瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(90) 柑子みかんのようなもの(1) update ver.
さて、瀬戸内寂聴さんの『源氏物語』ですが、いよいよ巻四に入りまして、第19帖「薄雲」の巻を読了です。
寂聴版の巻四は、第19帖の「薄雲」の巻から第24帖の「胡蝶」の巻まで、6帖を収めていまして、奥付を見ると刊行されたのは、平成9年(1997)の5月24日なのであります。全部で300ページありますけれども、小説の本文だけなら245ページありまして、残りは目次とか奥付の他は、参考資料や語句の解説が付いているんですが、挿絵がよく装丁がしっかりしていて、読み進めて行くのに過不足がないという点では、魂の籠もったシリーズであったのかと、鈍くて気の利かない私でも今頃分かるわけであります。「薄雲」の巻は、約40ページあります。
「薄雲」の巻を読んだ感想として出て来るのは、何となく薄気味悪いと言いますか、後味の悪さがじわじわと出て来る巻なのであります。まず、紫の上・光源氏・明石の上という、物語の骨格をなす三角関係の中で、幼い姫君が実母の明石の上の手元を離れて紫の上の養女になると言う、劇的な展開があるのであります。誰でもご存知の展開でありましょう。紫の上は姫君を上手にあやし、明石の上は娘を手放した悲しみをこらえる、というようなことでありますから、主人公はどう見ても明石の上でありますが、二人の女性の反応が優等生で型通りのために波乱が起きないのでありますけれども、もはや点けっぱなしのテレビの陳腐なホームドラマの趣を呈しております。工夫はされておりますし、読んでいてストリーそのものは齟齬はきたさないのでありますが、どうも読むのは時間の無駄のような気もいたします。
養女に優しい正妻と、我が子を取られてもじっと我慢の妾、現代のドラマであったとしたら、視聴率は5%くらいを推移するはずで、これで打ち切りにならないなら何かおかしい。2023年で考えると、生田斗真さん演じる光源氏に対して、正妻の紫の上を広瀬すずさん、子供を手放す明石の上を永野芽郁さんでキャスティングしても、挽回は難しいことでしょう。
それから、政界の大物である太政大臣が亡くなりますが、たぶんこの人は葵の上の父上で、夕霧の祖父、なぜかずっと光源氏の味方でありますが、どちらかというと張りぼてのような上の世代の人物でありますから、亡くなったことを知らされても、何ら共感できません。光源氏もせいせいしたのかも知れませんが、そうも書いてないのです。次に藤壺があっけなくなくなり、次に式部卿の宮が亡くなったとありまして、兄妹で相前後したのかと思いましたら、この式部卿の宮は藤壺のお兄さんではない人で、別人なんだそうです。桐壺帝の弟なのだそうで、「そんな人いましたっけ?」と不審にしか思わないというような次第です。
さらに、後半の所で二条邸に梅壺の女御(前斎宮)が里下がりをして来ると、光源氏がこの人をしつこくねちねち口説き始めまして、何だか少しも主人公に落ち着きがないのであります。だって、この人はあの六条御息所の娘でありまして、今は息子の冷泉帝のお后ですから、理性がみじんもあれば口説いていてはいけないのです。紫の上と明石の上との三角関係が何となく収まってしまったので、またぞろ悪い虫が動き出したような感じなのであります。これで、「光源氏は高貴で優雅な主人公なんですよ」と言われても、素直にうなずけるはずはありません。やれやれ。でも、こういうのが好きなら、これはこれでありましょう。
『源氏物語』を瀬戸内寂聴さんの現代語で読み進めて、はや第19帖「薄雲」の巻を読了であります。しかし、こうして毒づきながらもまんまと巻の終わりまで読まされました。息子の嫁を口説いてどうする?
政界に復帰した光源氏でありますが、今や大臣として盤石の地位を築きつつあるわけで、じゃあ幾つなのかと言いますと、数え年の31歳に過ぎないのであります。須磨に下ったのが26歳の時、復帰したのが28歳、そして30歳の動静を伝える巻が欠けているという状態でありますけれども、具体的な政治の話が一切ありませんから、有能なのかどうかさえうかがい知ることができません。藤壺との協力によって冷泉帝の後宮に前斎宮を送り込んだことが、政治的な動きと言えば言えるわけでありますが、将来への布石としては「后がね」となる女の子を確保しておくことが第一でありまして、明石で生まれた姫君は、この段階で彼の血を引く唯一の女の子であります。
『源氏物語』は、その小説の中だけで完結しているのかどうか、つらつら考えて見ると、どうも読者の反応を探りながら構想を微調整していることが有りそうな気がいたします。たとえば、桐壺帝から上の世代の政争の類は「明石」の巻で入道が光源氏に語っているようでありますが、そこを物語としては詳述しないんですけれども、人々の興味関心が集まったならさりげなく披露していたのではないでしょうか。明石入道夫妻は、実は宮廷の動向に非常に敏感で的確な知識を持っていた人として描かれています。明石の尼上などは、光源氏の宮廷内での位置を非常に理解していて、母方の父、すなわち桐壷の更衣の父上が大納言止まりだったから今の状況があるのだと指摘しています。つまり、大納言が大臣だったら光源氏は臣籍降下しないで皇位継承者であり得たことを、この明石の尼上は熟知している人として描いております。
ですから、『源氏物語』の本当の主人公は明石一族、それは桐壺の更衣の実家と同族であります。
明石の上が生んだ姫君を、紫の上の養女にする話も、構想上は最初からあったことでしょうけれど、「薄雲」の巻の前半ほどに詳しく書く予定があったのかどうか、ほんとは「引き取りました」の一節で済ませる予定だったのかも知れません。それを、明石の尼上の相続した土地があるというようなワンクッションを置き、その結果として光源氏が大堰川から自らの手で二条院に連れて行く場面になるんでありますが、果たして最初からそうだったのかどうか。どういうことかというと、明石の姫君を略奪に近い形で乳母ごと二条院に連れて来る方がドラマとしては盛り上がります。そのほうが、紫の上と明石の姫君の共通点が際立ちまして、そうしておいて紫の上の内面に迫れば、光源氏の行動の意味や結果が吟味されたはずなんですが、やんわり合意の元に連れてきてしまったのでは、身分のない女性から赤ん坊を奪い去るというような行為の、悪徳の部分が見えにくいのではないでしょうか。合意があるなら犯罪じゃないという理屈になってしまします。それでは、ちっとも面白くないぞと感じてしまうんであります。
この段階で、もしかしたら紫の上との結婚が略奪婚だったこと自体が存在しなかったかも知れませんよね。
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