瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(87) 島隠れ行く舟(1) update ver.

さて、現代語で読み進める『源氏物語』第18帖「松風」の巻、読了であります。読み終わるまでの時間は、20分くらいですから、あっという間の読書であります。


講談社から出ている10冊もののシリーズでありまして、最近文庫本になって出たように思うんですが、今読んでいるのは単行本の三巻目であります。三巻目の最後が「松風」の巻なのであります。『源氏物語』は全54帖でありますから、巻の数で言うと3分の1を読破したことになりますが、どうも残り36帖の分量が多いようでありまして、そう言えば、後に控えている「若菜」の上・下の巻なんかはものすごく長いよなあ、などと思うわけであります。「松風」の巻は、この本で言いますと31ページに過ぎないわけでありまして、何か物足りない巻であります。


建物の話が出て来まして、二条院の東にどうやら新築もしくは増築したような話なのであります。ここに、まず花散里を移し、ゆくゆくは明石の上を招き寄せる算段をしているのであります。これとは別に、京都の西郊、嵯峨野辺りに土地を求めてお寺を造営するのでありまして、大臣クラスになると桁違いの財力でありますから、自分や一族の来世のためにお寺を造る余裕まで生まれるという事なのであります。明石の入道の所では、明石の上と姫君を京都にやらねばならないというので、所有していた土地を思い出して、大堰川のほとりにすまいを確保するんですが、それが光源氏の建てているお寺と目と鼻の先という好都合であります。


ああ、それで「絵合」の巻の最後に発心が兆したなんて書いておいたことが分かります。


しかし、お寺に参詣するついでに愛人の元に寄ったのでは、仏様は許さないのではないでしょうか。なんだか、矛盾だらけの巻でありまして、どうも原作者の計算が「微妙に」というよりは、「あからさまに」狂ってしまっている感じがいたします。ただし、毎回1帖ずつ発表していたなら、矛盾があったとしても、当時の読者には気にならなかったことかと思います。冷泉帝の後宮の話から、光源氏の家庭生活の話題に焦点が移動しておりまして、ようやく明石の上や明石の姫君が表舞台に登場して来たんですから、話は華やぎます。


瀬戸内寂聴さんの訳した『源氏物語』第18帖「松風」の巻を読了しましたが、色々気になります。


一つは明石の入道夫妻の、特に北の方の素姓が明らかになる点でありまして、どうも皇族の血を引く人らしいのであります。北の方の祖父の土地が嵯峨の大堰川のほとりにあると、いきなり出て参ります。その権利を明石の入道が持っていると言うことですから、昔も今も土地の所有権と言いますか領有権の問題というのは複雑なのであります。北の方の祖父が「中務の宮」とありまして、これは親王が「中務省」の長官を務める場合に出て来る呼び名であります。物語のこれまでの中で、光源氏がこのことを事前に察知しているとは思えませんから、ここでこのことを読者向けに出すのは「後出しジャンケン」みたいなもので、ちょっと興ざめな面がありますが、平安時代ならむしろ読者は「そうなんだ。やはりなかなかのお家柄でいらっしゃる」と落ち着くのかも知れないと感じたりもします。


明石の入道は、大臣の子息でありまして、それほど出世できないことを気に病んで田舎に勝手に隠棲してしまったというような設定のようであります。そんなに昔の話でもないのであります。出世が滞っているというんですが、それは本人の認識でありますから、客観的には違っていていて、ひょっとしたら桐壺帝即位以前の宮廷の勢力争いの結果かも知れません。陰謀やら、陰湿ないじめがあって、本人は自分の能力が乏しいからだと身を引くことになったかも知れないのです。ともかく、この明石の入道は桐壺の更衣とは「いとこ」でありまして、だから光源氏と明石の上は「はとこ」という関係なのでありました。


これに加えて、明石の入道の北の方が皇族由来の人であるとなれば、都人には落ちぶれて明石で暮らしている一族と見えても、見方によってはある勢力の復活という側面が見えてくるわけです。ただ、このことで浮かび上がるのは、貴族とか皇族というものが、血統を重視してその子孫の暮らしを保証するのかというと、決してそうではないという実態であります。つまり、それなりの社交性や身についた学問、政治力、詩歌管弦の才能といったものによって地位を獲得できなければ、容易に落ちぶれるということなのです。立身出世があるなら、敗北者も多数出るわけで、貴族の間に競争が無かったはずが無いのであります。これは、現代から見たら意外でありましょう。


家柄がいいから安泰などというのは、家柄のない人の妄想でありまして、能力がなければ家柄はむしろ足を引っ張る材料なのであります。


今や復活した大臣の光源氏には、多くの貴族が注目しまして、お忍びのお出かけにも引きも切らず随伴者が表れますが、この巻は栄華と没落の両方を並べてみせるわけで、油断ならないところが隠されているような気がいたします。明石の上は、父方の祖父が大臣、母方の曾祖父が親王なんですが、それでも「身分が低い」と言われたら、我々は面食らいます。私ならそんな人に出合ったなら平身低頭して、下にも置かぬもてなしを図ってしまいそうであります。


なるほど、地方に下って無位無冠になれば、もう何の政治力もないから、落ちぶれたと言うようであります。家柄が何の保証にもならないということが、ここに歴然と示されているんであります。  

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