たのが、春秋の優劣論でありまして、「秋の夕暮」が好きだと前斎宮が答えたために、この人のことを「秋好む中宮」と称するのであります。つまり、六条御息所と故東宮の娘でありまして、伊勢の斎宮を務めたことがあり、冷泉帝の後宮では梅壺に住まい、光源氏の後見を受けている人なのであります。紫の上が「春のあけぼの」が好きということで、無理やり読者に印象づけようとしておりますが、これは後々の六条邸の造営を視野に入れた伏線なのかなあと分かるわけであります。
桐壺帝・朱雀帝・冷泉帝、三代の帝の寵愛の后をかどわかすというような不埒な主人公であります。
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