瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(89) 島隠れ行く舟(3) update ver.

   ほのぼのと ほのぼのと 冷たい浮世に 灯をともす 一人の男♪

           (『桃太郎侍の歌』・三波春夫)


脳髄の奥まで染みておりまして、高熱を発して多少おかしくなっても、たぶん歌えてしまう歌であります。三波春夫さんの歌声を同時代に体験したものとしては、ああいう歌声がまた出て来ないものなのか、音楽学校は何を教えているのか、いやいや、教えて歌えるものじゃないんだ、と当たり前の結論にすぐに到達してしまうのであります。物まねで三波春夫さんを演じる人というのはあるでしょうけれど、うまくて似ている人というのには記憶が無いわけであります。それにしても、出だしの「ほのぼのと」の陰影だけでも聞く方としては気分がよくなってしまいますから、どういう発声の結果なのか気になるところであります。ボーカロイドを開発する方は、ぜひ三波春夫さんふうのボーカロイドを開発して欲しいものであります。あの心地よさを出すためには、恐らくはものすごい工夫が必要なわけでありますから、開発できたら賞讃の嵐になることは間違いないのであります。


『桃太郎侍の歌』は作詞が三波春夫さん自身でありまして、作曲が平尾昌晃さんであります。調べてみると、三波春夫さんは浪曲師でありまして、ご自身でも浪曲を書いてしまう人ですから、作詞も手がけるのは苦ではなかったのでありましょう。そこでふと思いますのは、三波春夫さんの歌を聞いている時に、それを誰が作詞したとか作曲したとかそういうことを子供時代にはまったく意識しておりませんでしたね。歌と歌手が溶け合ってしまって、『桃太郎侍の歌』を歌うと言うことは、三波春夫になって歌うとか、三波春夫を歌うと言うことでありました。それから『東京五輪音頭』と言いますのは、複数の歌手による競作だったんだそうですが、私は三波春夫さんのバージョンしか記憶に残っていないのであります。


   四年たったら また会いましょと かたい約束 夢じゃない♪

     (『東京五輪音頭』)


『東京五輪音頭』というものが発売されたのが昭和38年(1963)のようでありまして、50年前の歌であります。こういう古い歌を若い人が知らないのかというと、実はそうでもないのであります。中学・高校の吹奏楽団などというのはコンクールを目指しては当然新曲だったり、クラッシックのスタンダードを鳴らすんですが、それぞれの市内で定期演奏会を開いたりしますと、来場した両親や祖父母の世代のために、時代劇の特集をしたり、懐かしのメロディーを流したりしまして、そのための楽譜もあるはずです。宮崎アニメも古ければ古いと言えるわけで、それらと同列の扱いで、実は演奏する側には、考えなくとも楽譜次第で懐メロが弾けちゃうというような若者はいっぱいいるのであります。近所にトランペットを吹く少年・少女がいたら、彼らはきっと『水戸黄門』も『銭形平次』も含めて、有名時代劇の主題歌やら劇中歌のサビの部分のメロディーを容易に吹けるはずと言うことであります。


   ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れ行く 舟をしぞ思ふ

    (『古今集』巻第9・羇旅・409番)


『源氏物語』の巻18「松風」の巻で、見送る明石入道の立場としてこの歌が背景にしっかりと溶け込んでおります。小学館から出ている『日本大国語辞典』(第二版)を見ていたら、平安時代に於いて、絶対に初句の「ほのぼのと」は末句の「思ふ」に掛かっていかないのであります。つまり、憶測するなら、この古今集の名歌に対する通説を補強するようにしか解説していないのであります。その要点は、「ほのぼのと」は「明かし」のような夜明けの光景に使われるということが力説され、そうでなけりゃ枕詞ですという指摘です。「ほのぼのと思う」のような、暖かみのある優しい感じは近世からの例を挙げているのであります。


まず、辞書というのは用例を集めまして、それを当代一流の研究者が考究しまして、必要に応じて項立てして掲示するのであります。あくまでも人為的なものであります。ただし、先行研究があればそれを参照し、気に入らなければ新説を思い描くわけで、あくまでも仮説に則った記事と考えた方がいいでしょう。「ほのぼのと」は「ほのか」と語源が一緒なだけで、そこには「夜明け」と密接な関係を見出すのは、おそらくやり過ぎ・思い込み・誤解・先入観のもたらす瑕疵でしかないことでしょう。見えなくなった舟の航跡を思い浮かべ、妻と娘と孫の乗った舟を、いつまでもいつまでも「ほのぼのと思ふ」のでもいいはずなんであります。明石の入道には、実は秘めている成算があるのでありますから、この舟のたどり着く先に栄光が待っていると信じているのであります。


古来信じられてきた、『古今集』の名歌「ほのぼのと」の歌に、ひょっとすると修辞技巧は一つも無い、枕詞も縁語も掛詞もないと指摘したら、普通は頭がおかしいと言われるんですが、ここまで来たらへっちゃらであります。断言してもいいと思うんですが、初句の「ほのぼのと」は末句の「思ふ」に掛かる副詞の用法、「明石の浦」のところには何ら掛詞はございません。


動かぬ証拠は? あります。あの『日本国語大辞典』(第二版)が必死で〔語誌〕に記しているからには、誤っていること火を見るように間違いないことでしょう。証明は以上です。完璧。つまり、それは余計なことをしゃべっていると言うことであります。もしこの辞書のこの記述を信じると、次の『新古今集』巻第一・春歌上(2番)の歌も朝の歌、夜明けの歌になってしまいますが、大丈夫? 大丈夫じゃないですよね。ここには夜明けも朝も要りません。たなびく霞が春の正体でありまして、時間は関係ないのであります。昼間ならいつでもいいことでしょう。


     春のはじめの歌       太政天皇(=後鳥羽院)

   ほのぼのと 春こそ空に 来にけらし 天の香具山 霞たなびく


2012年の段階では以上のように毒を吐いておりますが、2023年現在の段階では暴言だなあと思う次第です。「あけぼの」とか「あさぼらけ」なんて言葉もありまして、「ほのぼの」と夜明けは関連がある事でしょう。なお、「ぼらけ」は「ほろ・あけ」だという説がありますが、私はこれを「ほの・あけ」が転じたものだろうと推測しています。それから、「ほのぼのと」という副詞が掛かって行く先は、「思ふ」より前にある「隠れ行く」かもしれません。「朝霧」が立ち込めておりますので、船の存在はかすかでありまして、さらに島影が視線に入りますので、見送っている船の姿が「ほのぼのと隠れ行く」光景でも成立でありましょう。視覚的な表現である「ほのぼのと」の掛かる先は、実は「隠れ行く」がふさわしいと考えております。


『源氏物語』の現代語訳も第18帖「松風」の巻を読了しましたが、紫の上の位置が気になります。


紫の上というのは、登場の仕方が型破りでありまして、その上略奪されてきた人でありますから、実は『源氏物語』が実録小説などではなく、まさしく架空の世界を扱っているということの担保のような存在に見えるのであります。略奪されてきて、無事めでたく成長して正妻格に収まるというのも、ある意味無理があるのでありますが、これがないと、あまりにもリアルな他の女性との関係というのが、どうにも世の中の現実と結びつきそうで、モデル探しの対象になるような危なさがあるのでしょう。だからこれでいいんですが、紫の上と光源氏の関係が、実はちゃんと書いてあるわけでもないので、後半に向けてあれこれ考えて置くのもいいのかも知れません。


他の妻妾と紫の上の違いというのは、紫の上は二人に関係ができる以前の幼少期に光源氏を知り、彼のファンだったと言うことであります。たぶん、「若紫」の巻で、彼の訪問を知って祖母の尼上に「光源氏を見ないの?」などとすすめておりまして、それを光源氏が耳にしていたりしたんです。要するに、光源氏が言い寄ってはじめて他の妻妾は反応していたんですが、口説かれる前から光源氏のファンだったのは紫の上だけであります。このことが、きっと大切なんですね。自分のことを、前提なしに気に入っている女の子でありまして、これを光源氏は掌中の珠のように思っているんだと感じるのであります。この点は、おそらく藤壺もかなわないのでありまして、光源氏のアクションなしに彼を好みとするのは紫の上だけなんですね。だから、女性のたしなみは六条御息所や明石の上が優れていても、自分を大好きで嫉妬もする、それを隠せないという女性として、光源氏は別格の扱いを続けているのであります。


指摘してみたら当たり前のことが出て来てしまいまして、やれやれいい年をして何を書いているのやら。

コメント

このブログの人気の投稿

岩波文庫『百人一首』を読む(81) 藤原実定

岩波文庫『百人一首』を読む(99) 後鳥羽院

足利将軍撰『新百人一首』を読む(6) 藤原菅根